流川楓の視界は狭い。  
 
バスケの試合中には驚くほどの視界の広さ、空間把握力を発揮するが、  
普段の視界は半径15センチといってもおおげさではない。  
その証拠に、彼はよく人にぶつかる。黒板も視界に入っておらず成績もよくない。  
なぜ、彼がそうなのかと説明するのは簡単である。  
それは、半分眠っているからだ。  
通学中、自転車に乗っていても、授業中でも、彼は半分眠っている。  
その日も半分眠ったままいつものように帰宅していた。…はずだった。  
 
「あれ〜、流川?起きなさーーーい!!」  
 
聞き覚えのある声に自転車を止め顔を向けると、中学からの先輩、そしてバスケ部のマネージャーでもある彩子が立っていた。  
「先輩、うす。」  
「うす。じゃないわよ。あんたんちは反対方向でしょーが。」  
言われてみれば、見覚えの無い景色。はて、なぜだろう。と、流川が首をひねった時、  
『石や〜〜〜きいも〜〜〜〜〜〜〜♪』  
と、いう声が遠ざかっていった。  
「やきいも…、いっちゃった。」  
「なによ、あんた。焼き芋屋さんに着いて来たの?」  
思い出して、こくりとうなずく流川。  
彼は焼き芋の香ばしい匂いに釣られて、家路から大きく外れた場所まで来てしまっていた。  
半分寝たままで理性が利かなかったとはいえ、欲望に忠実な男である。  
 
「はらへった。」  
グーっとタイミングよく腹の音を奏でる流川。  
ふと、横を見るとそこはファミレス、○ニーズ。  
このやろー、わざとか!?と、思いながらも、姐御肌の彩子は、後輩を夕飯に誘ってやった。  
 
少し肌寒い11月の中旬。ほわっとあたたかい店内で注文をすませると、また流川はうとうとし始めた。  
彩子はといえば、そんな流川は今更慣れっこといわんばかりに、先にきたコーヒーを一口飲んだ。  
ちらっと流川の方を見てみる。長いまつげ…。キレイな顔をしている。  
中学の時から、女の子たちに騒がれていたのを彩子も見ていた。  
「流川、あんた彼女とか作んないの?」  
「いらない。」  
即答されたその答えに、さっきの焼きいもの件を思い出す。  
 ―この子に恋愛ごとはまだ早いわ。今はバスケに夢中みたいだしね。  
自分の事は棚に上げて、彩子はしみじみそう感じていた。  
 
目の前に食べ物があって、先輩がいる。流川はその位の事しか考えてなかった。  
自分で注文したきつねうどん。無表情でそれをたいらげ、改めて彩子の方に目を向けた。  
…なにか感じる違和感。髪型が違う。  
部活中に見る彩子は髪をひとつに束ねていた。しかし、今の彩子は長いウェーブの髪を腰まで下ろしている。  
 
 ―あれ?先輩、こんなに髪長かったっけ?  
 
そう思っただけだった。ただそれだけだった。だけど、その時流川は確かに彩子をはっきり見つめた。  
試合中のように、真剣に、目の前にいる彩子を見つめた。  
 
 ―最近流川がオカシイ。  
彩子はそう感じていた。確信のもてるものではなかったが、なんてなくそう思っていた。  
部活中はいつもと変わらない。それは確かだ。  
ただ、帰り際。ひとり残り最後にして帰る作業である、体育倉庫と体育館の鍵閉め。  
ここのところなぜか背後に流川が立ってる。  
用があるのかと思えば、そうではなく…、  
まぁ流川が変わっているのは最近に限ったことではないと、  
不可解に感じつつも追求する気はない彩子であった。  
 
しかしある日、部員全員で輪になり、部長の赤木の話を聞いていた時の事だった。  
「おまえら清掃の仕方がなっとらん!いいか、フロアのモップ掛けはだな…」  
体育館の中央に立ちモップを手に実演する赤木の丁度背後辺りに、流川と彩子は並んで立っていた。  
ちゃかす桜木花道以外の部員みんなが赤木の話に集中してる中、ビクン!と大きく彩子が動いた。  
「ん?どうした、彩子。」  
「いえっ!なんでもありません!!」  
再び話を続ける赤木に隠れて、彩子は隣にいる流川を見上げた。  
いつもと変わらぬ無表情、しかしその左手は彩子の右手をしっかりと握っている。  
部員の皆からは見えない位置で、しかしそれはしっかりと。  
顔の紅潮は素早く反応したが、頭のなかは?マークでいっぱいになった。  
 
―最近先輩が変だ。  
 
流川はそう思っていた。  
…と、言うのも近頃彩子をよく見かけるのだ。例え遠くにいてもすぐわかる。  
そして、気が付くと自分は近くに吸い寄せられて、目の前にいる。  
唯一変わらないのは、バスケをしている時だった。その時だけは彩子は見えない。  
ただ、流川にとってどんな時、どんな場所でも自然であった睡眠への導入。  
これが、彩子を見かけると妨げられるのだ。  
何人たりとも、彼の眠りを妨げる奴は許せなかったはずなのに。  
 
 
 
「あのね、流川…、なにさっきの‥アレはぁ!」  
声を掛けられて、気がつく。自分はまた彩子の目の前にいることに。  
ふと、周りを見渡すと部活はとっくに終わり、他の部員の姿は見えなかった。  
「なにが?」  
「なにがじゃないでしょー!いきなり、てっ‥手なんて握ってきちゃってさぁ!!」  
「先輩の手がちらっと見えたから。」  
ちらっと…、と、目線を下にして見せる流川に、ムキー!と彩子のハリセンがとんだ。  
「いてぇ…。」  
「びっくりするでしょーが!もう止めなさい!!」  
「うす。」  
ぷりぷりと怒りながら去っていく彩子を後に、流川はしばらくその場から動けずに居た。  
 
あの次の日から、流川はまたいつも通りの彼に戻ったようだった。  
というのも、最後の作業をまた彩子一人でやるようになったからだ。  
しかしそれを、なぜか寂しく感じるようになっていた。  
―流川、来ないか…。  
最近、流川のことをよく考える。  
自惚れかもしれないけど、もしかして…、いつの間にか側にいたりしたのは…  
手を握ったりしたのは…。  
バスケをやっている時の姿に、胸が躍ったことは何度もある。そのスーパープレイに。  
だけど…、最近。キュンと甘い痛みが胸をよぎるようになった。  
帰り道。ファミレスを横切る時、一緒に座った席に目をやってしまうようになった。  
部活中。集合がかかる時、そっと流川の左隣に立ってしまうようになった…。  
 
 
「アヤちゃーん。今日一緒に帰らない?」  
部活後、体育館わきの水道のところで宮城リョータが声を掛けてきた。  
以前は特に気にとめていなかったリョータの大きな声に、彩子は少し辺りを見回した。  
「都合悪い?あの店、クリスマスっぽくなってたんだ。どぉ…?」  
「飾り?見たいなぁ。でも、もう少しかかるけど…。」  
「やったー!!じゃあ先に着替えて待ってるね!!」  
喜ぶ声と同時にリョータは両手で彩子の手を握り、ぱぁぁと花を散らして去っていった。  
 
急に、彩子の視界が激しく動く。地面から足が離れ、目の前には見慣れたTシャツの柄。  
彩子をお姫様だっこしたのは流川であった。  
「ちょっっっ!流川、アンタ何っっ?!!!」  
「うるせい。」  
すたすたと彩子を抱えながら無表情で体育館に向かい、歩く流川。  
反対方向には浮き足立って歩くリョータの後ろ姿がいた。  
 
降ろされた場所は、体育館倉庫のマットの上だった。  
ガチャン!と、扉を閉める大きな音に身体は強張りはしたがこんな時でも気は強い。  
「ちょっと!!いったいなんなの!?」  
「…先輩こそ、なんなの?」  
「何が!??」  
「俺はダメで宮城サンはいいのか」  
「はぁぁ?????」  
薄暗い倉庫の中ではよく見えないが、どうやら流川は怒っているらしい。  
無表情だが頭からはめきめきとツノが生えている。  
「もー、どきなさいよ」  
「俺がダメ、それじゃ。ヤダ。」  
「だから何がっ!」  
「手じゃなきゃいーだろ」  
 
キス。唇は塞がれた。  
のし掛かる体重に力が入り、彩子の唇は固く閉じられた。  
だが、それを許さず強引に割り込む侵入者。  
流川の舌は彩子の唇の端から滑り込み、並びの良い歯をぺろりと舐めた。  
胸がじん、となり、吐息とともに呆気なく侵入を許してしまう。  
大きな左手がいつの間にか彩子の両手首を握っていた。  
「…なに……?」  
問いに答えはなかった。表情も、変わらない。  
しかし右手はすばやく動き、彩子のシャツを捲り上げ、ブラを外した。  
ピリッと冷たい空気に晒された乳首は固く尖る。  
「やっ!やだ!!!」  
びっくりして涙がこぼれ落ちた。それを舌で器用にすくい再び唇に落とされる。  
逃がさぬようにと力の入った左手とは逆に、右手は優しく動く。  
胸を撫で腰を伝い、スパッツの中に入り込む。  
「ダメっ!これ以上は…」  
「アヤちゃん?」  
扉の外から、リョータの声がした。  
一瞬の隙を見逃さず、彩子は流川を押しのけて扉に向かう。  
ガッ!  
扉に手を掛ける音がした。  
 
「…開かないか。アヤちゃん、鍵閉めて先帰っちゃったかな。」  
後ろから強く羽交い締める長い腕。  
遠ざかるリョータの気配を確認してから、塞がれた口は解放された。  
用意周到にかかっていた鍵は、さっき流川が閉めたものだ。きっと、最初からそのつもりで…。  
「…どうして?」  
答えはまた無い。かわりに、後ろから抱きしめる腕に力が入る。  
「…!あっ……!!」  
スパッツは膝まで下ろされて長い指で秘部を広げられた。  
濡れていない、まだ初々しい蕾だった。  
紅い内壁までひやりと空気を感じた次に、激痛が走る。  
後ろから、流川は彩子を強引に貫いた。  
「いたぁい!!!!」  
ボロボロと目から涙は流れ、脚の間からは華の散った証である一筋の朱が染まる。  
「抜いて、流川‥。どうして……」  
身体を外そうと彩子は両手で流川の手を握った。  
「…先輩、手はもういいのか」  
「え?」  
「触んなっつったろ」  
「…え?」  
「宮城サンには触らしてたケド。」  
「……え?」  
 
ふっと、彩子の力が抜ける。急に胸の中がくすぐったくなんだか甘い。  
―それって、もしかして………  
「やきもち?」  
流川は1度首をひねった後、こくんと頷いた。  
 
「…あたしが、好きなの?」  
「そーかも」  
「いつから?」  
「わかんねー。でも先輩見ると眠くなくなるから多分、そう」  
「なによ、それ…」「ちゃんと見たのは飯食ってからだと思う」  
束ねていたゴムを外されて、露わになっていた胸を髪の毛が隠した。  
「うん、確かにあれからアンタ変だったわ…」  
「…先輩も変だったし」  
「それはアンタが‥って、取り敢えず抜いて」  
「ヤダ。」  
「ヤダじゃなくて‥」  
押さえつけるように抱きしめられていた腕の力は弱まっていて、  
気が付けばそれは、優しい包容に変わっていた。  
「先輩、キュッて締めないで」  
「バカっ!っ、ちょっと待って‥なんか、変っ……」  
「待てない。」  
流川の腰の動きがだんだんと早くなる。  
さっきまで痛みだけしかなかった行為。  
だけど不思議で、自分の中に感じる流川自身。熱く固いそれが出入りするたびに  
指の先、足の先、胸の先、そして、クリトリスの先に電気が走る。  
そのいちばん敏感なクリトリスに指で直接の刺激がはじまる。  
くちゅくちゅと音をたてて、深い挿入を許す愛液。  
それを肉芽の先にも塗られ、強くなる刺激にもう立っていられない。  
「腰抜けるっ、ああぁんダメぇもぅ…前止めてぇぇぇっ」  
「いって。俺ももーすぐ」  
「い……く………?」  
「うん、先輩」  
切れ長の瞳が彩子を捕らえた。  
「好きだ」  
堪らない快感。身体中を走る強い電流を感じたと共に、二人は果てた。  
 
熱気の残る体育倉庫と体育館の鍵を閉め、帰り道。  
腰が痛いと訴える彩子を自転車の後ろに乗せて流川はペダルを漕いだ。  
遠慮がちにサドルに置いた彩子の手を自分の腹に回し、その手をしっかり握って  
「触らせやがれ。」と、小さな声でつぶやいた。  
「なんかいった?」  
「見えたら触るからちゃんと見てろよ。むかつく。」  
「はっ???ナニソレ?」  
「視界に俺を入れててって」  
「…好き。流川。」  
くすぐったい様な可笑しい様な気持ちで彩子は答えた。  
…反応がない。真っ赤になる彩子。  
「こらぁー!無視かよ」  
顔をのぞき込むと鼻提灯を出しながら流川は寝ていた。  
 
自転車は坂道を下っていた。  
 
 
 
おしまい。  
 

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