はじめは、何とも思っていなかった。  
むしろ、俺の一番嫌いなタイプの女。天然っつーか鈍感っつーか。  
 
赤木の妹だからって、部員でもねぇくせに俺らのまわりちょろちょろしやがって、  
はっきり言って目障りだった。  
単純バカの桜木なんかはああいうタイプがいいのか、なんかワーワーやってたけど  
あいつははじめからずっと流川のことしか眼中ねぇみてーで  
いつまでも報われない桜木が哀れだったり、それを見て半分面白がったりしてた。  
 
確かに流川はカッコいいし、認めたくはないがバスケのセンスもずば抜けてる。  
1年にして親衛隊があるくらいだし、他校からも注目されてるスーパールーキーだ。  
流川がモテるのは男の俺から見ても納得がいく。  
ただ、ルカワルカワって騒いでるヤツは他にもいっぱいいるのに、  
どうしてあいつのことだけこんなに目障りに思うのか、自分でもよくわからねぇから余計イライラしてた。  
 
 
 
ずっと、怖い人だなって思ってた。苦手なタイプの人と言うか。  
 
以前、バスケ部をぶっ潰すって、問題を起こした。  
そんな人がみんなと一緒にバスケをするなんて、最初ほんとはイヤだった。  
だけど今では、あの人は湘北には欠かすことのできない存在になった。  
プレーを見ていてもすごいって思う。お兄ちゃんだってあの人のことを認めてる。  
 
でも、苦手なのは変わらなかった。  
不良だった人だから?そうじゃない。  
桜木くんや洋平くんも学校では不良だなんて言われてるけど、とっても話しやすい。  
同学年だからかな。  
 
あの人はなんだかいつも不機嫌な顔をしていて、  
わたしなんかが話しかけたら気を悪くさせてしまいそうで。  
 
 
 
流川は毎日練習が終わっても居残って自主練を欠かさない。  
たまたまその日は俺も少し残ってシュート練習をしてた。  
 
一心不乱にドリブルを続ける流川を残して先に体育館を出る。  
体育館の出入口、そのお定まりのポジションに今日もあいつは、いた。  
毎日、だ。ここまで一途だとウザいを通り越して健気にさえ思えてくるもんだな。  
「毎日ご苦労さんなことで」通りすがりになんとなく声をかけた。  
「・・・三井、さん・・・」俺に話しかけられたことに意外そうな顔。けっこう色、白い。  
その驚いた顔がゆっくりと、ふわりと、笑顔に変わる。  
「お疲れさまでした!」なんだよその満面の笑みはよ。今度は俺が意外な顔をする番だった。  
「お、おう。あんまり遅くなんねぇうちに帰れよ」  
普段は誰にも言うことないような言葉をかけて、そばを通り過ぎた。  
背後で「はいっ!」って声が聞こえたけどどういう顔をしたらいいのかわからなくて  
そのまま振り返らずに体育館を後にした。  
 
 
 
バスケットをしている流川くんを見ているのが好き。  
流川くんの姿をできるだけたくさん目に焼き付けていたい。  
きっと、流川くんはわたしのことなんてなんとも思ってない。だけど、それでも良かった。  
見てるだけで良かった。だから、毎日のように練習が終わってもコートに残る流川くんを見続けた。  
 
この頃は三井さんもよく残ってロングシュートの練習をしてる。  
三井さんのシュートって、ほんと、綺麗。これだけは流川くんも勝てないだろう。  
少し、話すようになった。二言三言だけど。  
悪い人じゃないってわかった。ちょっとぶっきらぼうっていうか不器用なんだろうなって。  
嫌われてるのかなって思ってたから、話しかけられた時は単純に嬉しかった。  
あんまり、苦手だとは思わなくなってた。  
 
三井さんが練習を終えて、体育館の出口の方に歩いてきた。  
わたしはいつものように「お疲れさまです」って声をかけた。  
「三井さんのシュートって、ほんとキレイですよね。鳥肌立っちゃいます。」  
不機嫌そうな表情が、ふっ、とやわらいだように見えた。  
「まあな・・・っかしおまえ毎日よく続くな。もしかして付き合ってんの?」  
「ちっ、ちがいますよう!・・・わたしが勝手に見に来てるだけで・・」  
恥ずかしいのと困ってしまったのとで、うつむいてしまう。  
「まあ、あいつの頭ん中は、バスケのことしかねーって感じだけどな」  
そう。流川くんの頭の中は、いつもバスケのことでいっぱいだった。わたしの入る隙間なんてないってわかってる。  
三井さんは「ま、がんばれよ」ってわたしの背中をポンって叩いて、行ってしまった。  
コートに視線を戻すと、ボールを構えた流川くんが、真剣な眼差しでゴールを睨んでいる所だった。  
 
あいつと言葉を交わすようになって、俺の中になんか不思議な感情が芽生えはじめた。  
なんか無性にあいつのことが気になる。だけど別に付き合ったりしたいわけじゃない。  
だいたい女なんてめんどくせー。俺は常々そう思っていた。  
宮城みたいに女のことでマメになれる奴って、ある意味スゲーと思う。俺にはマネできね。  
ただ、あいつのことが気になった。  
(あーもう・・あんだってんだよ、めんどくせーな、ったく!)  
自分でもどうしたいのかわからなくて、むしゃくしゃした。  
流川とのこと「がんばれ」なんて、本当はそんなこと思ってもないくせに。そうなったら困るくせに。  
 
あいつが毎日居残ってる流川を見に来るから、俺も時々残って練習する。  
一つわかってたのは、流川のことを一生懸命見つめるように、  
その目で、俺のことももっと見て欲しかった、っていうことだった。  
 
 
 
この頃わたし、なんか変だ。  
相変わらず時間があれば、流川くんの練習しているところを見に行っていた。  
三井さんはいる時もあれば、いない時もあった。  
会えないと少し物足りなかった。残念、っていうか。  
たまたま会った時でもそれほど内容のあることを話すわけではなかったけど。  
 
 
 
 
 
 
ある日曜日、学校の課題をするために友達と図書館へ行った。  
夕方、駅で友達と別れて、家に帰るために歩き出す。  
途中、学校のそばを通った。  
体育館の方から、ボールをドリブルするような音が聞こえた。  
(流川くん、今日も練習してるのかな?)  
ちょっと覗いてみよう、という気になって、わたしは学校の中に入っていった。  
 
体育館に着く頃にはもうその音はやんでいた。  
(もう帰っちゃったかな。誰だったんだろう)  
ひっそりとしている体育館のかわりに、バスケ部の部室に電気が付いている。  
近づいていくと、女の人の笑う声が聞こえた。笑っていたのは彩子さんだった。  
「なに言ってんのよー。あんたって無表情だから冗談が冗談に聞こえないわよ。」  
うすく開いたドアの隙間から流川くんの整った横顔が見えた。  
わたしはドキッとしてしまう。その横顔は今まで見たこともないような表情だったから・・・。  
「…だめよ流川こんなところで」  
彩子さんの声がさっきの調子と全然違う。  
無言のまま、流川くんの横顔がドアの隙間から消えた。  
胸が痛いってこういうことかと思った。ここから離れなくちゃ、と思うけれど、体が痺れたみたいに上手く動かない。  
「…センパイ」  
流川くんの声が聞こえた。それ以上聞きたくなくて、そっとその場を離れた。  
 
どれくらい走っただろう。  
学校からも家からも、かなり離れていた、と思う。  
いつの間にか雨が降っていて、容赦なくわたしの体を濡らしたけど、  
そんなことはどうでも良かった。  
さっきの流川くんの声と表情がぐるぐると頭の中を回る。  
耳を塞いでみても、ぎゅ、と目をつぶってみてもそれは消えてくれそうになかった。  
わたしはずっと何をしてたんだろう。ずうっと流川くんのことを見てたのに、  
流川くんが彩子さんを好きなこと、どうして気がつかなかったんだろう。  
涙が出た、と思うけど雨と一緒になって頬を伝うから、泣いているのか自分でも解らなかった。  
 
「おい、どうしたんだよ。大丈夫か?」  
 
声がして振り返ると、そこには怪訝そうな顔の三井さんが立っていた。  
衝動的に大きな胸に縋り付いて、人目も憚らずにわたしは泣いた。  
 
 
「びっくりするじゃねぇか。おまえんち、反対方向だろ?」  
雨に濡れてるからとりあえず家に連れて帰った。  
幸い親は留守で、ヘタな説明を考える必要もない。  
自分の部屋に通すと、風呂場からバスタオルを持ってきて頭からバサっとかぶせた。  
「なんかよくわかんねぇけど、落ち着くまでここにいれば」  
黙っている。・・・こういう時は、何も訊かない方がいいんだろうな。  
「ほら、頭拭かねーと。風邪ひくぜ?・・なんか着替える物探してくるわ。っても俺のしかねぇけど」  
言いながら部屋を出ようとすると冷たい手で手首を掴まれた。  
「・・三井さん、わたしね・・」  
失恋しちゃった。バカみたい。泣き笑いの顔で言った。  
その時、そのはかなげな風情に  
ああ、俺こいつのことすげぇ好きだ、と確信してしまった。  
こいつが俺のことどう思ってようが、もう止まれない。  
 
 
 
「何もわかってなかった。流川くん、つきまとわれてきっと迷惑だったよね。  
それに、ストーカーみたいにじとっと見てるだけの女の子、好きになるわけないですよね。」  
話しだしたら、気が楽になったのもあって、止まらなくなってまくしたてた。  
偶然とはいえ結果的に部屋にまで押し掛けて、ただでさえ迷惑かけてるのに、何してるんだろうわたし・・・。  
ほら、三井さんが困った顔してる・・・。  
「そんなことねぇよ。・・・少なくとも、俺は好きだぜ。お前のこと。」  
えっ、今何て言ったの?  
きょとんとしてたら、イライラしたみたいに「お前のこと好きだって言ってんだよ!」って怒られてしまった。  
わたしは、もう、ものすごく勝手だってわかってるんだけど、「・・・嬉しい、です」って言ってしまった。  
だって、そう思ってしまったから・・・。  
 
 
 
 
 
少しの沈黙。わたしたちはその間、ベッドに腰掛けて見つめあっていた。  
「・・・いいのか、とか聞かねぇからな・・」  
ぼそりと呟く声、次の瞬間わたしは三井さんの腕の中にいた。  
男の人の匂い。  
こんなことになるなんて数十分前は予想もしていなかった。だけどイヤじゃなかった。  
流川くんのことは・・やっぱり好き。だけどそれはただの憧れだったのかもしれない。  
わからないけど今はそう思う。思いたい。今は、この大きくて温かい手を離したくなかった。  
わたしは、ずるい、かもしれない。  
 
 
「目ェ、つぶっとけ」  
こいつの目が綺麗で、好きだと思う。  
ずっと目を見ていたい、と思うけど、いざそのまっすぐな瞳で見つめられると暴走しちまいそうで。  
 
 
言われた通りに目を閉じるとすぐに、わたしの唇はあたたかいもので塞がれた。  
顔に、熱い息がかかった。胸がいっぱいになって、苦しくなる。  
「・・・んっ・・んん゛っ・・」  
息をするのが難しい。ゆっくりとした丁寧なキス。だけどそれは徐々に激しいものになっていった。  
 
 
少しずつくちを開いて、おずおずと、だけど俺の舌の動きに応えるように舌を絡ませてくる。  
ぎこちない舌の動きが却って俺を刺激した。  
ぺちゃぺちゃと音がして二人の唾液が混ざり合う。  
ちゅっ、と音を鳴らして唇を吸った。それが合図みたいになって一度体を離した。  
愛しくてもう一度ぎゅっと抱くと、俺の背中に腕を回してきた。可愛い。我慢できねぇ。  
そのまま、華奢な身体をベッドに横たえる。二人分の重みでベッドが、ギシリと鳴いた。  
 
うっすらと目を開けると、三井さんがわたしの上に跨ったままでTシャツを脱いでいるところだった。  
筋肉質の体に見惚れていたら、「目ェつぶってろって言ったろ?」と仏頂面が言った。  
それは仏頂面の割にひどく優しい口調だった。また彼の顔が近づいてきてくちづけた。  
ギリギリまで目を閉じずにいたら伏し目がちの表情がセクシーで、さっきよりドキドキした。  
キスが耳へ、首筋へ、点々と移動していきながら、器用にブラウスのボタンをはずしていく。  
胸をはだけて、左手だけでブラのホックをはずされて、ブラの下からそわそわと指が這ってくる。  
「・・あっ・・・あぁぁ・・・」  
大きな手のひらが胸を包み込む。時々長い指で乳首を摘まれて、先が尖っていくのが自分でわかる。  
触られているのは胸なのに、下半身が熱い。  
もう片方の手がゆっくりと下の方へ降りてきた。  
初めての行為への予感が、わたしの体を固くさせた。  
 
 
下着を脱がせようとゴムに指を掛けたら、両の膝にぐっと力が入って、固くなった。  
「オラ、力抜けよ。・・できねーだろ」  
ぶっきらぼうな態度や口調は、完全に照れ隠しだった。  
内心では、心臓の音が聞こえてやしねぇかと冷や冷やしていた。  
胸を触りながら、空いている方の乳首を口に含んだ。  
舌で先端を転がすたびにぴくっと体が反応して、切なそうな声を上げる。  
「・・・はぁぁ・・・んんぅ・・ぅぅ」  
少し体の力が抜けたから、一気に下着をずらした。  
そうっと性器に触れると、予想以上に濡れていた。  
「・・ああっ・・やぁ・・・触らないで・・」  
指で入口をなぞったり、指を中に入れたりしていると、ぬるぬるとしたものが溢れて来る。  
「・・すげぇ濡れてる。」  
耳元で囁いたらまたどろっと溢れてきた。あぁ、もうダメだ。  
膝に手をかけて足を思い切り開かせた。また少し力が入ったが今度は俺のするままにさせている。  
ものすごくいやらしい光景・・・。  
「ちょっと、我慢しろよ・・・」  
そこに自分のものをあてがって、ぐい、と腰を前に突き出した。  
「・・・あ!・・・いっ!・・いたっ・・!」  
かなり濡れていたからなんとか入った。しかし・・めちゃくちゃ、キツい・・。  
さらにぐっと奥まで挿した。悲鳴のような声を上げて白い首がのけぞった。  
「・・悪りィ・・動くぞ・・」  
「ああっ!・・・ぁっ・・んぅ・・」  
眉根を寄せて必死に耐えている感じだ。腰を打ちつけながらまたキスをした。  
 
 
 
こんなに痛いなんて、思いもしなかった。  
ぎゅっと目を閉じて耐えていた。  
突かれる度に嗚咽のような音が喉の奥から漏れた。  
しばらくすると、痛かったはずが、麻痺してきたのかさっきまでとは違う感覚に変わってきた。  
体の奥の方で、何かが弾けているみたいな感じ・・・。  
「あぁ・・・んぁ・・・っはぁ・・・あん!」  
自分でも聞いたことないような甘い自分の声に驚いてしまう。  
「・・・もっと、声、出して・・・・ハルコ・・・」  
名前を呼ばれて、初めて呼ばれて、体のどこかをきゅっと掴まれたような感覚に陥る。  
「・・・あぁぁ!・・・んぁぁぁぁ!」  
頭が真っ白になる。そのとき彼が低くうめいてわたしの上に崩れた。  
 
 
どれくらい経ったのか。  
そのまま眠ってしまったようだった。体を起こして隣を見ると、穏やかな寝息を立てている彼女。  
夢じゃなかったとわかってホッとした。  
涙の跡が目尻からこめかみにかけて乾いている。痛い思いさせてごめんな。  
彼女の裸の上にそっと毛布をかけて、自分は下だけ拾って身につけた。  
少し窓を開けると雨は上がっていた。  
目を覚ましたら家まで送っていこう、と思う。  
赤木の鬼瓦みてぇな顔を思い浮かべて空恐ろしいような気がした。  
 
 

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