【君の体温】―蓮視点
独り寝が辛いだなんて、いつから感じるようになったのだろうか。
俺は物心つく頃には既に独りでいる時間に慣れていた。
独りで食べる食事も、独りで過ごす夜も、独りで眠るベッドの感触にも。
一肌が恋しいなんて感じた事は一度もなかった。
今まで付き合ってきた恋人のうち誰にも、ずっと側にいて欲しいなんて感情は抱いた事がない。
帰りたければ帰ってもいい。
会えないなら会えなくても構わない。
俺はそういう男だった。
「……静かな夜だな」
必要最低限の物しか置いていない殺風景な室内はいつでも眠れるように暗めに照明を落としている。
シーツに身体を寄せると、真新しいベッドのスプリングが軋む。
「……キョーコ」
念願叶って手に入れた年下の恋人はとても律義で、今まで付き合ってきた女性とは全く違うタイプだ。
何も望まず、何も求めず、無条件でこんな俺に計り知れない程の愛をくれる。
そんな彼女が、俺にひとつだけした『おねだり』はこのベッドだった。
初めて『恋人』として、このベッドルームに招き入れた時、彼女は複雑な表情を浮かべつつ言った。
「私、このベッド嫌いなんです」
「ベッド?」
「……はい。この家の中でどうしてもこれだけは嫌なんです」
女心に疎い俺は、すぐに彼女の想いを察してあげられなかった。
ベッドのデザインが気に召さないのだろうと自分で推測して、あえて問うことはしなかった。
翌日、俺は彼女の為に新たにベッドを買い替えた。
なるべく彼女の好みに合うようなアンティーク調のデザインの物に。
彼女は新しいベッドをとても気に入ってくれた。
だが、まさか買い替えるとは思っていなかったらしく、少し申し訳なさそうにしていた。
「私が嫌いって言ったから替えてくれたんですよね…。ごめんなさい」
「謝らなくていいんだよ。前からベッドは買い替える予定があったんだから」
それはもちろん嘘。
彼女が言わなければ、わざわざベッドを買い替える事はしなかった。
「本当にごめんなさい。……でも」
彼女は、そっと俺の手を引いてベッドの側へ招いた。
「私は、他の知らない女の人が眠ったあのベッドで貴方とは眠れなかったんです」
「……キョーコ」
彼女の身体を乗せた真新しいベッドのスプリングが軋む。
俺はとんだ思い違いをしていたのだと、彼女の言葉で気が付いた。
覆い被さるようにして、そっと唇を塞ぐ。
小さくて細い身体がピクッと震えた。
「私はこのベッドで、貴方の温もりだけが欲しいんです」
愛しくて堪らない恋人に、この状況で、そんな『告白』をされたなら、果たして世の男はどんな事を思うだろうか。
俺はつくづく幸せな男だ。
「このベッドは君と俺が眠る為にあるんだ。だから、他の誰の温もりも感じれないよ」
彼女の腰を引き寄せて、優しく頬を撫でる。
漆黒で艶めいた綺麗な髪が、肌の白さと相俟ってより一層美しく見えた。
繰り返し重ねる唇の隙間から乱れた呼吸が漏れる。
ブラウスのボタンをひとつずつ外す時間さえもどかしい。
「敦賀さん」
彼女が手のひらが、俺の左胸に触れる。
「敦賀さんの心臓……すごくドキドキしてます」
緊張の鼓動が彼女の手のひらに伝わる。
ドラマの撮影より、どんな光栄な賞を受けた時よりも緊張していた。
本当に俺らしくない。
彼女の真似をして、俺も彼女の左胸に手のひらをあてる。
「君も、俺と一緒だ」
子供みたいな俺の言葉に、彼女は綺麗な笑顔で応えてくれた。
着衣を脱ぎ捨てて、戯れ合うように互いの身体に触れる。
「ん、やっ…ぁ…つ、…敦賀さっ…」
未だに行為に慣れない彼女は、まじまじと見つめられるのが恥ずかしいのか、時折、視線から逃れるようにそっぽを向く。
可愛い彼女の反応が俺の底意地の悪さを刺激した。
「ねぇ、キョーコ。『敦賀さん』て呼ぶのやめないか?」
「えっ…それは…」
彼女の丁寧な敬語の口調は幼い頃から使っていたらしく、どんな時も変わらなかった。
仕事をする上では良い事だけど、『恋人』にはもっと砕けた口調で話してくれても構わないのに。
「で…でも、何かすごく言い辛くて…」
「俺はキョーコには名前で読んで欲しいな」
彼女の言葉を遮って、わざと『満面の笑顔』で釘をさした。
組み敷いた彼女の身体がビクビク震えている。
「笑顔で言ったのに、その反応は心外だな」
「っ…そっ…その笑顔は反則…」
口をぱくぱくさせて続きを言おうとする彼女の耳元で凄むように囁く。
「君に名前を呼んでもらえるなら何だってするよ」
彼女の胸に顔を埋めた。
悪戯に小さな尖りに触れると身体が敏感に反応する。
「やっ…ま…待って…」
「ダメ、もう待てない」
下肢に手を伸ばし、秘められた場所をそっと開く。
しっとりと愛液で濡れたソコは、快感神経とシンクロしていて、彼女がか細い喘ぎを漏らすと、更に濡れた。
「んっ、あ」
かき分けるように指を挿入すると襞が指先に絡みつくように奥へと誘う。
異物を拒みながらもしっかりと受け入れるソコは不思議と心魅かれるものがある。
「痛くない?」
生まれて初めて感じる感触を彼女は必死で受け入れようとしていた。
キュッと締め付けられる度に、俺は抑え切れない衝動を堪えるのが精一杯だ。
抜き差しして襞を苛めて、徐々に異物の感触に慣らす。
彼女の喘ぎに甘さが混じってくるまで、時間を忘れてこの行為を続けた。
「ひぁ、ぁッ…ん、ぅッ」
俺には分からない『何か』を感じると、彼女の太股が微かに痙攣する。
『何か』の波が過ぎ去ると、再び彼女は波を追う。
「分かる?」
俺の問いかけに、彼女は言葉もなく何度も頷いた。
ベッドの脇のスタンドライトの置かれた家具の引き出しからゴムを取り出して素早く付ける。
シーツに顔を伏せた彼女は、恥ずかしさと緊張で少し泣いていた。
「キョーコ」
俺は目頭に唇を寄せて、あやすように彼女の名前を呼ぶ。
初めて迎える瞬間を、触れ合う互いの温もりをより深く感じる為に。
「っ……れ……ん」
途切れ途切れの言葉の中に、俺は確かに自分の名前を聞いた。
「君が好きだよ」
この歳になって、今までたくさんの人に呼ばれてきた自分の名前を、他の誰でもない『恋人』に呼ばれただけで喜ぶ自分。
昔の自分からは想像出来ないような進歩だと思う。
「ッ…私も……好き…です」
彼女の声を聞いて、俺は愛液の滴るソコへ欲望のままに自分のモノをあてた。
先端が襞を割り開いた時、微かに身体が硬直するのを感じる。
「痛かったら我慢しなくていい」
背中荷に回された彼女の腕に力がこもる。
無意識に爪を立てていて、鋭い痛みに顔が引きつった。
それでも、彼女の感じる痛みに比べれば大した事はない。
愛液の滑りをかりて、時間をかけつつ、ゆっくりと最奥まで到達する。
「んっ…あ、っ…」
彼女は俺に縋るように身体を投げ出して、目を閉じて先程感じたばかりの波を追っていた。
「苦しい?」
「ん、…お腹いっぱい…で…変な感じが…します」
例え様のない感覚を『お腹いっぱい』という辺りが彼女らしい。
落ち着きを取り戻し、襞の締め付ける感触が弛むのを待って、慎重に腰を退く。
「やぁ、っ」
ナカで位置が動き、慣れた異物の感触を愛液で濡れた襞が求める。
柔らかく絡み付く感触は生々しい程、刺激になった。
「…ッ!」
気を抜いていたら俺の方が先に意識を手放してしまいそうだ。
彼女の腰をグッと固定し、ゆっくりと抜き差しする。
耳を塞ぎたくなるようなねっとりとした愛液で奏でる挿入の際の水音は、彼女の耳にも届いているはずだ。
「はぁッん!あぅ!」
ぴったりと重ね合わせた肌から流れた、どちらのものか分からない汗がシーツに染み込む。
俺は、彼女がしっかりと受け入れてくれている事を感じつつ、ある場所に触れた。
「んッ…?…ぁあッ!」
しっとりと絡む愛液に濡れた小さな突起。
それはまるで芯が入ったみたいに固く膨らんでいる。
彼女は、その突起に触れる度に甲高い悲鳴を上げた。
「あ、んッ、だめっ、…つ、敦賀さ……」
「キョーコ、もう一度名前呼んで」
俺は願いを込めて囁いた。
彼女の身体は、ビクッと激しく震え、締め付ける感触はより強くなる。
荒く浅い呼吸を繰り返しながら、ひたすら待つ。
「あ、ッ…れ、蓮っ…」
艶のある甘い声。
「…ッ…キョーコ」
ピンク色に染まった彼女の頬に頬を擦り寄せて、俺はそっと安堵の声を漏らす。
繋がったままの身体で、互いに夢中で抱き合った。
情事の後の気怠い気分も、彼女の温もりがあれば違った風に感じれる気がした。
*
*
独り寝が辛い時は、ベッドに残った僅かな彼女の温もりを思い出す。
この真新しいベッドには彼女と俺の温もりしかない。
腕に残る感触、甘い香り。
それをリアルに思い描きながら目を閉じれば、すぐに朝がやってくる。
俺は目を閉じて朝を待った。
終。