どうしてこんな事になったんだろう。
今、私の隣で自転車押してるのは、まぎれもなく流川くんで。
「ね、ねぇ、流川君の自転車、なんかがたがたしてない?」
「ぶつけた、朝、車に」
・・・全部単語だし。
「えっ、だ、大丈夫なの?怪我とか・・・」
「別に」
・・・会話終了。
もーぅ、間が持たないのよぅ!これというのも彩子さんが変な気まわすから・・・っ!
ちょうど一時間前。
天気のいい日曜日なのに、バスケ部は今日も部活で。
「ハロー!差し入れでーす」
これもいつもの事で。でもきょうはいつもとちょっと違ったの。
「晴子ちゃん!ちょうどよかったわあ、頼まれて欲しいんだけど!」
いつみても上手な文字でびっしりと書いてあるメモと年季の入ったやたらと大きいがま口を渡された。
「今日チエコがセールなのよね、いっぱいで悪いんだけど部活終わってからじゃ間に合わないし、
ウチはまだまだ弱小で部費もあんまりでないしね・・・ああそうだ、ちょっとー、流川きなさーい」
シュート練をしてた流川くんがめんどくさそうに、「何すか」と言いたげな顔でこっちに来た。
もちろん、その視界に私はうつっていな・・・
「おつかい。流川もついていきなさい」
「え!彩子さん?!」
私もびっくりしたけど、流川くんも一瞬目を丸くして、でもすぐいつもの顔で
「なんで。先輩」
彩子さんはタオルを渡しながら、
「荷物持ちよ、自転車だもの。アンタいっつも朝から晩まで自主練してるものちょっと抜けてこれぐらい頼まれなさいよ」
「イヤダ。めんどい」
チクン。小さなとげがささる。
「い、いいわよう!私一人で行ける「その量持って歩いてくるの?」
うっ・・・
言葉に詰まった私を、流川くんははじめてチラッと見て、ふうー、とため息をついた後、すたすたと歩き出した。
「え、流川く・・・」
「さっさと行くぞ。どあほう」
・・・・・・で、こうして歩いてるんだけど・・・
会話が続かない・・・気まずい。屋上で初めて話した時に怒らせちゃったから、ううん、きっとそれさえ覚えてないんだわ。
チクン。チクン。
ふたりっきりなんて夢みたい、夢みたいに嬉しいはずなのに、どうしてこんなに胸が痛むの?
流川くんはいつもどおり、バスケの事しか頭に無くって、いつもどおり喋らなくって・・・。
私はいつも、背中ばかり見てる。私だけが見てる。
そんな事を考えてたら、ほとんど言葉を交わさないままチエコスポーツに着いちゃった。
慌ててうっすら滲んできてしまった涙を手でぬぐう。
「じゃ、じゃぁ、私買ってくるから、流川君ここで待ってて?」
気を遣ってそういったつもりだったのだけど、お店の中は結構混んでて、メモ全部揃えるのに思いのほか手間取った。
見かねた?流川くんがどこからか品物を持ってきてポンポン私のもってるカゴに入れていく。
「あ・・・ありがとう」
「別に。レジ」
私からカゴをひょいと取り上げ、レジに乱暴に置いた。
桜木くんにバッシュを安く売ってくれた店長さんだ。
「お願いしまーす」
「あ!あんたはたしか、湘北の・・・今日はあの赤い兄ちゃんとデートじゃないのかい?」
「え!い、いやだ、桜木くんはそんなんじゃ・・・あっ、流川く・・・」
「ダルイ」
そういって、流川くんは一人店を出て行ってしまった。
「あれ、もしかして悪い事言っちゃった?俺。あの彼、湘北の期待のルーキーの彼だろう?こっちが彼氏?機嫌悪くしちゃったかな」
私はあわてて首を横に振る。
「そんなんじゃないんです、本当に・・・流川くんは私のことなんてなんとも思ってなくて・・・」
分かってはいるけど、実際言葉にするとどうしようもなく惨めになって。
じわっと、涙が出てきた。
「おい、なくのはいいけどよ、おねえちゃん後ろつまってんだけど」
レジ待ちのお客さんに催促されて、
「あっ!は、はいっ、すみません・・・っ」
とっさに財布の中身を全部レジ台にあけてしまった。
「・・・・・・」
店長さんと後ろのお客さんが一瞬固まる。
「あの・・・?」
「えーっと・・・お嬢ちゃん、これはしまっときなよ」
「え?」
ふとレジ台を見ると、お札と少しの小銭と、コンドーム。
・・・・・・コンドー・・・ム・・・?
「きゃああ!ち、ちがうのよう、これは、えーっと、何で?何ではいってるのよう!」
かぁーっと、頭に血がのぼる。
「だって、自分じゃ買ったこと無いし!保健で習ったときとお兄ちゃんの筆箱に入ってるのくらいしか見た事ないし!
お兄ちゃんだって三井さんに貰ったって言ってたし!そういうんじゃなくって、あの、あのーっ」
「わかったわかったから、落ち着いてソレしまっときな?ね?」
店長さんになだめられ、後ろのお客さんに「ソレ」をがま口にしまってもらって、私は今度こそホントに涙が出た。
ああ、流川くんがいなくて、こんなとこ見られなくて、良かった・・・。
フラフラになって店を出ると、私に気づいた流川くんがイヤホンをスポっと耳から抜いてポケットにしまいながら
「遅い」
「ご、ごめんなさい・・・!」
「戻るぞ」
袋を自転車のハンドルにひっかけて、すたすたと先に歩いていってしまった。
私は慌ててそれを追いかけるけど、がま口のアレを意識してしまうともう恥ずかしくてどうしようもなくて、
流川くんの顔が見れなくて、話しかける事もできなくて・・・お互い何も喋らずに
近道だし涼しいから、行くときにも通ったちょっと大きな公園。ここを抜けると
「彼氏と」
「え?」
ふいに、流川くんが口を開いた。
「どあほうと来れば良かったんじゃねーの」
・・・もしかして、桜木くんのこと?
「ち、ちがうの!桜木くん、バッシュ持ってなかったから、それで・・・」
「二人で練習してた。朝」
「朝?」
「公園で」
「!見てたの・・・?」
こくんとうなずく。
「だって、あれは偶然会って・・・つきあってなんかいないわ!私、だって私・・・」
「?何」
(私が好きなのは流川くんだもの)
その一言がのどに張り付いて出てこない。少しの沈黙の後、私の声はひどくかすれて。
「流川くん、私のこと覚えてないんだと思ってた・・・」
「知ってる。アカギハルコ」
「!」
私の名前が流川くんの口から出てきた事にびっくりして顔を上げた。
だって、私は「赤木の妹」って呼ばれるのがふつうで、名前をちゃんと覚えてるひとなんてあんまりいなくて。
流川くん、私のこと覚えてないわけじゃないの?頼まれたもの探してくれたり、荷物持ってくれたり、優しいのは・・・
「どあほうとばっか話してる」
もしかして、気になるの?気にして、くれてるの?
「ち、違うのよう!桜木くんは私がバスケに誘ったんだし、お兄ちゃんもあんな態度だけど期待してるし、まだいっぱい覚える事とか・・・」
「もういい」
でも、私の話を遮った流川くんの目はとても冷たくて・・・
「おめー、気にくわない」
「流・・・川くん・・・?」
すうっと血の気が引いていくのが分かった。目の前が暗くなって、耳鳴りがする。
私、バカだわ。ちょっとでも、期待してしまったなんて。
そうよ、一緒に買い物するのだって彩子さんから言われたからだし、一人で店でてっちゃったのも私と恋人に見られたのが迷惑なだけ・・・。
だから桜木くんとくればなんていったんだわ。私、バカ。うかれちゃって、本当に嫌われてしまった。
足がアスファルトに張り付いたみたいに動かなくなって、3メートルくらい離れて流川くんがふりむいた。
「・・・何してる。さっさと・・・」
言いかけてやめたのは、きっと乾いてるはずのアスファルトに落ちた水滴が、私の涙だって気づいたから。
みっともない。泣いたって困らせるだけってわかってる。もっと嫌われちゃうってわかってる。でも。止まらないのよ・・・。
「ごめ・・・流川く、先に・・・」
しゃくりあげながらやっとの思いでそれだけ言うと、流川くんがふぅ、とため息をつくのが分かった。
同時に、ぐいっと腕を引っ張られて、私は流川くんの胸に引き寄せられた。
「・・・・・・!!」
そのままバランスを崩し、自転車ごと植え込みに倒れこむ。袋からバラバラ物が散らばるのが一瞬だけ見えて、スグに目の前が真っ暗になった。
「ん・・・・んむ・・・?!」
何かに唇が塞がれた。頭には流川くんの手が添えられてて・・・目が合った。コレは・・・もしかして・・・
「・・・・・・・・・・!!!」