にゃー…ん?
なんだろう、なんだかとても懐かしい夢を見ていたみたい…
あれは、昔読んだ絵本の世界。
捨てられていた子猫が、拾ってくれた厳しくてやさしいご主人様と、
しあわせに、しあわせにくらしていく…
そんな物語を、私は大好きだった…
キョーコはカーテンから漏れる薄明かりに、少し目を細めた。
「…朝?」
次の瞬間、その目は大きく見開かれる。
…ここ、何処!!?
見知らぬ場所と言うわけではない。見覚えはある。
ただし慣れ親しんでいるとまでは言えない。
つまりここは、だるまやの自分の部屋ではなくて…
だんだんと、記憶らしきものが浮かび始めた。
「…」
キョーコが、おそるおそる左隣へと首を向ければ…
「きゃ…」
上がる悲鳴は、危ないところで音量を落とせた。
――つ、敦賀さん――!!!
それは、昨日の結果からすれば当然の事。
ここは蓮の寝室、そしてベッドの上、布団の中。
そして傍らにはもちろんこの部屋の主、眠る蓮。
たくましいむき出しの肩と腕が布団からのぞく。
え、ええと、何が…
思考の小部屋に閉じこもって逃避の一つもしてみたかったが、
どうにもうまく行きそうもなかった。
一糸まとわぬ裸体の自分、
その各所に残るうっすらとした赤い跡、
シーツの上に散る元は赤い色だった染み、
何より…
体に残る、熱い熱い、蓮の存在が…
今になってまでもありありと、体のそこかしこに鮮明に蘇る。
鈍く痛むところ、
甘くもどかしくうずくところ。
そのなにもかも、ただ、熱く…
総てが明らかに、二人の間に起きた事実を物語る。
…私…っ…敦賀さんと…
キョーコの耳元に、
蓮の「好きだ…」と言う声が残っている。
空しい一人想いが裏切られることは、もう嫌だった。
だから恋をしないと、一人決めていた。
それなのに、思いがけない蓮の告白を聞いて…
嬉しかった。
恋をしたくなかったということなど、思い出しもしなかった。
――誰も振り返ってくれなかった私を、敦賀さんだけが見つけてくれた…
もう何の恐れもなく、意地も保てそうになかった。
蓮の一言が総てを暴き立てて…
…本当に、嬉しかった…
それだけが真実。
胸が、熱い…
高鳴る鼓動を感じながら、キョーコはそぅっと蓮の顔を覗き込む。
と、気配を感じたのか、その目がゆっくりと開いた。
…う、わ…っ!!
とたんに胸の早鐘は更に加速し、息苦しくなってくらくらしてきた。
ああ、だめ、とても正視出来ない…!!
視界はぐるぐるして、部屋がぽうっと薄明るくなったのにも気づかなかった。
蓮はスイッチから手を離し、ゆっくりキョーコのほうを向く。
そして神々しいまでの微笑を浮かべて、「キョーコ」と呼んだ。
とっさにキョーコは叫ぶ。
「にゃんっ!!」
…ああっ、もう…!!
何分昨日から、まともな状態で蓮に会ってはいないのだ。
蓮だってまともではなかった。
一体どんな顔を合わせればいいかなんて、分かるはずもない。
――とっさに猫を装う方が楽ではあった。
キョーコはとにかく猫然としたそぶりでと、四つんばいに居住まいを直す。
そして、「にゃぁ…」と鳴き声をもらし、猫らしく蓮の方へとすりよってみた。
自分を見つめる優しい瞳がくすぐったくて、照れたようにキョーコは目を伏せ、
前足(両手)を蓮の肩に置き、頭を下げて胸にすりつけた。
「にゃおーん」
すりすり。
しかし…この先どうすれば。
キョーコの動揺を知ってか知らずか、蓮は横たわったまま吐息で軽く笑う。
そしてキョーコの顎に手をかけてこちらを向かせ、じっと見つめる。
…あ…
魅惑的に整った造形の中に光る二つの眼。
深い優しさと、それにそぐわないほどの扇情的な熱さが不思議な調和を見せていた。
す、と、軽く細められると…少しの切なさが現われて、キョーコの心を突き刺した。
あの「夜の帝王」の眼差しに似たようでいて、非なる輝き。
甘くて…目を反らせない…
射すくめられたようになったキョーコの体に、思わぬ衝撃が走った。
「にゃ…っ」
蓮の手が、キョーコの胸を覆っていた。
やんわりと包み込み、やわらかさを愉しんでいる。
「…にゃぁっ!?」
うかつにもその時になってキョーコは気づいたが、先ほど姿勢を変えた反動で、
キョーコの体にかかった布団は体から滑り落ちていて…
今や、キョーコは一糸まとわぬ四つんばいの裸体を、横たわる蓮の目の前に余すところなく晒しているのであった。
「にゃーーー!!!(なんて事ーー!!)」
混乱したせいか、悲鳴はまだ猫のまま。
しかしそんなことを気にしている場合ではない、もう恥ずかしくて…
どうやって「最上キョーコ」としてこの状況を受け止めればいいのか、全然分からない。
も、もう、隠れなきゃ!そうだ、まずは猫みたいに丸くなって…
「みゃぁっ」慌てたキョーコの反応を、「夜の帝王」の瞳は逃がさなかった。
蓮の腕は、じたばたするキョーコの腕を掴み、更に逃げられないよう上体をも捕えてしまって…
そして軽く頭を起こし、目の前にあるキョーコの胸の突起を、口に含んだ。
「にゃぁあっ、…ん…っ」
昨日の、催眠術の最中の感触とは比べ物にならない衝撃が走っていた。
…こんなに、感じるんだ…
やわやわとした優しい感触ではなくて、こみ上げて奥底に響く快感。
びくりと体が震え、くたりと腕の力が抜けて倒れこむのを、蓮はしっかりと受け止め、更に攻め立てる。
舐め上げられ、吸われて…
「にゃっ…にゃぁア…ぁにゃァ…」
ますます動揺と混乱を深めるキョーコの頭はもう正常に働くどころではなく、
ただただ猫の声で甘い悲鳴を上げるだけ。
なぶる様に吸い、指で擦りたてて、変化する両のそれを、蓮は更に愉しむ。
「にゃぁん…にゃっ…にぁあ…ん、あっ、にゃー…ぁぅん…」
びくびくと体が震えて、でももどかしくて、もっと触って欲しくなって。
昨日の猫のように、でも今日は自分の意思で、甘えたように身をすりよせて…
キョーコは「みゃぁあ…ん…」とねだるように鳴いてしまっていた。
…敦賀さん…
とろんとしたキョーコの視界から、蓮の姿が消えた。
「にゃ…」
と、次の瞬間、後ろから蓮に抱きかかえられていた。
お座りの体勢になったキョーコの体を、腰に回した蓮の手がぎゅっと引き寄せる。
「にゃあっ…」
「キョーコ」と、耳元で蓮は呼ぶ。
その声も、背中に感じる温かさも、愛しくてしょうがなかった。
素直に甘えてみたくなる…かわいい子猫のように。
「にゃぁん…」蓮の手を引き寄せて、胸元できゅっと抱き締める。
キョーコはただ抱き締めたいと思っただけだったけれど…蓮の手は、もちろんそれ以上を望んだ。
再度むき出しのキョーコの胸を包んで、揉みしだく。
「にゃ…」吐息がキョーコの唇から漏れる。
蓮の片手が胸から離れて、脇をたどるとキョーコの体がぶるりと震える。
「にゃ、は…んっ」
ぞくぞくと、快感が全身を包む。
蓮は腰をなで、丸く柔らかなラインと感触を愉しみながらお尻をなで…濡れていく下肢へと届かせた。
長い指が花びらを探って…
「ひにゃ…っ」
鋭い反応が奥底にまだ残る痛みを誘い出し、キョーコは悲鳴を上げた。
…まだ、痛い…
…甘さの中に感じた苦味が、ふと、心の奥の疑問をひっぱり上げた。
キョーコは不自由な体勢から蓮を振り向こうとした。
「にゃあ」
弾む息を抑えて、問いかけるように鳴き声を立ててみる。
言葉では、うまく口に出せなくて…
でも、蓮はただ切なく甘い眼差しで、ゆったりと微笑んで、見つめているだけ…
…何か、言ってくれないの?
言ってほしいことが、
聞きたいことが、
あるのに…
さっきから名前を呼ぶだけ…
どうして、何も言わないの?
演技だとわかってそのままにしているの?
それとも、
猫には言葉は通じない…から?
…まだ催眠術の猫のままだから、
…だからこそ?
こうしているの?
…
…そうだ…
何で忘れてたんだろう…
敦賀さんには、好きな人が、居た…
キョーコなんて名前の女は、いくらでもいる。
私…ただ、うぬぼれてただけ…?
弾んだ息はそのまま、甘い声が、キョーコの唇から消えた。
涙が込みあがる前に、と勢いで振り回したキョーコの手は蓮の腕にぶつかり、爪が薄く傷を残した。
「にゃーっ!」
悲鳴のような声をあげ、不意を付かれた蓮の腕から逃れてベッドのすみっこにうずくまる。
「ふーーっ!!」
もう人間に、「最上キョーコ」になんて、戻りたくなかった。
かといって、おとなしくいたぶられるままでいたくはなかった。
猫だもの、威嚇も、引っかきもするわよ…
猫の威嚇の姿を出来るだけ思い出して、なりきって、
もう…
もう、本当に猫になってしまいたい。
キョーコの胸は引き裂かれていた。
敦賀さんは警告してくれていたのに、
私は、逃げなかった。
私が悪いんだ。
正気に戻っていたのに、受け入れてしまった。
何もわかってなかったのに。
勝手に、好かれてると思い込んで…
一人で、喜んで…バカみたい…
涙を抑えようとしているうちに、蓮の言葉は耳に届くのが遅れた。
「…から…」
…敦賀さん?
今更、何を言ってるの?
猫に弁解なんかしてもしょうがないでしょう?
キョーコは蓮の姿が目に映らないよう、うずくまったままつんと横を向く。
「ごめんね、本当に…」
謝ったってしょうがないのに。
猫の機嫌を取るなら、餌かおもちゃでしょう?
昨日みたいにボールでも投げてくれればじゃれ付いて表情も隠せるし、涙もまぎれるわ…
「嬉しかったんだ」
キョーコの意思に反して、耳は蓮の言葉にすがりついた。
「俺は、君に嫌われてると思っていた…でも、そんな君がそばに居て、甘えてくれるのが、」
…敦賀さん?
「本当に嬉しくて…」
無意識のうちにキョーコはゆっくりと蓮の方を向き…
そろそろと見上げれば、シーツに埋もれた足元、汗の光る引き締まった肉体、…
そして…傷ついた表情の、蓮が居た。
聞こえた声は、驚きのあまり、すぐには理解できなかった。
「君が好きで…だから、自分を抑えられなかった」
……
君が 好き
「――…っ」
キョーコは息を呑んだ。
信じられなかった。鼓動があまりに早すぎて感じ取れず、心臓が止まったような気さえした。
が、その間にも、蓮の口から沈鬱な響きの言葉が続く。
「君は逃げなかったから、許されていると思ってたんだ。でも、それはきっと催眠術のせいで。」
正視出来ないと言うように、今度は蓮が横を向く。
見たこともないくらい、辛い表情だった。
少しの間の後、思い切ったように蓮は視線をめぐらし、泣く様な瞳でキョーコを見て…
「俺は、…君にとって、ひどいことを…」
搾り出すような声を聞くなり
「敦賀さん…!!」
ふと気づいた時には、キョーコは蓮の腕にすがりついていた。
「本当に…本当に!?」
胸が一杯で、言葉がうまく出てこない。
蓮はまだ、辛そうな表情で下を向いている。
泣き出しそうなさっきの瞳を思い出してキョーコはうろたえる。
が。
聞こえてきたのは、くすくすと、笑い声…
「やっぱり、我に返ってたんだ」
笑い声の割に、声は静かだった。
「!?」キョーコは唖然と目を見開く。
どこか底冷えのする瞳で静かに微笑んで、蓮は言った。
「ちゃんとわかってるよね、俺の言葉。猫としてじゃなくて」
「……鎌を、かけたんですね…!?」
とっさにまたキョーコは身を翻そうとしたが、蓮の手がそれを許さなかった。
なす術もなく、だけどおとなしくもなれず、キョーコはじたばたともがく。
「離して、離して下さい!!」
瞳からはもう、止めることの出来ない涙が次々と溢れていた。
「ごめん、違う。」
ぎり、とすごい力で引き寄せられて…唇が、重なった。
少しの間の後、離れた蓮の唇はキョーコの頬の涙のあとをなぞり…
「さっきのは、ウソじゃないから」と言った。
ウソ、じゃない?
きょとんと見上げるキョーコの瞳を覗き込んで、蓮は繰り返す。
「あの時、君は逃げなかったから…許してくれたんだと思った。嬉しくて…君が好きだから、自分を抑えられなかった。」
親指が、キョーコの唇をなぞる。
「でも、いきなりで…君の心を無視して、ひどいことをした…」
さっきと同じ悲痛な目。
「本当にごめん。でも、君が好きなんだ…」
キョーコはのろのろと口を開く。
「本当に…?」
「理性には自信があったんだ。何よりも、俺は人を好きになっちゃいけないはずだった。」
蓮はキョーコの体から手を離して、いつかのように、傷ついた表情で、笑う。
「本当でなければ…こんなことには、ならなかったな」
「敦賀さん…」
キョーコの想いを暴くのは、やはり蓮の言葉だけだった。
キョーコを想う、蓮の言葉。
光のように胸に差し込んで…
もう今は、嬉しさばかりが心で踊っていた。
…本当に、信じてよかったんですね…
喜びで心の底からこみ上がる涙が、キョーコの瞳から溢れる。
ぎゅっと、キョーコはより強く蓮の腕にしがみついた。
「私、私…、私も、嫌だったら、こんなことにはなってないです…」
「…キョーコ?」
「もう恋なんかいらないと思ってた…でも、敦賀さんを、なくしたくない…」
涙でぼやける視界の中、キョーコは蓮を見上げた。
「敦賀さんが…好きなんです…」
今度は蓮が息を呑む番だった。
反射的に引き寄せようとする腕にキョーコは少し抵抗して、蓮の顔を覗き込んだ。
世界で一番切なくてやわらかい微笑を、見つめていたかったのだった。
「…有り難う…信じられないくらい、嬉しい…」
その笑顔が寄せられて…唇が重なった。
「いつから私が正気だって気付いてたんですか…?」
「昨日からだよ。…100%自信があったわけじゃないけど。催眠術師があれだけやっても暗示が解けなかったんだしね。」
蓮にゆっくりとシーツの上に押し倒されながら、キョーコは表情を曇らせる。
「ちょっと、悔しいです…これでも猫になりきろうとしてたのにお見通しだったなんて。演技はまだかなわないんですね…」
「いや、いい演技だったよ」
蓮はキョーコの上に覆いかぶさって軽く抱き締める。
「お世辞なんて言わないでください。もっと何事にも動じない気持ちでやらないとダメですね!」
こんな状況に似つかわしくないくらい、ムキになってキョーコは蓮をにらみつける。
情熱をかけるものに一生懸命になって他が見えなくなるのが、キョーコらしいところだと蓮には充分分かっている。
この負けず嫌いさが愛おしかった。
だけど、よりによって今意地にならなくたって、と呆れもする。
芝居にかける情熱は蓮も同じなのに、キョーコを捕らえるそれにまで嫉妬してしまいそうで…
苦笑いで自分を抑えると、蓮は右腕をキョーコの目の前にかざした。
「俺が演技でお世辞なんか言うはずないだろう。ほら」
「…?」
そこには、キョーコのつけた爪あとがうっすらと、血の赤を浮かばせていた。
「あの怒る猫は、すごかった」
蓮の苦笑に、面白いくらいみるみる青ざめてキョーコは叫ぶ。
「ご、ごめんなさい…っ!!」
「いいよ」
くすくすと笑って、蓮は頭突きしかねない勢いで頭を下げようとするキョーコの額を手のひらで制する。
そして、艶かしい瞳を軽くきらめかせて…
「大体ね…こんなことされても続行できるような演技力なんか、いらない」
「…やぁ…!あ…っ」
敏感な秘所をやおら指で強く擦り上げられて…キョーコは嬌声を上げる。
「あっ、やんっ、っ…」
「ね…演技なんか、してる場合じゃないだろう…?」
「や、ぁっ…あ、っ、わかりました、っ、わかりました、から…っ」
びくびくとこみ上げるものに耐えて、ぎゅっとつぶった瞳からぽろぽろ涙が零れ落ちていく。
キョーコの哀願を聞いて蓮は性急な愛撫を止め、代わりに強く抱き締めた。
「敦賀さん…?」
頬の横でもらされた重く盛大なため息に、キョーコは不思議に思って問いかける。
「それに、」
なんだかやるせない響きの蓮の声。
「今朝の子猫ちゃんはたまらなかったね…」
「え…」
蓮の困ったような眼差しがキョーコを向く。
「…君、あれはさ、誘惑してるっていうんだよ…」
思い出すだけでも理性が吹っ飛ぶこと必至、
今朝の、全裸の子猫ちゃん…
蓮にとって昨日の無邪気な催眠術猫とは、もう雲泥の差だったことは言うまでも無い。
「いやっ、そんなんじゃ、…敦賀さんのえっちーーー!!」
恥ずかしさのあまり叫びながらじたばたともがくキョーコを、蓮は余裕で押さえ込む。
真っ赤になった耳元に唇を寄せて、低い笑いとともに囁く。
「…どっちが」
「って、敦賀さんだけですっ、あんな破廉恥な…っ… っあア…っ!」
耳に舌を入れられた感触に身をよじって、キョーコは甘く鳴く。
「ゃ、なにっ…ぁあ…んっ…」
くらくらしながら、キョーコは蓮の甘い声を聞く。
「ごめん…やっぱり、我慢できない…」
抱き締める腕はきつく、
その言葉の意味することは、たった一つ…
「でも君…まだ辛いだろうし…」
いたわるような響きに、キョーコは蓮の気遣う意味を知る。
確かに、まだ痛みが奥底に響いていた。
けれど…キョーコもまた、この温かい恋人の体から離れたくはなかった。
蓮の顔を見上げ、赤い頬に微笑さえ浮かべて、キョーコは言った。
「私…術のせいで…意識はあっても、昨日の事が全部私のものじゃない気がしてるんです…。」
…猫じゃない私に…もう一度、ちゃんと、ください…
甘い誘惑に、蓮のかすかな自制はもろく掻き消える。
深い口付けを、二人はまるで初めてのような気持ちで交わしていた。
灯りはキョーコの希望でさすがに消されていたが、早朝といえど今日の日差しは強いらしく、
カーテン越しに届く光が互いの姿を薄明るく浮かび上がらせていた。
蓮はキョーコの脇をたどり、背骨に沿い、そして腰から太ももへのラインへと、何度も往復させ…
感じるところを巧みに探り出しつつ、全身を愛撫する。
くまなく這い回る蓮の手に、熱く快楽を感じながらキョーコは身をよじる。
「…っくふっ…」
改めて行為を意識してしまったために恥ずかしくて声を出せず、こもった吐息が唇から漏れる。
けれど全て抑えきれるはずもなくて。
「んぅっ…っ」
きゅ、と口元を押さえたキョーコの右手を、蓮は除けてしまう。
「ダメだよ。君も俺にちゃんと、くれなきゃ…」
にっ、と意地悪な笑みを浮かべて…
頭を下げ、体勢を変える。
「…ひぁ…っ…ゃ…」
びくびくとキョーコの体が反応する。
熱く濡れた舌の感触が、熱さが…
花びらをたどり、隠された場所へと…
「あっ…んふっ、はぁぅ…っ、あァ…ん…」
たまらずに、甘い声が漏れ始めた。
「我慢しないで…君の声を、もっと聞きたい…」
猫じゃない、君の声を。
蓮は熱い息と共に懇願する。
なおも続く愛撫に、もはや耐えることもできずにキョーコは悶える。
「ゃ…っだめぇっ…ア…っあ、ダぁメっ…やぁあ…ん…」
「ダメじゃないよ…これもちゃんと…ね…」
言いながら、指をゆっくりと中へ差し込んでいく。
「ぁ…っ」
びくっとキョーコが強く震える。
注意を払いながら蓮は指を進めるが、
「っ…いた…っ」
すっかり濡れきってはいても、傷になってしまったところの痛みはやはりあって。
「やっぱり…無理かな…」
先ほどまでとは打って変わって心配そうな蓮の声。
それを聴いた瞬間、何か不安な気持ちになって、キョーコはとっさに口にしていた。
「…大丈夫です…」
自信はなかった。なかったが、言わずにいられなかった。
「今、離れたくないんです…」
これが今のキョーコの真実だった。
そして、蓮も。
くちゅ、ちゅく、とぬめった音をたてながら蓮の指が往復する。
せめて痛みが和らげばと内部に傷薬を塗りこむ動きが、徐々に愛撫のみに変わり始めていた。
薬とこみ上げてくる蜜の両方で、キョーコの中はとろとろと熱い。
蓮は、ぷっくりと膨らんだ粒を莢の上から舌でねっとりと愛しみつつ、
注意深く、そして激しく、差し込んだ指をくねらせる。
「あぁっ…はぁん…んゃアっ…」
キョーコの声はもうすっかり熱く、甘い。
感触が快楽を呼び起こし、内部は震えて、徐々に増やされる蓮の指に応えていく。
くぷ、と溢れた蜜が蓮の手を伝い、シーツに染みを作った。
「あ…っ、あっ、ぁんっ、もう、なん、だかぁ…っ、もぉ…っぁ…!!」
切羽詰った声を聞いて、蓮はキョーコから体を離した。
「やっ…」
どうして、とキョーコは弾んだ息を漏らして身を起こそうとしたが、
記憶が、次に起こることを気づかせた。
怖くないといえば嘘になる。
けれどキョーコは、自ら蓮を抱き締めて…
「っやぁあああ…っ!!」
何とか衝撃を我慢しようと一生懸命になる。
指とは比べ物にならない蓮の存在に、揺らされる腰の動きに、苦痛もまた鈍く生まれていくけれど、
キョーコの全てが今、蓮の全てを望んでいる。
苦しげな声に蓮は暴走を精一杯食い止め、ゆっくりと動き、キョーコを丁寧に愛撫する。
「ああんっ、あっ、ふ…っ…はぁんっ…」
「ここが一番、イイの…?」
絶頂を寸前で妨げられた体が再度感じ始めたのに気づいて、
蓮の両の指先は、つんと突き出した両胸の頂を、つまんで、捏ねるようにいじる。
「やぅっ、ああっ、あぅん…っ」
眉根を寄せた表情がとろんと甘くなり…
ふっと蓮は笑みを漏らし、キョーコの腰をぐっと掴む。
…もう、抑えは利かなかった。
激しくなった動きに快感も痛みもない交ぜになりつつも、
蓮を受け止める喜びが、キョーコの快感になっていく。
そのうち、内部は蓮に絡みついて、ひくひくと締め付けはじめる。
昨日覚えたばかりの快楽に応える術を見つけ出したかのように。
キョーコの耳に、快感の吐息を伴った蓮の声が聞こえた。
「…キョーコ、愛してる…」
「ァ…っ…つるがさ、ぁん…!」
…ずっと…聞きたかった言葉…
幸せで…ぽろぽろと涙を流しながら、キョーコは必死に蓮にしがみつく。
「わた、し、も、アぁっ…わたし、もぉ…っ」
「わかってるから…」
うわごとのように喘ぐキョーコの唇に軽くキスし、蓮は頂点へ向かって駆け出していく。
がくがくと震える体に、もうそれからは何も考えられなくて…
「あっ、ア、はぁあんっ、あァーーー…ん…」
奥底で弾けた蓮を感じながら、キョーコは再び意識を手放した。
キョーコが気づいた時、既に蓮は後始末を済ませ、隣で静かに横になっていた。
…夢じゃない。これが現実。
深い安堵の中、キョーコは微笑んでつぶやいた。
「敦賀さんがご主人様で、よかったです…」
「…?」
突然聞こえてきた声に、怪訝な顔で蓮はキョーコを見た。
「あ、昔大好きだった絵本なんです。捨てられた子猫が、拾ってくれたご主人様と幸せに暮らす話で…
子猫は、ちょっぴりイジワルで厳しくて、でもとても優しいご主人様が大好きなんです。」
敦賀さん、似てます、とキョーコは無邪気な笑顔を見せた。
「それに…こんな私を見てくれたのは、敦賀さんだけですから。」
「…そう…」
しばしの間の後つぶやいて、蓮はキョーコの髪を撫でた。
キョーコは蓮の首元に頭をすりよせ、その温かさの幸せに酔った。
「子猫がご主人様に出会えたように…私も敦賀さんに会えてよかったです。好きになってくれて、とても幸せです…」
「俺も、嬉しいよ。君とこうしていられて……また会えるなんて思っていなかったのに…」
抱き寄せられながら、今度はキョーコが怪訝な顔をする番だった。
「いつかわかるよ」、と蓮は軽く笑った。
「それよりも…疲れただろう?眠るといいよ。」
昼頃になって目覚めたなら、夕方まで一緒にいよう。
蓮の約束を聞きながら、もう一度キョーコは眠りに落ちていった。
深い充足感が蓮の全身に満ち溢れていた。
…初めて抱いたときも、こうして寝顔を眺めていたけど…
受け入れられた喜びの中にも、少しの不安と疑問を抱えていたその時とはまるっきり違う。
今、愛しい少女は自分の意思で、ここに身も心も委ねているのだった。
「ご主人様、か…」
昨日の猫は童話の主人公だったってことなのかな?と蓮は笑う。
ご主人様が大好きで、甘える子猫ちゃん。
そして、子猫のキョーコは、無意識のうちに蓮をその「大好きなご主人様」にしてくれていたのだった。
「…俺が、君の本当のご主人様になれる日はいつなのかな…」
飼い主ならぬ蓮の脳裏に浮かんだのは、
ヴェールごしのキョーコの笑顔。
ブーケを携えて祝福される、お姫様のようなウェディングドレスの…
蓮は、激しくその光景を欲している自分に気づいた。
隣に眠る恋人を見つめて、蓮は微笑む。
…もう、過去は振り返らない。
君のために、手に入れたい未来のために、突き進む――…!!
キョーコの頬に唇を寄せて、蓮は繰り返し誓っていた。
※おまけ
目覚めた二人がまず初めにしたことは、昨晩からほったらかしにされていた食卓の片付けであった…
蓮は、夕方の仕事で再会した社にキョーコが正気に戻ったことを伝えたが、
社は見事何かを察したらしく、ずっとにやにやしっぱなしだったという。
(その社の異様さは身近な人々の目を奪い、蓮の若干変わった雰囲気の格好の隠れ蓑になったという。社長を除いて。)
そんな社は、昨日の催眠術師に謝礼の一つも送ろうかとまで思ったらしいが、
さすがに思いとどまったと、いう…
おわり。