「ん?クッキーじゃないのね」  
小さな箱を開けた彩子は、少しあてが外れたような顔で流川を見た。  
「チョコが食べたかった」  
「なによ、自分が食べたかったわけ?あたしにくれたんでしょ、これ」  
「………」  
「ま、いいわ。サンキュ!」  
3月14日。  
生まれて初めてこの日を意識したらしい流川からもらったチョコレートを、彩子が嬉しそうに見ている。  
「はい、流川もどうぞ食べたかったんでしょ?」  
自分で買ったチョコレートを差し出された流川は、彩子と一緒にそれをつまんだ。  
 
寒々とするくらい殺風景な部屋だが、流川にとってはそれが居心地いいらしい。  
が、今の流川は表面上は平静を装いながらも心は落ち着きを欠いていた。  
ここに彩子が来たのは何度目だろう、と考える。  
とりあえず両手で数えられる程度だ。  
それなのに、まるで自分の部屋のようにくつろいでいる彩子の無防備さが、かえって流川に迷いを生じさせているのだった。  
 
流川はほんの少しばかり躊躇したが、隣に座る彩子の頬に軽くキスをした。  
やわらかい頬の感触を唇に感じながら、彩子の反応を伺う。  
「それだけ?」  
彩子はそう言いながら、流川の目を瞬きもせず見つめた。  
チョコレートの香りがまるで媚薬のように身体中を包み、流川の心を後押ししている。  
抱き寄せようと黒髪に指を滑らせた瞬間、流川の唇は彩子に奪われた。  
「チョコついてるわよ。子供みたい」  
そう言って唇のふちにわずかに残っていたチョコレートをふざけながらなめた彩子を、流川は少し乱暴に押し倒した。  
いつも通りの子供扱いが、流川の自尊心に小さな傷をつけたらしい。  
「子供じゃねえ」  
凄んでみたものの彩子は動じない。弟を見守る姉のような眼差しは、この先も変わることはないだろう。  
なんだかんだ言っても、この上下関係に流川は心地良さを感じていた。  
どうしたってかなわない。かなうはずがない。  
そう思わせる女だからこそ彩子に惚れたのだ。  
とはいえ、こんなときくらいは優勢でありたいが、どうやらそれは簡単ではないらしい。  
 
流川はあきらめたように視線を外し、彩子の首すじに唇を落とした。  
彩子の香りがこんなに近く感じられることが、未だ信じられない。  
こうしていられるのは、一ヶ月前の雪の日、ほんの少し踏み出せたからだ。  
流川はその日のことを思い出しながら彩子の身体を強く抱きしめた。  
 
 
***  
 
 
珍しく朝から雪が降り続いていた。  
そのせいで徒歩通学を余儀なくされ、流川は鬱々とした気分を引きずっていた。  
そうでなくても、屋上で昼寝できない冬は嫌いだ。  
この数日は特に、普段以上に女子の視線を感じる。  
2月ももう半ば。今年も流川にとって面倒な日がやってきた。  
顔すら知らない女子から持ち帰れないほどのチョコやプレゼントを渡され、話したこともない男子からは妬まれる。  
午前中だけでもロッカーに入りきらないほどもらい、教室の片隅を占拠していた。  
断ればいいのだが、人数が多すぎるため、その場は貰っておいたほうが楽だった。  
だが、どんどん積み上げられていくそれを見るとうんざりする。  
とにもかくにも、バレンタインには全くいい思い出がなかった。  
 
昼になり、黙々と弁当を食べ終えた流川は、机に顔を伏せて眠りについた。  
もう少しで深い眠りに落ちる……というところで、コツンと頭を軽く叩かれた。  
慣れ親しんだ感触だ。ゆっくりと頭を上げると、流川が予想したとおりの顔が目の前にあった。  
「ホント、あんたっていっつも寝てんのねえ」  
流川の前の席に座り、彩子があきれ顔で笑っている。  
「中学の時よりすごいじゃない。いったい何個もらったのよ」  
「数えてない」  
彩子の顔の近さに思わず動揺したが、態度には出さなかった。  
「今日部活休みだから。バレー部が男女とも練習試合でコート全面使いたいんだって」  
「そーすか」  
内心、コートを使えないことに苛立った流川だが、練習方法なんていくらでもあると思い直した。  
「というわけで、今日は3年生の送別会をすることになったのよ」  
「…………」  
「あ!今、めんどくせーって思ったな!」  
「イヤ、別に」  
「桜木花道の家でやるから」  
「…………………」  
無表情でも流川が桜木の家に行きたくないと思っていることがわかるらしく、彩子は頷きながら笑みを浮かべた。  
「とにかく、先輩たちにはあんたも色々お世話になったでしょ!だからちゃんと来なさいよ」  
自分の考えていることを、彩子はいつもすっぱりと言い当てる。  
実際面倒くさかった。そんな集まりに出なくても、感謝の気持ちが伝わればいい、と流川は思う。  
「放課後部室に集合だから。みんな集まってから移動するから遅れんじゃないわよ!」  
「……うす」  
流川は仕方なく返事をした。  
 
廊下を歩いている桑田を見つけた彩子は、流川の背中をパンと叩き教室を出て行ってしまった。  
いつも通りの彩子だが、なんだか気に入らない。  
桑田と話している彩子を見ながら、流川は自分に苛立った。  
『……なに自惚れてんだ』  
中学時代と同様、義理チョコくらい貰えると無意識に思っていたのだった。  
 
放課後――。  
1DKのアパートの一室で何人もがひしめき合っていた。  
「おめーをこの桜木の部屋に入れるのは今日限りだからな!覚えとけよ!」  
「うるせー。好きで来たんじゃねー、どあほう」  
「なんだと!じゃあ帰りやがれ!」  
「………」  
流川は溜め息をつきながら露骨に鬱陶しそうな顔をし、桜木を一瞥した。  
予測できた小競り合いをわざわざ止める者はいない。こんなことは日常茶飯事なのだ。  
 
晴子が自宅で焼いてきたスポンジケーキに、彩子がチョコをデコレイトしている。  
どうやらこのチョコレートケーキがマネージャーから部員への贈り物らしい。  
流川に無視された桜木は晴子のまわりをうろちょろし、宮城は彩子のそばから一時も離れない。  
主役の3年生は思い出話にしんみり浸り、残りの部員は彩子の指示に従ってテーブルに料理を並べていた。  
「さすが晴子さん!お菓子も上手!」  
晴子から一人だけ特別に手作りチョコチップクッキーをもらった桜木が、見せつけるように平らげた。  
いつの間にか付き合っていた桜木と晴子を三井がからかい、何の前触れもなく知らされた赤木は事実を受け入れられない様子だ。  
 
流川にとっては退屈な時間が流れていた。  
話しかけられれば答えるが、正直帰りたい。  
流川は部屋の一番隅で横になり、長い前髪の奥から彩子を見た。  
かろうじてこの部屋にとどまっているのは彩子がいるからだ。  
 
彩子に対する好意。  
それをはっきりと自覚したのは、三井がバスケ部を襲撃したときだった。  
目の前で顔をぶたれた彩子を見て、体中の血が逆流したのかと思えるほどの怒りを感じたのだ。  
自分以外の人間が傷つけられて無性に腹がたったのはそれが初めてで、こんな感情があることに驚き、咄嗟には動けなかった。  
宮城が彩子をぶった男に飛びかかっていくのをぼんやり見送りながら、流川は確信していた。  
彩子が好きだということを――。  
 
だからといって、告白なんて考えもつかなかった。  
自分が彩子の恋愛対象に入るとは思えなかったし、余計なことをして現在の関係を壊すのは愚かなことだと決めつけていた。  
『先輩と後輩』という、今の流川にしてみれば不満のある関係であっても、完全に無くなることは耐え難かった。  
 
騒がしさの中、時々聞こえる彩子の声。何年も聞き、耳に心地よく馴染む声。  
それを子守唄代わりにして、流川は眠りに落ちていった。  
 
時計の針の音。食器が軽くぶつかる音。  
二種類の規則的な音で流川が目を覚ますと、部屋は暗くなっていた。  
少し開いたふすまから、台所の明かりがもれている。  
その明かりを頼りに部屋を見回すと、三井、宮城、桜木が雑魚寝していた。  
まわりにはビールの缶が転がっている。  
他の部員の姿は無い。未成年のくせに酔いつぶれた3人を置いて先に帰ったのだろう。  
流川はふらりと立ち上がり、ふすまを開けた。台所では彩子が一人で食器を拭いていた。  
「あ、やっと起きた!あんた起こしても全然反応なかったんだから」  
「気づかなかった」  
「まあ、いつものことだから誰も気にしてなかったけどね」  
雑然としていた台所はスッキリと片付いている。彩子は丁寧に皿をふき、一枚、また一枚と重ねていた。  
さっきの音はこの音だったのか。と、ぼんやり思っていると、彩子がテーブルの上に小皿を置いた。  
「あんたのぶんよ。ちょっとしか残ってなくて残念ね」  
一口サイズのケーキがこじんまりと皿に乗っている。ケーキをめぐり、幼稚な争奪戦が繰り広げられたのは容易に想像できた。  
小さなケーキは、まるでスナック菓子のようにあっさりと流川の口の中に消えた。  
「どーも」  
「どういたしまして」  
彩子は流川のケーキが乗っていた最後の皿を洗い終えると、帰る支度を始めた。  
「あんたが起きる少し前まで赤木先輩と晴子ちゃんもいたんだけど、先に帰ったのよ」  
「……」  
「赤木先輩が、家が近い流川がいるから大丈夫だろうって。途中まで一緒に帰ろうか」  
流川にとっては予想外の展開だった。寝ぼけていた頭が急激に冴えていく。  
コートとマフラーを身につけて玄関へ行くと、彩子が腕を組みながら流川を待っていた。  
流川は狭い玄関に腰をおろしてシューズの紐を結ぶ。  
視界の隅に写る彩子の長い脚は、夏と変わらず靴下しかつけていない。  
寒くねーのか……。などと無駄な心配をしていると、開かれたドアから冷たい空気が一気に流川の体を包んだ。  
「さ、帰るわよ」  
促され、彩子について外に出ると、息が白く色づいた。  
なんてことない冬の匂い。それが、いつもとは違うような気がする。  
朝から降り続いていた雪は気温の低下に伴い、路面をうっすらと覆いはじめていた。  
「相変わらずモテるわねえ」  
流川が持っている大きな紙袋を見ながら彩子が言った。  
「それって全部じゃないんでしょ?部室にもまだあったわよね」  
手渡しでもらった以外に、部室前にも流川へのチョコがたくさん置いてあったのだ。  
中にはちらほらと三井や宮城あてのものもあったのだが、圧倒的な数の差のせいで流川が責め立てられたのは言うまでもない。  
その後ろで石井がせっせと段ボールにまとめていたのを思い出した流川は、明日も持ち帰るであろう荷物の多さに辟易した。  
 
「あんた甘いもの好きだけど、毎年自分で全部食べてるの?」  
「イヤ、だいたい家族の腹におさまる」  
流川は無性にイライラした。  
こんなやりとりを中学時代もしていたような気がしたが、当時はこんなにイライラしなかった気がする。  
モテるとか、たくさんチョコをもらうとか、そんなことが何故羨ましがられるのか流川にはさっぱり理解できない。  
試合中や練習中の黄色い声援も鬱陶しいだけで、自分にとっては全く不要なものだ。  
本当に必要なものは手に入りそうにもない。  
今、こんなに近くにいるのに。  
「夕方には止むとか言ってたのに、天気予報もあてになんないわね」  
下を向いて悶々と考えながら歩いていた流川は、彩子の声にふと顔を上げた。  
少し前を歩く彩子は時おり髪の毛の雪をはらい、寒さに肩をすくめている。  
いつも堂々としている彩子だが、どうしてか今日は小さく見えた。  
「かしてやる」  
流川は自分のマフラーを取り、彩子に差し出した。  
「いいわよ、あんただって寒がりのくせに」  
遠慮しているらしい。彩子は「寒いから早く帰ろう」と早口で言うと、踵を返し再び歩きだした。  
 
流川は、そのまましばらく彩子の後ろ姿を見ながら歩いた。  
雪の降るなか、狭い路地の真ん中を歩いている彩子はどこか頼りなげだ。  
もう一度マフラーを渡そうとしたその時、後方から車の音がした。  
かなりのスピードで近づいて来る。咄嗟に危ないと感じた流川は、彩子に駆け寄り、腕を引いた。  
「ぼーっとすんな。あぶねーだろ」  
車から守るように彩子の側面に立った流川は、さらに加速した車を睨み付けた。  
「ゴメンね〜」  
すん、と軽く鼻をすすりながら彩子が謝った。  
街灯のせいかもしれないが、彩子の首も脚もやたら青白く本当に寒そうだ。  
流川は手に持っていた自分のマフラーを、ほとんど無理矢理彩子の首に巻いた。  
「巻いとけ」  
「あったかい……。ありがとう、流川」  
彩子は巻かれたマフラーを触りながら、いつもよりやわらかな笑みを流川に向けた。  
意地とかプライドとか、すべてが無力化される笑顔。衝動的に、流川は彩子を抱き寄せていた。  
「こーすればもっとあったかい」  
あまりにも唐突すぎて彩子は驚く暇もない様子だ。  
「頭いいわね、あんた。けど、いくらなんでも路上でこれは……」  
流川は彩子の冷静な言葉を遮るように抱く腕に力を込めた。強く、きつく。  
抱かれた彩子の頬は赤くなり、身体は熱を帯びていくのに、流川はそれに気付かない。拒絶されなかったことに驚きもしない。  
今はそんなことを感じる余裕もなかった。  
 
このままずっと離したくない。誰にも触らせたくない。他の誰かを触って欲しくない。  
 
押し殺していた何かが、流川の中で勝手に暴れだした。  
感情が思考回路を壊し、冷静さを取り戻すことも無く、口が勝手に動いていた。  
「好きだ」  
と――。  
 
 
 
***  
 
 
 
発作的な告白が無駄じゃなかったことは、今こうして彩子に触れていることで証明できる。  
「ねえ……」  
首すじを愛撫していた流川は、呼び掛ける彩子の声に顔を上げた。  
「一緒に食べない?」  
彩子はチョコレートをひとつ手に取ると上下の唇ではさんだ。  
うっすらと挑発的な笑みを浮かべた彩子の口元は恐ろしく艶やかで、流川の理性は抗う間もなく融解した。  
彩子の唇ごとほおばると、生クリーム仕立てのチョコレートは、とろりと溶けだす。  
カカオの香りと熱い吐息が行き交う思考までとろけそうなキスは、甘くも刺激的な扇情をかき立てる。  
二人の舌の間で転がっていたチョコレートは、やがて形も無くなり、後味だけが口内に残った。  
「もういっこ食べたい」  
流川はチョコレートを指差し、催促した。  
「ダメよ」  
まるで弟をたしなめる姉のような口調に、流川は憮然とした。  
「なんでだよ」  
「あとにしてよ」  
「…………」  
「わからないの?こっちが先でしょ」  
流川の頭は彩子の腕に包まれ、そのままやわらかい胸元へと引き寄せられた。  
彩子の香りと、チョコレートの香りが交互に鼻腔をくすぐる。眩暈がするほど甘い香りだった。  
流川は我のままに彩子を愛撫した。咬みつくように襲いかかる。  
そのすべてを赦すかのように、彩子は流川の髪の毛に無数のキスをした。  
 
「ねえ、流川。知ってた?」  
吐息まじりに彩子が問いかける。なにを、と言いながら流川は彩子の上半身を裸にしていく。  
初めて目の当たりにする彩子の肌。フローリングの床の上、横たわる素肌の白さが眩しかった。  
「あたし、中学のときからあんたが好きだったのよ」  
サッカー部のヤツと付き合ってたくせに、と流川は思った。  
「まさか年下に一目惚れするなんてね。あんたってバスケしてるときはカッコいいんだから、反則よね」  
彩子の細い指が、流川の髪から頬をなぞり、シャツの襟元へと滑っていく。  
「あんた、いま自分がどんな顔してると思う?」  
からかうように彩子はクスクス笑う。楽しそうだ。  
そんな態度が流川には癪だったらしく、もう喋るなと言わんばかりに彩子の唇をキスで塞いだ。  
ミニスカートからすらりと伸びる脚を広げ、その間に片膝を入れ、軽い罰のような荒々しさで彩子の唇を塞ぎ続けた。  
彩子は強引に絡む舌を難なく受け入れ、ゆっくりと手探りで流川のシャツのボタンを外しはじめる。  
しばらくして唇が自由になると、彩子は一度だけ、ふう、と小さく息をついた。  
「今の流川、コートの中と同じ顔してる」  
固まっている流川を見て彩子は頬をゆるめた。そして、シャツの最後のボタンを外しながら、  
「そんな小さなことが嬉しいのよ、バカみたいだけどね」  
と、付け足した。  
 
彩子の何気ない言葉、そして仕草のひとつひとつが、とうに平常を失った流川の心をぐちゃぐちゃに掻き乱していた。  
抑えようとしても膨らみ続ける、この思いは何なのだろう。未知の感情に呑み込まれそうになる。  
始まったばかりなのに、失う恐怖で息苦しさを覚えた。  
 
「遠慮なんかいらないわよ」  
手の止まった流川を彩子が急かした。  
「遠慮なんかしてねー」  
彩子にはどうせお見通しだろうが、流川は精いっぱい強がって見せる。  
「あんたが緊張してるの初めて見たわ」  
図星だった。  
「もしかしておなかすいた?これ食べる?」  
流川の目の前にチョコレートが差し出された。またもや子供扱いだ。  
「あとでいい」  
「食べたいって言ってたじゃない、さっき」  
「ベラベラ喋られたら集中できねー。ちょっと黙ってろ!」  
掴みあげた彩子の手からそのふくよかな胸元へと、チョコレートが落ちた。  
「溶けちゃうから取ってよ、もちろんここでね」  
細い指が流川の唇をなぞった。それがあたりまえのように彩子が目配せしている。  
言われるまま流川がそれを舐めとると、聞いたことのない声と共に「好き」という言葉が彩子の口から零れた。  
もっと彩子の声を聞きたくて夢中で肌に舌を這わす。  
冷たかった床も温く感じるくらい、身体が熱い。  
 
気持ちが通じ合うだけで満たされると思っていた。  
心が手に入れば、あとに付いてくるものはおまけのようなものだ、と。  
けれども、人間とは欲深いものらしい。  
彩子の全てを見たい。自分が与える刺激で悦ぶ姿を。  
そして、その悦びに耐えきれず、凛とした顔立ちが艶めかしく歪む瞬間を。  
 
まだ白い素肌に触れたばかりだ。  
それなのに、身体中の至るところが痺れるような熱に侵され、溶かされ、すでに頂を迎えているような感覚に陥る。  
融点には、まだ程遠い。  
 
 
 
END  
 
 
 
  melting point 〜彩子の誤算〜 
 
 
14で流川に恋をした。そして、あきらめたのも14だった。  
女どころか、バスケ以外のものは全て流川の頭から除外されていると気付くのに、そう時間はかからなかった。  
かないそうにもない恋なんて御免だった。  
気の合うサッカー部の同級生と付き合ってみたが長くは続かず、その次も、またその次も、うまくはいかなかった。  
そんなことを繰り返しているうちに中学を卒業して、忘れかけていた彩子の前に流川は再び現れたのだった。  
完全に消えたと信じていた思いは単に燻っていただけで、いとも簡単に再燃した。  
思いがけない幸運が舞い降りたのは、ほんのひと月前。  
個人的なチョコレートは渡さないと決めていた。  
心をこめたものでも、どうせ流川にとってはたくさんある贈り物の一つでしかない。そう思い込んでいた。  
たくさんのチョコレートを律儀に持ち帰る流川に苛立ち、差し出されたマフラーを拒否したのは大人げなかったと思う。  
流川の口から「好きだ」という言葉が聞けた瞬間のことは、ほとんど覚えていない。  
「あたしも」とだけ答えたことは、かろうじて記憶に残っていた。  
恋は女をじりじりと弱らせる。自分を保っていたくても、全てを委ねてしまいたくなるときがある。  
今まさにその瞬間に直面している彩子は、必死に踏みとどまっていた。  
 
「今の流川、コートの中と同じ顔してる」  
 
その台詞を口にした時点でわかっていたはずだった。隙を見せれば容易に立場が逆転する相手だということを。  
彩子は、すっかり油断していた数分前の自分を責めたくなった。  
もう、目の前の壁が、霞んで見える。  
部屋中に漂うチョコレートの甘ったるい香りが、余計に彩子の感覚を麻痺させ、視界を陽炎のように揺り動かしていた。  
獣のような格好で貫かれ、どんな表情かを見ることはできない。  
けれども、今の流川がどんな顔をしているのか彩子にはわかっていた。  
うなじを這う舌も、腰骨や背筋を滑る長い指も、まるで魔力を持っているかのように彩子の身体を濡らす。  
下半身を圧迫している屹立は、おびただしい快感を彩子の全身に叩きつけていた。  
人並みの経験くらいはある。触れられた肌がどうしようもなく火照ったり、記憶が曖昧になるくらい乱れたり――。  
そんな経験全てが、記憶ごと塗り潰されていく。  
ぎこちない愛撫には、それほどの力が秘められていた。  
つい先ほどまでは拙さに微笑む余裕があったのに、今はその拙さが全身を溶かし尽くしている。  
特別な技も巧みさも持ち合わせていない。  
本能のままにほとばしる欲望だけで、こんなに身体が敏感に呼応するとは予想外だった。  
 
こんなに溺れるのは、相手が流川だからに他ならない。  
頭は朦朧として、身体は実体のないもののようにフワフワしている。溶け合っている感覚しか無い。  
悦びを求め、求められ、これが何度目なのか、彩子にはもうわからなかった。  
 
 
 
END  
 
 

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