コテージの前に、ふたりを乗せたポルシェが止まった。  
辺りはすっかり暗く、見上げれば、  
満月に虹の輪を滲ませた薄い雲がゆっくりと流れている。  
絶えず灰色の荒波が崖を削り、  
強風が吹き渡るこの土地には珍しく、肌に柔らかな夜だ。  
 
徐々に激しさを増した口づけのあと、  
「今日は、帰るの?」  
助手席に座る水素の、月明かりにわずかに光を宿した瞳が尋ねた。  
その表情は薄暗くて判然としないが、  
きっといつものように、表情に乏しいに違いない。  
「いや」  
それは優一の意思だったのか、  
あるいは、水素が持つ、ある種の不思議な魅力がそうさせたのか。  
ただ、優一にとってそれは、どちらでもいいことだった。  
所詮は、流れていく日常のひとときでしかない。  
そもそも、このコテージから基地までの風景は、夜歩きするには退屈すぎる。  
いずれにしても、水素がコテージまで送ってくれるよう頼んだ時点で、  
選択肢はもうなかったのだ。  
 
優一は、水素が解凍してくれたグラタンを食べていた。  
一方、ダイニングテーブルに斜向かいに座った水素は、  
グラスに赤ワインを無造作に注いでは、ぐいと喉に流し込む。  
味わっているようには見えない。極めて作業的だ。  
 
会話はない。少なくとも、水素からなにかを話しかけてくる様子はなさそうだ。  
沈黙が耐えられないわけではなかったが、  
別に会話があってもいいのではないかと、優一はその手を止めて、  
「ふだんどうして眼鏡をかけてるの?あれ、度が入ってないでしょう」  
「貴方に関係がある?」  
「いや、ないけど…」  
にべもない答えで、再び食器の音だけが響く食卓になる。  
本当は”前任者”のことを訊いてみたかったが、  
はぐらかされるだけかもしれない。  
それ以上に、ここで”彼”ともこうして食事をしたのかもしれないと思うと、  
なぜか胸が詰まる感じがして、考えないようにした。  
 
この間と同じように、  
もうその辺にしておいたら?という優一のたしなめを聞き流して、  
水素は結局、ワインのボトル2本を空けてしまった。  
おぼつかない足取りの水素に肩を貸し、寝室の天蓋ベッドまで運んだ。  
ベッドサイドのスタンドを点けて、水素のブーツを脱がせる。  
 
ひと息ついたところで不意に手首を掴まれ、ベッドに引き倒された。  
いきなりのことだったが、驚きもせず優一は、  
「酔ってるでしょう?」  
「いいえ―――いや、酔ってる。だから?」  
「……だから―――」  
水素の瞳に見つめられる。吸い込まれるような、その深い青。  
優一は、水素の華奢な肩幅を抱き締めた。  
髪から漂う香水の芳しい薫りを吸い込む。  
これは――胸の奥からこみ上げてくるこれは、愛しさなのか。  
もしかしたら、そう思い込むことで、  
これから行う行為を正当化したいだけなんじゃないのか。  
ただ、水素とのセックスは、ひたすらに気持ちよかった。  
劣情が、考えあぐねたままの優一を行為に向かわせる。  
 
優一が上になって、細い顎から唇に舌を滑らせ、唇を塞ぐ。  
舌を絡ませ合い、貪欲に互いを味わう。  
ときに乱れるふたりの息遣いと、シーツが擦れる乾いた音が、  
部屋にしんと満ちた空気をかすかに震わせた。  
 
お互いにシャツのボタンを外していく。  
ブラジャーに包まれた小さな乳房が現れる。  
ブラをずらし、頂にある突起に口づけた。  
舌をその周囲にも這い回せるうちに、  
徐々に硬さを帯びてくる。やんわりと歯を立てると、  
「ん…」  
水素が声を漏らした。  
 
優一の下半身はすでに固くなっていて、  
ズボン越しに、水素のほっそりとした太腿に押し付けた。  
その荒々しい感触に、水素が悩ましい吐息を漏らす。  
 
しばらく胸から腹部への愛撫を続けていると、  
「もう、濡れてるから、入れて」  
水素はそう言って、横たわったまま、もどかしそうにスカートとショーツを脱ぐ。  
その白い顔にはうっすらと朱が差している。  
優一も下着まで一気に脱いだ。先走りで先端を濡らした固いものが露わになる。  
 
制服に身を固め、眼鏡をかけ、大人じみた言い方をする普段の姿と、  
目の前で露わになっている体つきの間には、大きなギャップがあった。  
娼館のフーコとは決定的に違う。フーコに比べれば、水素はまるで子供だった。  
胸の膨らみは申し訳程度で、  
陰部の恥毛は、あるにはあるが、発育途上という印象は拭えない。  
なにより、全身をトータルで見たとき、  
大人の女性にみられるような丸みに乏しかった。  
もし、これで娘を産んだとしたら、とても信じられない。  
 
一方の優一の体も、どちらかと言えば子供だった。太腿や二の腕は細く、胸板も薄い。  
男性器も、たとえ硬く勃起した状態であっても、どこかたくましさに欠けていた。  
 
大人の目から見れば、そんなふたりの性交には違和感を感じずにいられないだろう。  
 
優一が水素の開いた脚のあいだに腰を入れ、  
すっかり熱く濡れまみれた秘部を指の腹で確かめると、ゆっくりと挿入する。  
「――ん…っ」  
水素のそこは、入り口の狭さにも関わらず、滑らかに優一を受け容れる。  
どこか懐かしい感覚―――怒張を通じて感じられる粘膜の熱さ、締め付けには、  
優一にそう感じさせるなにかがあった。  
根元まで埋まってしまうと、  
局部に湯を浴びているような心地よさに、自然と長い吐息が漏れる。  
優一が動き始めると、じきに水素の息遣いは荒く乱れ始めた。  
「ふっ、あ、あぁ……ああっ…」  
腰を打ち付けられるたびに水素の体は跳ね、鋭い喘ぎ声が断続的に発せられる。  
 
揉むほどの大きさもない乳房に手をやり、手のひらで乳首を中心にさする。  
「う、うん………ああ……いやぁ……」  
水素の睫毛は切なげに伏せられ、震えている。  
両手が優一の背中に回され、引き寄せられた。  
唇がうっすらと開いてキスを求め、優一は腰の動きを小さくしながらそれを塞ぐ。  
 
ふたりのセックスには、甘い愛の囁きといったものはなかった。  
水素はそのことを不自然と思っていないのだろうか、と、優一は思う。  
優一は、「好きだ」だの「愛してる」だのと言葉にした途端に、  
行為そのものが白けてしまう気がして、口にできないでいた。  
だいたい、それも本心かどうかも分からないのだから。  
 
曖昧な感情を残したままにも関わらず、  
優一は、水素の体にすぐに夢中になってしまう。  
体の相性がいいのかもしれない。  
初めて寝たときも、この上ない充実感があった。  
 
優一の動きが徐々に速まる。汗がこめかみに滲む。眉根を寄せる。  
顎から落ちた汗の粒が、水素の鎖骨のあたりに落ちた。  
この昂ぶりを吐き出してしまいたい。このひとに。このひとの奥に。  
深く貫き、時に浅く、時にえぐるように、ストロークを続ける。  
焦らしたり、体位を変えたりして愉しむことなんて、考えなかった。  
繋がっているところからは、  
滴りが水素の尻へと尾を引き、シーツに染みを作っていた。  
「あ、あっ!あん…は……!あ、あ、あっ!」  
水素の息遣いが、浅く不規則に速くなってきた。停止寸前の心臓の鼓動のようだ。  
「あ、イく!――も、イく、イくから…っ!」  
すでにたまらなくなっていた優一も、ピッチを上げる。  
ひときわ甲高い声を水素が発したのと同時に、  
びくん、びくんと華奢な体が震えた。  
締め付けが強くなり、優一をぎゅうっと搾る。  
 
息遣いはすっかり整い、体が帯びた熱が下がるのに充分な時間が流れた頃、  
優一の胸に顔を寄せ、水素はやや申し訳なさそうに、  
「ごめん。わたしだけ」  
「いや、いいんだ」  
水素が達してからもなお、  
優一は持て余した欲望を勢いのままに水素に叩き込もうとしたが、  
感じ過ぎてしまっていけないから、いったんやめて、と言う、  
息も絶え絶えの水素に従い、硬くなったままのものを引き抜いたのだった。  
確かに、最後まで達してしまいたかったが、  
完全燃焼しなかった割に、優一の胸の内は平穏だった。  
シーツの染みの広がりは大きくなっていて、  
水素が満足したことだけでも、いいじゃないかと思った。  
 
しかし、  
「やっぱりよくない。公平じゃあない」  
そう言い放つと、水素はシーツの下に潜り込み、  
優一の下半身に顔を寄せると、薄い唇で優一のものをそっと咥え込んだ。  
ゆっくりと頭を上下に動かすのと同時に、  
むず痒い快感が、優一の下半身に広がる。  
萎えていた優一のそれは、欲望の残滓に火をつけられ、すぐに頭をもたげていく。  
 
水素のやり方は、優一の弱いところをあまりに的確に突いてくる。  
先端の張り詰めた部分だけを丹念に責める一方で、  
空いた手で付け根にぶら下がる袋をやわやわとくすぐる。  
欲しいと思ったところには舌が及び、  
息を吹きかけられては、これが欲しかったのだと気づかされる。  
 
――どうして、こんなに分かるんだろ…。  
ほんの一瞬、目の前に広がる世界に、綻びのようなものを感じた。  
しかしそれは、水素の舌先が先端をくすぐって生じた甘い焦燥によって、  
すぐに掻き消されてしまう。  
しばらく、水素の口技に酔っていた優一だったが、  
やがて、弾けてしまいそうなのをこらえきれなくなってきた。  
「ん、あ、ぁもう―――」  
「――っ駄目。まだ」  
咎めるようにそれだけ言うと、水素は再び口淫に没頭する。  
根元をぐいと握りしめられ、  
なおも、音を立てず、強く吸い上げられる。舌が先端を弄び続ける。  
限界まで追い詰められ、たまらず優一の手が、水素の頭に添えられる。  
「ああっ!あ…っ―――ぅあ――っ!」  
腰のあたりで、快感が弾ける。甘い電気が駆け抜ける。  
と、水素の手が離された。  
同時に、包み込む粘膜の奥へと、どろッと熱いものがほとばしる。  
とてつもなく深い射精の快感が、洪水となって、一気に脳髄を覆った。  
じん、と、視界が銀色に染まる。  
下から回り込んで、蜂の巣にした敵機を傍にやりすごしたあと、  
太陽を直視してしまったときみたいに。  
水素の口の動きが緩まった。律動的に打ち出される欲望の澱を吸い上げては、  
細い喉を動かして、ごくり、ごくりと飲み下していく。  
 
・・・・・・  
 
銃を手にした彼女の嗚咽が聞こえる。  
まただ。  
忘れていたけれど、ずっと、この夢の繰り返しだ。  
きっと、これもまた目覚めれば忘れてしまうに違いない。  
ハンマーを起こされたワルサーPPKの銃口が、こちらを向いたまま、小刻みに震えている。  
でも僕は、別段狼狽することはない。  
これが、彼女と僕が抱くことができた唯一の希望だったのだから。  
響き渡る銃声とともに視界は反転し、世界は暗転する。  
その向こうに、にわかに光が差してくる。  
日差しを背に受けて、彼女はハーフフレームの眼鏡越しに言った。  
「貴方を待っていたわ」  
なにかが始まる予感がした。  
予感?  
いったい、なんの予感?  
なにかが始まることなんて、ないのに。  
だいいち、なにも終わってはいないのに。  
 
僕は…なにを苛立っている?  
 
・・・・・・  
 
「悪い。起こした?」  
そばで何やらもそもそと動く気配がして、  
目を覚ますと、水素が煙草に火を点けたところだった。  
「いや、大丈夫…」  
優一は上半身を起こし、水素と同じように、立てた枕を背もたれにした。  
頭がボーっとしている。脳の表面を、ありもしない薄く被膜が生温く覆っている。  
「ヘンな夢をみた」  
「ヘンって、どんな?」  
「うーん……よく覚えてないけど……」  
優一は、手をゆっくりと握ってから、  
またゆっくりと開いた。なにかの輪郭を確かめようとするかのように。  
そして続ける。  
「あぁ、なんかまだ、夢のなかにいるみたいな、ヘンな感じがしてる。  
 自分がいま、本当にここにいるのかよく分からないみたいな………  
 ああ、うまく言えないな。とにかく最近、ずっとこんな感じなんだ」  
「最近、って、いつから?」  
「さあ…いつからだったかな」  
 
水素はベッドサイドテーブルの灰皿で  
短くなった煙草を揉み消すと、2本目に手を伸ばした。  
優一もつられて、テーブルに置いた煙草の箱を手に取る。  
隣でマッチが擦られる音。そして、抑揚のない声。  
「もし、これが夢だったとしても、悪夢じゃなかったら、それでいいじゃない」  
それは、今夜、水素が口にした、最も人間的な言葉だった。  
だが、その声が持つ温度からは、諦念のようにも、慰めのようにも取れた。  
 
優一が咥えた煙草に、水素の煙草についたばかりの火が近づく。  
じじ、と音を立てて火の赤がきらめく。  
ぼんやりと水素の顔が照らし出される。その、どこか哀しい美しさをたたえた顔立ち。  
顔を寄せ、優一は合わせて息を吸い込むと、火を貰った。  
 
並んでゆったりと高い天井の暗がりへと上っていくふたつの紫煙。  
「眠れないの?」と、優一が尋ねた。  
「貴方の寝顔を見ていたわ」  
「どうして?」  
その問いかけには答えず、水素は手を優一のそれにやんわりと絡めるだけだった。  
横顔のままで、その表情は窺い知れない。  
それなりに、想われてるのかな。優一は思った。  
どちらからともなく、  
ふたりの指関節がゆっくりと折り曲げられ、握り合わされる。  
それはまるで、祈りのようだった。  
 
窓の外はまだ闇に包まれている。夜明けまでは、まだしばらくありそうだ。  
この1本を吸い終わったら、それまで、もう少し眠ろう。  
明日になれば―――。  
明日になったら―――?  
明日になれば―――また僕は飛ぶだろう。そして、人を殺すかもしれない。  
それが仕事だ。ただ、それだけだ。  
ある意味で呪縛なのだ。  
この世界に神はいなくとも、呪いは存在する。  
 
空の先になにがあるか、なんて知らない。  
ないかもしれない何かを探して、また明日も飛ぶだろう。  
 

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル