山王戦から半年が過ぎた1月。
人間離れした肉体の持ち主は驚異的な回復を見せ、この体育館に戻っていた。
――ところが。
復帰してまだ間もないというのに、風邪をこじらせたのか発熱するという有様。
「だめよう!病院行って、ちゃんと寝てなくちゃ」
「ハルコさん……大丈夫っすよ、このくらい」
「大丈夫じゃないよ、桜木君。39度近くも熱あるのに……」
体育館の片隅で、同じやり取りを何度も繰り返す二人。
そんな様子に痺れを切らしたのか、彩子が二人の元へ駆け寄った。
「コラ!さっさと病院行きなさい、桜木花道!」
ハリセンこそ飛ばないが、しょうがないわね、という顔をしながら彩子が花道を諭す。
「それにしても、あんたでも風邪ひくのねえ」
「ぬ……、どういう意味すか?アヤコさん」
「とにかく今日は帰りなさい。晴子ちゃん、悪いんだけど一緒に病院行ってあげてくれる?」
「わかりました!早く行こう、桜木君」
「ハルコさんがそこまで言うなら……」
ニコッと微笑む晴子の可愛さに負けたのか、ようやく花道が折れた。
病院で診てもらった結果、花道はインフルエンザだった。
ちょうど流行の兆しが見え始めたこの時期、運悪く感染したのだろう。
晴子は、待合室でだるそうに椅子へ横たわる花道が心配になった。
会計を済ませ薬局を出る頃には、まるで酔っ払いのようにフラフラだった。
それでも花道は、「大丈夫っす!」と、しきりに言い張る。
晴子は花道をなだめすかしながら、一緒にアパートへ入った。
「桜木君、おかゆ食べる?」
「ハルコさんの作ったものならなんでもいいっす!」
一人暮しの部屋で、晴子と二人きり。
花道の心臓は、体から飛び出そうなくらいバクバクと脈を打った。
髪の色に負けないほどに真っ赤に染まる頬。
それは、熱のせいばかりではない。
「桜木君、真っ赤よ。熱、また上がったのかしら?」
花道の気持ちを知ってか知らずか、晴子は相変わらずに思えた。
「うーん、さっきよりも熱いかも……」
自分と花道の額に手を当て比べ、晴子が小首をかしげる。
額に触れる、晴子の小さな手。
花道は、インフルエンザとはまた別の熱に侵されていくような気がした。
ほくほくとやわらかい匂いが漂ってくる。
キッチン、というよりも台所と呼ぶ方が相応しい場所で、晴子は手際よく粥を炊いていた。
運動は苦手なようだが、料理は得意らしい。
花道は、布団の中で晴子の後姿をぼんやりと見ている。
赤木家での勉強合宿で、晴子が作ってくれた焼きうどんの味を思い出していた。
晴子は布団のわきへ座ると、花道が体を起こしやすいよう介助した。
「おなかすいたでしょう?今、冷ますね」
まるで母親がそうするかのようにレンゲで粥をすくい、ふーふーと冷ましはじめる。
花道はただ黙々と、晴子が口もとへ運ぶ粥を食べている。
重くなる身体を支えるのがやっとで、食べさせてもらうという行為に照れる余裕すら無かった。
「すみません、ハルコさん。横になってもいいすか?あとで残りちゃんと食べますから……」
半分ほど食べたところで、花道がしんどそうに言った。
「無理しないで、桜木君。食べられるぶんだけでいいのよ」
いくら頑丈な男でも、インフルエンザには敵わないようだ。
ゆっくりと花道が布団へ横になる。
「ちゃんと温かくしないとね」
晴子に布団をかけて貰った花道は、ありがとう、と言う代わりに僅かばかりの笑みを浮かべた。
「あっ!桜木君、薬飲まなくちゃ」
食器を片付けようとして、晴子はテーブルの上に置かれたままの薬に気付いた。
花道は相当きついらしく、こくりと頷くだけで薬を手に取ろうともしない。
眠ってはいないが、目を閉じ、苦しげに呼吸を繰り返す。
「………どうしよう」
薬は、カプセル一つ。
晴子はしばらく考えを巡らせると、湯冷ましを口に含んだ。
花道の首の下に腕を入れ、頭を少し起こす。
わずかに開く唇にカプセルを入れ、湯冷ましを少しずつ、ゆっくりと口移しした。
よほど苦しいのだろう。
こんなことを晴子にされているというのに、花道は目を開けもせず、うなされたままだ。
「桜木君、飲んで……」
晴子の言葉に応えるように、花道の喉がゴクリと鳴る。
薬を無事飲ませ、晴子はホッと胸をなで下ろした。
花道の渇いた咳が、何度も部屋に響く。
晴子は、その苦痛をできる限り取り除いてやりたかった。
『湿度をあげれば楽になるかも……』
沸かした湯を洗面器にはり、部屋の隅に置く。
氷を取り替えた氷嚢を花道の額にのせると、熱に苦しむ顔を心配そうに見つめた。
「もう少しの辛抱だよ。薬が効くまでがんばって、桜木君……」
少し髪が伸びたせいか、大人っぽく見える。
実際、リハビリを終えてきた花道は、以前よりも少し落ち着いていた。
校舎にも、体育館にも、花道の姿がない日々。
思った以上に自分が寂しがり屋だということを、晴子は毎日思い知らされた。
手紙のやりとりが楽しみだったけれど、それだけじゃ物足りない。
晴子は、広くて大きなその背中をずっと待っていた。
花道が戻ってきた時、いちばん喜んでいたのは晴子だ。
嬉しそうにボールを追う花道を見ているだけで、温かい幸感に包まれる。
今では、流川よりも花道を目で追う方が断然多くなっていた。
ただ憧れるだけなのとは違う。
流川に夢中になっていたときとは明らかに別の、花道へ向かう穏やかな感情。
それが何なのか、晴子はすでに気づいていた。
「あ!氷、作っておかなきゃ」
立ち上がろうとしたその時、花道の手が晴子の手首を掴んだ。
「ハルコさん……帰らないで。もう少し、そばにいて……」
花道が小さく呟く。
うなされているのだろう。
いつもの敬語ではないその言葉は、晴子の胸を甘く締め付けた。
「大丈夫、帰らないよ。ずっとそばにいるよ、桜木君……」
家に帰っても、いつも一人きり。
たとえば彼はこんなとき、どうやって寂しさや不安をまぎらわせてきたのだろう。
今まで考えもしなかった。
底抜けに明るい花道に秘められているであろう孤独を思うと、胸が苦しくなった。
それは決して、同情ではない。
ずっと、そばにいるよ。
それは、晴子の曇りない想いだった。
なんでも掴めそうな大きな手。
こんな大切なものに、どうして今まで気付けなかったのだろう。
晴子は、すがるように自分の手を握る花道の手を、優しく握り返した。
しばらく浅い眠りに就いていた花道が、目を覚ました。
手が、晴子に握られている。
そのことに気づいても花道は慌てたりもせず、そのまま握り続けた。
晴子のやわらかい手の感触を感じていたい。
なぜか今は、その思いを隠す必要がないように思えた。
二人だけの時間と空間。
ためらったり、とまどったりというような、いつもの二人は影を潜めている。
晴子は、不思議と素直になれるような気がした。
「あのね、桜木君。相談があるの……」
「なんでも相談にのりますよ!この天才が解決できない事はないですから!」
「好きな人がいるんだけどね……」
晴子がそう言うと、花道の笑顔は凍ったように硬くこわばった。
少し間をおき、おそらく口にしたくはないであろう男の名前を出す。
「……ルカワのことすか?」
「違うの」
「……?」
「桜木君なの」
なにが起こっているのかわからない。
そんなふうに目を丸くした花道を、晴子は瞬きもせずに見つめた。
「桜木君を好きになっちゃったんだけど、どうしたらいい……?」
握り合う手に、どうしようもないくらい熱がこもる。
花道は、また体温が上昇していくのを感じた。
まるで自分が放熱しているかのように、体を取り囲む空気が暑く感じる。
再び、ぼうっと霞みだす花道の視界。
意識が薄れる前に、どうしても伝えなければ――。
「……そのまま、好きでいてください。オレもハルコさんが好きです」
もしも――これが夢なら、正夢であってほしい。
そう願いながら、花道は目を閉じた。
「寒いっす……」
花道が、頼りなさげに呟いた。
部屋は充分に暖かい。
さらに花道には、タオルケットや毛布など、部屋にあるだけの寝具がかけられていた。
「大丈夫?桜木君」
悪寒がひどいらしく、大きな手がふるふると震えている。
「寒い……」
もう一度、小さく呟く。
晴子が手をこすったり、体をさすっても花道の震えはおさまらない。
いてもたってもいられず、晴子はブレザーを脱ぎ、毛布の中に入った。
「私がそばにいるよ。だから、安心して眠って……」
晴子が花道に寄り添い、手をきゅっと握る。
一言も喋らないが、苦しみにゆがんでいた花道の表情が少し緩んだ。
こうするのが、あたりまえ――。
晴子は、自然とそう感じた。
躊躇も拒絶もない。
そればかりか、もっと近づきたいとさえ思った。
まるで、今まで何度もそうしてきたかのように。
「……温かいっす、ハルコさん」
「私も温かいよ……」
晴子にとっては暑いくらいだ。
温かい。
そう口にしたのは体温のことではない。
桜木に寄り添うことで心を満たす温かさのことだった。
「ハルコさん、うつるかもしれないすよ……」
「もう、手遅れかも」
「手遅れ……?」
薬を飲ませるために湯冷ましを口移ししたことを思い出し、晴子はくすくすと笑った。
「熱があるときは、こまめに水分とったほうがいいのよ」
晴子は枕もとの湯冷ましを口に含むと、先程と同様、花道に口移しで飲ませた。
花道の頬が真っ赤に染まる。
驚き、動揺する花道などおかまいなしに、晴子がいつもと同じ笑みを浮かべた。
「さっきね、こうして薬飲んだんだよ。……覚えてる?」
「えっ……マジすか?!」
「薬飲んで水分も補給したし……あとは、たくさん眠ればよくなるわ」
花道は、黙って頷いた。
だがそれと同時に、眠るのはもったいない、と思った。
晴子の甘い香りとぬくもりが、あまりにも愛おしくて――。
1時間ほど眠り、花道は目覚めた。
体が少し楽になっている。
あれだけ寒いと感じていたのに汗だくだ。
「楽になった?桜木君」
「……ハイ。ハルコさんのおかげっす」
「すごい汗ね。着替えなきゃ」
だるさが残るが、薬が効いたのか自力で起き上がることができた。
花道が汗をかくのを予想し、すでに枕もとには着替えやタオルが準備されている。
Tシャツを脱いだ花道の体を冷やさないようにと、晴子がすばやく拭いた。
「ハルコさんはいいお嫁さんになれますよ、絶対!」
晴子のけなげな姿に、特に深い意味も無く、花道の口からそんな言葉がもれた。
「ありがとう!」
無邪気に喜ぶ晴子。
思わず、その小さな身体を抱きしめた。
それは花道自身もびっくりするほど、さりげなく。
「もう7時だし、遅くならないうちに帰ったほうがいいすよ」
「……まだ、大丈夫」
帰りたくなかった。
直に手に触れる、花道の肌。
その広い胸でトクントクンと鳴る鼓動が、自分と同じ速さであることに晴子は安らいだ。
「桜木君、寒くないの?」
「全然寒くないっす!」
強がりではない。
小さく細い晴子の身体を抱く腕から、ほんわりとぬくもっていく。
可憐でかわいらしい、晴子の香り。
花道は、このままその香りにくるまれていたいと思った。
そして、それは、晴子も同じだった。
花道の整髪料や、皮膚の匂い。
大きい身体と力強さが漲る腕に覆われる安心感を、ずっと感じていたかった。
――こんなふうに、突然舞い込んだ幸福。
不意に、花道は怖くなった。
もしかしたら、さっき告白されたのは夢だったのかもしれない。
確かめたくなり、もう一度それを口にしようと思った。
「……オレ、ハルコさんが大好きです」
花道は晴子を抱きしめたまま、はっきりと告げた。
「私も大好きよ、桜木君……」
夢じゃなかった。
少し照れたように微笑みながら見つめ合う。
瞳を閉じた二人の唇が、静かに重なった。
恥じらい、うつむく晴子のブラウスのボタンに、花道が指をのばす。
はずしていく中で晴子の鎖骨に触れた花道の指は、小さく震えていた。
『桜木君も、震えてる……』
晴子は、自分と同じように震える花道を愛おしく思った。
「ハルコさん、オレ、こういうの初めてなんすよ……」
自分の震えが晴子に伝わったのを感じとった花道が、申し訳なさそうに目を伏せる。
「……桜木君は優しいね」
自分の不甲斐なさに腹が立った。
本来、男である自分がリードしなければならないというのに、晴子に気を使わせている。
花道はしょんぼりと肩を落とし、深い溜め息をついた。
「ホント、情けないっす。でも………」
いったん言葉を止め、深呼吸する。
「それでも、ハルコさんを抱きしめたいんすよ……」
花道は拗ねた子供のような顔をして、そう続けた。
「大丈夫よう!だって、桜木君は天才だもの……」
この状況で出た『天才』という言葉に、花道が少し困ったように笑った。
何かとんでもないことを口にした気がして、晴子も困ったように笑みを浮かべる。
そんな互いの笑顔に、二人は緊張が解けていくのを感じた。
花道の指が、晴子のブラウスをするりと腰もとまで落とす。
白いキャミソールの細い肩紐と、その下に重なる水色の下着のストラップ。
綺麗な鎖骨とクロスするその二本は、晴子の線の細さを強調しているように見えた。
花道が、おそるおそるキャミソールの肩紐を両手で撫でるように下げる。
それはブラウスと同じように、晴子の腰もとへするりと落ちた。
水色の下着に隠されている晴子の胸は決して大きくはないが、かといって小さくもない。
思いのほか、ふくよかに見える。
目のやり場に困った花道は視線を上に向け、晴子を抱き寄せた。
少し前に抱きしめた時よりもさらに、その胸の膨らみが柔らかく花道の身体に添う。
この水色の下着を取ってしまえば、直にそれを感じることができるのだろう。
そう考えるだけで花道は、体中の血液が頭に全て集まったのかと思うくらい顔に火照りを感じた。
覚悟を決めた花道が大事そうに晴子の頬に触れる。
おじけづいたりせず、晴子も花道の固い胸板に触れた。
二人の唇は引き寄せあうように動き、触れ合う。
重なる唇はそのままに、大きな手がたどたどしく晴子の背中で動き、水色の下着をはずした。
接する、花道の肌と晴子の胸。
触れあう場所にまるで心臓があるみたいに、トクトクと脈が流れ打つ。
花道は晴子の背中に腕をまわすと、細い身体をゆっくりと倒した。
目に飛びこんできたのは、真っ白な肌。
かわいらしい膨らみと、桜貝のようにきれいなピンク色の乳芯。
それだけで花道の下半身は奮起していた。
まだ、それを晴子に気づかれたくない。
そう思った花道は、真正面から覆っていた身体を晴子の隣りに投げ出し、横から抱きしめた。
「さ、寒くないすか?ハルコさん……」
暑いくらいの部屋で、その台詞はあまりにも不自然すぎた。
晴子の返事も聞かずに、花道は毛布をたぐりよせ肩まで引き上げる。
ほんのりと桃色に染まる、晴子の頬。
あらわになる肌を恥ずかしがる晴子を気遣い、そうしたのだろう。
不器用な優しさ。
それは、晴子が花道を好きな理由のひとつだった。
「人の肌が、こんなに気持ちいいなんて知らなかった。……桜木くんだから、なのかな?」
「ハルコさん……」
夢のように、だけどもリアルに、晴子の言葉が花道の耳に届く。
花道は、遠慮なく抱きしめた。
晴子の透きとおるような皮膚は、ガラス細工のように繊細に見える。
少しでも乱暴にすると壊れてしまいそうだった。
壊れないぎりぎりの強さで、晴子の身体を腕に抱いた。
花道の身体に、晴子も腕をまわした。
ありったけの力をこめる。
どんなに強く抱きしめても、びくともしない桜木の身体。
晴子は、この頼もしい身体に身をまかせることの悦びをかみしめた。
どうやってとか、どんなふうに、などという知識は余計なものに思える。
あまりに無垢な二人にも、当然備わっている人としての本能。
相手を強く想う気持ちさえあれば、自然と身体は動くもの――。
二人は今、それを肌で感じていた。
少女の面影を残す晴子だが、身体は成熟しつつある。
晴子に触れる花道の指は、初めてなりに懸命に動いた。
「……あ……ん……」
桃色に染まるふくらみが花道の手のひらにおさまると、晴子の唇から小さな声がもれた。
聞いたことのない晴子の声色は、花道を容易に男にする。
花道は、もう片方のふくらみの乳芯を唇で軽く挟んでみた。
少し控えめに幾度か挟んだあと、舌で転がすと、そこは花の蕾のように固くなる。
囁きにも似た、清らかな吐息。
少しずつ、その間隔は縮まっていく。
触れる場所が少し変わるだけで、晴子の身体が怯えるように震えた。
花道の愛撫に怯えているのではない。
その身体に生まれて初めてもたらされる快感に、身のすべてを預けてしまうのが怖かった。
自分が、自分で無くなってしまう。
そんな瞬間が、幾度も晴子の身体の芯から滲み出す。
「桜木君……なんか、ヘンな感じ……」
「……えっ?ヘンすか?」
もしかして触れ方が不快だったのか……。
そういう顔をした花道に、晴子は「違うの」と首をふった。
「……こんなことするのは初めてなのに、どうして気持ちいいってわかるのかな」
「ハルコさん……」
「ねえ、桜木君……ヘンよね?」
「……ヘンじゃないすよ、全然」
「やっぱりヘンよ。だって、もっと気持ちよくなりたいって思ってる、私……」
大きな瞳で花道を見つめながら、晴子のかわいらしい桜唇がそんな言葉をつむいだ。
どうして晴子は、こうまでも自分を夢中にさせるのだろう。
たまらなかった。
『もっと気持ちよくなりたい』
呼吸をするような自然さで、素直にそう告げた晴子。
可愛いとか愛しいとか、ひとつの言葉ではとても括れそうになかった。
どこまで、思うままにしたらいいのだろう――。
少し前まであった花道のそんな葛藤は、さっきの晴子の言葉で消え去っていた。
ほんわりと暖かい日なたのような晴子。
腕の中の晴子は、確かにそのままの晴子だ。
だが、時々ふいに女の顔になる。
清潔感を失うことなく大人びた顔をして、花道の愛撫に甘ったるい吐息で応える。
二人に掛けられていた毛布は、いつのまにか捲れあがっていた。
下がりきらない熱と、晴子のしなやかな肌の感触。
全身がふわりと浮いたようなやわらかい高揚を、花道は感じていた。
「汚れちゃうよ、桜木君……」
花道は、晴子の言った意味をすぐには理解できなかった。
晴子が瞳で訴えてみても、花道にはわかってもらえそうにない。
そう思った晴子は、諦めたようにはにかんだ。
「……下着が、汚れちゃう」
純潔そのものの晴子が口にした淫猥な言葉。
今までにない脈動が、花道を急襲した。
上下そろいの水色の下着が、枕もとの湯冷ましの隣りに行儀よく置かれている。
小さなアパートの小さな部屋で、二人は何も身に纏っていない。
晴子の、まだ誰にも知られていない場所は、花道のためだけにしっとりと潤っていた。
触れたいように、だけど大事に、花道の指がそこに触れる。
手付きは決して滑らかとはいえない。
それでも花道の無骨な愛撫は、晴子の身体を紅潮させ、さらに濡らしていく。
鼓動は、どんどん加速する。
それに反して二人の心は静穏そのものだった。
言葉なんてものは邪魔に思える。
花道が晴子を見つめると、ひとつになる覚悟を決めた瞳が見つめ返した。
身体を優しく覆った花道の首に、晴子が腕をまわす。
花道は晴子の頬へ口づけながら、ゆっくりと腰を落とした。
晴子の両手には震えながらも力がこもり、知らず知らず花道を引き寄せる。
「……あぁ…っ………」
一瞬、こわばりを感じたが、晴子の身体は待ち望んでいたかのように花道を受け入れた。
晴子の首筋に顔をうずめ、甘い香りの髪を撫でる。
花道の首もとで、晴子はギュッと両手を握り締めていた。
顔を見なくても痛みに耐えていることがわかる。
「……ハルコさん、大丈夫すか?」
「大丈夫……」
本当に、大丈夫なんだろうか。
心配になった花道は顔を上げ、晴子に目をやった。
「つらかったら、やめても――」
花道が言い終わる前に、晴子はその唇を一瞬だけふさいだ。
「やめるなんて、絶対ダメ。桜木君にも気持ちよくなってほしいから……」
そう言い終えた晴子の桜唇には、少しのためらいもない。
あとはもう、夢中だった。
「………あ…っ…、あぁ…………」
晴子が奏でる、痛みと悦びとが相俟った小さな音色。
それは時折我慢できないようにこぼれると、花道の鼓膜へ、か弱く響いた。
桜色に染まっていく透明感溢れる声。
無意識のままに締め付けてくる熱く湿った柔襞。
それは繰り返し押し入る花道を、搾り出すように甘く絡めとる。
これまで身体に感じたことがないほどの興奮に、花道はあっさりと呑み込まれた。
――熱が、あがってきたような気がする。
ぼんやりとそう思った時にはもう尽き果て、晴子の胸もとに顔をうずめていた。
「……今日から私は、桜木君のものね」
そう言って微笑む晴子が、さっきと同じように一瞬だけ女の顔をした。
まるで、花道と二人だけの秘密をもったことを楽しむかのように。
無理をしたせいか、再び混濁しはじめる花道の意識。
花道は、晴子の香りに包まれながら、また熱に侵された。
どうしてか今度は、かすかに心地良さを伴いながら――。
END