「にゃ〜おん〜〜〜」  
「最上さん?ちょっとそこはやめなさい・・って通じないのか?」  
「ごろごろごろ・・」  
「蓮、どうやら本気の本気で催眠術、とけないみたいだね。  
 キョーコちゃんが冗談ででもこんなことを、しかも長時間できるとは思えないし・・・」  
「・・・・」  
 
社の言葉に蓮は天を仰いだ。  
収録はとっくに終わっているのに、控え室でキョーコはずっと蓮の膝に張り付いて離れないでいたのだ。  
床にぺたんと座り込み、蓮の膝に顎をのせてゴロゴロすりすりしている姿は  
蓮にとっては、恐ろしく可愛らしく魅惑的なんだが、単純に喜んでいられる訳もない。  
ひきはがそうとしても、すぐ戻ってきては上目遣いで覗き込んで蓮を悩殺する。  
 
「どうしよう?今晩はこれで終わりだからいいけど・・・下宿先に送っていくにもこれではね」  
「・・・・・」  
「ねえキョーコちゃん、どうする?だるま屋さんに帰る?」  
「ふにゃー」  
「宝田社長に聞いてみる?」  
「ふにゃー」  
「それとも蓮のうちに泊まる?」  
「にゃん!」  
 
キョーコは猫のはずなのに(少なくとも今は猫の心ののはずなのに)  
『蓮のうち』の単語に嬉しそうに反応した。  
しっぽがあったらきっとピン!と立てているに違いない喜びようだ。  
 
「ちょ、ちょっと・・・社さん、冗談じゃないですよ何で俺のマンションなんですか」  
「俺のアパートでもいいけど、それじゃ蓮が困るだろ」  
「別に困りませんよ・・・ってか、ちょっと離れなさい、最上さん」  
 
擦りあがって来て脇腹に頭をこすりつけるキョーコを、蓮は押しやる。  
いくら猫でも身体はキョーコのままだ。  
以前嗅いだシャンプーの匂いがふんわり漂ってきて  
社がいる今でさえ、蓮は困惑を隠しきれない。  
この状態で一晩一緒にいろってことか?・・・とんでもない!  
そんな蓮の気も知らず、更に首筋に鼻面を押し付けようとするキョーコ。  
 
「いい加減にしなさい!キョーコ!」  
余裕がなくなってきた蓮は、思わず強く怒鳴ってしまった。  
キョーコはビクッと身体を硬くし、そろそろと蓮から離れる。  
じっと蓮を見あげる瞳は潤み、今にも涙がこぼれそうだ。  
 
うっ・・・。  
すぐ後悔はしたものの、再度猫愛撫が始まるのも避けたい蓮は  
手を中途半端に差し出したまま、しばらく動けなかった。  
 
「こら蓮、そんな小動物に乱暴な男は嫌われちゃうよ。  
・・・よしよし、キョーコちゃん。蓮があんなんなら俺ン家に来る?  
うち3DKだけど、1部屋は倉庫状態だから、寝るのは一緒の部屋になるけどなー。  
キョーコちゃんがいいなら仕方ないか。  
あ、そうだ風呂釜の調子が悪いから、シャワーしか使ってないんだ。  
猫なら1人でシャワーなんか使えないよね〜。どうしようか〜〜?」  
 
社の話は殆ど蓮に厭味に言ってるようなものなのだが、一応話かけられるキョーコ。  
「にゃん・・・・」  
と、返事をし、すごすごと社の傍に行った。  
「え・・・。って、俺ン家で・・いいの?俺?」  
今度は社が慌てる番である。  
「ふぃにぃ・・・」  
チラチラ蓮を見ながら社の膝にもたれるキョーコ。  
ずわっと部屋の空気が急激に冷え、社は真っ青になった。  
「ちょ、ちょっとキョーコちゃん!」  
 
社の胸に手をおいて見あげるキョーコ、更に慌てる社。  
我慢できずに蓮は、キョーコを後ろから羽交い絞めにして抱き上げた。  
 
「・・・わかりました社さん、うちに連れて行きます・・・  
それでいいんですね・・・この埋め合わせはしてもらいますからね・・・・」  
 
 
蓮の部屋。  
 
キョーコはしばらく珍しそうにウロウロしていたが、やがて定位置の蓮の膝の上に落ち着いた。  
ため息をつきながら持ち帰ったロケ弁の蓋をあける蓮。  
「・・・ほら、食べなさい」  
箸でおかずをつまんで、キョーコに食べさせる。  
「にゃー」  
嬉しそうにハミハミ食べるキョーコ。  
「にゃにゃん」  
「これ?」  
「にゃ」  
「猫は高野豆腐を食うのか?・・そら」  
「にゃう〜ん♪」  
「これは?」  
「んぎゃ」  
「いらないの?」  
「にゃん」  
「俺の言葉、わかるのかい?」  
「にゃっ」  
「じゃ言わせてもらうよ。君は男の生理というものがわかってない」  
「・・・にゃん?」  
「一刻も早く最上キョーコに戻りなさい。それでだるま屋に帰りなさい」  
「にゃ・・・ん・・・」  
「いや・・別に怒っているわけじゃないから」  
「にゃっ」  
「だから、あまり近寄らないのって」  
「にゃう〜〜ん」  
「早く食べてしまいなさい・・・」  
「にゃっ」  
「これも、ほらこれも」  
「にゃにゃにゃ」  
 
「・・・っとに俺は何をしているんだろう?・・」  
ぼーっと考えながら、キョーコがいらなさそうなオカズを食べる蓮。  
キョーコは変らず蓮を甘い甘い表情で見あげている。  
ハグしたくて、されたくてたまらないと言った風だ。  
部屋にもどってきて、概算12分。  
何度もキョーコの瞳に悩殺され、耐えることが難しくなっている。  
 
これからどうするんだ?  
風呂はなしだな・・・トイレは自分でできるのか?着替えは?寝る場所は?  
 
眩暈を起こしながらもう一つ、おかずを自分の口に運んだ。  
そのとき。  
「にゃあっ!」  
キョーコが飛び掛り、蓮の口に入ろうとした瞬間の卵をカプ、と奪い取った。  
突然のことで呆然とする蓮。  
箸がころりと落ちる。  
大満足そうにもぐもぐ食べるキョーコ。  
更に蓮の口についたソースが気になるらしく、また顔を近づけてくる。  
 
「ちょ、ちょっと・・」  
慌てた蓮は後ろに逃れようとして、ひっくり返ってしまった。  
キョーコは蓮の身体をまたいで、身体をすりよせてきた。  
「・・・にゃ・・ん」  
唇の横をぺろりと舐めるキョーコ。  
美味しそうにそっと何度も舐め上げた。  
 

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