物おじしない、と人から思われているあたしにだって、苦手なものくらいある。
そう、例えば、今いるこの場所……。
彩子は歯科に来ていた。
前から気になっていた親知らず。それが、先週あたりからジワジワと痛み始めたのだ。
消毒液のにおいや、無機質な器具の冷たい音。身動きとれない状態で見下ろされる圧迫感。
この空間の何もかもが不快だった。
「抜かないとますます痛むよ」
「そうですか……」
「炎症おこしちゃってるから今日は薬だけ出しておくけど、今週中に抜歯しちゃおう!」
わざわざこんな遠くまで足を運んだのは、この歯科医の抜歯に対する評判が良いからだ。
『抜歯しちゃおう!って、人ごとだと思って……』
無駄に陽気な歯科医に鬱々としながら個室の診察室を出る。
彩子は受付の近くの壁にもたれかかると、混んでいる待合室をなんとなしに見渡した。
視界に入るのと同時に目が合ったのは、別の診察室から出て来る背の高い男だ。
ただでさえ人目につく風貌だというに、ツンツンと立った髪のせいで余計に目立つ。
「アヤコちゃん、だ」
その男、仙道は、仲間を見つけてホッとしたような顔をしながら彩子の隣に立った。
「なんで名前知ってんのよ」
「試合の時、桜木がそう呼んでた」
「なるほどね」
彩子は桜木の馬鹿でかい声を思い出し、すぐに納得した。
「きれいな子の名前は忘れない」
躊躇なく言った仙道に別段違和感を感じることもなく、彩子は「フン」と鼻で小さく笑った。
「あ、嘘だと思ってるだろ?あー……いててて……」
歯が痛いのか、仙道の笑顔がわずかにゆがむ。
「アヤコちゃん、虫歯?」
「虫歯じゃないわ。親知らず」
「オレも。こんな腫れちまって……いい男が台無しだろ?」
何が嬉しいのか、仙道はニコニコしながら腫れている頬を指差した。
歯科助手に名前を呼ばれた彩子は、そんな仙道を横目に受付へ向かった。
こんな不快な場所で、こんな不快な会話。
さっさとその場を離れたかった。
「ふつう、自分で言う?……バカじゃないの」
会計を済ました彩子は、あきれたように仙道を一瞥した。
――苦手なもの、追加。
心の中でそうつぶやくと、彩子は家路を急いだ。
***
恋というものは、非常にやっかいだ。
知らないうちに落ちていき、気付いたときには大抵戻れないところまで来ている。
二人の恋も、例外なく手遅れなのだった。
何度もあくびをしながらも、浮きから目を離さない。
そんな仙道に、彩子は大きく溜息をついた。
「どーした?」
「……べつに」
拍子抜けするほどバスケをしているときとはまるで別人。
今の仙道は、ちょっとでかいだけで、寝ぼけながら釣りをしている普通の高校生だ。
女の扱いに慣れているのかどうかは知らない。
だけど、仙道は彩子が思っていたよりも強引だった。
うまくはぐらかそうとしても、どうしてか一緒に過ごす羽目になる。
しかも普通のデートではない。
この数カ月間、何度こうやって仙道の釣りに付き合わされたのだろう。
結局1本抜くだけでは済まなかった二人の親知らず。
歯科で会うたび社交辞令のように電話番号を聞かれ、教えてしまったのが運のつきだった。
『退屈、なんだけど……』
彩子は隣に座る仙道に目をやった。
家から歩いてすぐの見飽きた海で、釣竿を持つ男の隣にただ座っているだけ。
もう一度、彩子が大きな溜息をつく。
「どうしてもって言うから来たのに、また釣りだなんて。……いいかげんにしてよ」
「自分の好きなもの知って欲しいだろ、好きな女には」
仙道は、照れもせずにこんな台詞をサラリと言ってのける。
彩子は仙道に対して、特別優しくしたわけでも、媚びたわけでもない。
どちらかといえば、つい最近まで突き放してばかりだったのだ。
いつ、どんなところが気に入られたのか、彩子にはまったく見当がつかなかった。
だが、彩子のことを好きだというわりに、仙道はキスどころか指ひとつ触れない。
そんな仙道をもどかしく感じている彩子でも、自分から誘うのはおもしろくなかった。
「あたしだってそんなに暇じゃないのよ」
「でも、結局はいつも来るだろ」
仙道は見透かすように彩子を見つめると、すぐに浮きへと目を戻す。
痛いところをつかれた彩子は、次の言葉も出ず仙道を睨んだ。
『そうなのよね。こいつの言うとおり、なんだかんだ言っていつも来ちゃうのよ、あたし……』
プカプカと波間でのんびり揺られている浮きに、仙道の顔がかさなる。
彩子は、なんとなく腹が立ってきた。
明らかに体に良くない心境のせいか、つきん、と親知らずを抜いたあとが痛む。
八つ当たりもいいところだが、仙道なんかを好きになったのは、元はといえばこの親知らずのせいだ。
「親知らず、落ち着いたの?」
彩子は、不機嫌さを隠さずに聞いた。
「もう、だいぶ良くなった。アヤコちゃんは?まだ痛いって言ってただろ」
「痛むときもあるけど、傷口は塞がったから平気」
「じゃあ、もう大丈夫だよなあ……」
「なにが?」
「バイキン入る心配ないだろ」
「そうね、化膿することはもうないわね」
「そういうことじゃない」
仙道は釣竿を置くと、彩子の頬に片手を添えた。
「キスしたい」
瞬時に、彩子の頬に熱が巡る。
「アヤコちゃんも、だろ?」
当然、彩子は動揺した。
予想外の展開に心の準備があるはずもない。
目の前には彩子の返事を待つ、余裕たっぷりの仙道の顔。
『――ここで目を閉じたら、認めることになっちゃうじゃないのよ!』
彩子は、ますます混乱した。
心の奥で密かに待ち望んでいた瞬間がきたとはいえ、すんなりと認めるのは悔しい。
それを知ってか知らずか、閉じまいと見開いた彩子の目を、仙道は穏やかに見つめていた。
全身が脱力しそうな柔らかい笑顔。
あっというまに大きな手に引き寄せられると、彩子の身体は腕の中にすっぽりとおさまった。
「好きだ……」
「あたしも好き。……かもしれない」
仙道はフッと笑い、彩子を抱く腕に力を込めた。
「どっちでもいいけど、今は好きってことにしとけ」
――なんて勝手な言い草なんだろう。
彩子はそう思いつつも、こわばっていた身体の力が抜けていくのを感じていた。
顎を持ち上げられた彩子の唇は、無防備にうっすらと開いた。
仙道の指が、顎から頬へと流れるように動く。
さらにその指は、目を閉じた彩子の上唇から下唇へ伝った。
唇をゆっくりとなぞっただけ。
それなのに、仙道の指の動きは、唇も性感帯だということを思い出させる。
軽く口づけを交わした後、互いの舌を深く押し込むと、それは口の中でなめらかに絡む。
その感触に夢中になった二人は、きつく抱き合ったままアスファルトに倒れた。
「かたくて痛いだろ」
仙道はかばうように彩子を抱きかかえると、自分の身体の上に乗せた。
……と同時に、二人の耳に響いたポチャンという音。
何かがどちらかの体に触れ、海に落ちたようだ。
「落ちちゃった」
見ていた彩子が海に落ちたものを指差す。
「なに?」
身動きが取れない仙道は、呆けた顔で彩子に訊ねた。
「……あんたの釣竿」
「ウソ!?」
仙道は彩子の身体をひょいっと抱き上げて折りたたみのイスに座らせると、急いで海に目をやった。
「取ってくる」
「ええっ!?ちょっと待ちなさいよ!危ないじゃない!」
言い終わらないうちに飛び込む仙道を、彩子は呆然と見ているしかなかった。
思いのほか潮の流れは速い。
流されかけた釣竿をしっかり掴むと、仙道はホッとした顔で彩子に笑いかけた。
つんと立っていた髪はぺしゃんこにつぶれ、ますます普通の高校生に見える。
「流されたらシャレになんねーからな。高かったんだ、コレ……」
「……バカじゃないの」
海の中、のんきな顔で釣竿を握る仙道が情けないやら愛しいやらで、彩子は困り顔で笑うしかなかった。
***
「こんなに早く入れてもらえるとは思わなかったな」
「……言っとくけど、部屋に入れる気なんて全然なかった」
「うんうん」
仙道は軽く受け流すと、背を向けている彩子を見ながら海水で濡れた服を脱ぎ捨てた。
「なんで今日に限ってあたしん家の近くの海なのよ!
だいたいねえ、あんたが釣竿くらいで海に飛び込んだりしたから……」
まくし立てながら振り返った彩子の視界が、仙道の胸板に遮られる。
「わりぃ」
「……本当にそう思ってんの?」
半裸の男など学校やら何やらで見慣れている彩子は、目をそらしもせず堅い胸板をパンと叩いた。
「もう……。せっかくの休みなのに、台無しじゃない」
「心配しなくてもすぐ帰るよ。……用が済んだら、な」
聞こえないふりをしながら、彩子はのんきな半裸の男へタオルを放り投げた。
ばさりと頭から被さったタオルで、仙道がガシガシと無造作に髪を拭いている。
彩子はそれを横目に脱ぎ散らかされた服を手にとると、乾きやすい場所を選んでかけた。
帰ってほしいような、もったいないような……。
心は、まだどっちつかずで揺れていた。
そんな彩子の後ろで、仙道は鼻歌まじりに体を拭いている。
本当にどこにいてもマイペースだ。
たぶん仙道は、あまり落ち込んだりもしないんだろう。
そういうところは自分と似ているかもしれない、と彩子は思った。
桜木も流川も、そして目の前にいる仙道も、向いている方向が違うだけでポジティブなのは同じなのだ。
ぼんやりと考えているうちに、いつのまにか彩子は後ろから抱きしめられていた。
「アヤコちゃん、いい匂い」
逃がさないよう巻き付いた仙道の腕からは、潮が香る。
海での甘ったるいキスを思い出し、彩子の肌は徐々に熱を帯びはじめた。
「さあ、続きしよーか……」
耳元で囁かれると、もう、うずきはじめた身体を抑える気にはなれなかった。
仙道の声には、不思議とそうさせるだけの力がある。
どうにもつかみどころのない、風船みたいな男。
好きだと自覚してはいても、この男に全てを預けるのは危険な気がした。
『10のうち、3くらいは自分のためにとっておく……』
目を閉じつつ、彩子は仙道に身をまかせてみることにした。
意を決した後の彩子は潔い。
処女でもないし、付き合ってきたのは年上ばかりだ。
仙道がどのくらいの数をこなしてきたかは知らないが、今さら彩子がその行為自体に戸惑うことはない。
「……あんた、あたしを満足させることができんの?」
仙道の手を振りほどくと、彩子はベッドへ腰掛けた。
「それは、これからわかるだろ……」
彩子の前まで来ると、仙道は静かに座り、太腿にキスをした。
唇は、少しずつ上に移動していく。
仙道は少し笑みを浮かべながら、上目遣いで彩子の様子を伺っていた。
下着まで唇が届くと、スカートは完全にめくれあがる。
彩子は、そう来ますか、という顔をすると、上に着ているものをすべて脱ぎすてた。
「ジャマでしょ」
大きな胸ごしに見える彩子の自信あふれる目が、仙道の征服欲を掻き立てる。
試合の時はベンチで男まさりに声を張り上げ、ハリセンで桜木をバンバンはたいている女。
そんな女が、目の前で白肌をさらけ出し、雌の匂いを放っているのだ。
「……そうこなくっちゃよ」
仙道は彩子のスカートと下着を身体から取り去ると、再び脚の間に顔をうずめた。
「は…ぁ……」
舌をすべらすたびに眉間に皺をよせ、甘い吐息をもらす。
そこは、すぐに濡れはじめた。
初めてではないことを物語るように、彩子の動きの端々に細かい癖がある。
恐らく過去の男によって付いた癖。
仙道はそれを見逃さなかった。
自分と同じ歳。だけども、自分と同様、歳のわりには手慣れている。
年上としか付き合ったことがない仙道は、たぶん彩子もそうだろうと確信した。
「全部消してやる」
仙道の言葉の意味を、彩子はすぐに理解したようだ。
「……やれるもんならどうぞ」
彩子は、陰部に絡みつく男の舌に息を乱されながらも挑発した。
それなりの時間をかけて身体に染み付いた癖。それが、すぐに直るはずもない。
仙道は、彩子の仕草に纏わり付く大人の男の影が目障りで仕方なかった。
もともと負けず嫌いではある。
だが、女のことでこんな気持ちになるなど経験したことがない。
自分から女を誘ったのは、彩子が初めてだったのだ。
彩子を好きになるのは容易いことだった。
もてはやしたり、甘やかしたり、好奇な目で見たり、仙道の周りにはそんな女しかいない。
彩子が仙道に快い刺激を与える存在となるまで、さほど時間はかからなかった。
特に、歯科での初めての会話は新鮮だった。
女から罵られるということは、ほとんど経験がなかったからだ。
あまりにも強い態度をとられたりすると、正直まいることもある。
それでも好きで仕方ないのだ。
彩子といるとき、会話や動作に手抜きは許されない。目に見えない重圧が、仙道に火をつけた。
しかし、自分をあまり良く思っていないのは一目瞭然。
そんな女を簡単に落とせるとは露程も思っていなかった。
案の定、何度好きだと言っても、手応えがまるでない日々がしばらく続いた。
なんかいい感じかな、と思える反応が返ってきたのは、つい最近のことだ。
そして今、ようやく彩子を手に入れようとしている。
「なめて」
そう言うと、仙道は彩子の口もとに指をあてた。
仙道のその長い指がこれからどこへ向かうのか、誰にでも見当はつく。
「……何本?」
彩子は、わざとそう訊ねてみた。
「好きなだけ」
即答した仙道の答えが想像した通りだったので、彩子はなんとなく嬉しくなった。
「そうやって女を手なずけてきたわけね……」
彩子は仙道の手をとると、人差し指から薬指までを口に含んだ。
舌で丁寧に唾液を絡ませる。そんな動作を仙道は黙って見ている。
彩子は微笑みかけ、その濡れた指を自らの下半身へと導いた。
「……そうやって男を手なずけてきたわけか」
仙道はお返しとばかりに彩子に囁き、指を押し込んだ。
熱い肉壁に包まれた指を、容赦なくぐるりと回す。
「ああっ……、ん………」
指の刺激で溢れはじめる蜜。濡れた三本の指が、何度も彩子の身体の中を行き来する。
そのたびに、彩子の上体は悩ましくねじれた。
さらに、仙道が陰核を口に含むと、彩子の体はビクンと弾ける。
舌の先で転がされると、それはきゅうっと堅くなった。
すると、まだ充分とは言えなかった潤みはあっというまに満ちる。
「気持ちいい……」
男の口元や手の平を淫らに濡らしながら、彩子はベッドに体を倒した。
「……弱点、みつけた」
そう口にした仙道は、とくに嬉しそうでも得意げでもない。
ただ淡々と、そう吐いた。
感じる部分をひとつ探り当てただけ。
まだ、彩子を満足させたわけではないのだ。
横たわっている身体は想像していた通り豊かで、まさに「男が理想とする女」そのものだった。
まだ熟しきっていない肌は、当然のごとくみずみずしさを保っている。
豊満な肉体と青さのアンバランスさが、またもや仙道に新鮮な感覚をもたらした。
「ねえ、いかせてよ」
その言い方は、懇願というよりも命令に聞こえた。
仙道は無言で彩子を見つめると、首筋から乳房をゆっくりと撫でおろした。
乳房の中央で、彩子がわずかに眉をひそめる。
「もうひとつ、みつけた」
仙道はさっきと同じ調子で言うと、両手で彩子の胸を覆った。
舌は陰核をさらになぶる。
ベッドから床に投げ出されていた彩子の脚はピンと張り、ときどき間にある仙道の顔をぎゅっと挟んだ。
呼吸が速くなり、汗ばみだした身体。
彩子の脚の緊張が、これまでのものとは違うと感じた仙道は、胸への愛撫を止め、腰に腕をまわす。
なめらかなくびれを強く抱くと、よりいっそう舌の動きを巧妙にした。
わざと音を立ててみたが、彩子には通用しないようだ。
強く押さえられた彩子は、その瞬間を得るために身体をよじる。
「……ん、いきそ……」
彩子は、ゆるく浅く達した。
呼吸は荒いが、まだまだ余裕がある。
当然のごとく、仙道は不満だった。
――思ったとおり、簡単じゃなさそうだ。さあ、これからどうする……?
仙道はベッドへ上がると、彩子を抱き寄せた。
「もう一度」と思いながら彩子に指を入れてみると、溢れ続ける蜜のせいかすんなりと受け入れる。
指くらいではたいして摩擦も起きないであろう場所は、もう放置することにした。
「……散々なめた後だけど、キスしたい」
仙道が彩子の花弁を指で撫でながら言った。
「かまわないわよ」
言い終わらないうちに、彩子の唇はふさがれる。
牽制の応酬で張り詰めていた空気は、とたんに甘美なものとなった。
唇を重ねるという行為は、どういうわけか相手への想いをつのらせる。
そして、心は無防備になる。
彩子は愛おしさを抑えられず、仙道のおりた前髪を何度も何度も撫でる。
「当たってるわよ」
笑いながら言うと、彩子は下着の上からそれを撫でた。
彩子の指の刺激で、それはますます大きくなる。
仙道は思わず瞼をふせた。
布ごしに感じる細い指の、独特の感触。
甘いキスはやがて激しくなり、仙道は自身が膨大するのを感じた。
「かわいい……」
ずっと反応の薄かったものがキスひとつ、指先ひとつで勃つ。それが彩子には、なんだかかわいく思えた。
「かわいいって、ひでえなあ」
「バカね、大きさのことじゃないわよ」
仙道は、「良かった」と安心したような顔をすると、自分を撫でている彩子の手を握った。
「コレ、欲しい?」
「……欲しいわ」
「欲しかったら脱がして」
言われるがまま、彩子は仙道の下着を脱がした。
すっかり大きくなったものを舌で濡らしながら、チラリと仙道に視線をやる。
「そんなことしても簡単にはいかないよ、オレ」
「そう言うと思ったわ」
本当に生意気な女だ。仙道は、そう思いながら彩子を抱き寄せた。
ずっと欲しかった身体。自信満々、とまではいかないが、それに近い気持ちで彩子の脚を開く。
すると彩子は、開かれたばかりの脚を仙道の肩に脚をかけた。
「……こうするのが好きなのか?」
彩子に聞いてみても、わかりきった答えは当然返ってこない。
全体が中におさまるまで、仙道はゆっくりと腰を沈めていく。
弾力あふれる肉襞は、熱く強く仙道をしめつける。赤い舌は、堅い胸板を濡らした。
「キス……して」
彩子が仙道の前髪を撫でながら催促する。すぐに仙道は要求を満たした。
息苦しさも快楽となり、あとはただ欲を満たすのみの行為が続く。
落ちそう。
そう囁き、仙道の背中に爪を立てると、彩子は果てた。
「次は、あんたの番……」
吐息まじりの声が、仙道の耳元をかすめていく。
休みもせず、迷いもせず、彩子は男の胴に脚をしっかりと巻きつけた。
下半身に込められた力で、少しゆるみかけていた肉圧は再度きつくなる。
仙道は瞬時に、「これはマズイな」と感じた。
が、もう遅かった。大きくうねる彩子の身体に、力を奪われていく。
――食われるって、こんな感じなんだろうか。
そんなことを考えながら、仙道はその心地良さに溺れた。
「あちー……」
プシュっと音を立てプルタブを弾くと、仙道は一気にポカリを飲み干した。
「アヤコちゃんも飲む?」
家に来る前に自販機で買ってきたポカリ。
仙道は、すっかりぬるくなったそれを彩子の枕元に置いた。
弾んでた息はもうおさまったらしく、何事もなかったようにバスケ雑誌を読み始める。
彩子の息は、まだ少し荒い。
「すこし無理しちゃったかしら……」
仙道の横顔から見慣れた天井へと視線をそらすと、彩子は小さな小さな声でつぶやいた。
この男に負けたくないがための、今までにない大胆な言動。
何度思い出してみても、自分がしたこととは思えなかった。
「今、なんか言った?」
仙道は雑誌をテーブルに置くと、ベッドへ戻り彩子の顔を覗き込んだ。
彩子は少し考え込んだ。実はちょっと無理してた、なんて口が裂けても言いたくはない。
「……これからは退屈しないですみそうって言ったのよ」
それも嘘ではなかった。
「そりゃあ良かった」
笑顔の仙道の唇を、彩子は静かにふさいだ。二人の唇はすぐに開き、舌を絡める。
すると、ついさっき事切れたばかりの仙道はまたもや奮い立ち、ふたたび彩子を求めた。
「元気だろ?」
「そうね、とっても」
彩子は、また欲情させたという優越感に浸っていた。涼しい顔をしていても、仙道も十代の男なのだ。
「余裕だな。けど、甘く見てもらっちゃー困る……」
仙道は、釘をさすように囁き、火がおさまりきっていない彩子の身体を弄りはじめた。
またもや彩子の肌を巻き込みはじめた快感の渦。
今度は目を閉じることをやめた。
唇や舌で、そして長い指で、自分の身体を弄ぶ仙道の仕草を見つめる。
そうしていると、目を閉じていたときよりも数倍、その愛撫に身も心も崩れおちそうになる。
「……やらしいなあ」
彩子の視線に気付いた仙道が薄く笑った。
どういうわけか、考えていることすべてが仙道には筒抜けなのだ。
完全に手中におさめるのは、きっと無理だろう。
互いにそう感じていることなど二人にはわからない。
苦手だけど、気になって仕方ない。
そんな矛盾の、何とも例えようのない心地良さからは、もう逃れられそうにもなかった。
一緒に過ごす時間を、二人なりのやり方で楽しんでいくのだろう。
無欲に、時には貪欲に――。
END