雲ひとつない秋晴れの空の下。  
一月後の大会に向けて、今日も体育館にはバッシュの心地良い音が響いている。  
小柄ながら人一倍声を張り上げる宮城と、それを後押しするように彩子の明るい声が新しいチームをまとめ、次の目標に向かって正にチームが一丸となってボールを追いかける日々。  
あっという間に日は落ち、爽やかな汗が引かぬまま、部員が帰路に着いてゆく。  
今日も最後に体育館を出るのは、宮城と彩子の2人…  
いつもと変わらず、また明日、になるはずだった。  
 
「アヤちゃん、今日もお疲れ様!」  
練習の時とは打って変わって、少年らしいあどけない笑顔の宮城。  
いつもと変わらないように見えるけど、彩子には少し翳りがあるように感じた。  
「お疲れ様。  
…リョータ、今日なんか疲れてる?それとも…なんかあった?」  
普段は熱い視線をわざと冷たく交わして、漫才のように振る舞っているけれど。  
チームの新たな大黒柱を本当は大事に思っているから。  
いつになく優しい口調で、ゆっくりと問いかけた。  
「えっ、な、何?なんにもないよ…?」  
慌てながらも崩れない笑顔に、彩子は更に心配になった。  
「なんにも無かったら、『アヤちゃんがつれないからだよぉ』とか言うはずじゃない。  
どうしたの?桜木花道の体のこと?それとも、赤木先輩みたいにまだチームをまとめられないなぁ…とか?」  
並んで歩いていた宮城の前に立ち止まり、瞳を覗き込むように首を傾げる。  
下ろした髪が風に揺れ、シャンプーの微かな香りが宮城の鼻をくすぐった。  
 
「こんな時期にあれだけどさ。」俯いて呟いた声は、珍しく低い。  
何を思い詰めていたんだろう?  
宮城の思いの外長い睫を見つめながら、彩子は言葉の続きを静かに待つ。  
鈴虫の鳴き声が、とても大きく感じた。  
視線を上げた宮城の瞳は、子犬のように潤んでいて。  
それに吸い込まれるように見入った瞬間、温かさに包み込まれた。  
事態を把握するのに、数秒かかった。  
宮城の腕の中にいることに。  
いきなりすぎて(柔軟剤の香りがする…)としか頭の中には浮かばなかった。  
速い鼓動が、どちらのものかもわからなかった。  
 
「…ゴメン」  
耳元で囁く声が、震えている。  
締まった筋肉質の体も小さく震えている。  
「俺、本当にアヤちゃんが好きなんだ」  
耳に届いた掠れた声と吐息が、彩子の大きな胸を甘く締め付ける。  
宮城の腕は更に強く彩子を抱きしめ、息苦しい程だ。  
彩子は、ひとつ大きく深呼吸して言った。  
「謝らないで」  
秋の夜風にかき消されそうな程小さな声で呟く。  
「え?」  
緩んだ力を感じて、宮城の固い胸を押し、怒ったように見上げる。  
「謝らないでよ」  
彩子の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。  
 
「リョータって…いっつもそう」厚い唇を噛んで、真っ直ぐに宮城を睨む。  
「私のこと好きっていうけど、私に気持ちがなければそれ以上追いかけるつもり、無いの?」  
浮かんでいた涙が、ぽろりと頬に落ちてゆく。  
「何が何でも手に入れて、ずっと大事にしたいって、思わないの??」  
チームメイトとして、気まずくなったり嫌な思いをさせたくないから、全身全霊でぶつかることは、確かに無かった。  
それが、いつも気丈な彼女をこんなに心細くさせていたなんて…。  
宮城は、唇を固く結んで、もう一度彩子を抱き締めた。  
「もう謝らないよ。アヤちゃんが好き。もっと一緒にいたい。練習の時だけじゃなくて、休みの日も。」  
彩子は黙って、宮城の首筋に顔を埋める。  
「もう一度、一緒にインターハイ行こう。その後も、ずっと一緒に居よう。」  
彩子の背中に回していた腕をゆっくりと離して、強い眼差しで言った。  
「俺と、付き合ってください」  
 
彩子は、大きく頷いた。  
「それでこそ、神奈川ナンバーワンガードね」  
後ろを向いて、涙を拭う。  
振り向いた笑顔は、ひまわりのようだった。  
「浮気なんて許さないから」  
心変わりなんて有り得ない。  
こんなに可愛くて、凛としたいい女、他にいるはずがない。  
「わかってるよ」  
2人の笑い声が、くすりと重なる。  
その途端、いつの間にか雲で覆われた空から、雨が落ちてきた。  
「やだ、傘持ってきてないのに…」  
「アヤちゃん、走ろう!」  
温かな胸の中とは全く逆で、秋の雨が2人の体を急激に冷やしてゆく。  
大量の汗をかいた後の宮城には特別冷たく感じ、大きなくしゃみが放たれた。  
「リョータ、うちに来て?このままじゃ風邪ひいちゃう…」  
来月の試合に向けて、今体を壊すわけにはいかない。  
雨宿りという名目で、少しでも今日は一緒に居たいから。  
2人は足早に雨の中を並んで歩いた。  
 
「両親が帰ってくるまで、まだ時間があるから…お風呂入ってきて?」  
玄関のドアが閉まると、濡れた髪が色っぽく蛍光灯の光に照らされて、互いにぎこちない素振りになってしまう。  
「う、うん…お言葉に甘えるよ。お邪魔します…」  
熱いシャワーを浴びながら、宮城は頭を抱えていた。  
(どうしよ、抑えらんないかも…)  
濡れて透けた黒い下着が頭をよぎる。  
(コンドームは財布に1つ入れてたよな、でも…今日はいくらなんでも早すぎるって…)  
もう既に体は温まった筈なのに、なかなかシャワールームから出られない。  
そんな時、乾燥機に宮城の服を入れながら、彩子の胸の中も穏やかではなかった。  
(誘ったつもりじゃないけど…期待させたよね…)  
いくら考えても仕方がない。  
コーヒーをいれ、気持ちを紛らわす。  
「シャワーありがと、助かったよ」  
恥ずかしさで、なんとなくお互い視線を合わせられない。  
もどかしさを隠すように、コーヒーを渡す。  
「うん、これ飲んでとりあえず部屋で待ってて」  
可愛らしいぬいぐるみ等は無く、バスケの本や洋楽のCDが並ぶ、彩子らしい部屋からは、男の部屋には無い何か良い香りがした。  
ベッドに腰掛け、彩子がシャワーを浴びるのを待つ十数分が、とても長く感じる。  
「お待たせ」  
戻ってきた彩子は、桃色に染まった肌が艶めかしい。  
十代の宮城には、刺激が強すぎる程に。  
 
熱いコーヒーに口付けながら、宮城の隣に腰を下ろす。  
火照った体温が太もも越しに宮城へ伝わり、鼓動が速くなってゆく。  
もっとちゃんと順序を考えて、とか、余計な考えが2人からは無くなっていた。  
だって、ずっと前からお互いのことが好きで。  
時間を経てなんて、今更だ。  
静かに、宮城の手が彩子の頬に触れ。  
導かれるかのように、ゆっくりと瞼を閉じる。  
2人の唇が重なり、ぽってりとした彩子の下唇を甘噛みしたり、お返しとばかりに宮城の上唇を軽く吸ったり。  
自然と宮城の手は、彩子の髪や耳、首筋をなぞる。  
その度に、彩子は小さく体を震わせる。  
宮城の耳元で、せつなげな吐息が洩れ、もっと聞かせてとばかりに鎖骨に唇を這わせる。  
「…っ!」  
声にならない甘い呟きが、小さな部屋に響き渡る。  
「リョータ…」  
自分の名前が、これほど愛しく感じるなんて。  
「もっと呼んで…?」  
優しく彩子の体を倒し、服の中へ手を伸ばす。  
なめらかな肌と、自分には無い柔らかな感触に、眩暈がしそうな程酔いしれた。  
 
ふっくらした胸に顔を埋め、太ももから内側に指をなぞってゆくと、瑞々しい部分にそっと触れる。  
「ぁ、やぁ…だめ…」  
頬を赤らめ、弱々しく肩を掴む彩子は、一層美しくて。  
「駄目 じゃない」  
悪戯っぽく微笑みながら、指を奥へと進めてゆく。  
熱く柔らかなそこに、小さく刺激をしてゆくと、彩子は背中を反らせて顔を手で覆う。  
「アヤちゃん、力抜いて」  
固く大きくなった部分を近付け、2人はやっと、ひとつになった。  
ゆっくりとした痛みに、彩子は眉間に皺を寄せる。  
苦しいような、満たされるような…不思議な気分だ。  
次第に速くなるそれは、恥ずかしさを忘れさせ、とろけるような衝撃に変わってゆく。  
「はぁ、ぁ、リョータ…」  
すぐ傍にいるのに、何度も名前を呼ぶ。  
「アヤちゃん、凄く綺麗だよ」  
角度を変え、奥底まで貫きながら、優しく彩子を抱き締める。  
「リョータ、もう、私…」  
息も絶え絶えに首を振る彩子をうっとりと見つめ、更に激しさを増し、高まる声を聴きながら、募る想いを吐き出した。  
 
宮城の重みを感じながら、乱れた呼吸を整える。  
見慣れた筈の額の汗が、妖艶に光って見える。  
綺麗だと言ってくれたけど。  
宮城のほうが何倍も美しい気がした。  
「リョータ」  
か細い声は、彩子じゃないみたいだ。  
「何?大丈夫?」  
彩子の髪を、指にくるくると巻き付けて問いかける。  
(…狡い。)  
こんな大人びた表情、見たことがない。  
他の誰にも見せてやるもんか。  
耳元に唇を寄せ、聞こえるか聞こえないかの小さな声で囁くと、宮城が目を丸くしてぱちぱちと瞬きした。  
そんな宮城を見て、くすくすと笑う。  
(俺は小悪魔の虜だ)  
幸せな気持ちを胸に、もう少しだけ、と、彩子の腕の中で目を閉じた。  
 
 

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