抗おうとした腕を封じ込めるように抱き竦められ耳朶に囁かれたのは、純粋だった頃心の裡で密やかに焦がれていた紡ぎ。
あの頃は傍に居られるだけで幸せだった。
些細なことでも頼られれば至上の喜びへと繋がって、何もかも投げ捨てて注いできた想いを表す言葉。
今思えば、何て愚かで――何て哀れだったんだろうと嗤うことしか出来ない。
「ふざけないで、何で今更――そんなこと言い出すのよ」
私の内部【なか】の綺麗なものが残らず消え失せてしまった今では、ただ不快に感情を弄るだけなのに。
「……これでも自覚してから、直ぐに行動したつもりだ」
答えているようで、それでいて何処かで擦れ違う応え。
何時でもあんたは自分勝手だった。それに私まで巻き込み良いように利用して、挙句の果てには。
「態々痛めつけて、棄てたくせに」
「俺が上っ面でしか物を見れねえ餓鬼で、どうしようもなく――莫迦だったんだ」
低い、けれど大人になりきれていない声が切なく、ひどく甘く掠れる。
どれだけ撥ねつけても拘束する力は緩むどころか、痛みを伴うほどに強くなってゆく。
「私は、昔の私は……何処にも居ない。もう手遅れよ」
それだけが世界の総てだったあの時なら、何の躊躇いも無く両の掌を広げて、大切に握りしめていたのだろうけど。
「なら―――どうすればいい」
何を言っているの。
「お前の大好きなメルヘンでも、そうそう時間は戻せやしねえ。
けれど全部まっさらにしたら……其処からまた積み上げていくことは出来るんじゃねえか?」
「だから、どうすればいい。どうやったら…………お前は赦してくれる」
如何して、今更。
繰言のように声にならない言葉を、幾度も反芻する。
躰だけに止まらず、心はきりきりと痛みを訴え始めていった。
頬が一筋の熱を帯びて、視界が滲んで限りなど見えなくなっていった筈の世界が、身動きすら叶わぬほどに狭い。
思考は渦を巻き、其処に落ちた波紋が歪みを生じて、孰【いず】れ澱を湛えるのではと思うまでに濁っていく。
私の意思を無視して、言葉が染み込んでくる。
かつて復讐を誓った。
同じようにあんたを踏み台にして、堕ちる屈辱を味あわせてやろうと。捧げた時間【とき】の代償を支払わせてやるのだと、
もうこんな想いなど抱きはしないと思っていたのに。
天使の扮装をしてあんたの目の前に現れた時、こんな私は知らないとばかりに瞠目していた。
それだけ私は変わった。でもあんたは……ちっとも変わってやしないわ。
そうやって我が儘で、身勝手で、私の心を容易く振り乱して――こうと一度決めたら覆しやしなかった。
今のあんたにどれだけ無理難題を突きつけようと、否とは言わないだろう。
でも、どんな要求だろうと私の心は晴れはしないだろう。求めていたのは……従順に裁きを待つそんな姿じゃないわ。
脳裏に描いていた理想はどんなものだった?
「俺には分からない。なあ、言ってみろよ……キョーコ」
もう、思い出せない。
「そんなの解らない………私だって」
麻痺した思惟の隅で漸く理解していたのは、押し退けていた胸板を包んだ服を――ただ強く握り締めていたということ。