…もうここに、自分の居場所はない。  
そう思って試合会場から去っていく自分は、今まで生きてきた人生の中でも一番思い出したくない場面だ。  
あれから、1ヶ月経った頃だろうか。ボールを手放してしまった俺には、何も残ってはいなかった。  
学校が終っては、ブラブラする毎日。そんなときに、たむろってたガラの悪い連中…そう、鉄男や竜たちと知り合った。何故か頭の鉄男は俺の事を気に入ったらしく、グループの全員からもすんなりと受け入れられたようだ。  
それからの日々は、悪い事は何でもやった。いや、煙草やクスリの類だけはどうしても手が出なかったんだが。今思えば、グレたふりをしていても、心のどこかではバスケを諦めきれてなかったんだと思う。  
ただ、酒、女、ケンカ。それらは自分にとっては未知の世界で、溺れてる間はバスケの事を忘れられる気がした。  
女…。幾らでも寄って来た。  
「ヒサシ…」  
俺をそう呼んだ女…。  
今はどうしてるだろうか?  
 
出会いは、ありふれたものだった。  
いつもの溜り場に、珍しく女が数人来ていた。  
取り立てて話す事もない、ただ酒を一緒に飲んでいるだけだ。  
「ねぇ」  
一人の女が声をかけてきた。  
「名前、何ていうの?」  
少し酔ったようなそぶりで、俺の顔を覗き込む。  
「…三井」  
顔を思わず背けてしまった。  
「違うよぉ、下の名前」  
今度は俺のシャツの胸元を両手でつかんで、そこから顔を見上げてきた。  
…ますます顔を見れない。やっぱり顔を背けたまま、そっけなく言った。  
「寿」  
「ヒサシ?どんな字?…まぁいいか、ヒサシね、ヒサシ。」  
勝手に納得して、うんうんと頷いている。  
「ねぇ」  
「ん?」  
少し甘えた声を出して、俺に寄りかかってくる。  
「ヒサシにまた会いたい…。今日だけじゃなくて、また会いたい。どうすればいい?」  
いきなりの告白に少し戸惑う。でも、嫌な気はしない。  
「とりあえず…名前教えろよ?」  
たまたま居合せた女。だけど、名前位、覚えてみようか…。そんな風に思ったのは、久々だった。  
「アタシはね、ナツキ」  
この薄暗い店内には似つかわしくない、屈託の無い笑顔で言った。  
「どんな字…はどうでもいいんだっけな。じゃあ、また会えたらいいな」  
仲間のいるカウンターへ向かおうとすると、腕をぐいっ、と引っ張られた。  
「…っ」  
目の前に、ナツキの長い睫毛がある。  
…唇には、柔らかくて、暖かい唇が触れている。  
…暫く何も考えられずに立ち尽くしてしまった。  
「何すんだ、テメェ」  
我にかえって、思わずさけんだ。  
「もう、アタシのこと忘れられないよね?」  
そう言って、ナツキは店の奥へ消えていった。  
口ぶりとは裏腹に、喉の奥はチリチリと渇いている…。それ鎮めるために、グラスの中身を一気に飲み干した。  
 
それから数日後、いつものように退屈な授業を終わらせ、制服のまま溜り場の裏通りに向かっていた。  
「ヒサシ!」  
後ろから声がする。  
こないだの女だ。…ナツキっていったっけ。  
「…んだよ」  
女に唇を奪われたなんて、あんまりカッコのいいもんじゃない。  
俺は、あからさまに嫌な顔をして振り向いた。  
「やっぱそうだった!何それ、制服?うわぁ、学生だったんだ」  
「…悪りぃかよ」  
幼い、と言われたようで、ムッとしてしまった。  
「ごめんなさい、ただあたしインコーに引っ掛かんないかなぁ、と思って」  
「はぁ?今時キスなんて中坊だってやってんだろ?それよりなぁ、お前、あんなことして、何されても文句言えねぇぞ?俺だったら良かったものの…」  
「俺じゃなかったら、どうなってたの?」  
ナツキは挑むような口調で話しかける。  
「なめてんな、テメェ…」またまたガキ扱いされたことに自尊心が傷つけられた俺は、きびすを返してその場を去ろうとした。  
「待って、ゴメン怒らせるつもりじゃなかったの…」夏服のシャツの背中を引っ張って、ナツキは俺を引き留めた。  
「ウチに来て?ここじゃ暑いし、話、したいし」  
 
 
さっきまで、怒ってたんじゃないのか、俺は…。  
ナツキの部屋は、あの裏通りから歩いてすぐの場所にあった。…どうやら大学生のようだ。部屋には、レポートやファイルなどが広げてあった。  
「…あたし、あそこで会った時、高校生だなんて思わなくて…、あんな事しちゃって」  
「…いいよ、もう」  
そう言って、出されたポカリを飲み干した。  
「ヒサシのこと、何にも知らないんだもんね…あたし。」  
「当たり前だろ、会ってまだ二度目なんだから」  
「でもね、あの時ホントにキスしたい、って思ったんだ。もう二度と会えないかもって思ったら、もう体が動いてたんだよ…信じる?」  
ベットに腰かけていたナツキが立ち上がり、テーブルをはさんで向かい合っている俺に近付いてきた。  
「…ユーワク、してんの?」  
この間のように、喉の奥はチリチリと渇いていく。  
「…そだよ?」  
その言葉を待っていたかのように俺は立ち上がり、ナツキを抱き締めた。  
何もいわず、唇を重ねる。  
ますます、喉の奥は渇いていく。  
ナツキの唇が、すこしずつ開かれてゆく。俺はその狭い隙間にゆっくりと舌をのばした。  
二人の吐息が、狭い部屋を満たしていく…。  
 
眩暈のするような感覚だったんだ…。  
暗くなり始めた室内。  
目を開けると、ナツキの恍惚とした表情が目の前にある。  
立ったまましばらくお互いの唇を確かめ合うように長いキスをした。  
どちらからというわけでもなく、唇を合わせたまま倒れるようにベットの上に転がり込む。一旦体を離すと、迷いの無い瞳でナツキは言った。  
「もっと…して?ヒサシがどうやって感じるのか、どうやって感じさせるのか、知りたい…」  
「やめてって言われたって、やるさ…止まんねぇよ…もう」  
もう一度軽いキスをして、ナツキの服の中に手を滑らせる。下着越しに柔らかな胸をゆっくりと左右に揺らす。  
「あっ…」  
彼女から甘い吐息が漏れる。ますます喉の奥が…そして自身が熱くなっていくのを感じる。  
抱きかかえるようにナツキの身体をひきよせ、下着のホックをはずす。服と下着を一緒にたくしあげると、白くて丸い乳房を直に両手に収めた。  
柔らかいそれを傷付けないように、優しく弧を描く。「ああっ…」  
尖端に触れると、ナツキの身体がビクン、と反応した。  
そして、その小さな膨らみを口に含み、舌先でゆっくりと転がしてみる。  
「んんっ…はぁぁ」  
彼女の声からも、舌先の膨らみが固くなっていく事からも、ナツキが快感を得ている様子が窺えた。  
俺はナツキの服と下着を身体から剥がし、右手をゆっくりと腹の方へと滑らしていく。左手と舌先は乳房から離さずに。  
ナツキの身体を覆っているのは、腰の回りの小さな下着だけになってしまった。その小さな下着の上から、彼女の一番快感を得られるであろう場所を探っていく。  
「…!!」  
…下着の上からでも、濡れているのが判る。  
「恥ずかしい、あたし…」目を閉じたまま顔を背けているナツキの頬は、心なしか赤らんでいるように見える。  
その様子に更に身体が熱くなってしまった俺は、更に彼女の両足の間に指を這わせていく。  
「っはぁ…やぁっっ」  
中指に、小さな突起が触れた。  
彼女の手が、自分を攻め続ける俺の指先を制止する。  
「待って…ヒサシも、気持よくなって?アタシ、ヒサシにも感じて欲しい」  
そう言って身を起こした彼女は、おもむろに俺の制服を脱がし始めた。夏服のシャツの下は、黒のランニング一枚だ。ボタンをひとつずつ、ゆっくりとはずしていく。そして、ナツキの指は、ベルトのバックルにかけられた。  
 
ゆっくりと、熱くなった俺の自身に手を伸ばすナツキ。  
「…っ」  
俺は、声にならない吐息を漏らす。  
今まで無かったくらいの大きさになっていたそれを、彼女はゆっくりと撫でていく。  
「…凄い、おっきくなってるね」  
率直な感想を述べる彼女の瞳は、熱くうるんで見えた。  
先端に、柔らかい唇の感触が触れている。  
「んんっ…」  
初めての感覚に、俺は戸惑いながらも酔っていった。  
やがて、ぬるっとした暖かいものが、下から上へとなぞっていく。  
ナツキは、躊躇することなく口の中にそれを含んだ。「ああっ…」  
思わず身体がのけぞる。  
ナツキは舌と唇の動きを止めようとはしない。  
背筋がざわつくような快感が、俺を襲う。  
「待って、俺、もう…」  
たまらずそう告げる。  
一旦唇を離したナツキは、上目使いで俺にこう言った。  
「イイよ…?このまま、逝って?」  
そうしてまた、いや一層激しく唇と舌と指先を動かす。  
「ああっ…!!」  
俺はそのまま、ナツキの口の中で果ててしまった。  
ナツキはゆっくりと喉を鳴らして、それを飲み干した。  
ぐったりとしてベットに横になる俺…。  
「ヒサシの感じてる顔、凄いゾクゾクした…。」  
そう言って微笑む彼女の顔は、すこしだけ歳上だとは思えないくらいに妖艶に見えた。  
「ナツキの感じてる顔も、見てぇよ…」  
左手に彼女の身体を抱き寄せて、耳元で呟く。  
「じゃあ…感じさせて?」挑むような口ぶりに、また身体の熱が掻き立てられる。  
彼女に残っていた下着を剥がすと、潤んでいるそこに、舌を這わた。  
「ああ…ん」  
俺の頭を撫でるように抱えながら、ナツキは身体をくねらせた。俺は舌先で、小さな突起を転がす。  
「んっ…!」  
ナツキは唇をきゅっと噛み締めて、快感に身をまかせていた。  
俺は唇でその突起を包んで、強く吸ってみる。  
「あああっっ…」  
苦しいような、切ないような声が耳に入る。俺からは彼女の表情は見えないが、感じてる事は実感できた。潤んだ其処に指を入れてみる。中は、熱くて、絡み付いてくる様な感触がある。指をゆっくりと動かしつつ、舌は突起を転がし続けた。  
「ヒ、サシ…もう、アタシ…」  
吐息まじりの苦しそうな声で、ナツキは哀願する。  
制服のポケットからコンドームを取りだし、再び熱くなっている自身に密着させる。そして、ナツキのびちゃびゃに濡れているそこを、先端で押し広げた。  
 
熱い。そして、柔らかく締め付けてくる感触に、俺はたまらず目を閉じた。  
「ああっ…」  
ナツキの、切なそうな吐息が聞こえる。  
静かに、深いところまで感触を確かめるように侵入する。  
ゆっくりと瞳を開けると、腕を折り曲げて、顔を横に向けたナツキの身体が目に入ってきた。苦しそうに、切なそうに顔を歪めているナツキは、火照った頬を隠すように、更に顔を背けた。  
「…ナツキ」  
自分でも信じられない程に優しい声だ。  
「感じてる顔、見せろよ…」  
そうすると、ゆっくりと顔をこちらに向けた。  
半分しか開いていない瞳は、熱く潤んでいる。上気した頬は、暗闇のなかでひっそりと桜色に染まっている。  
その表情は、まさにナツキの言っていたゾクゾクする、という感覚を俺に覚えさせた。  
「…ヒサシ、ヒサシ…」  
彼女の腕が伸びてきて、俺の首に絡み付いてくる。  
その声を聞いて、糸が切れたように、激しく身動きする俺。  
「はあんっ、ああっ…んんっ」  
身体が揺さぶられるリズムに合わせ、彼女の吐息は激しくなっていく。  
「ヒサシ、ヒサシぃ…」  
俺の首になかばしがみつくようにして、彼女は快感をあらわにする。  
俺の絶頂も近い。さらなる刺激を求めて、自分の動きに理性が及ばなくなっていく。  
「俺、もう…逝きそう」  
「ヒサシっ…ああっ、アタシもっ…」  
その瞬間、彼女の中が痙攣するように収縮を繰り返すのが判った。  
「ううっ…」  
生まれて初めての眩暈がするほどの快感に、自分の全てを解放する。  
 
すっかり暗闇に包まれていた室内に、二人の熱い息遣いだけが響いていた。  
 
「ヒサシ…」  
「ん?」  
俺の左手にのせられている顔が、こちらを向く。  
「名前の漢字、教えて?…どんな字、書くの?」  
「コトブキの、寿」  
「そっかぁ…」  
満足そうな声で、言った。  
「ナツキ、は?」  
「え?」  
…とぼけているのか、わざとなのか。  
「だから、どんな字、書くんだって聞いてんだ」  
少し強い口調で尋ねる。  
「夏を、こいねがうで、夏希」  
「…コイネガウ?」  
「希望の、希」  
…夏希。なつき。ナツキ。  
 
夏はまだ始まったばかりの頃だった…。  
 

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