今日の「きまぐれロック」収録は様々な雑念が渦を巻いていた。  
ゲストは敦賀蓮。  
初回スタートの不破尚に続く番組にとって超ビックゲスト。  
 
絶対ばれない様スタッフに口止め等裏工作に手をつくす最上キョーコ。  
スポンサーの機嫌を損ねぬようキョーコに釘を刺すプロデューサー。  
蓮をおっかけて何十倍の抽選券をありとあらゆる手で入手したファン200人。  
そして、企画内容を知って少しだけ策略を考えるブリッジメンバー・・・。  
 
「さてやってまいりました、本日のきまぐれロック。  
 ゲストはな、なんと芸能界一抱かれたい男の  
 つるが、れ〜〜ん〜〜〜さんでーーーすっっ!!!」  
「きゃーーー!!!!」  
 
赤青黄色の天を貫く悲鳴の渦の中、蓮は涼やかに登場した。  
「いやあすごいですねえ、さすが敦賀さん  
 これほどスタジオが盛り上がったのも久しぶりです」  
「よろしく」  
早速卒倒しそうなファン続出、なかなかスタジオの熱気は落ち着きそうにない中  
蓮は鶏の「坊」に目配せをしていた。  
 
『君、この番組だったの』  
 
嬉しそうにふっと微笑をむける蓮に、着ぐるみの中のキョーコは動揺したが  
負けじといつも通りのマスコット役を変らず演じることに集中した。  
 
「・・・ということで敦賀さんの意外な秘話も沢山聞けました。  
 さて、ここで次のコーナーです。夏・超常現象に触れ合うシリーズ。  
 
 今回は催眠術の第一人者(うっそくせー)、○○さんの登場です。」  
「今晩は○○です。催眠術というのは手品と混同されやすいのですが(中略)  
 で、どなたかに実験台になっていただけますか?」  
 
「うーん、じゃあまず、坊?君やってもらいなよ」  
「そうだね、じゃあ鶏になってもらおうかな」  
『おいらはそもそも鶏ですがな』(ハリセンつっこみ)  
「じゃあどうしようか。猫とはやってもらう?」  
『そんなアホくさいものは鶏のプライドが許しまへん」(笑い)  
「ならイチローは?」  
イチローになる催眠術をかけてもらう坊。  
術が終わった途端、バッティングの素振りを始める。(大笑い)  
 
「をを〜!なかなか本物ぽいじゃない?では次は敦賀さんの番です!  
 敦賀さんは、何になりたいですか?」  
「俺ですか?・・・特になりたいものは・・・」  
「では、あなたの意中の人を白状してもらう術をかけましょうか」  
 
「ぎゃーーー!!」(スタジオ騒然)  
「それはちょっと・・・そういうことはきちんと記者会見で話さないとw」  
「ぎゃああーーー!!!」(さらに騒然)  
「意味深ですね・・・。近々その予定が?」  
「あれば良いんですけどね、全然予定もめどもつきません。  
 ゆっくり恋をする余裕もないというか・・」(含み笑い)  
「そうですかあ。ではそんな敦賀さんに良い人を作ってさしあげましょう!」  
「・・・というと?」  
「あなたに、最初に見た人を好きになってしまう催眠術をかけます。  
 目を開けた時目の前にいた人が・・・・運命の人なのです」  
「ぎゃあああーーーーー!!!」(もう阿鼻叫喚)  
「ははは・・・(苦笑)。いいですよ。やってみてください」  
「よし、俺、敦賀さんの前にすわっておこっと」(リーダー)(大笑)  
 
ここでニタリ、と笑うブリッジのメンバー。  
「あ、じゃあ坊もついでに一緒にかけてもらいなよ」  
まだ素振りをしている坊に声をかける。  
 
『ぼ・・・ボク??』  
「そそそ、君はっきりいって良いトシだろ?そろそろ彼女の1人もつくらないとね。  
 スタジオの女性の方、坊のお嫁さん立候補はその瞬間を逃さないように!」(笑い)  
 
なんだかよく解らないが、蓮の隣に行く坊。  
蓮と目が合い『しょうがないなあ』と苦笑しあう。  
「あ、間違っても敦賀さんと見つめ合わないようにねー。それはそれで面白いけど」  
(よし、リーダー頑張るんだぞ。キョーコちゃんの最初の視線はなんとしてもゲットするんだ!)  
密かにVサインをおくるメンバーに、リーダーちょっと照れ笑い。  
 
そして、催眠術がはじまり・・・、蓮と坊が術にかかった、と思われた瞬間。  
 
「れんーーー!こっちよこっちーーっ!!」  
「蓮さまあああああ!」  
「ぎゃーー!誰も見ないでええー!」  
誰も信じてないだろうに、万が一という想いからか、スタジオは無茶苦茶な状態  
ファンからの怨念ともいえる殺気で目をあけるのも恐ろしい状況になった。  
 
蓮は果たして誰を見たのか。  
何とかキョーコと目を合わせようとするブリッジロックのリーダーと視線があい  
そこから許されぬ恋心と熱くつのる視線を送る名演技。  
坊は坊で、適当な観客の中の女性にプロポーズをしてしまうという、  
お約束のオチと大騒動で、番組は大団円で終了したのである。  
 
 
・・・・が。  
 
誰も気がつかなかった。  
キョーコはこういう「暗示物」にとても弱いということを。  
 
術にかかりボーっとしているキョーコの視線の先に  
リーダーに熱い言葉をつむぐ蓮がいたことを。  
 
ファンの大騒ぎのあまり、術師もうっかり番組内で蓮の催眠術は(カタチだけ)といても坊の術を解くのを忘れてしまったことを。  
 
誰ひとり、こんな状況でまさか術に  
「 ほ ん と う に 」  
かかっている、人間がいるということに、思いもよらなかったのである。  
 
 
蓮の控え室。  
番組が終わり、ふうっと息をつく蓮。  
「今回は妙に疲れた・・・」  
そこへ、コンコン・・・。とノックの音。  
 
キョーコだった。  
 
蓮は驚く。  
「最上さん?どうしたの?こんなところで」  
「あ・・あの・・・。今ここの局でラブミー部の仕事があったんです。  
 それで・・・偶然、敦賀さんの名前の控え室を発見しまして」  
偶然、という発音に力を入れる。  
「そうか、驚いたよ・・・。じゃあ一緒にLMEまで乗って行く?もうすぐ社さんが戻ってくるから」  
控え室に招きいれると、極上の微笑みでキョーコを見つめる。  
 
思いがけない想い人の登場に、蓮も知らず顔が緩んでしまっていた。  
先ほどの収録  
『あなたの意中の人を白状してもらう・・・』  
のくだりでは、キョーコを思い出していた。  
催眠術など全く信じていなかったし、術にかかるどころか最後まで素面でいたのだが  
万が一にもそんなおふざけで  
この子に迷惑がかかるかもしれないと思うと、少し動揺してもいたのだ。  
 
大事なこの想いと、この少女。  
胸が暖まる感覚を汚された気分になっていた。  
そこへ当人が登場したのだ。  
癒される感覚に、蓮本人はキョーコにどれだけ逢いたかったのか、改めて知らされたのだ。  
 
「いえ・・・」  
 
キョーコは真っ赤になった。  
 
「私、敦賀さんに聞いて欲しいことがあって・・」  
 
「・・・なんだい?」  
蓮はキョーコに向きなおして椅子をすすめる。  
「私、今仕事を終えたばかりで・・・。  
 何ていっていいのか難しいんですけど・・・  
 仕事に集中しすぎたせいか、内容を今一覚えてない部分もあるんですが・・・」  
 
「とにかく、私、敦賀さんに逢いたくて。お話ししたくなって、仕方なかったんです」  
 
「そう。・・言っている意味がよく解らないけど、嬉しいよ・・・?」  
少し困惑しながら返事をする蓮。  
「あんなバカ騒ぎから、こんな状態になってしまって・・・。  
 でも本当は今の私の方が本当なんだと思えるんです。  
 敦賀さんは違うって言うかもしれないけど。きっと本当なんです」  
 
そこへ社が戻ってきた。  
まだ続けたそうなキョーコだったが、押し黙って下を向く。  
少々いつもと違う雰囲気を察した社  
「俺、仕事で寄るところが出来たから、先に行ってきてくれる?  
 LMEから直帰してていいからね」  
と、そそくさと出て行ってしまった。  
 
車の中で、黙っている2人。  
 
蓮はさっきキョーコが言った言葉を思い返していた。  
だが、キョーコが坊だとは思いもよらないので、どうしても話の脈絡が理解できないでいた。  
 
「・・・最上さん、さっきの話なんだけど・・・」  
 
地雷を踏むような感覚で、しかしそのままにしておくのも出来ず、蓮は口をひらいた。  
 
「出来ればもっとわかりやすく・・・話してもらえるかな。相談なら真剣に答えるから」  
 
キョーコは答えなかった。  
キョーコの状態がいつもと違うのは気づいていたが、問いかけに無言でいるのは初めてのことだ。  
 
あと数百メータでLMEというところで、赤信号にかかった。  
蓮は車を停止させ、ギアをニュートラルに入れる。  
 
「最上さん?疲れた?・・」  
 
手をそっとキョーコに差し出す。  
触れた数本の髪の毛はとても細く柔らかい。  
 
キョーコはびくっと反応し、目をあげた。  
心配そうに見つめる蓮に申し訳ないと思いつつ、少しさびしそうに首を振りながら、その手をとった。  
頬を掌にあてて、儚く笑う。  
言葉を失う蓮。  
 
「いいえ・・ごめんなさい。  
 ずるいかもしれないけど・・・、これは単なるきっかけなんです・・。敦賀さん・・・」  
 
涙がボロボロとこぼれて、掌を濡らした。  
「・・・最上さん・・・?」  
口の中が渇いてくる。  
声が掠れて、キョーコの名前すらうまく口にできなかった。  
蓮の心臓は、急に早鐘を打ちだす。  
 
頬から蓮の手を離すと、その掌に口付けをするキョーコ。  
そっとそのままずらしていき、胸元に押し当てた。  
呼吸のたびに小さい胸が上下するのがわかった。  
 
「ここが・・・苦しいんです。敦賀さん・・・。痛くて切なくて・・・・」  
 
蓮の手を胸に押し付けながら、そっとボタンを外していくキョーコ。  
「あ・・・」  
反射的に力が入る腕を、力いっぱい押さえつける。  
「少しでも、私を嫌っていないのなら・・・今は拒否しないで・・」  
4つボタンを外したところで、そっと手を服の下に滑らせた。  
指の先にフロントホックが触れる。  
 
「好きです。敦賀さん・・・。術のせいだと思わないでください・・・」  
 
術・・・???  
 
全く訳がわからない。  
手の先に触れる柔らかい膨らみが、蓮の思考を麻痺させていた。  
 
信号は青に変り、真後ろの車がクラクションを激しく鳴らす。  
何台かの車がわざとアクセルをふかしながら、蓮の車を抜き去っていった。  
 

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