【帝王様の支配】  
 
最近の蓮はどこか変だった。  
いつもなら、撮影でラブシーンが多少でも入れば渋い顔をするのに不思議な事にそんな様子は全く見られなくなった。  
 
今度、私が出演する事が決まったドラマにはキスシーンはもちろん、ベッドシーンもある。  
同じ事務所に所属している蓮が、ドラマの内容を把握していない訳はなかった。  
 
「……怖いわ。風邪でもひいたのかしら?」  
 
携帯に入っていた蓮からのメールを読むなり、額から嫌な汗が伝い落ちた。  
 
『今、雑誌の撮影で赤坂のスタジオにいる。終わったら迎えに行くよ。キョーコもドラマ撮り頑張って』  
 
以前の蓮ならラブシーン入りのドラマ撮影前に頑張ってとは言わない。  
演技に手を抜けとは『役者』として絶対に言わないけれど、頑張ってと手放しで応援するような励ましは言ったりはしなかった。  
 
「どうしちゃったのかな」  
 
ふいに襲った例えようのない不安に、私は動揺を隠せなかった。  
 
本人曰く、私と付き合い始めてから変わったという『好意』の感情表現は、回りくどさや恋愛らしい駆け引きがなくて、どんな時もストレート一本。  
誰よりも愛されたがりな私には、そんな蓮の愛し方がすごく嬉しかった。  
 
それだけに、今すぐにメールの真意を知ることが出来ないのは辛くて堪らなかった。  
 
 
 
 
一方、赤坂のスタジオにいた蓮はというと、自分で送信したメールを読み返して溜め息をついていた。  
 
「もっと別な言い回しの方が良かったか?……いや、でもこの場合は他に言い様が無いし……」  
 
先日、蓮はずっと気にかけていた事を社長に指摘されていた。  
昔は『情熱に欠ける愛なんて愛じゃねぇ』とか『色恋沙汰に向かない男』だのと社長や果てはマネージャーの社にまで言われていたが、恋愛面に関して浅い付き合いばかりを繰り返してきたお陰で、少なからず助けられていた事がある。  
 
それは、ゴシップだ。  
 
話題の新ドラマの主演に新進気鋭の若手女優・京子が抜擢された事で、キョーコはマスコミの獲物になっていたのだ。  
スキャンダルと縁が無い『スキャンダル処女』のキョーコが、『蓮との交際』という話題でマスコミに取り上げられる事を、社長は良しと判断する訳がない。  
 
「……はぁ」  
 
好きだという気持ちだけではどうしても越えられない問題に、蓮は生まれて初めて直面していた。  
 
 
仕事が終わり、やっと会うことが出来たのは深夜2時を過ぎた頃だった。  
 
私は蓮の真意を知りたくてずっと機会を窺っていたが、聞くのが怖くてただ黙っていた。  
深夜となるとさすがにビル街も人通りが少ない。  
信号待ちの間も歩道の人目を気にせずに済むから気が楽だった。  
 
「遅くなってごめん」  
 
申し訳なさそうに口をひらいたのは蓮だった。  
 
「謝らないでよ。私も予定より結構遅く終わったし。それに、蓮を待ってる時間もすごく楽しかったよ」  
 
真っ直ぐ前を向いている蓮を横目でちらりと見た。  
上着のボタンがひとつ掛け違えている。  
蓮らしくない蓮の姿に、私はどうやら大きな思い違いをしていたのではないかと感じた。  
 
メールだけでは、人の気持ちなんて分かるはずがない。  
 
「蓮は私の為に急いで来てくれたでしょ?」  
 
「それでも遅れた事に変わりはないよ。急いだつもりなんだけどね」  
 
私は、最近どうして様子が変だったのかを聞こうと思っていたが、やめた。  
自分の不安を盾にして大切な人の気持ちをはかろうとするのは良くない。  
 
女として、蓮の恋人としての自信を持たなければこの先何度も同じ不安に苛まれる事になる。  
 
私は、この気持ちを切り換えて改めて蓮と向き合おうと決めた。  
 
「そういう真面目過ぎるところも好きですよ」  
 
面と向かって言えないから窓の方を向いて言った。  
車内の重い空気が、一気にいつもの二人の空気に戻ってゆくのが分かる。  
 
蓮は滅多に聞けない『好き』という言葉に動揺して、しどろもどろしていた。  
 
「キョーコ、頼むからそういう台詞をうかつに口にするなよ?俺はドラマのラブシーンひとつも許せないくらい嫉妬深い男だからね」  
 
「大丈夫、分かってるわ。それに私は淡白な蓮より嫉妬深い帝王モードの蓮の方が好きみたいだし」  
 
私は膝の上に置いてあった携帯電話を示した。  
 
「ありきたりな言葉だけのメールなんて、リアルな貴方に比べたら無意味なものよ」  
 
蓮は、優しく笑った。  
深い事情を互いに話さなくてもきちんと置かれた立場を理解し合えるだけの気持ちが育っていた事が何よりも嬉しかった。  
 
 
車は自然と蓮のマンションへ向かっていた。  
その車内で、蓮は私が聞きたかった事を自分から順を追って話してくれた。  
主演に抜擢されたドラマ公開が近付いてきてマスコミのゴシップ争奪戦が過熱していた事や、そのことをふまえて社長と相談して距離を置いていた事も。  
 
だけど、そんな事は私にはもうどうでも良くなっていた。  
 
*  
*  
 
部屋に入るなり、蓮はいつもの蓮に戻っていた。  
 
「キョーコ」  
 
シャワーも浴びずにベッドへ倒れ込み、そっと身体を組み敷かれる。  
名前を呼ぶ声がわずかに掠れていて、耳朶に触れる甘い吐息に私は震えた。  
 
内側の襞とむき出しの突起を抉る舌先の感触が私はちょっとだけ苦手だった。  
蓮は必ずコレをしたがるけど、少しされただけで身体が痙攣してきてしまう。  
 
「やっ、待って…ダメぇ」  
 
じわじわと胎内から愛液が滴り落ちてダークグレーのシーツを汚す。  
蓮は私の抵抗をものともせずにひたすら舌を這わせた。  
ピチャピチャと濡れた粘り気のある水音が羞恥心をかき乱した。  
 
「ッんぅ…ひぁっ、ぁ」  
 
感触が麻痺して、抉られた場所が熱い。  
私は咄嗟に足を閉じようとしたが、あっさりと阻止されてしまった。  
 
蓮の指が、ゆっくりナカヘとねじ込まれてくる。  
 
「あんッ!」  
 
「痛くないだろう?」  
 
慣れた指で、舌先が届かなかった奥の襞まで一気に擦られた。  
痛みは感じないが、それなりの圧迫感はある。  
 
「ひやぁッ、れ…蓮ッ……ゆびっ…やだ」  
 
薄暗い室内で、じっくりとそこを見つめられるのは恥ずかしい。  
ましてや蓮が固執しているとなれば尚更だ。  
私は何とか止めてもらおうと、蓮に向かって両腕を差し出した。  
 
「わかった」  
 
蓮はそっと指を抜いて、私を抱き起こしてくれた。  
腰を支えられながら、唇を重ねる。  
器用に歯列の隙間から舌を捕らえて甘噛みしたり、強く吸ったりして他愛もなく戯れ合う。  
 
「んんっ…今日ッ、なんかいつもと違う気がするわ」  
 
「仕方無いよ。あんな熱烈な告白を聞いた後だからね」  
 
膝の上に抱えた私の身体を再びベッドに押し戻す。  
その行動に何となく危険を察知して、蓮の表情を窺った。  
得体の知れないオーラに包まれてやたらとキラキラしている。  
 
「キョーコは嫉妬深い方の俺が好きって言っただろ?」  
 
 
私はこの時になってちょっとだけ後悔してしまった。  
 
「あっ…あれに深い意味はな…いッ、きやぁぁっ」  
 
本気の帝王モードに突入した蓮が、いきなり膝の裏を持ち上げた。  
 
身体の下の方でゴムの封が開けられる音がする。  
足を閉じれないように身体を割り込ませた蓮が、先程までしつこく舌を這わせてた場所へ、そっと下肢を押し付けた。  
固いモノの先端が強引に襞をかき分けて挿入される。  
 
まだこの感触に慣れない私にはその瞬間、ゴリッと鈍い音がしたような気がした。  
 
「……ッ」  
 
私の意思とは正反対に、襞は蓮のモノをずるずると最奥まで飲み込んでゆく。  
 
「やっ、待って…動かないでっ」  
 
「ごめんね。そのお願いは……ちょっと聞いてあげられないみたいだ」  
 
蓮の身体が覆い被さってきて、挿入されたモノの位置があらぬ場所へ変わった。  
 
今まで一度も味わった事がないような、不思議な感覚がそこからわき上がってくる。  
 
蓮は容赦無く私を攻め立てる。  
 
「キョーコ……いつもと感じが違うの?」  
 
「んッ、なんか変なの。そこっ…あッ」  
 
過敏な私の反応に、蓮は何かを察して満面の笑みを浮かべた。  
がっちりと腰を固定して、訳がわからなくなるくらい挿入を繰り返す。  
 
撮影中の私の肌にあとを残さないように、オフやドラマ撮りの無い日にキスマークを付ける首筋に、舌が触れる。  
 
無意識のうちに私も蓮の背中に爪を立てたりしないように気を使っていた。  
 
ふいに蓮の動きが止まり、ゆっくりとナカから抜ける感触がしたと思ったその時。  
 
「ひッ…やぁあー!!!」  
 
一際強く最奥へと挿入された。  
意識していないのに、襞が蓮のモノに絡み付き、ギュッと締まる感じがした。  
 
じわっとナカから漏れ出す愛液が、正直に快感を訴えている。  
 
「……キョーコ」  
 
絶頂感に震える私の身体を蓮が強く抱き締めた。  
生理的に溢れた涙が止まらない。  
 
「君が俺を受け入れてくれてから、俺はより嫉妬深くなった気がするよ。こうして繋いで支配しなければ治まらないくらいに」  
 
蓮が、もどかしい自分の内面を吐露しているのを私は腕の中で黙って聞いていた。  
何か言ってあげたくても、情事の後の気怠さから口が重くなり、何も言えない。  
 
ただ、蓮自身が自分の気持ちに戸惑うくらい、私を愛してくれているのだと知った。  
 
ゴシップを理由にそっけなく振る舞っても、最後までその振る舞いを貫けないくらい。  
 
「こんな男だけど、許して」  
 
子供みたいに蓮は小さな声で呟く。  
抱き締められた腕に、より一層の力が込められていた。  
 
私の大切な帝王様の支配欲は底なしだ。  
でも、それが愛しくて仕方無い。  
 
やっぱり嫉妬深いくらいの蓮の方が私は好きみたいだから。  
 
 
 
終。  
 

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