蓮と付き合いはじめて早一月。
付き合うから食事を作りに来ることがたびたびあったが、
キョーコは家政婦に任されていたという洗濯と掃除も「自分がやる」と宣言していた。
家庭のある妙齢のご婦人が仕事で行っていることだとわかっていても、
キョーコは他人の手が触れるというのがなんとなく嫌だったのだ。
『京子』の仕事が増えてきたことでまとまった時間がなかなかとれなかったが、
半日オフをもぎとって、ようやくその機会に恵まれた。
蓮はリビングで台本読みの真っ最中。
長い独白のシーンだからキョーコに手伝えることもなく、
ちょうどいいからと本格的に始めた炊事・洗濯・掃除。
(まるで奥さんみたい)
照れ笑いをかみ殺しながら洗濯乾燥機から取り出した衣類の中に、ソレはあった。
キョーコは危うく悲鳴を上げそうになった。
「敦賀さんってボクサー派だったんだ」
控えめなブランドロゴが入った暗灰色のボクサーパンツ。
付き合いはじめて1ヶ月。蓮はいまだキョーコにキス以上を求めてこない。
だからソレをまともに見るのは初めてだった。
(何よ。パンツ一つで情けないわね。しっかりするのよ、キョーコ!
男物のパンツなんて何度も洗ってたじゃない)
上京してからの二人暮らしでは、ショータローの下着を洗うことも珍しくなかった。
あの頃は深い男女の関係なんて意識したことがなかったから、
下着もシャツも靴下も、平気で同じように触れることができたのだ。
(そういえばバカショーはトランクス派だったっけ)
カッコつけのくせに見えないところはどうでも良かったのか、
ドラ○もんやセ○ラー○ーンなど、かなり派手でアレな柄のものを平気で穿いていた。
(って、何アイツのことなんか思い出してるのよ!)
頭から憎い男の顔を追い出して、目の前の洗濯物に意識を戻す。
キョーコは下着のしわをのばして丁寧にたたんだ。
「敦賀さんがブリーフとかトランクスっていうのも想像できないけど」
ようやく落ち着きを取り戻し、もう一枚手に取った。
「人のパンツを握って何ぶつぶつ言ってるの?」
「へっ? あ、別にナンデモアリマセンヨ?」
いつの間にか背後に蓮が立っていた。
気まずくて、思わず手の中のものを遠くに放り投げてしまう。
蓮は捨てられた自分の下着を拾いながら、にやりと笑ってみせた。
「もしかして、中身の方が気になってた?」
「中身って、中身って、敦賀さん……」
(もしかして夜の帝王モードですかぁあ!?)
ぶんぶんと首を振りながら、キョーコは脳裏に浮かんだものをうち消した。
「俺のを想像して赤面していたんじゃないの?」
「してませんよっ! 普通の下着だなーと思っただけです」
「俺がどんなのを穿いてると思っていたわけ?」
「えーと、黒ビキニ? 意外なところで赤いふんどし? それとも大穴狙いでノーパンとか?」
「ビキニもふんどしも穿いたことはあるけどね」
「え!?」
キョーコは絶句した。
何を着てもサマになる蓮だが、冗談で言ったものを肯定されるのは思っていなかったのだ。
似合いそうですねとも言えず黙っていると、蓮はくすくすと笑いながらそのときの事情を説明した。
「黒じゃないけど、新人の頃にビキニタイプの水着で撮影をしたことがあるよ。
ふんどしは去年の大河ドラマで1度だけ。プライベートでも穿こうとは思わなかったな。
だけどキョーコが変えて欲しいと言うなら善処するよ?」
「イイエ、ケッコウデス」
「そう? じゃあ今度はキョーコの番ね。キョーコの下着は?」
「その質問はセクハラです」
「俺には聞いたくせに」
「敦賀さんが勝手にぺらぺら喋ったんじゃないですかっ!」
そう。キョーコは何も聞いていない。
たとえ気になったとしても、恥ずかしくて聞けるとは思えない。
「で、キョーコの下着は?(キュラララ)」
「ぐ。期待に応えられなくって残念ですが、普通です」
「普通って?」
「普通のブラとショーツです……」
キョーコの持っている下着の大半はシンプルなスポーツブラとショーツ。
多少は経済的な余裕ができたとはいえ、選ぶ基準は動きやすいことと透けないことだ。
必然的に色気のないものばかりということになる。
「勝負下着は?」
「そんなの持ってません!!」
力強く否定すると、
「なんだ、残念」
そう言い残して、蓮は再びリビングに戻ってしまった。
そんなやりとりから一週間後。
久々に二人は仕事上がりにテレビ局で落ち合った。
「送る」と言われて乗り込んだはずの車は、キョーコの知らない道へと入っていく。
「どこへ行くんですか?」
「キョーコへのプレゼントを買おうと思って」
「そんな、記念日でもないのにプレゼントなんて」
「いいの。これは俺のためでもあるんだから」
「???」
蓮は意地の悪い笑みを浮かべてはぐらかし、行き先を教えてくれない。
やがて車は新興の大型商業ビルの駐車場で止まった。
ビル内には蛍の光が流れている。
客の姿はまばらで、帽子を目深に被っただけの変装しかしていない二人の横を
気づくことなく通り過ぎていく。
「日を改めませんか?」
時間帯が遅いせいか、どの店も閉店準備に追われている。
キョーコが店員に迷惑をかけそうだなと考えていると、蓮は一軒のテナントの前で足を止めた。
「ほら、着いたよ。ココだ」
ガラス越しにカラフルな商品が陳列されているのが見える。
キョーコは扉に向かってのばされた蓮の手を掴んだ。
「ここって、ランジェリーショップですよね?」
「うん。キョーコが勝負下着を持ってないって言うから」
「そんなまだ心の準備が『CLOSE』だから今日のところはゴメンナサイっていうか色気なくてスミマセン」
軽いパニック状態に陥り、一気にまくしたてるキョーコ。
しかし、蓮は閉まっているはずの扉を押してキョーコを店内に引きずり込んだ。
「大丈夫。お店の人に話はついてるから」
「――――!?」
「いらっしゃいませ、敦賀さま」
にこやかな笑顔を浮かべた店員が二人を迎えた。
「とりあえずサイズを計測してもらえますか?」
「敦賀さーん」
キョーコは泣きそうな顔で蓮を見た。
蓮はキョーコの混乱ぶりを、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら見ている。
店員に服の上からメジャーを当てられ、キョーコはしぶしぶ従った。
「60のCですね」
「じゃあ、CDEで10セットずつ見つくろってください」
「サイズが合っていないと形が崩れるので、お奨めいたしませんが……?」
店員は控えめに助言したが、蓮はすっぱりと断った。
「問題ありません。どうせすぐに大きくなりますから(キュラ)」
「――――!!」
言葉も出ないキョーコ。店員はくすくす笑っているだけで助けてくれない。
「わかりました。では、京子様。色や形のお好みはございますか?」
「白と黒は必ず入れてください」
「なんで敦賀さんが答えるんですか?」
「ん? はずせないだろう?」
「…………」
「それから、ベビードールとガーターベルトもセットで」
「そ、そんなの着ませんからねっ」
「じゃあ、紐ショーツ?」
「それも嫌ですっ!」
「買うのは俺だよ。嫌なら着なくていいから、ね?(キュラレスト)」
「う……。その笑顔は反則です」
「他にはどのようなものをご用意いたしましょうか」
「Tバックと総レースもはずせないかな」
「だからなんで敦賀さんが……いえ、なんでもありません」
「これからのシーズン、生地のうすいパンツスタイルの衣装を用意されるかもしれないだろう?
俺以外の男に下着のラインを見せたいの?」
「見せたくありませんけど」
次々に商品を選んで持ってくる店員に蓮は声をかけた。
「あ、Oバックは不要です。俺はあれ、好みじゃないので」
「敦賀さん……」
あまりに蓮が真剣なので、キョーコは突っ込むことができない。
(どうしてこんなに下着にうるさいんだろう? フェチ?)
そんな風に考えていると、次々に商品が運ばれてきた。
「着こなしの幅が広がるハーフカップのブラになっております。普段使いにも是非」
「普段? 他の男に胸元を見せる必要なし。却下」
「これは谷間メイクブラと申しまして、フロントのアジャスターを縮めることで
綺麗な谷間を作ることができます」
「フロントホックタイプなんですか? じゃあこれも」
キョーコが何かを言う前に蓮が決めていく。
「フェアリープリンセスというラインのこちらなどはいかがでしょう?
上質なシルクで織り上げた純白のブラ・ショーツ・スリップのセットとなっております。
バックは総レース使いで肌触りも最高の一品となっております」
「キョーコ、どうする?」
今回は彼の琴線に触れるものはなかったらしい。
ようやくキョーコにも意見が求められた。
「可愛いですね」
「じゃあ、包んでください」
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結局、ほとんどの商品は蓮が選んだ。
キョーコが気に入っても、蓮に難癖つけられて却下されたものが多い。
残ったのはセクシー路線のものがほとんど。
(まあ、プレゼントしてくれるって言うから、敦賀さんの好きなものでいいんだけど……)
そう自分を納得させようとしていたが、会計を見て青くなった。
「ななじうまん!?」
調子に乗った蓮は結局40セット近くを包んでもらったのだ。
「やっぱり半分戻します!」
「もう会計済んだし。俺のために着てくれるんなら安い買い物だよ」
そう言って蓮はアメックスのセンチュリオンカードを財布にしまう。
「もちろん、一枚たりとも無駄にはしないよね?」
貧乏時代が長かったキョーコが逆らえないと知っていて蓮は意地悪を言うのだ。
「こんな恥ずかしいもの着られません」
「じゃあ、平気になるように次のお店にも行く?」
「次って?」
「2軒目のランジェリーショップ。H系ランジェリーの専門店なんだって。
紐だけの下着とか、窓着きの下着とか、もっとスゴイものも買っておく?」
「着ます、着ますからもう勘弁してくださいぃいいい!!」
頭は真っ白。顔は真っ赤。
そんな状況でキョーコが思ったのは、
(敦賀さん、変な性癖とか持ってませんよねー!?)
だった。
それを彼女が知る日も近い?