夕焼けの羽田に降り立つと、そこに宝田社長がいた。  
那覇空港で一度社に連絡をした時、会社と緊急の連絡中と慌しく携帯を切られ、イラつきはしたのだが、それがキョーコのこと  
だったとは蓮は思いもしていなかった。  
蓮は飛行機の中で何も知らず、社が軽井沢に入ってくれたおかげで一安心したのもあったが、これからキョーコに逢えるのだと  
いう期待に心はずませていたのだ。  
しかし2度目の連絡で何も事情を聞かされず、社長と合流する様に言われ、到着口で憮然と待ち構えていたローリィを見た時、  
蓮はただ事ではないことを悟った。  
 
ヘリが夕陽を追いかけて軽井沢にむけ飛ぶ。  
「俺の別荘にポートがある。現場まで1時間もかからないだろう。・・・ジェットと違っていささか落ち着かないが・・・飲め」  
ローリィはワイングラスを蓮に差し出した。  
 
「これはどういう事情でしょうか」  
グラスを受け取りながら、焦れた蓮が尋ねる。  
たぷんとした赤い液体が振動に小刻みに揺れていた。  
ローリィは深紅のソファに身をしずめながら、少し黙って何かを考えている。  
 
「お前が、マネージャーに先に軽井沢に入るように言ったそうだな」  
「はい」  
「・・・よくやった」  
「・・・教えて下さい。何があったのですか?社長が自ら軽井沢に行くとは?最上さんに・・・何か?」  
我慢できずに、蓮が問いただす。  
 
「俺が行くのはお前のことでだよ」  
「は?」  
 
「落ち着いて聞け。最上さんは・・・ストーカーにつきまとわれ、レイプ未遂にあった」  
 
カシャーン・・・。  
蓮の手からグラスが落ちて床を転がる。  
後頭部を突然殴られた、それ以上の衝撃を受け、蒼白でローリィを見つめた。  
 
「・・・レイ・・プ・・・?」  
「それを未遂に終わらせた、つまり助けたのは、不破尚だそうだ。彼女に幸い実害はなく、今撮影を行なっているらしいが・・・。犯人からマスコミ公表をタテに脅迫されているらしい」  
 
淡々と語るローリィにもはや言葉もない蓮。  
「犯人は、先々週チャート1位をとったグループのリーダー。彼女とは先週深夜放送の番組で一緒にゲストに呼ばれている。  
社から連絡をもらって、すぐマスコミを押さえた。犯人の事務所にも連絡をしている。だからほぼスキャンダルは回避できるだろう。  
後は直接彼女から事情を確認して・・・・お前と話をするだけだ」  
あまりのことに両手で頭を抱え床を見つめていた蓮は、ローリィの言葉にぼんやりと顔をあげた。  
 
「・・・俺、ですか?」  
 
「そうだ。俺のカンだが、ここをうまく乗り切らないと彼女はつぶれる。その場しのぎの中途半端は非常に危険だ。  
 
  わかるか?・・・お前に、彼女をまかせてもいいか、と聞いている」  
 
蓮ははっとなった。  
それは・・・それは、できないのだ。  
 
「できなければ、それで良い。ならば『先輩』としての態度を一切超えるな。  
彼女がもしお前に何も言わなくても、不破の件でも、立ち入ったことは何も聞かずにいれるか?  
彼女が頼ってきたとしても、そつのない対応を徹底できるか?  
少なくとも、この件が完全に解決するまでは、どちらつかずのことは絶対に止めめてもらいたい」  
 
「待ってください。俺は今話を聞いたばかりなんですよ。俺は・・・別に何をしようとも思っていないし、最上さんは俺の後輩に間違いありません」  
「・・・それなら、何も・・・問題はない・・・」  
ローリィは、初めてひどく顔を歪めて蓮を見つめた。  
 
 
到着したのは日も暮れすっかり暗くなった頃だった。  
闇はじっとりと重い湿気を吸い込み、微かだが霧が立ち込めてきている。  
 
ローリィと一緒に現場に入った蓮の目に飛び込んできたのは、ライトアップされた庭で壮絶な演技を続けるキョーコの姿だった。  
 
「こんな娘でごめんなさいね、お母様・・・。でもね・・・、私ほど家族思いの人間はいないのよ・・・。この傷がずっと私の人生であったように、私はお姉様とお母様を片時も忘れず、深く愛してきたの・・・」  
「何を言っているの、お前なんか本郷の娘と語るのもおぞましい・・・」  
「誰に向かって言っているの!」  
ガターン!  
怒号と共に、キョーコの座っていた椅子が倒れる。  
その場にいたスタッフ全員が、禍々しいキョーコのオーラが、霧を歪めながら母親にまとわりつくのを見た。  
 
 
蓮は社の姿を探した。  
ちょうどカットが入り、キョーコが退場、歩いていく先に彼の姿を見つけた。  
近くまで行ったが、蓮ははっと足を止めた。  
キョーコがスタッフから見えない位置で、社の腕につかまり俯いていた。  
あれほど会いたかった彼女をこういう形で見てしてしまうとは。  
色んな感情が湧いてきてすぐに声をかけられない。  
 
「あっ、蓮!」  
 
先に社が蓮を見つけ、声をかけた。  
キョーコははっとなって蓮を見つけ一瞬頬をゆるめたが、蓮本人の自覚しない怒りに、恐怖と悲しみに全身を強張らせた。  
 
 
ロケが終わりホテルの監督の部屋に関係者は集まった。  
キョーコは一通りの事情だけを話し、疲れを訴え、すでに部屋に引き上げていた。  
対策もほぼ固まって後は解散という雰囲気になった頃。  
 
「蓮、さっきの態度はキョーコちゃんに気の毒だよ」  
社が小さい声で忠告する。  
「別に何もしていませんよ、俺は」  
「何もしていないどころじゃないだろ。キョーコちゃんすごく大変だったんだよ。俺が最初会った時はショックでとても話ができる状態じゃなかった。監督が今日はキョーコちゃんを外そうと言うのを彼女の希望でぎりぎりまで頑張ったのに」  
「・・・・」  
 
そして、ああやって彼女を慰めていたんですか。  
とは、言えなかった。  
 
自分が肝心な時にキョーコの傍にいてやれなかった怒りと、社さんにまで感じる醜い嫉妬と、彼女の自分に対する態度に・・・腹がたった。  
彼女は青ざめた顔をしながらも、何事も無かったかのように俺に接した。  
昨夜の電話での態度といい、俺はそんなに頼りにならないのか?  
本当は一体何があったのか・・・不破はどうしてキョーコと一緒だったのか、色々説明してもらいたいことばかりだった。  
 
 
「蓮」  
ローリィは深いため息をついて蓮に声をかけた。  
「俺はもう別荘に引き上げる。さっき言ったこと、一晩かけてよくよく考えろ」  
 
ドロドロした気持ちのまま、蓮は自分の部屋にひきあげた。  
携帯をとりだし、キョーコの着信履歴をみる。  
何度も通話ボタンを押し、即座に切る、をくりかえした。  
 
 
・・・何を考えろって?  
考えなくても答えは出ている。  
 
・・・いや。  
 
問題は俺の態度なのは、解っている。  
 
『出すぎた真似をせず、適度な距離で彼女を気遣う、面倒見のよい事務所の先輩』では明らかになかった。  
素っ気無い冷たい口調に、彼女は仕事に影響を与えた為の怒りと受け取ったらしい。  
ローリィがいなければ、自分はもっと彼女に暴力的な発言をしかもしれなかった。  
・・・嘉月なら、こういう時どうするのだろうか。  
恐れながら、何とか自分の気持ちを押し殺し演技を貫くのだろうか。  
それとも・・・?  
 
 
演技の中の役に、自分が助言を求めていることに気がつき、蓮は苦笑した。  
ベットを起き上がって部屋を出た。  
1階のバーで酒でもあおるしか、やることが思いつかなかった。  
 
 
ホテルはさすが芸能人御用達と言われるだけあって、豪華だがケバケバしくない建物と、上品でさりげないセンスの調度品で構成されている。  
ゆったりとられたスペースのロビーに宿泊客はほとんどいなかった。  
蓮はフロントを通り過ぎ、奥の通路へ向かった。  
何度か利用しているので勝手はわかっている。  
奥まった棟へ移動する通路、外側の景色はすっかり真っ暗で、演出するライトに照らされる白樺しか映らず・・・・。  
 
蓮はガラスの向こうにキョーコの姿を見つけてはっとした。  
 
キョーコは中庭の隅で、男と揉めていた。  
何かを取りあげられ、狂ったようにつかみかかるキョーコを地面に突き倒し、男は嘲笑してそれを遠くに投げ捨てた。  
蓮は踵を返し、中庭に続くドアへと走りだした。  
 
「いや・・・・・っっ!!!!」  
 
キョーコは悲鳴をあげた。  
急いで起き上がり、レイノが投げ捨てた方向に走りだそうとした。  
しかし行く手を阻まれ、キョーコは固まる。  
「そんなに、大事なものだったんだな・・・。あんな安っぽい石ころでキョーコがそんなになるとは、ラッキーだ」  
キョーコの首筋を爪でなぞった。  
 
が、その時レイノの腕をつかんで捻り上げる男がいた。  
蓮だった。  
「・・・・ここで何をしている」  
「・・・敦賀、蓮か・・・」  
しばらく無言でにらみ合うが、蓮のすさまじいほどの怒気にあおられ、レイノは目をそらした。  
「何もしていないよ。お宅の社長のおかげで、もうチェックアウトして東京に戻ることになったんだ。キョーコには挨拶をしただけさ」  
 
「・・・やはり、貴様が彼女を・・・!!!」  
 
 
蓮はレイノの胸倉をつかみ、殴りかかろうとする。  
それを阻んだのはキョーコだった。  
無言で蓮の腕に必死にしがみつく。  
 
「最上さん・・離せ!」  
「ダメです!敦賀さん!!」  
 
「おっと。俺の社長と交わした約束を忘れられては困るな・・・。お互い何事もなかったことにする代わり、マスコミ公表も一切しないと。最も、俺はかなりペナルティを背負わされたけどな。全く、不当だ」  
「何を・・・!」  
 
蓮はレイノを見据えた。  
もし眼力だけで人を殺せるとしたら、躊躇なく実行していたに違いない。  
オーラは一緒にいたキョーコにも恐怖を与え、後ずさりさせたほどだった。  
「もし、今後彼女の視界に現れてみろ・・・。その両目と手足をつぶしてやる・・・!!」  
レイノは鼻白んだが、そのままゆっくりと踵を返した。  
 
「全く・・・不破といい、お前の男はタチが悪いな・・・」  
 
キョーコにニヤリと笑いかけると、そのまま離れていった。  
 
 
「あ、ありがとうございます・・・敦賀さん。助けていただいて・・・」  
そっと離れながら、おどおどと礼を言うキョーコに、蓮は怒りを抑えられなくなった。  
 
「・・・君はどういうつもりだ?」  
 
「・・・え・・・?」  
「あんなことがあった後なのに、何故部屋でおとなしくしていない!・・・のこのこと一人でウロウロして。俺が見てなかったらどうなっていたと思う?」  
聞いたこともない蓮の怒鳴り声で、キョーコは蒼白になり震えが止まらなかった。  
自分に一瞥もくれない蓮に、キョーコは「ごめんなさい・・・」と涙声でつぶやき、そのまま走り去った。  
 
「・・・くそっ!!!!」  
蓮は地面を思い切り蹴った。  
信じられないくらい、自分が情けなかった。  
本当は抱きしめて安心させてやりたかったのに。  
どうしたら良いのか混乱して、罪のないキョーコに八つ当たりをしてしまった。  
ローリィの忠告は完全に裏目に出ていた。  
 
霧は細かい霧雨になり肌に冷たくまとわりついた。  
もう一度蹴った地面の先に、小さく赤いガマ口が落ちていた。  
 
 
少し飲みすぎて部屋に戻ると、社がやってきた。  
 
「キョーコちゃんがいないそうだ。さっき百瀬さんと監督から電話で、今晩戻れないかもしれないけれど心配しないで、とキョーコちゃんから連絡が入ったらしい。どうしたものだろうか」  
 
「携帯を持っているんでしょう?それなら心配ないですよ」  
蓮は冷たく言い放つと、もう寝ますのでとドアを閉めようとした。  
 
「・・・!、お前!今日はどうしたんだ?」  
 
社はかっとなって蓮につかみかかる。  
「キョーコちゃんのことが心配じゃないのか?昨日俺に先に軽井沢に行けと言ったお前はなんだったんだ?」  
「別に俺は」  
「キョーコちゃんはな、自分の名前よりも、未緒のイメージが汚れることを何より嫌っていた。だから吐きながらもスケジュール通り仕事をこなし、向こう側の和解を受け入れた。  
お前なら、敦賀さんならきっと同じことをすると思う、と言ってな。  
・・・蓮が今夜来ると言うと、心配かけて・・・・・と、泣いていたよ」  
 
尚も黙る蓮に、社はつかんだ服を突き放した。  
蓮の身体がよろけて壁にあたる。  
「俺が社長に連絡するよ。ほっとけない」  
 
「・・・・。俺も・・・こんなに自分が狭量だとは思ってなかったんです・・・」  
 
蓮はボソリとぶつやく。  
「え?」  
「すいませんでした、社さん。彼女は大丈夫です。心当たりがありますので・・・。  
 今日は社さんのおかげで助かりました。感謝しています」  
蓮は社に深々と頭を下げた。  
 
玄関はもう閉まっていたので、通用口をさがして蓮は中庭に出た。  
そこからさっきキョーコがいた庭の隅に行き、キョーコの姿を探した。  
 
もう遅い時間、ホテルはすっかり静まり返り、霧雨は無音でただよい、ライトアップされた景色はにぶい光を放った。  
奴が彼女から奪い、投げ捨てたもの・・・もしかして、あれは。  
方向に見当をつけて歩き出す。  
花と植木を乗り越え、茂みを掻き分けると白樺の木立にでた。  
背後に後退したライト以外に光はなく、蓮は不安に思ったが、右手方向に白い服で微かに光るキョーコを見つけたとき、心底ホッとした。  
 
そっと近づき、キョーコに声をかける。  
「・・・・最上さん」  
細い肩がびくっと振るえ、キョーコは驚いて蓮に振り向いた。  
 
「・・・・敦賀さん!」  
 
夢中になって蓮の気配に全く気がつかなかったらしい。  
キョーコは霧雨で全身濡れそぼり、手足は泥で汚れ、小さく縮こまってガタガタと震えている。  
まるで小動物のようにおびえる姿は、かつての幼かった少女を思い出し、蓮の保護欲を掻き立てたが  
逆に濡れて張り付いた髪と身体を流れる水、透けて浮き出ている下着と身体のラインに、未成熟な「女」の色が見えた。  
 
「あれから・・・ここにいたの?」  
「・・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」  
 
ただ目を伏せて謝るだけのキョーコ。  
ここまで怯えさせてしまったことを後悔しながら、優しくそっと肩に触れた。  
キョーコはすっかり冷え切っていた。  
 
「コーンを・・・探していたのか?あの時奴が投げたのは・・・コーン?ここに来たのは魔法を使おうと思って?」  
「はい・・・。部屋には百瀬さんがいるし・・・どうしてもコーンに助けてもらわないと元気が出そうになくて・・・。でもアイツに見つかって・・」  
 
涙声で小さくつぶやくように話す。  
「こんなことになってしまって・・・・私本当にバカです・・・バカとわかっているのに・・・」  
「最上さん・・・」  
「バカなんです・・・どうしようもない・・・。コーンがいないと、何もできなくなっちゃう・・のに・・・」  
 
「解ったよ・・。一緒に探してあげるよ。でも、今夜はもうやめよう。真っ暗だし雨も降っている。身体を壊すよ」  
「いいえ」  
キョーコは顔をあげて涙ながらに蓮を見る。  
涙と雨で濡れていない場所はまったくなかった。  
 
「私は、ここにいます・・・。見つからなくてもコーンのそばにいます」  
「無茶だ」  
 
「いいえ・・・。私が好きになったものは、全部いなくなってしまうんです。お母さんもアイツも。コーンもいなくなりました。・・・でもコーンが残していってくれたあの石は、ずっと私といて、私を励ましてくれたの。置いていくことなんて出来ない」  
 
キョーコのあまりの弱さに、蓮は愕然となった。  
これがさっきまで未緒を演じ、スタッフに気遣い、何事もなかったかのように振舞っていた最上キョーコなのか・・・。  
 
「敦賀さんももう行ってください・・・。私は大丈夫です。いなくなることは慣れています」  
 
顔を少し歪めて笑い、蓮の手をほどいてキョーコは立ち上がった。  
茂みの中に更に足をすすめようとする。  
 
「俺は行かないよ・・・」  
 
蓮はキョーコの腕をつかんで、引き寄せた。  
力のない身体はよろけ、そのまま素直に腕の中におさまった。  
 
「・・・・敦賀さん・・・?」  
 
動かずにキョーコはつぶやく。  
 
返事をせずに蓮はキョーコの唇を指でなぞり、寒さで蒼ざめ震えるそこに、そっと・・・唇を押し当てた。  
 
一瞬のことでキョーコは何も反応しない。  
「最上さん・・。こんなに冷えて・・・」  
濡れて額にはりついたキョーコの髪をかきあげる。  
そして頬に手を添えて、蓮はキョーコに何度もついばむようなキスをした。  
 
霧雨は少し強くなった風にまかれ、二人にまとわりつく。  
静かな水の世界に沈む木々の奥底で、他に何も音はなかった。  
しっとりと濡れた蓮の髪から雫が落ち、キョーコの頬をつたって二人の唇に流れた。  
驚くほど冷たく、苦く、甘い味だと蓮は思った。  
 
キョーコは蓮が何をしているのか、わからなかった。  
突然蓮の顔が今までになく間近になり、自分を見つめているのをぼんやりと感じた。  
 
ああ、なんて綺麗な顔なんだろう・・・。  
 
朦朧とした意識でそれだけ思い、暖かい感触が自分の頬や唇に、力強い腕を肩に感じるのが、心地良かった。  
 
繰り返し優しいキスをしながら、蓮はキョーコが戻ってくるのを待った。  
そして少しずつ唇を開き、深く侵入していく。  
初めてあった頃の少女に戻ってしまった彼女を覚醒させるために、呼び戻すために、自分の気持ちを、真実を伝えて信じてもらうために。  
 
「・・・・んんっ・・・」  
 
長いキスで、息苦しくなったキョーコは、やっと何が起こっているのか自覚し、身じろぎした。  
「っ・・つ、敦賀さん?・・何を・・」  
混乱したキョーコは蓮の胸を押し、抵抗した。  
唇と頬はすでに甘く溶けていたが、驚きで瞳は震えていた。  
 
「最上さん・・。好きだ・・・」  
 
蓮はキョーコの両頬に手を添え、まっすぐ見つめながら言う。  
 
「君を、愛している。俺はどこにも、いかない・・・。ずっと一緒にいたいと、君に何かあった時には、必ず傍にいたいと思っているよ」  
 
そして両腕で力いっぱいキョーコを抱きしめた。  
濡れたブラウスが二人の間で張り付き、つれた。  
 
「本当に一番辛いのは君だったのに・・・。俺は君に起こったことと嫉妬で狂いそうだった。ごめんよ、本当に、ごめん」  
 
「・・・」  
キョーコはまだ蓮の言っていることが、理解できなかった。  
 
スキッテナニ・・・?  
アイシテル・・・?  
ツルガサンガ、ワタシヲ・・・?  
 
・・・そんなこと、ありえない・・・!  
 
敦賀さんは、  
他に好きな子がいたはず・・。  
それに今はそれほどではないにしても、嫌われていると思っていたのに・・・。  
 
 
 
「敦賀さん・・・それって同情、です、か・・?」  
 
蓮は聞きとれないほどの声でつぶやくキョーコの言葉に驚いて、彼女を見つめた。  
しばらく無言で目をそらしていたキョーコだったが、やがて顔を歪め嗚咽をもらす。  
 
「・・・ごめんなさい。心配かけて・・・。こんなボロボロで・・・。でも、大丈夫です。私はコーンがいればすぐに元気になれますから・・・」  
 
「違うよ!」  
 
蓮は思わず大声で叫び、キョーコの肩をゆする。  
「俺は・・・本当に、君のことが・・・!」  
呆然とする身体を離し、蓮はキョーコの足元に跪いた。  
 
「今までの君への所業を思うと、誤解されても仕方なかった。でも、どうか、受け入れてほしい。君に拒否されるのはとても辛い。これからは君を全力で守りたい・・・。本当に君が好きなんだ。信じてほしい」  
 
キョーコの腰を抱いてうなだれる。  
 
「敦賀さん・・!そんな・・・、やめてください、敦賀さんらしくない!」  
動揺してキョーコも両膝をつく。  
濡れた地面の泥がはね、スカートをさんざんに汚した。  
 
憔悴した蓮の頭を抱きしめ、キョーコは溢れ出る様々な思いに混乱した。  
でも、一点だけ、やっと解ったことがある。  
この人が、私を好きだと言ったこと・・・。  
 
キョーコは、蓮の瞳をさぐるように見つめ、そして言った。  
 
「私も・・敦賀さんのことが、好きです・・・」  
 
想うより先についてでた言葉に、キョーコ自身驚く。  
それはずっと気がつかなかった本当の自分の気持ち・・・。  
 
「・・・敦賀さん・・!」  
「・・・キョーコ・・」  
 
蓮は泣きじゃくるキョーコを引き寄せた。  
お互いの身体を全身で確認しあい、唇を貪りあった。  
降り続く霧雨は、羊水のように馴染んで溶け合い、やっと優しく、二人を包み込んだ。  
 
身体中にまとわりついた雨は、汗と一緒にシーツを汚した。  
 
光量を落とした部屋のベットで、もつれあう影。  
 
本当はこんな状態が、最初から一番自然だったことのように、蓮は思えて仕方なかった。  
腕と、指先と、唇で確認する、愛しい人の全て。  
濡れてがんじがらめに彼女を縛る服を、まだ硬い皮膚から引き剥がし床に捨てる。  
冷たく柔らかい、青い肌を何十回も愛撫した。  
強く拘束し、揺さぶり、穿ち、転がして、余計な感覚は全て遮断し、キョーコを確かめた。  
 
が、苦しみと切なさは癒えるばかりか加速して増し、蓮を歪ませた。  
 
「・・・っ・・・。敦賀さん・・・」  
キョーコは甘い吐息をつきながら、蓮の表情を伺った。  
「・・・どうしましたか・・?辛いですか・・・」  
 
蓮はキョーコに頬ずりし、耳元でつぶやいた。  
 
「・・・辛いんだ・・・。もしかして君がこんな風に他の男にされていたかもしれないと思うと・・狂いそうになる」  
 
「何もされていません・・あっ・・・」  
「不破のおかげでね・・・。俺は、傍にいてやれなかった・・・。奴に感謝しなければと思いつつ、同時に奴が憎くてたまらない・・・。教えて・・キョーコ。何をされたの?どこまで触られた・・・?」  
「な、何も・・・。本当です・・・っ」  
「唇は?・・・ここは・・?指1本触れなかった?」  
 
キョーコは蓮の触れていく場所にひとつひとつ反応し、息をつめた。  
頭を振りながら、キョーコは必死で答える。  
 
「どこも・・・。そんなとこ、誰にも触られてないです・・・っ!敦賀さんだけ・・敦賀さんが、はじめてです・・・」  
 
「キョーコっ・・・」  
 
愛しさに胸がしめつけられ、キョーコを苦しいほど抱きしめた。  
それでもなお足りず、二人はいつまでも、お互いを呼びあい、絡み合い、溶け合って、甘美な感覚に没頭した。  
 
 
カーテンから漏れる涼しい光に、キョーコは目を覚ました。  
少し開けたらしい窓から小鳥のさえずりが聞こえてくる。  
甘い甘い悪夢だったのか、身体は酷く重く、じんわりと汗をかいている。  
しばらくぼうっと一点を見つめていたが、少し身じろぎしてあたりを伺った。  
 
ベットには、キョーコ一人だけだった。  
 
ソファーに脱ぎ捨てたままの泥だらけのキョーコの服がまとめてある。  
シーツは泥と水に汚れて、ざらついていた。  
昨日連れてこられた蓮の部屋には間違いないようだが、一番求める姿はそこにない。  
 
「・・・・嫌・・・」  
 
キョーコはシーツにもぐりこみ、目をつぶった。  
 
ピーン・・・。  
その時、部屋のキーが廻る音がした。  
はっと身体を起こしたキョーコだったが、ドアが開く気配と同時にまたシーツを頭からかぶる。  
足音が近づいてきて、そっとキョーコの頭をなでた。  
 
「・・・ごめん、起きていたんだね。急いだけど間にあわなかった」  
 
優しい声に涙がにじんだが、気づかれないようにふいて、キョーコはシーツから恐る恐る目をのぞかせる。  
 
「・・・おはよう、ございます・・・」  
 
「おはよう」  
 
蓮は甘く蕩けそうな笑顔で、キョーコの額に唇をあてる。  
腕枕をして、シーツごとキョーコを引き寄せた。  
 
「どちらに行かれてたんですか・・?」  
見ると袖口やシャツが泥に濡れて汚れていた。  
 
「ん、社さんとこ」  
蓮が答える。  
 
「もうしばらくしたら、君の荷物、持ってきてくれるから。百瀬さんには体調のせいで別室とったってことにしてあるよ。それとサンドイッチも頼んでおいた。昨日は全然食べていないだろう?」  
 
「・・・や、社さんに・・・お話ししたんですか・・・」  
 
みるみるキョーコの頬が赤くなる。  
素直な反応が面白いなあと思いつつ、蓮は笑って言った。  
 
「後で社長にも報告するよ」  
「え・・・・」  
 
焦るキョーコのシーツを剥がす蓮。  
「このシーツ、どろどろだね。買取だ・・・はは」  
キョーコを引き寄せてまた深くキスをする。  
 
「それから、はい。これ・・・プレゼント」  
 
スボンのポケットをさぐって、キョーコに渡したもの。  
 
「・・・・・!!!!・・・コーン!!!!」  
 
泥で汚れていたが、光るそれは確かにコーンの石だった。  
 
「敦賀さん・・!これ、今まで探してくださったんですか・・・」  
 
「うん、いや絶対絶対見つからないだろうと思っていたんだけどね・・・。偶然木のうろで朝日に反射したところを見つけたんだ。運が良いとしか言い様がない」  
 
「・・・・ありがとうございます・・・。ありがとうございます」  
 
キョーコは両手でコーンを抱きしめ、擦れた声で何度も言う。  
4回目の感謝の言葉は、蓮の唇で塞がれた。  
キョーコはまだ言いたいことがあったのだが、それは後にしようと、蓮の腕に身をまかせた。  
 
「昨日の夜・・・。どうしても耐え切れなくてコーンに頼ったんですけれど・・・。  
 どうしても瞼に重なるのは、子供の頃のコーンではなくて・・・。  
 敦賀さんの姿だったんです・・・」  
 

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