「･･･あっあっ･･･ああっ･･･」
「―ゆっくり」
「･････んっ････・ふっ」
「ゆっくりいこう」
「ん･･･････････っあ、あのねぇっ･･･」
厳しい風が吹きはじめる12月、神奈川県のとあるアパートの8階、841号室のリビングは温もりに満ちていた。
控えめでシックな内装に似合わぬこたつが部屋の真ん中を陣取り、Tシャツ姿でこたつに足のみ突っ込んでいる
週刊バスケットボール編集者・相田弥生は、冬みかんを口に運びながら発案する。
「『ゆっくりいこう』ゆうんなら、仙道くんが主導してくれたらええやないの」
こたつをほぼ占領しているのは、堂々たる体躯の陵南高校主将・仙道 彰。弥生の口調が別段とがめるようでも
不満げでもないので、猫のように細めた目を片方開けて、いつもどおり緩い返事をする。激しい運動をした後の
満足感と疲労でうとうとしているのか、反応が鈍い。
「･･･どう？」
「どうて･･･わたし風邪気味やのに、こっちばかりが動く体勢やし」
「手を抜いてる訳じゃないすよ」
窮屈そうに寝返りを打つたび、素肌の肩と胸が露出する。仙道は、弥生が自立しているのをいいことに
週末に彼女のアパートに通っている。2ヶ月前筆降ろしをしたばかりの16歳の少年にしては頻度が控えめだが、
それは未成年と社会人の身体の付き合いを考えた、彼なりの遠慮だろう。寒くなってきてから弥生が引っ張り出した
こたつを気に入り、『こたつが目当てなのでは』と思わせるほど、まったりと時間を過ごすことが好きらしい。
「手抜きなんて思うとらんけど、たまには」
「ん？」
「･･･仙道くんが上が、ええ」
ためらいがちだが、弥生がいいたいことは伝わっている。正常位のことだ。以前数回したことがあるものの、8割方騎乗位で、1割以上座位。
弥生にとって、ほぼ30cm身長差もある仙道のたくましい胸板のみ見つめて、下から彼の重みと運動を受けるのが刺激的なのだ。首を上げても、
揺れ動く仙道ののど仏とあごしか見えないのがたまらない、･･･とはとても本人に言えないが。逆に、その身長差は仙道にとって面倒だった。
（おれが下じゃないと、色々良く見れないじゃないか）
もっとも、怒られそうなので絶対口にしない。あと、弥生がプライベートでは方言で話す所も嬉しいが、
意識させてしまったら悪いのでそれも心の内に閉まっている。
「はーあ･･･でも仙道くんは風邪の特効薬やな。また吹っ飛んでしもうたわ」
「ほんとに？色々持ってきたんだけど」
「え、なにを？そういえばやたら荷物多かったやんな」
「風邪に良いもの」
「え･･･？」
「そーだそーだ、すっかり忘れてた」
そう言うと仙道はこたつから這い出て、リビングの青色のジュウタンをとふとふ歩く。急な温度差に
背を少し丸めながら食卓のイスに引っかけたリュックの中身を出している。この間、素っ裸である。
見事な肉体美に弥生は恥を感じつつも観察し、感服してしまう。
（自分の身体に自信があるとかの次元やない･･･天然やね）
「のど飴、ヨーグルト、りんご」
「わ、そんなに･･･」
「水枕、アイスノン」
（な、なんや被っとるけど･･･わたしの健康の事思ってくれてるんや･･･）
のんびり屋の仙道は自己管理もまともにできてないと見くびっていたのか、自分の為にここまで考えて
くれていることに、弥生の中でじーーーーんと染みた。
「ショウガとか」
「おおきに、仙道くん･･･」
「もちろん レモンに、」
「え」
嫌な予感。
「ハチミツ」
とってにおきとばかりに掲げるお徳用ビンの中で、濃厚な蜜がたぷりと興奮をそそる色を放っている。
弥生と仙道が初めて関係を持った夜に、彼女が夢中で仙道の手に付いたハチミツを舐めたことから、
二人の間でハチミツには色めいた印象が刻まれているのだ。
（風邪療法にハチミツは付きもの、過剰反応することなかれ）
と脳内で連呼しても、思わせぶりな手つきでビンをくるりと回転させる仙道の顔には、いまだかつて
見ない艶っぽい微笑。首から下も素肌むき出しで腕を組んでいるその姿態は、性的なことこの上ない。
「･････････っ!! しいひんよ 二度とっ あ、あの時のあれはその場の流れで」
「うん 今度はおれが奉公する番」
「ぇえっっ」
仙道は余裕綽々とビンのふたをひねり初めていて、後戻りはできない。自分が仙道 彰という女殺しの
育成に一役買っている事に気付いた、相田弥生・24歳の冬だった。
（･･･夜の帝王の降臨やっ）
完