―鮮烈な色が目の前を支配した―  
 
獲物は、ココにあるのだと理解できた。  
 あとは憎悪をより一層深い色へと塗り替えてしまえばいい。  
 
パタパタと廊下にスリッパの音が響く。  
 しっとりと濡れた髪の毛。  
湯上りでほんのりと色づいた頬。  
「見つけた―」  
死角を捕らえて、鳩尾を殴る。  
「〜〜〜っ!」  
痛みで意識を手放した相手をそのまま連れ去る。  
 
ドサリとベッドに投げ落し、気が付いたように、自分のベルトを外して両手を後ろへ拘束  
させる。  
 グイと浴衣を合せ目から引っ張り、寛げさせる。  
覗く白い肌―  
 
ギシリと2人分の体重でベッドが軋む。  
 近くに盗聴器を仕掛け、隣のメンバーに音の受信を確認する。  
「キョーコ。お前の苛烈な色をもっと鮮やかにさせて貰うよ?」  
クスクスと笑い、首筋にキスをする。  
 クレバスにジェルを塗り、潤滑を謀る。  
そのまま自分の欲望を突き刺す。  
「−ッ!!」  
余りの衝撃に目を覚ます。  
 自分が置かれている状況に頭が真っ白に―  
だが、身体を引き裂くような痛み。  
叫び声をあげようとした時、鼻を摘まれた。  
 声を出したくても出せない。  
「知ってた?鼻をつまむと口が酸素を求めて開くんだよ。だから、悲鳴をあげたくてもあ  
げれない。」  
グッと侵入を更に続ける。  
「〜〜〜っ」  
痛みが涙となって伝う。  
身体のどこかでブツリという音が響く。  
グンと、最奥を貫き柔らかな肉壁を味わう。  
 つぅと、太ももを伝う一筋の赤―  
「本当に赤頭巾ちゃんだったんだ。」  
クスリと笑い、更に蹂躙する。  
 
自分の心の何かがパリンと音を立てた。  
「−っ…」  
ただ自分の射精感を促進させる動き。  
 キョーコが持っている感情を開花させる為だけに犯した。  
最奥を貫き、自分の欲望を吐き出させる。  
 ずるりと引き抜いてキョーコを見据える。  
ドンと、自由な足でレイノの腹を蹴る。  
 下肢には鈍い痛みを抱えて。  
「−ッ!?」  
唐突に蹴られ、咳き込む。  
「そんな事で私は何も変らない。」  
痛みを堪えるように告げるが、  
含み笑いを浮かべられる。  
「変らない?まさか。女として明らかに変るんだよ。俺の手で女になったんだ。キョーコ、  
お前は不破でもなく、俺の手でな。」  
そう、少女から女への変化の兆候を。  
「色気を増し、艶やかな女に変っていく。その変化の始まりを俺は手に入れた。」  
狂気にも似た眼差し。  
 胸のうちにざわざわとした感情。  
ズンと、赤黒い気。  
「そう、そのオーラだ。あぁ…極上だよ。」  
うっとりと見つめ、力ずくでうつ伏せにベッドに押さえつける。  
「は…離してっ!!」  
うなじを掴み、柔らかく口付ける。  
 そのまま、無理矢理自分の楔を突き立てる。  
「やぁぁっ!」  
ギシギシと律動を刻む音。  
 痛みと言い知れない感覚―  
 
うろうろと心配そうに浴場を行ったり来たりする百瀬の姿。  
「どうかした?」  
気になって声を掛ける。  
見知った顔―  
「敦賀さん。あの…」  
浴場で丁度すれ違う不破の姿―  
「最上さんが…まだ部屋に帰ってなくて…浴場を見ても浴衣とかがないから…」  
戸惑いながら伺う。  
「敦賀さん、ご存知ないですか?」  
「いや…夕食後から見かけてないけど―?」  
一抹の不安。  
「まさか…な。」  
過ぎった一つの要素が頭に浮かび、呟く尚。  
 その呟きを逃さない―  
「何か、知ってるのか?」  
―へぇ?こういう機会は滅多にないしな。  
「教えて欲しいなら、お願いしますって言って貰いたいね。」  
「−っ!」  
―事の重大さはお互いに理解しているはずなのに―  
「どうした?別にそれならそれで俺は探しに行くけどな」  
冷たい視線。  
 ゆらりと陽炎が見えても可笑しくない鬼気迫るような気迫。  
たじろぎそうになるが、絶好の機会を逃せない。  
「じゃ、俺は部屋に戻るわ。」  
ガツッと肩を掴まれる。  
「んだよ?」  
―彼女の身を心配しない姿勢に苛立ちを覚える―  
「心配じゃないのか!?彼女が今、怖い思いをしているかもしれないのに」  
小さく笑う。  
「俺は俺で心当たりがあるからいいんだよ。俺の物なんだよ、アイツは。」  
くいと顎を向ける。  
「俺の心当たりを知りたいなら、お願いしますって教えを乞えよ。」  
口元が笑む。  
―あぁ…敦賀蓮にこんな表情をさせれるなんて最高だな―  
 怒りを露にしていても口に出さないで堪えている姿―  
オロオロと周囲は見守るしか出来なくて…  
 
パタ…パタとふら付くような足取りで壁伝いに歩いて行く。  
「…った・…」  
とりあえず、身体を洗いたい。  
 よたよたと歩いて行くと、見知った顔。  
「最上さんっ!」  
不安な顔が少しだけ破顔する。  
今にも殴り合いをしそうな二人も注目した。  
「…あ…」  
何処となく顔色の悪さが気になる。  
どう言えばいいのか判らない。  
「顔色…悪いよ?歩ける?」  
険悪な眼差しから柔らかい眼差しへと変えて、見つめる。  
手を差し出すと、首をゆるく振る。  
「ありがとうございます。…でも…大丈夫ですから…」  
泣きそうな顔でそんな言葉を出す事に不安を覚える。  
 不意に、壁を伝って歩いている時の手首―  
チラチラと赤い帯状の跡。  
 一抹の不安―  
「しょうがねぇな」  
後ろから声が聞こえたかと思うと、ひょいと抱え上げる。  
 ふわりとした浮遊感に目を丸くするが―  
「おっ…下ろしてっ!!」  
眉間に皺を寄せて睨み据える表情。  
「−っ!?」  
妙に色気があると思う。  
 昼間にあった時とは違う何か。  
トスと、大人しく下ろし何も言わずに踵を返す。  
ただ見ているだけの奴を振り返って。  
―まさか…な―  
 
―自分の心に鍵をかけて。自分は大丈夫だと―  
 ぎゅぅと、コーンを握りしめ祈る。  
ノックの音。  
「最上さん?」  
恐る恐るドアを開ける。  
「お・・おはようございます。敦賀さん。」  
深く頭を下げて挨拶をする。  
昨日の事で心配かけてしまったから…かな?  
 不意に、ぎゅうと抱きしめられた。  
「少し・・このままでいい?」  
胸に湧き上がる感情を宥めようと、懸命に喉から出そうな言葉を堪える。  
 鼓動が少しずつ早くなる。  
安心できるのは何故だろう―?  
心にある不安をお互いに解消するかのように。  
 
滞りなく撮影が進み、昼食休み―  
 ふと目に付いた2人。  
硬直しそうになる身体。  
 状況を悟ったのか、庇うように守る蓮。  
「大丈夫?」  
優しく声を掛けて、手を翳そうとすると―  
「やっ!」  
ビクリと、自分の中にある恐怖心が目覚める。  
「あ…ご…ごめんなさいっ!!」  
ハッと直ぐに我に返って謝る。  
 この妙な空気―  
 
クスリと、レイノから漏れる笑い。  
 聞き逃すはずも無い。  
「あぁ…そうだ。コレ、俺たちの新曲が入ってるんで…聞いてみて欲しいな。」  
意味深に笑い、メモリを渡される。  
「お前らの新曲なんて、またパクリなんだろ?」  
俺様のコピーでも、コイツらは劣化だしな。  
 なんとなしに思った言葉をそのまま返す。  
「好きにすればいいさ。」  
嘲笑にも似た表情を浮かべ、ビュッフェから姿を消した―  
 
イマイチ不透明な状況―  
 言葉にしようとしても今ひとつ力を持たない。  
聞くことに本能が警鐘を鳴らす。  
「あれ?…キョーコちゃん、ココ虫刺され?」  
不意に投げかけられた言葉。  
ビクリと全身が反応していた。  
―何?―  
「あ…」  
やんわりと、  
「バンソウコウしているからさ。」  
少し思案した表情で。  
「昨日、浴場の岩に凭れかかって引掻いちゃって…」  
その表情が、あまりにも判りやすくて。  
 胸にある激情が暴れそうになる。  
「そう。でも・・気をつけるんだよ。跡が残ると大変だから・・」  
無理矢理笑顔を作って相手を見据える。  
―君が何を隠しているのか判らない―  
「は…はい。」  
何かを隠している表情が見て取れて―  
 
テーブルに置かれているメモリ。  
「尚。これは?」  
指で指し示すと、疎ましそうな視線を送る。  
「ビーグルの奴の新曲だってさ。俺はどうでもいいから…」  
カタンと立ち上がって、部屋を出て行く。  
 取り残された祥子は仕方なしにメモリを手にする。  
「また新曲盗まれていたら大変じゃない。」  
イヤホンをつけて、メモリに入っている音を聞く―  
「…え?」  
耳を疑いたくなる音の記録。  
「う…そ…」  
口元を手で覆い、イヤホンを剥ぎ取る。  
 胸に突き上げる感情―  
落ち着くのよ。と言い聞かせ、自分の感情を処理していく。  
頭の中で、これからすべき事を構築して。  
「…聞かせられないわよね…尚には絶対。」  
スイとメモリを外して部屋を出る。  
 
 
重苦しい足取りで目的の相手を探す。  
 ふと、ロビーから姿が見えた。  
足早に近付くと、相手も少し躊躇った表情。  
「あ・・の…少しいいですか?」  
不破尚のマネージャーが何故社さんに?  
 腑に落ちないような、自分が取り残されているような感情。  
―こんな事、初めてだな―  
小さく嘲笑する。  
 こんなにも好きなのに、彼女は―  
ふと、伺うような視線をキョーコに注ぐマネージャー。  
「?」  
ざわりと、不破との事かと想像して嫉妬がうねる。  
「蓮…撮影の時間になるから行っておいで。」  
仕事に行くように促す。  
 後ろ髪惹かれる思いで、現場へと向かう。  
 
どう話を切り出していいのか判らない。  
 しかし―  
「人目につくとまずい事なら、僕の部屋で…どうですか?」  
察しが良い事が助かる。  
所在無さそうに立っているキョーコ。  
「最上さんも一緒に…ね?」  
不安そうなキョーコに声を掛けて向かう。  
「…ショータローの事で・・なにか?」  
恐る恐る聞いてくる表情。  
「……他のことで。」  
エレベーターの到着音。  
 3人で乗り込んで沈黙―  
部屋に向かい、飲み物をテーブルに置く。  
「それで…ご用件というのは…」  
話を切り出され、まっすぐに視線を向ける。  
「申し訳ないですけど…最上さんの事で相談したいんです。…彼女のマネージャーは…?」  
ビクリと、キョーコの肩が反応したのを見逃さなかった。  
「ビーグ―ルの件で、多分お話が入っていると思います。その事で…」  
「…僕では・・?」  
役不足とかそういう事じゃなくて…  
でも、本人の前で言っては…  
「彼女の責任者となれる人と連絡して欲しいんです。」  
きっぱりと言い、まっすぐと見据える。  
 小さく溜息を吐き、手袋をはめる。  
「どういう経緯か、話してもらいますよ?」  
携帯を手にとり、社長のナンバーをコールする。  
 
電話が繋がると、そそくさと奥に行き、コソコソと話をする姿―  
―多分…―  
 心当たりは一つだけ。  
それが、あの人に見つかった。  
このまま逃げてしまいたい。  
「社さん…」  
スイと、携帯を返すと変りに社さんが立ち上がって話を聞く。  
頭を不意に撫でられる。  
「ごめんなさい。キョーコちゃん。守れなくて…」  
言われた言葉が、胸の奥の重石を軽くした。  
「や・・やだな…大丈夫です…から・・・っ…」  
零れ落ちる涙を強引に拭う。  
 ここで泣いては駄目だと。  
ここで?  
じゃあ、どこで私は泣けるのだろう―?  
 
電話口で聞いた声は今までに無く怒気を孕んでいた。  
 そして、ロケが終るまで自分がマネージャーを兼任すること。  
件のバンドは力を持って制すると告げ、  
「蓮に…暴力行為だけはさせんようにな。」  
そう、言い伝えると携帯が切れる。  
 何がどう結びついたら暴力行為に?と思ったが…  
涙を堪えているキョーコの姿に何かが揺さぶられる。  
 
曖昧に言葉を濁し、滞りなく撮影を勧めている中―  
 ふわふわと黒いコート姿の男と、掴みかかろうとしている不破の姿。  
遠くからでは判らないが、怒りを充分に持った拳が振りかざされていた―  
 
パシッと、拳が受け止められ不快感をさそう笑い。  
「っめぇ〜っ」  
イライラと怒りが蓄積する。  
涼しい顔で睨まれて余計に腹が立つ。  
「なんだ。折角プレゼントしてあげたのに、聞いてないのか。」  
クスリと笑まれ、ブチっとキレる。  
「お前らのパクリ音楽なんか聞きたくもねぇよ。」  
感極まったのか爆笑される。  
―ざけんな!コイツは一体何を言っているんだ!?  
「そうか…二度とない物をまだ聞いていないのか。イィ声だったよ。キョーコは。」  
ガンッと、何かで頭を殴られた衝撃。  
昨夜のキョーコの表情と空気で心当たりが一致―  
 無意識のうちに膝で腹を蹴り上げていた。  
「―っ…はっ…」  
目の前で渦巻く怒り。  
苛立ちが募る。  
「くそっ・・」  
殴り足りないレイノを睨み据える。  
「力の限り、お前に生きていた事を後悔させてやるよ。」  
言い捨て、ホテルへと向かう。  
 
休憩の時間を見て、社を探す。  
「しょうがない…」  
携帯を取り出そうとすると、自分の横を走って通り過ぎる姿。  
 あまり見たことの無い怒りの表情で―  
気になって後をつけつつ連絡をはかる。  
「あ…今、部屋に?」  
2,3会話をして電話を切る。  
 エレベーターで奴とかち合う。  
お互いに沈黙―  
「アンタ…アイツを守れなかったんだよな…俺もだけどよ…絶対にアンタより上になって  
やるよ。あんな奴に―ッ!!」  
ガンと扉を殴り。壁に凭れる。  
目的の階に到着して、エレベーターを後にする。  
「俺は…俺の出来る限りで守るよ。」  
告げるべき相手に言わず、空に告げる。  
 
小さくノックして反応を見る。  
ドアを開けると険しい顔つきの社。  
「社さん?」  
伺うと、溜息を吐く。  
「……ごめん・・な…」  
落ち着かせるように囁く。  
キョーコの表情がない―  
「最上…さん?」  
「監督には連絡しておいた。で…後はお前次第だと思う。」  
思案して、キョーコの腕を引く。  
「キョーコちゃん。…おいで…」  
グイと引くと、そのままとことこと着いていく。  
自分の部屋の扉を開けて、中に入れる。  
「どう…したの?」  
頬に手を翳すと、一筋の涙―  
 拭おうとするとさらに溢れてくる。  
「…っ…」  
華奢な体を掻き抱いて、溢れる感情を抱きとめる。  
 
―何故、敦賀さんの前で泣けるのだろう?  
安心できるから―?  
 心の中に温かいものが満たされて―  
涙が止まらない。  
 包まれた腕のぬくもりが嬉しくて。  
“どうして、この人ではなかったのだろう”と昨夜に失ったものを考える。  
だから、初めてという物の大切さを余計に思い知らされて―  
「君が自分自身をどう思おうと、俺には何一つ変らないで必要なんだよ。」  
言い諭す様に、宥めるように告げる。  
 彼女の何が失われたのかは知らない。  
だが、それに固執して彼女を傷つけるのは嫌だ。  
「私…」  
告げようとする言葉を唇で塞ぐ。  
「今は…このままでいいんだ。話せるようになったら話して欲しい。」  
胸にある重みが少しずつ軽くなる。  
「でも…」  
「ここに、俺の腕の中にキョーコがいるだけでいいんだ。」  
―今はまだ、ただ安らぎと安心を与えてあげたい―  
「誰でもない、君だけを愛したい。」  
力をこめて抱きしめる。  
 
―まだ混沌とした頭の中で浮かぶ一つの鍵―  
 カチリと、鍵が閉じた音がどこかで聞こえた―  
 
 

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