〜342様続編捏造、「恋人は猫である」キョーコサイド〜
発端は、バラエティ番組の収録だった。
「罰ゲームは京子ちゃん、催眠術で猫になってもらいます!」
高らかな司会の宣言に、
「あーあ…」
クイズに負けたキョーコは、大げさに肩を落とすリアクションをして、椅子に座った。
と、横に居た蓮の視線が突き刺さる。
…え、なんで怒ってるの!?
他の誰も気づきはしないだろうが、キョーコにだけは感じ取れる紳士スマイル。
ぴしぴしと伝わる冷気の波動に身をすくめてしまうキョーコに、催眠術師が笑顔でリラックスを呼びかけた。
慌ててキョーコは笑顔を取り繕い、催眠術師の指を見つめる。
蓮は、長いとは言えスカート姿のキョーコが、四つんばいで見世物になるのに腹を立てていたのだが…
そんなことを知る由もないまま、キョーコの意識は途絶えた。
にゃあ。
ここはどこ?
光、まぶしい。人、たくさん。
ねこじゃらしもボールも大好き、でも、もうここにはいたくないの。
うずくまってにゃあにゃあ言ってたら、背の高い男の人があたしを抱き上げて、
めがねの男の人と一緒に、しずかなお部屋につれて行ってくれた。
背の高い人、ぴりぴりしてて、そばにいるとなんだかいけにえになったみたい。こわい。
でも、抱き上げてくれたのは、心配してくれたからだと、わかる。
しかってくれたり、こわいけど、やさしい人って、誰?
ご主人様だ。
「にゃ〜おん〜〜〜」
ご主人様。すりすりして甘えてみる。
でも迷惑みたい、何度かひきはがそうとする。
嫌がられてはいないみたいだけど、困ってるみたい。
何か悪いことしたのかな、ごめんなさい、きげん悪くしないで。
めがねの人があたしに何か聞いてる。
やっぱりご主人様はご主人様だ、あたし、この人のお家知ってるもの。
もちろん、ご主人様とお家に帰る!
でもやっぱり、ご主人様、困ってる。どなられちゃった。
「にゃん・・・・」
めがねの人のところに行くしかない…
でもご主人様は、もう一度抱き上げてくれて、お家に連れて帰ってくれた。
お家はいつもと見え方が違ってて、なんだか珍しかった。
ご主人様はお膝の上でお弁当を食べさせてくれた。やっぱりやさしい。
おかずおいしい。
でも、ご主人様と一緒におなじもの、食べたいな…
卵、好き!
「にゃあっ!」 卵もらった!
あ、ご主人様、倒れちゃった。ご主人様、まだ口元においしいのがついてる。
「・・・にゃ・・ん」
ぺろぺろ。
あ、逃げられちゃった。
どこ行くの?いっちゃ、いや。
なんだ、遊んでくれるんだ!ボール、好き。
ふかふかのお布団でじゃれるの、好き。
ボールで遊んでくれるご主人様に、じゃれるのも大好き。
ご主人様からいいにおいがするのも、好き。
ご主人様、大好き。
「にゃぁ・・・」
またぺろぺろしてたら、今度はご主人様さまがあたしの舌をぺろぺろした。
なんだか不思議。
いいにおいで、おいしくて、なんだか…きもちよくて?
途中ですこし苦しかったけど、ご主人様、今度はよしよししてくれた。
全身丁寧になでてくれて、きもちいーい。
どうしてうまく喉を鳴らせないのかな。こんなに気持ちいいのに。
ご主人様は邪魔な服も脱がせてくれた。
そうして、ご主人様の手が直接触れて、たくさんよしよししてくれて…
「にゃ、にゃぅ…にぁあ…」
あったかくて、信じられないほど、気持ちよくなってく…
そうしているうちに、ご主人様の手はどんどん、いつもは触らないところを、触っていった。
「にゃぁっ、なぅ…」
こんなところも、なでてくれるの?
なんだか、窮屈で、変…
「ゃ…ぁ…っ」
今までに感じたことのない、甘い感覚が突き抜けて、キョーコは叫んだ。
え…っ?
訳が分からなかった。
なんで、裸なの?
そしてこの感覚は、なんなの?
ぬめった感触がとんでもないところに触れてて…私、なんだか震えている。
溢れて流れていくのは、何、どうして?
「ふ…っあ…ゃっ…」
なすすべもないまま上がった甘い声に、キョーコはますます動揺するしかない。
今のいやらしい声…私!?
どうして、こんな…
内部に感じていた違和感の塊が抜かれた感触に、悲鳴を上げたキョーコの瞳に映ったのは、
――敦賀さん…
その蓮は、言葉を発しようとしたキョーコに背を向けて、なんと服を脱ぎ始めた。
純情なキョーコにも、さすがに何事が起こっているのかを理解しないわけにはいかなかった。
え、でも、なんで敦賀さんが…!?
なんて破廉恥な、と一人赤くなったり青くなったりしながら、
さっきまでの「猫」の自分が何をしていたか…思い出す。
…なんてことをしてたの、私…
今になって、蓮の言っていた言葉が重く感じられる。
「君は男の生理というものがわかってない」
それってこういうこと?で…だから、こんな…
キョーコの頭は色んな感情でごちゃごちゃになっていく。
敦賀さん、私に誘惑されたと思った?
それで、「男」として…?
胸が傷む。
私は猫になっていただけだったのに!
ううん、でも、敦賀さんは、私の事を嫌いではない…
混乱した耳にぎしりとベッドが軋む音。
キョーコは我に帰る。
動揺している場合ではなかった。
蓮のたくましい裸体が近づいてきて…
――敦賀さん…
自分のまいた種でも、正気に返ったと逃げることは出来るはず。
キョーコは一瞬身構えたが、見つめる蓮の瞳に、先ほどまでの感覚が蘇った。
ゴシュジンサマ、ダイスキ。
だめ、でもだめ。逃げなくては…
デモゴシュジンサマニミステラレルノハコワクテ、
でもいくらなんでも、こんなことをするなんて…
デモ、ゴシュジンサマハ、トテモ、ヤサシクテ…
強く抱き締められて、とっさに口から出たのは
「に…にゃあ…」
ためらいがちな鳴きまねだった。
もう振り払えないと、頭のどこかで理解していた。
かといって今更正気に戻るわけにはいかない。
あくまでも、猫のままで。
今は、猫だからこそ…
が、腰を捉える蓮の腕には、とっさに抵抗せざるを得なかった。
だって、これって…!
「ぃやぁあああ…っ!」
悲鳴を上げながら、知識としてしか知らなかった痛みを、
キョーコは身をもって知った。
唇からは悲鳴しか出ない。逃げたかった。
けれど、蓮の動きはあくまでもやさしくて…
裂かれるような痛みの中、存在を増して行く。
猫ではない「自分」に、与えられる愛撫が…
新たな意味を持って全身に響く。
与えられる感覚を、快楽を、追ってしまう。
…声、出ちゃう…ダメ…猫なんだから…
「ふ…ッう…にゃ…にゃあ…ッ」
痛みの分すこし冷静になっていて、鳴き声を「猫」にすることはなんとか出来た。
と、蓮がキョーコの顔をのぞき込んだ。
なんて目で、私を見るの?
どうしてそんなに、優しく笑ってくれるの…?
奥底に感じる蓮の熱が、笑顔と同じくらい、甘く響いた。
出来た傷は確かに痛いのに…
――敦賀さん…
名前を呼びたかったけれど…
さすがに口に出すわけには行かなくて、吐息に紛らわせつつ、キョーコは蓮にすがりついた。
だんだんと、蓮の動きは激しくなる。
震えて締め付けて擦れると、とろけそうな感覚になっていった。
「にゃあ…ア…ッ…にゃーアァぁん…」
弱いところを責められて、キョーコは声を上げる。
本当なら恥ずかしくて我慢したかったけれど、「猫」でなくちゃという意識が、返って声を上げさせる。
もう、それ以外は、何も考えられなくなっていた。
「にゃぁっ、はっ、はあっ、にゃー…んっ」
聞こえてきた蓮の声がとても嬉しくて、無我夢中で蓮にすがり付いていた。
激しい動きに合わせて、どんどんと快感がこみ上げてくる。
…敦賀さんがやさしくて、気持ちよくて…大好き。
涙が流れていたけど、もう苦痛のせいではなくて。
「にゃ、…」
瞬間、高まった快感に大きく全身が弾けるように思えて…
ぃや、もう、ダメ…
「…はっ、ぁ、やぁ、も…ぁ、ああっ、ああぁーーーっ…」
初めて感じる絶頂感の中で、キョーコは素直な自分の声をあげ…意識を手放した。
…ねえ…敦賀さん。
私、確かに聞きましたよね?
「好きだ」って。
間違っていたなら、また私は猫に戻るしかないけれど…
確かに聞きましたよね?
信じてもいいんですよね?
私の大好きな、ご主人様。