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体育館に響き渡る心地よいボールのリズムをいつも通り聞いていると、ふと晴子の耳に
違和感が沸いた。
(…?何の音、だろう?)
何かを叩き付けるような、あまり聞いていていい気持ちはしないその音に釣られるように、体育館の裏へと回った。
そして体育館から更に離れた裏手にある、屋外活動用の用具室のすぐ近くで、思わず晴子は息を呑む事になる。
「…っ、洋平、くん?」
用具室の鉄扉に頭を叩きつけられているのは、恐らく上の学年の男だった。
その髪の毛を鷲掴みにしているのは、見間違えるはずのない人物の姿。
「―――あァ、晴子ちゃん?どうしたの?」
それはこちらの台詞だと言いたげな表情が伝わったのか、頬に付いていた血を拭いながら、洋平は吊り上げるように口元を緩めた。
「…そーんな怖い顔しないでよ。こいつらがわりーんだよ、花道に手出すって聞かないからさ」
「でも、でもこんな…」
倒れている先輩らしき男達は3人とも意識がなさそうに見える。晴子の一番近くに転がっている男は顔面血塗れで、殆ど歯がなかった。
どこか現実味のないこの状況に呆けていると、洋平は晴子がぼんやりと見つめている男の頭を思い切り蹴り上げた。
小さな呻き声が届いたが、またすぐに動かなくなる。恐怖を覚えて晴子が後ずさりしようとするのを、洋平は腕を掴む事で止めた。
「痛い、洋平くん、痛いよ…」
「だって、晴子ちゃんがどっか行こうとするから」
まるで子供が駄々を捏ねるように、少し甘えた声で洋平が言った事は余計に恐怖を煽るだけだった。
勿論言った本人もそれを理解しているようで、そのまま逃げられないようにと、晴子の背中を鉄扉に付けさせる。
「…花道に言わないで欲しいんだよね、出来れば」
怖いくらいに優しい声に、ただ晴子は肯定を込めて頷く事しか出来なかった。
視線を下に逸らしたままでいると、雰囲気で洋平が笑ったのが伝わってくる。
よかった、いつもの洋平くんに、戻ってくれたのかもしれない。そんな淡い期待を込めて見上げると、洋平はいつも通りの声色で言った。
「やーっぱ心配だからさ、言えないようにしちゃっていい?―――お、らっき。鍵空いてら」
そう言って用具室の扉を開くと、洋平はやや乱暴に晴子をその中に押し込めた。