残暑厳しい9月の土曜日。  
じめじめとした鬱陶しい蒸し暑さが肌に纏わり付く。  
 
どこにでもあるような、こじんまりとしたカフェの窓際の席に2人はいた。  
試合で見かけたくらいで直接話したことはない。  
だけど、お互い顔と名前は知っていた。  
 
胸元が開いた黒のノースリーブ。  
短いスカートからすらりと伸びる長い脚。  
露出の多い服も彼女が身にまとうと嫌味なく見えた。  
退屈そうに幾度も組み返す脚に男の視線が集まる。  
見たければ勝手にどうぞと言わんばかりの投げやりな態度。  
彼には、今ここにいる彼女がどこか場違いに思えた。  
 
「あと自己紹介してないのは、あんたたちだけよ」  
隣に座る友人につつかれ、彼女は面倒くさそうに口を開く。  
「湘北2年。彩子」  
にこりともせずそれだけ言いアイスティーを飲む。  
「翔陽3年の藤真です……」  
言い終わると同時に彼女がちらっと彼を見た。  
なんでここにあんたがいるのよ、とでも言いたげな顔。  
だが、それは彼も同じだった。  
 
合コンというものに藤真は初めて来ていた。  
この集まりに藤真が参加することが相手側から提示された条件らしい。  
親友に頼まれなければ、こんなくだらない集まりには来ることはなかっただろう。  
 
彼女がこんな所にいるのは人数合わせかなんかに違いない。  
藤真はそう思いながらぼんやり外を見ていた。  
空は厚い雲に覆われ、今にも雨が落ちてきそうだ。  
交わされる会話にもほとんど興味を持てず適当に相槌を打つ。  
半ばうんざりしながらコーヒーを飲んでいると、向かい側に座る彩子が急に立ち上がった。  
「……ちょっと、ごめんなさい」  
バッグを持ち、席を離れ、少し奥まった場所にある化粧室へ急ぐ。  
その横顔に、涙が光るのを藤真は見逃さなかった。  
 
 
 
 
 
 
 
「……誰も気付いてないわよね」  
 
鏡を見ながらハンカチで涙を拭く。  
普段なら絶対に来ない場所にあたしはいた。  
 
昨日、クラスの子が珍しくあたしを誘った。  
「一人足りないのよ。彩子は、合コンとか嫌いだと思うけど……」  
あたしは、迷いなく「行く」と答えていた。  
彼氏が欲しいからじゃない。  
この週末に一人でいたくなかっただけ。  
でも、相手が翔陽で、しかも藤真が来るなんて思いもしなかった。  
藤真も多分そう思ってる。  
さっき、あたしを見る表情はそんな感じだった。  
 
藤真の姿を見た瞬間に蘇った、決勝リーグ進出をかけた翔陽戦でのリョータの姿。  
その残像が瞼の裏にこびりつき、あたしを苦しめる。  
リョータの事を考えたくなくて来たのに、意味ないじゃないのよ―――。  
涙が出そうになるのに気付き、あたしは思わず席を立っていた。  
 
軽く化粧を直し、席に戻る。  
いなくなったあたしを誰も気になどせず、話に夢中になっている。  
その無関心さが今のあたしには救いだった。  
藤真はほとんど喋らず、つまらなそうに外ばかり見ている。  
ふいにこちらを見た藤真と視線が合い、慌てて目を逸らす。  
そんなあたしに構わず藤真が言った。  
「宮城は元気?あいつ、キャプテンになったんだろ」  
「リョータの話はやめてよ……」  
 
前触れもなく耳に入ったリョータの名前。  
あたしは、また思い出してしまった。  
どうしようもなく惨めだった自分を――。  
 
 
 
 
 
おとといの朝、それは唐突に知らされた。  
「おまえ知ってるか?宮城に女ができたって……」  
三井先輩がリョータに聞こえないように小声で言う。  
あたしは、その時初めてリョータに彼女ができたことを知った。  
 
何も手につかなかった。  
リョータはいつも通りの会話と態度で何も変わらない。  
あたしはリョータ本人から一言もその話を聞いていなかった。  
どうしてあたしに何も言ってくれないのよ……。  
二つ前の席に座るリョータの背中が、急に遠くなった気がした。  
 
部活を終えたリョータが、彼女と一緒にこっそりと帰って行く。  
全然気が付かなかったけれど、付き合ってから毎日そうしていたらしい。  
あたしは体育館の陰に隠れ、見つからないように二人を見送った。  
クラスは違うけれど、同じ学年の可愛い子。  
あたしとは正反対のタイプだ。  
背も小さくて、その子と並んで歩くリョータはいつもより大きく見えた。  
「……なによ、お似合いじゃない」  
楽しそうに笑いながら歩いていくリョータを見ながら、あたしは小さく呟いた。  
 
「なーにコソコソしてんだよ。やっぱり、気になんのか?」  
後ろからの声に驚き振り向く。  
落ち込んでいるあたしに、容赦ない言葉を浴びせたのは三井先輩だった。  
「グズグズしてるから取られちまうんだよ」  
見透かすように言う三井先輩に、あたしは強がり反発する。  
「取られるも何も、あたしとリョータは何でもないですから!」  
「……ほんっと素直じゃねえなあ。心配して損したぜ」  
「ほっといてください……」  
そう答えるのが精一杯だった。  
 
「まだ付き合って2週間くらいだから、今なら間に合うかもしれねーぞ」  
三井先輩はそう言い、あたしの頭をポンと軽く叩いた。  
普段よりも優しい話し方。  
一応、三井先輩なりに慰めてくれてるんだとわかった。  
「おまえさ、もし本当に何とも思ってないなら応援してやれよな。じゃ、オレ帰るわ」  
「……先輩って意外と世話好きなんですね」  
生意気な女だな、とでも言いたそうに苦笑いし三井先輩は帰って行った。  
 
あたしは本当に馬鹿だ。  
こうなって初めて気付いた。  
 
リョータが好きだってことに――。  
 
 
 
 
 
 
 
席に戻ってきた彩子の目に、もう涙はない。  
当たり障りのない会話を交わしていたが、ある瞬間から彩子の言葉は途切れた。  
 
オレが宮城の名前を出してからだ。  
何かあったのか……?  
藤真は、全く知らないわけでもない彩子の思い詰めた表情が気になった。  
 
アイスティーが入っていたグラスに残る氷をストローで玩ぶ。  
カラカラと涼しげな音を立てながら溶けていく氷を、彩子は虚ろな目で見つめている。  
心は別のところにある、そんな感じだ。  
男と何かあったからといって、こんなところにいるのは彼女に似合わない。  
そう思った藤真は席を立ち、彩子の手を取った。  
「オレと抜けよう」  
「えっ?ちょっと待ってよ……」  
驚いている彩子の手を引いて椅子から立たせ、バッグを持たせる。  
「藤真さんが帰ったらつまらないじゃない!彩子ずるい!」  
彩子の隣の女がふくれた顔で文句を言う。  
ほとんど無理矢理ここに連れて来られた藤真は、苛立ちを隠せなかった。  
「オレはこの子が気に入ったし、ここにいる理由はもうないよ」  
静かにそう言い放ち、財布から1万円札を出してテーブルに置く。  
「じゃあ、連れて行くから」  
彩子は藤真の手を振り払おうともしない。  
だらりと力なく下がる女の手を引き、藤真はそのままカフェを出た。  
 
「駅まで送るよ。本当は帰りたいんだろ?」  
無言の彩子と手を繋いだまま、駅までの道を歩いて行く。  
「合コンなんて来るようには見えないけどな」  
「人のこと言えるの?」  
「オレは頼まれただけだよ。あんなの退屈でしょうがない。そうだろ?」  
「そうね……」  
どうでもいいような彩子の返事に、藤真はしばらく何も話さなかった。  
藤真の横顔を見る彩子の目は、どこか覚束ない。  
 
まだ、帰りたくない。  
今あたしの隣にいるのは、海南の牧と並ぶリョータのライバル。  
だけど、そんな男と過ごすのもいいかもしれない――。  
 
彩子の頭に浮かんだのは、あまりにも身勝手な宮城への当て付けだった。  
 
 
 
 
 
駅が視界に入ると、ずっと黙っていた藤真が彩子に話しかけた。  
「なんか悪かったな、うちの学校の方まで来させて」  
「仕方ないわよ。藤真さんみたいな大スターとの合コンなんだから」  
「参ったな……」  
嫌味を言われ、藤真は肩をすくめた。  
 
彩子は明らかに機嫌が悪い。  
藤真はぎこちない空気に居心地の悪さを感じながらも、彩子を駅まで送り届けた。  
「気をつけて帰れよ」  
そう言われても、彩子は藤真の手を握ったまま動こうとしない。  
怪訝に思いながら手を離そうとした藤真に彩子が言った。  
 
「……まだ、帰りたくない。もう少しだけ一緒にいてよ」  
 
まっすぐに藤真を見つめる媚びのない、凜とした瞳。  
だけど、どこか哀しげな表情。  
そんな眼差しと強く握られた手に、藤真の心は揺さぶられた。  
 
空を覆っていた灰色の雲から雨が落ちはじめる。  
徐々に強くなる雨を見上げながら、藤真が言った。  
「……それなら、雨が止むまでオレの部屋にいればいい」  
「いいの?」  
「そんな顔されたら、ほっとけないよ……」  
何故そう口にしたのか、藤真自身にもわからなかった。  
 
「冷えて風邪ひいたら困るし、走るか」  
黙って頷く彩子の手を引き、家へと向かった。  
本降りになった雨に打たれながら走る。  
急に彩子が走るのをやめ、前を走る藤真の手がグイッと引かれた。  
立ち止まる彩子を振り返って見ると、唇を噛み締め俯いている。  
繋いでいる手も、かすかに震えていた。  
「泣いてるのか……?」  
「……大丈夫よ。ごめんなさい」  
雨で濡れる彩子の顔を見ても涙が出ているかどうかはわからない。  
だけどその瞳は潤み、赤くなっていた。  
 
 
 
 
 
 
「着替えたほうがいいな。乾くまでオレのを貸すよ」  
藤真は、部屋に入るとすぐに彩子へ着替えとタオルを渡した。  
「ありがとう、藤真さん……」  
今日初めて彩子が笑った。  
試合の時に見かけたのと同じ笑顔に、藤真は安心した。  
「呼び捨てでいいよ」  
「年上だし、いきなりは無理よ」  
 
あまり親しくもない男の部屋で、彩子は居心地が悪そうに見えた。  
濡れた髪を丁寧にタオルで拭きながら藤真に尋ねる。  
「着替えたいから、少しだけ一人にしてもらってもいい?」  
「いいよ。ちょっと待っててくれ」  
藤真が自分の着替えとタオルを用意し、部屋を出ようとした時だった。  
「雨、早く止むといいわね」  
窓に打ち付ける雨を恨めしげに見る彩子に、藤真はなぜか軽い苛立ちを覚えた。  
今は、この雨に止んで欲しくない。  
 
『雨が止むまでオレの部屋にいればいい』  
 
ほんの少し雨宿りさせるつもりで、そう言ったはずなのに――。  
 
「そんなに止んでほしい?」  
「え?」  
「オレは降り続いてほしい……」  
藤真の言葉の意味を理解した彩子は静かに言った。  
「それって、口説いてる?」  
「そうかもしれないな」  
 
迷いなく彩子を抱きしめたものの、藤真は自分の言動に驚いていた。  
 
 
 
 
 
土砂降りになった雨は、しばらく止みそうもない。  
 
藤真の目の前で、彩子が濡れた服を脱ぎ始める。  
薄くなりかけた水着の跡。  
日に焼けていない部分の肌は雪のように白い。  
脱いでいく彩子を静かに見守る藤真は、すでに裸でベッドの上にいた。  
彩子の身体を覆っていた最後の一枚が床に落ちる。  
「おいで……」  
藤真の腕に抱かれ、彩子はベッドへゆっくりと倒れていく。  
手慣れたような動作に彩子が思わず口走った。  
「女の子なんて選び放題でしょ?」  
「なんか勘違いしてないか?まあ、そう思われても仕方ないのかな……」  
寂しそうな笑顔に、彩子の心がちくりと痛む。  
「……ごめんなさい」  
藤真は彩子から手を離すと、隣に寝転び大きく溜息をついた。  
 
「オレは好きになった子にしか触れないよ……」  
 
その言葉が、弱っている彩子の心を強く揺さぶる。  
自分の放った嫌味な言葉に心苦しくなり、彩子は藤真の胸に頬を寄せた。  
思っていたよりも、ずっと逞しい胸板。  
その胸に少し早めの鼓動を感じた彩子は、宝物を見つけた子供のように藤真を見た。  
彩子の挑発するような瞳に、藤真の鼓動はますます早くなる。  
「ドキドキしてる?」  
「そりゃあするよ。こんな子が裸で隣にいるんだから」  
 
彩子の心の奥に秘められた企みに気付かないまま、藤真は華奢な身体を抱きしめた。  
やわらかい真綿のような抱擁に、彩子の張り詰めた気持ちが少しずつ和らいでいく。  
打ち解け始めた二人は、まるで恋人同士のように自然と見つめ合い唇を重ねる。  
軽く触れるだけのキスの後、彩子を気遣うように藤真が尋ねた。  
「後悔しないか?」  
「そんなのしないわよ。ねえ……早く、さわって……」  
 
――もしかしたら後悔するかもしれない。  
 
頭をかすめた僅かな憂慮の念も、藤真の温もりで消え去っていく。  
後悔しても構わないと思うくらいに彩子の身体は男を求めていた。  
 
 
 
 
 
雨に濡れた身体は、気温の高さに反して冷えきっていた。  
失った体温を取り戻すかのように互いの身体を抱きしめ合う。  
 
舌の絡み合う音が、振り続く雨音と共に二人の耳の奥に響いた。  
息苦しさに離れた女の唇を、藤真は再度襲う。  
ゆっくりと絡まる男の舌に彩子の身体の芯がじわりとうずいた。  
ようやく放された彩子の唇が吐息混じりに呟く。  
「とけそう………」  
藤真は応えるように軽く微笑むと、彩子の首筋に唇を這わせた。  
「…あぁ……ん……」  
首筋からその下の大きな膨らみへと優しく這い回る舌。  
藤真の顔が動くたびに、その柔らかい前髪が彩子の胸元をサラサラとくすぐる。  
彩子は我慢できず藤真の前髪をかき上げた。  
「……髪の毛で、感じた?」  
上目遣いで彩子を見つめながら胸へと唇を滑らす。  
「白くて綺麗だ。水着の跡が消えた身体を見てみたい……」  
藤真の言葉と視線が、彩子の頬を紅く染めていく。  
彩子の身体を観察するかのような冷静な目。  
欲にまかせた激しさや性急さなどまるでない藤真に、彩子は戸惑っていた。  
 
肌へ纏わり付くような男の舌に、彩子の呼吸は荒くなる。  
「あ…っ……はぁ……っ」  
「誰もいないから、声、出してもいいよ……」  
藤真の口から淡々と吐き出される羞恥を煽る言葉。  
穏やかながらも虐めるような言い方が癪に障り、彩子は唇を噛み締めた。  
「初めて?」  
「……馬鹿にしないでよ。男と寝たことくらいあるわ」  
睨む彩子の脚の谷間に、ほんの一瞬だけ藤真の指が滑る。  
さらりとした蜜を指に絡め取った藤真は、彩子の目の前でそれを嘗めて見せた。  
「もうこんなになってるし、初めてなわけないよね……」  
男と思えないほどの妖艶な仕草に、ぞくりと背筋が冷たくなる。  
恥ずかしさに彩子は顔を背けた。  
「やめてよ……」  
耐え難い屈辱の中、僅かに浮かび上がる快楽の陰影。  
自分が落としたはずの男。  
その男が張った甘い罠に、今度は自分が落ちていくような気がした。  
 
いたぶるような言動に反し栗色の瞳は優しさに満ちていた。  
穏やかな表情に、身体ばかりか心までもが侵食されそうになる。  
彩子の身体は淫らな期待に濡れ、淡く艶づいていった。  
 
 
 
 
 
 
中学で男を知り、同年齢の女と比べれば経験は多い方だ。  
だけどこんなにも身体が熱くなる事は無かった。  
藤真によってもたらされる甘すぎるほどの感触と、宮城の彼女への嫉妬。  
それらは巧妙に混ざり合い、彩子の思考と理性を麻痺させていく。  
 
藤真の手が、彩子の胸に触れ始める。  
手は円を描くように大きな膨らみを撫で、唇は首筋をなぞった。  
「は………あぁ……」  
彩子の身体は迂曲し、その動きにシーツが乱れる。  
藤真は彩子の様子を見ながら、大きく開いた手のひらで優しく胸を撫で続けた。  
首筋を行き来していた唇は、もう片方の膨らみへと滑り、尖端を軽く挟む。  
「……あ……、いや……っ……」  
とろけて消えてしまいそうな感覚に怖くなる。  
彩子は思わず自分の胸にある藤真の手を掴んだ。  
「いや?……じゃあ、やめようか」  
呆気なく身体から離れた藤真に、彩子は微かな怒りを覚えた。  
この男はどうしてこんなに意地悪なんだろう。  
困惑する自分を藤真が楽しんでいるように思えてならなかった。  
「どうした?そんな怖い顔して……」  
僅かに笑みを浮かべ彩子の頬に口づける。  
 
――酷い男。  
やめないで欲しいって、本当は解かってるくせに――。  
 
「……意地悪ね」  
「可愛いからちょっといじめてみたかった。もう、しないよ……」  
 
再び藤真の唇は胸を這う。  
柔らかさを取り戻していた尖端は藤真の舌でいとも簡単に硬くなった。  
白い胸は早くなる呼吸に上下し、淡い桃色に染まっていく。  
 
藤真の手が胸から腰を滑り、ゆっくりと彩子の下半身へと移動していく。  
潤いに満ち、男の愛撫を待っている場所。  
そこに触れられると思っていた彩子の期待は儚く裏切られた。  
太腿の裏や内側を、男の指がうごめいている。  
彩子は、無性に悔しかった。  
藤真の滑らかな指の動きに翻弄され堕ちていく自分。  
それを止める理性は彩子の心に微塵も残っていなかった。  
 
 
 
 
 
 
もう少しで、そこに触れそうなのに。  
本当に酷い男……。  
 
彩子の自尊心は、藤真によって脆くも崩れ落ちていく。  
 
胸を這う舌の刺激に慣れ、彩子の神経は太腿を弄ぶ男の指に集中していた。  
触れて欲しい場所に指がなかなか届かず切なさに悶える。  
突然胸の尖端を軽く噛まれ、油断していた上半身に矢のような快感が走る。  
「…あぁ…っ…………!」  
彩子は短く叫んだ。  
まだ、手は太腿や腰を這い回る。  
胸から唇を離した藤真が、彩子を見つめた。  
やわらかい視線の男に焦らされる身体。  
待たされ続けている部分は、軽い痛みまで感じるほどに熱く痺れる。  
そこはまだ刺激を受けてもいないのに紅く腫れ、溢れる蜜で濡れていた。  
「かわいいよ………」  
藤真に口づけられた彩子は、自ら舌を入れ絡めた。  
 
早く触れて。  
早く、挿れてよ……。  
 
彩子の瞳が藤真に懇願する。  
その願いに気付いたかのように、藤真の指が動いた。  
触れて欲しくて仕方の無かった場所。  
ようやくそこに藤真の指が触れ、彩子の脚は無意識に開いていた。  
絡まり合う舌が離れ移動していく。  
首筋、鎖骨、胸……。ゆっくりと這う舌。  
藤真は全く急がず、彩子の身体が快感で小刻みに震えるのを確かめながら愛撫する。  
決して激しい愛撫ではない。  
藤真のすべてが、緩く、優しく、穏やかに動く。  
その動きの一つ一つが彩子に初めての感覚をもたらしていた。  
 
溢れる蜜が藤真の指を濡らした。  
触れられると今度は中に欲しくなる。  
欲張りな身体を持て余し、彩子の腰は大きくうねった。  
 
今はもう宮城のことを想う余裕などない。  
雪崩れのように押し寄せる欲にまみれ、身体も心も藤真で埋め尽くされていった。  
 
 
 
 
 
 
唇が彩子の胸から離れ、濡れた女芯へと辿りついた。  
すでに硬くなっていた蕾が男の唇に吸われ、舌で転がされる。  
藤真の指が彩子の中へと滑り込み、ゆっくりと肉壁を刺激した。  
「…ん……あぁ……っ…」  
敏感になっている場所を唇と指で責められた彩子は、腰を浮かせ喘いだ。  
「そんなに気持ちいい……?」  
意地悪な言葉も今は媚薬のように彩子を酔わせる。  
さらさらとしていた蜜は彩子の昂揚と共に形状を変え、とろりと男の舌に絡みついた。  
 
気強い女が自分の愛撫によって乱れている。  
駆引きもプライドも、何もかも忘れ悶える様は奴隷のようだ。  
自らの脚を持ち上げて男の舌を受け入れ、脚の付け根まで淫らな蜜で濡らす。  
目に映る彩子の姿態に誘われ、藤真の身体も熱くなっていた。  
愛撫を止め、藤真は彩子を見つめた。  
「……いい?」  
わざわざ聞くまでもない。  
 
思いきり突いて――。潤んだ彩子の瞳がそう訴えていた。  
 
男で充たされた途端、安心したかのように彩子の表情が柔らかくなっていく。  
藤真の腰に長い脚を巻きつけ、腕は背中を抱いた。  
唇を重ねたり、互いの耳や首筋を舐める。  
冷えていたはずの二人の身体は汗ばみ、擦れ合う全ての場所から卑猥な水音を立てた。  
密着する女の身体の柔らかさと、自分を包む温かい肉壁。  
軽い眩暈のような快感が藤真を襲う。  
これまで緩慢にさえ思えた藤真の動きは、自らの欲望に急かされ激しさを増していった。  
彩子は目を固く閉じ、すぐそこに見える頂に神経を集中させる。  
「…あ…っ……もう……いっちゃう………!」  
尽き果てる寸前、彩子の瞼の裏にそれは映った。  
――リョータも、こんな風にあの子を抱いているのかもしれない。  
そんな耐え難い情景に、濡れた唇が音無く動く。  
 
『  リョータ…………! 』  
 
声にならない叫び――。  
 
訪れた絶頂と共に、聞こえないはずの声が藤真には聞こえた気がした。  
心に、靄がかかる。  
わかりきっていたことだが、自分が全身で奉仕した女は別の男に惚れている。  
抜け殻のようにぐったりとした彩子の姿に、藤真は虚しさを感じた。  
 
「声に出しても良かったのに……」  
 
自虐気味に呟きながら、無言の彩子をきつく抱きしめる。  
きっと自分に気持ちが向くことはないだろう。  
だけど、一度手にしたこの温もりをどうしても離す気になれない――。  
 
藤真の答えは決まっていた。  
 
 
 
 
 
 
 
誰かに抱かれてもあたしは何も変わらない。  
そう思っていた。  
 
今、あたしは藤真の腕の中にいる。  
包容力に満ちたその腕はとても温かく、心の小さな棘を消し去るには充分だった。  
髪を撫でられたあたしは、その胸に子供のように頬を寄せる。  
こんなに素直に甘えられるのはどうしてだろう……。  
 
あたしは、藤真に惹かれはじめていた。  
 
髪を撫でられるのがあまりにも心地良くて、あたしも藤真の髪を撫でてみた。  
サラサラと絹糸のように細く、やわらかい栗色の髪。  
「キレイな髪……。羨ましい」  
「ストレートにしてみたら?きっと似合うよ」  
男に言われ髪型を変えるなんて、あたしらしくない。  
だけど今は、そうしてもいいかなと思えた。  
 
髪を撫でていた手が止まり、藤真があたしの顔を覗きこむ。  
「付き合ってくれないか?」  
突然の言葉にあたしは当惑した。  
「……どうして?」  
「そんなの簡単だろ。好きになったからだ」  
口ごもるあたしの様子をしばらく伺っていた藤真が静かに口を開いた。  
「……まあ、宮城が気になるなら無理にとは言わないよ」  
 
藤真にそう言われ、あたしの心に黒い影が差す。  
 
リョータを好きなことに気付かなかった自分。  
リョータの気持ちを知っていて、気付かないふりをし続けた自分。  
そして、藤真に抱かれながらリョータの名前を心で叫んだ自分……。  
 
そんな記憶を、あたしは全部消してしまいたかった。  
 
 
 
 
 
「無理に好きになってくれとは言わない。そうなってくれたら嬉しいけどね……」  
 
決してあたしを縛り付けようとしない。  
押し付けもせず、かといって引くわけでもない。  
どうせ、あたしとリョータはもう元の関係には戻れないだろう。  
それなら思いきり壊してしまった方が楽になれるかもしれない。  
 
藤真に抱かれたのは、リョータへの幼稚な当て付け。  
それだけだったはず。  
なのに、あたしの中に新しい何かが芽生えていた。  
それは本当に小さな芽で、育つかどうかもわからない。  
 
「もう一度してよ。そしたら考えるわ」  
「雨が止むまで何度でも抱いてやるよ……」  
 
再び強くなり始めた雨音に、藤真の声が重なった。  
 
先ほどまで冷静だった藤真が少し荒々しくあたしを組み敷く。  
女みたいな綺麗な顔立ちに見え隠れする男の本性。  
それを見つけたあたしは、ちょっぴり藤真を愛しく思った。  
だけど、リョータの残像はまだ消えず、時折あたしの脳裏をかすめていく。  
 
あたしはひたすら求め、抱かれた。  
心に降り続く雨は無視して――。  
 
 
いつか、雨は止むだろう。  
その時あたしが誰の腕の中にいるのかはわからないけれど……。  
 
 
 
 
Fin  
 
 
 

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