藤井は指の痛みにうぅ…と小さく呻いた。  
ずっと握っていて温まってしまった彫刻刀を、唇を噛んで睨む。  
 
この日、選択授業の美術で課題の木版画が遅れていた者が居残りをくらっていた。  
時計の針は6時半を示し、外は薄暗くなり始めている。  
少しも進んでいないように見える自身の作品を見て何度目か分からないため息をついた。  
晴子と松井と同じく音楽を希望したというのに、人数の少なかった美術に回された事を今更ながら悔しく思う。  
えい。えい。と夢中で彫るも赤く腫れ上がる手は彫刻刀を握る度にじくじくとした痛みを与えていた。  
教室には既に藤井とあと一人しかいない。  
隣から聞こえる寝息にそっと様子を伺うと予想通り流川は彫刻刀を握ったまま気持ちよさ気に船をこいでいる。  
切なくなってもう一度ため息をついた。  
自分は流川のようにずっと寝ていたわけではない。不本意ながらも真面目に授業を受けていたのだ。  
ただ…ただ予想以上に彫る部分が多く、人並み以下の握力しかないのがアダになってしまっただけなのである。  
先程ちらりと見た単純な線の流川の下書きからすると、少し集中すればすぐにでも終わりそうだった。  
流川に先に帰られるのはどうにも悔しい藤井は焦りを感じ、痛みを堪えて眼下の板に取り組む。  
 
ガリッ!!  
「…ム。」  
シンと静まり返る教室に、呑気な声と不吉な音が響いた。  
音が鳴った方を見ると同時に仰天する。  
ぼんやりと眺める流川の視線の先にはボタボタと板に血を滴らせている真っ赤な手があった。  
「きゃあっ!!血!血が出てるよ流川くん!!」  
「見れば分かる。」  
寝ながら彫刻刀を握っていれば当然なのか、そのまま手の甲を切ってしまったらしい。  
教師が流川を起こして殴られるのを見たことがあったのでそっと寝かしていたが、  
怖くとも声をかけておくんだったと後悔した。  
保健室に行こうと席を立つ流川。そうとは知らずに藤井は無防備に下げられた傷口に集中している。  
 
「だ、だめ!!」  
少女の大きな声に身体をビクンと跳ねさせる流川。少し癪で仏頂面を作る。  
そんな事には気付かない藤井は素早く流川の手を取ると肩まで持ち上げた。  
「傷は心臓より上…で、ぎゅって……。」  
ブツブツと呟きながら藤井は先日の応急処置の授業を思い出していた。  
赤く染まる手はもはやどこが傷口なのかも分からない。  
鼻に付く血の匂いに藤井はパニックに陥りながらもなんとか助けようと必死である。  
止まらない血は傷の深さを物語っていて、  
自分の処置如何でバスケ選手として有望な流川の人生を左右してしまうような重責を感じた。  
「傷はこ、これかな?」  
「こっちだろ。」  
流川がパカッと開いて見せた傷に卒倒しそうになりながら  
持っていたハンドタオルでそこを押さえきつく握り締めた。  
紺色のハンドタオルがじわじわと赤く染まっていく。  
「わ、わ、……うわぁああ〜。」  
「おい、離せ。」  
「だ、大丈夫!これくらい…!バスケするには問題ないよ!」  
半ば自分に言い聞かせるように真っ青になりながら笑ってみせる藤井に身体を引く。  
『これは左手だ』と彼女に教えてやりたい。  
しかしそんな事を言い合っていても仕方ないので、ひょいと手を抜くと流川は身体を反転させた。  
「保健室行く。」  
哀れなほど蒼白に眉を下げる藤井にさすがの流川も気が引いて、その単語を発した。  
藤井は混乱の為全く思いつきもしなかった答えにハッとする。  
「あっ、あ!そっか。そうだよね。ご、ごめんなさい。全然思いつかなくって。」  
今度は怒られた子供のように身を小さくする女に、流川は無性に居心地が悪くなった。  
なんだか調子の狂う少女である。  
さっさと立ち去ろうとドアに向かう視界に、手に巻かれた紺色のハンドタオルが映った。  
振り返ると胸の前で指を組み、手術を見守るような様子で見つめる藤井。  
「これドーモ。………おい、拝むな。」  
あっ!と言うと藤井は絡めた手を離して背に回す。  
見止めて流川はようやく教室の外へ出た。  
「大丈夫だからね…心配しないで!」  
閉じた扉の向こうに聞こえる怯えた声に、流川はたまらず噴出した。  
「どあほう。青い顔して何言ってんだ。」  
小さく呟いた声は静かな廊下に飲み込まれた。  
 
 
次の日の放課後の美術室。  
騒動のお陰もあり進まなかった居残りの木版画に、今日も向かい合っている藤井。  
昨日と同じく木を彫る音は一つだけ。  
ただ違うのは…。  
(み…見られてるよね…。)  
先ほどから机に肘をついた状態でじっくりと藤井を見つめている流川。  
(なんだろ。どうしたのかな。)  
何か自分がしたんだろうかと藤井は記憶をめぐらせた。  
 
確か、遅れて教室に入ってきた流川と目が合ったので「怪我大丈夫だった?」とかそんな事を聞いただけだ。  
流川も「ああ」等のそっけない返事しかしなかったし…いくら思い出しても今日の会話はそんなものだった。  
(え…っと…。)  
視線に耐えられなくなり藤井は顔を上げた。  
横目でちらりと見るとやはりなんの臆面もなく流川が見つめている。  
「なんだよ。」  
今まさに藤井が言わんとした言葉が、不思議そうな流川の口から出てきて驚いた。  
「えっ?ううんなんでもないけど…あの、どうしてそんなに見てくるのかなぁー…なんて…あはは。」  
見事な空笑いがシンとした教室に響く。  
「?」  
まるで藤井がおかしな事を言ったように、流川がきょとんと不思議な顔をした。  
「……えぇっとぉ…。あっいいの。その、ごめんね。」  
空気に負けてなんだか謝った。  
気を取り直して彫刻刀を握りなおす。  
(流川くんって…晴子には悪いけどちょっとヘン…。)  
隣からの視線を感じなくなり、ホッとしながらも気になる藤井はまたも横目でチラリと見た。  
考え込むように顎に手を置いている流川が宙を眺めている。  
何かに気付いたように向き直る流川に藤井は声が出そうなほど驚いた。  
藤井を見る流川の顔も、同じく驚いているようだ。  
「見てた。お前の事。」  
「う、うん。」  
どうやら藤井を見ていたのは無意識だったらしい。  
暇で見ていたのかと納得しかけた藤井を、再び見つめながら考え込む流川。  
逸らされることのない真っ直ぐな視線に恐縮しながら男の考えが早くまとまる事を祈った。  
「悪いか。」  
唐突に居直るように言われて藤井は言葉を失う。  
気分は道を歩いているだけでイチャモンをつけられた中学生だ。  
 
汗が滲み出した顔で視線を横に逸らしていく。  
「悪くない…です。でも、私なんか見てても…面白い事ないと思うけどなぁ〜。」  
精一杯の作り笑いでなるべく刺激しない言葉を選ぶ。  
「まあ、うん。」  
すかさず返ってきた相槌に静かに傷つく藤井。  
「けど、気になる。」  
微妙な笑顔を浮かべたままの藤井がカチンと固まった。  
「お前が夢まで沸いて出た。なんか気になる。」  
「わ、沸いて出たって…。」  
言い方に引っかかりを覚えるものの、聞き方によっては告白のような言葉に藤井の顔が一気に赤らんだ。  
彼女の人生で『気になる』と言われたのも『夢に出た』と言われたのも初めての経験だ。  
みるみる心臓が高鳴っていくのを感じる。  
「あ、あ、あの…る、流川くんってモテるよね。私の友達も憧れてるコがいるんだよ!」  
なんとか別の話題を見つけることに成功した。  
とっさに晴子を思い出したのは、友人の好きな男にドキドキした罪悪感からかもしれない。  
「そのコもね、流川くんが気になるって言ってるん……あっ!ううん違うの!  
 別に流川くんが私に憧れてるって言いたいワケじゃなくて…!」  
「…顔赤くねえ?」  
「えっ?赤い?赤くなんてな…ううん赤いかも。気分が悪いのかも!」  
ズイと顔を覗き込んでくる流川にもはや目が回ってきた。  
震える手で机の上の材料を片付けるとバッグを掴んで立ち上がる。  
「私帰るね。が、がんばって!」  
ふいに立ち上がった流川が走り去ろうとする藤井の腕を掴んだ。  
自分の二の腕を掴んでいる大きな手を目に映すと、藤井はよく分からない状況に動けなくなる。  
「…ぁ…。」  
言葉も出ずに、とにかく真っ赤な顔が見られないよううつむいた。  
一方流川も無意識に引きとめた己の行為を不思議に思っていた。  
見下ろせば確かに自分が少女の腕を掴んでいる。  
どうしてこういう状況になったのか。招いておきながら流川はぼんやり考えた。  
「あの…る、流川くん…?」  
身体を引きながら恐る恐る見上げる藤井と視線が合う。  
頬は赤く、眉は下がり、速い鼓動のため少し呼吸が浅い。  
彼女の顔を一通り眺めると芯から起こる熱が流川の身体に広がった。  
とっさに肩を引き寄せる。  
きゃっと叫んだ小さな声は流川の口内に消された。  
微かに触れた唇は柔らかく、藤井から甘い香りが立ち昇る。  
顔の角度を変えてより深く触れようとすれば、強く押された身体が離れた。  
目を開けると下方に見えるうつむいた黒髪が、そのまま教室から飛び出していく。  
何が起こったのか分からない藤井はもとより、流川もこの事態に驚いていた。  
 
不規則に重なるボールの音。  
休憩の号令がかかると皆散り散りにタオルを取りに行く。  
汗を拭きながら、流川はいつもの出入り口にいる3人組を見た。  
右端に立つ藤井は全く流川を見ようとしない。  
 
あれから藤井は居残りに来なくなった。  
その内に流川の簡単な木版画が終わり、美術室で二人になる機会もなくなった。  
 
「晴子、暇ならこれを安西先生に返しに行ってくれ。」  
流川の視界を遮った赤木が晴子に近付く。  
数十冊のバスケット雑誌がぎっしり入った紙袋二つを、ずいと前に出した。  
えーっと言う声に続き「重い〜!」と晴子の悲痛の声が響く。  
そんなやり取りの中、藤井が晴子に助け船を出した。  
「晴子、私持っていくよ。ちょっと教室にも忘れ物があったんだ。」  
「え?いいよいいよそんな…。」  
断る晴子を笑顔で流しつつ手にある紙袋を一つ取る。さすがに重い。が、持てない事はない。  
もう一つに手を差し出そうとすると、突然横から現れた大きな手が紙袋を掴んだ。  
「オレ、行きます。」  
体育館中が一瞬にして静まり返る。  
赤木に向けて話した流川を、皆が皆驚いたように見つめていた。  
近くに流川がいるというのに、親衛隊までもが呆気にとられている。  
「うわ、珍しいもん見た。どういう風の吹き回しだぁ?」  
怪訝そうに言った宮城と皆同じ気持ちだった。  
こんな時は一番に我関せずを決め込むはずのあの流川が面倒事を進んでやろうなんて。  
「行くんだろ。」  
困惑する藤井を促すと、呆気にとられる部員の視線を浴びながら、二人は校舎へと歩いていった。  
 
校舎に入る頃、流川は藤井の紙袋をひょいと奪った。  
「ぁ…ありがと…。」  
藤井は既に手持ち無沙汰だ。後を頼もうかと思ったがそれを言う勇気はない。  
ふと絆創膏の貼った流川の左手が目に入った。  
「包帯取れたんだね。治ってよかったね。」  
声が上ずるが仕方ない。廊下にはこんな日に限って誰もいなかった。  
反応がいいはずもない流川に無言が続き、無事に安西に本を返すと職員室を出る。  
「じゃ…私教室に用があるから。えっと…ありがとう。」  
なんとか笑顔らしきものを作ると後ずさりした。  
「おい。」  
気まずい空気から解放されるとホッとしたのも束の間、また身体が緊張する。  
「避けんな。どあほうめ。」  
藤井の顔が強張る。表情が曇り眉を寄せてきゅっと口をつぐんだ。  
 
あれは藤井にとってファーストキスだった。  
ついでに流川も初めてだったのだが藤井はそうは思ってない。  
自分の名すら知っているかも怪しい流川の気まぐれに、運悪く遭遇したのだとしか思えなかった。  
なかったことにしよう。忘れよう。  
そうようやく気持ちの整理がついたと言うのに、元凶の男は『避けるな』と言う。  
なんて自分勝手なんだろう。  
色々な気持ちが織り交ざって、藤井は口を閉じたまま頭を横に振った。  
流川が驚いたように藤井を見る。  
「私、今も流川くんを好きなコとどんな顔して話せばいいのか分からないの。  
 流川くんと私が話したら、そのコが傷つくの。」  
訴えるように言う藤井の言葉に流川は腹が立った。なぜそこで友人が出てくるのだ。  
「関係ねーだろ。オレはお前に言ってんだ。」  
鋭い視線。  
予想もしていなかった反論と責めるような目に藤井は戸惑った。  
どうして今まで話した事もない、目立たなくて地味な女に避けられる事を嫌がるんだろう。  
お互い挨拶すらしなかったつい一ヶ月前に戻るだけではないか。  
一体流川は自分をどう思ってるんだろう。  
浮かんだ考えを、息を飲むのと同時にかき消した。  
そう。流川の気持ちがどうであれ紡ぎだす答えに変わりはないのだ。  
「関係あるよ。」  
藤井は真正面に流川を見た。自分の決心をより強く伝えるために。  
「どうなっても、私は流川くんを選ばないってことだもの。」  
言い切ると流川に背を向けて廊下を走った。  
(どうしよう…。告白されたみたいな言い方しちゃった。)  
いくつもの廊下を過ぎ息が切れたところで、壁に手を突いて深呼吸した。  
変に思ったかな。と一瞬考え、頭を振る。  
どう思われようがいいのだ。もう話すことはないのだから。  
そうしてもう一度深く息を吸う。  
 
頭に浮かぶのは去り際の流川の顔。  
傷ついたように感じたその表情に、藤井は胸が潰されたような痛みを感じた。  
 
■  
 
12月になると同時に気温は急激に下がっていた。  
晴子が湘北バスケット部マネージャーとなって、はや数ヶ月経つ。  
ジャージの袖を引いて手をすっぽり隠すと晴子は部員を眺めた。  
半そでに短パンと見ているだけで鳥肌が立ちそうな恰好だが、皆額に汗を光らせている。  
その中に一人独特の雰囲気を放つ男を見た。  
何年も前から見つめ続けている流川の横顔や背中。  
晴子はこの男に正面から微笑まれる日を夢見ていたが、それはもう望めないことを知っている。  
 
変化に気付いたのは半年前。流川が藤井と共に安西の元へと行った時だった。  
あの日から藤井は流川から不自然に視線を外し、流川の視線の先には常に藤井がいた。  
もし、予想通りに藤井と流川が惹かれあっているのだとしたら、  
二人の距離を縮める障害は明らかに自分である。  
だがどうする事も出来なかった。  
藤井に流川への気持ちを聞こうものなら、余計彼女は自分を気にして流川を避けるだろう。  
だから待っていたのだ。藤井が晴子に打ち明けてくれるのを。  
しかし近頃そんな悠長に待ってられなくなってきている。  
(んも〜。早く言っちゃってよ藤井ちゃ〜ん!!)  
半ば焦り気味で入り口に松井と共に立つ藤井を見る晴子。  
 
同じく落ち着かない気持ちで少女を見ている男がいた。  
「お、雪。」  
誰かの声で顔を上げると体育館の入り口からちらちら降る雪が見えた。  
同時に松井と楽しげに話している藤井が目に入る。  
不審を抱かせないためか、いつも通りを装い部活見学にくる藤井は相変わらず流川を見ようとはしない。  
頬を伝ってきた汗をリストバンドで拭うと、流川はゴールに向けてボールを放った。  
 
流川は藤井を好きだった。  
選ぶ事はないと避けられ、それでも目で追っている事に気付き、ようやく自身の中にある気持ちを認めた。  
全国大会に向けてバスケ一色になった時も、ジュニア合宿に行った時も、  
半年経った今でさえ別段気持ちに変わりはない。  
だが、一貫した想いはあるものの藤井と是が非でも付き合いたいとは考えなかった。  
もとよりあまり深く物事を悩めない男である。  
基本バスケ第一である流川は、朗らかに笑む藤井の姿があるだけで心底満足していた。  
 
しかし、最近その笑顔に陰りが見えた。  
加えてもともと細い彼女の体が更に痩せたように感じる。  
時折授業中に目の辺りを手で覆い気分が悪そうにしていることもあった。  
(家で大人しくしてやがれってんだ。)  
不安が立ち上ると共にそわそわと苛立つ。  
数分後、流川の不安が的中した。  
「ぇ…えっ?ちょっと…っ。」  
松井の声に振り返ると藤井がへたへたと座り込んでいるところだった。  
「あ…平気。ただの貧血だから。」  
いち早く近付いた晴子が藤井の身体を支えゆっくりと立ち上がる。  
「大丈夫?立てる?保健室行こう。」  
付いていこうとした松井に大丈夫と告げ、小さな2つの影は校舎へと歩いていった。  
冷静でいた松井と晴子のおかげで騒ぎにはならず、ほとんどの部員が気付かずに練習を続けている。  
二人の背を見ていた流川も、ボールを一度バウンドさせると練習に戻った。  
 
やっと藤井の意識がはっきりしたのは保健室の白い天井を見上げてからだった。  
「もうっ無理するからだよ!この頃すごく具合悪そうだもん。」  
青白い藤井の顔を見ながら晴子がシーツをかけていく。  
「寝ててね。カバン持ってくるから。」  
ぽんとシーツを叩くと藤井に背を向けた。  
「は…晴子…。」  
震える声に振り返ると、藤井が少し上体を起こしている。  
ついに『告白』が来たらしく晴子はギクリと身構えた。  
しかし…。  
迷ったように視線を下げていた藤井は、顔を上げるといつもの笑顔になっていた。  
「なんでもないよ。ごめんね。ありがと。」  
やはり自分を押さえ込む方を選んだらしい。  
力を入れた分、晴子は盛大に脱力する。  
「も…もぉーー!!藤井ちゃん!」  
痺れを切らした晴子が鼻息荒くベッドの前まで戻ってきた。  
「一体いつ言ってくれるのかと思ったら…!もう!もーう!」  
「え?え?」  
突然の友人の憤慨振りに驚く藤井。  
「私は藤井ちゃんだから好きな人の話聞いて欲しかったの!  
 それで我慢して欲しいなんて思ってないんだから!!」  
「…え?」  
ようやく藤井は晴子の言葉の意味を悟った。  
晴子は全て知っている。その上で待っていてくれたんだ。  
驚いたように見開いた藤井の目に、みるみる涙が溜まっていく。  
「……ごっ、ごめん。」  
ずっと耐えていた分、藤井の目から面白いほどに大量の涙がこぼれた。  
 
 
晴子がどれほどの想いで流川を好きだったのか痛いほど知っている。  
中学の時からうれしそうに流川を語る晴子はどんな表情よりも可愛らしく、  
それほどまでに人を好きになれることを憧れたりもした。  
――――なのに。  
意志に反して気付けば流川を目で追い、一日中考え、夢にまで見るようになってしまっている。  
半年前、流川にはっきりと選ばない事を告げた。  
そうして二度と話をしなければ、目で追わなければ、全て元通りになるはずだった。  
自分の気持ちに振り回されてこれほど衰弱してしまうまで、ずっとそう信じていた。  
 
「ごめん。私、流川くんが好き。」  
 
涙を抑えながら搾り出す声にひしひしと藤井の苦悩が伝わってくる。  
 
「やぁっと言ってくれたー。」  
場にそぐわないほどの明るい声で晴子はさっぱりと言った。  
「あのね、多分流川くんも藤井ちゃんのこと好きだよ。」  
「え?」  
「分かるよ。二人とも大好きだから。」  
「……晴子。」  
罪悪感丸出しの藤井ににっこり笑って見せると、晴子はふぅと息をついた。  
「じゃあ行くね。藤井ちゃんいーい?今度私に遠慮したら次は本気で怒るからね!!」  
「ふふ、わかった。」  
ありがとうと告げると、晴子はさわやかな笑顔を残して保健室を出た。  
 
廊下に出ると晴子はそっと保健室の扉を閉める。  
涙が目に溜まりきゅっと口を結ぶと顔を上げた。  
よかった。と思った。  
ずっと、望みの無いこの想いを一息に誰かに消してほしかった。  
側に立つ人物がふと視界に入り心臓が大きな音をたてる。  
 
「流川くん…。」  
無言で晴子を見ている流川。  
先ほどすぐに出る予定だったドアは開け放したままだった。  
恐らく中で話していた内容は全て聞こえていたに違いない。  
にこりと笑い、声に動揺が出ないよう努めた。  
「藤井ちゃんのことよろしくね!」  
流川に対して初めて自然に話すことが出来た。  
明るく言いながら小走りで流川の側を通り抜ける。  
「サンキュ。」  
背から聞こえた流川の声に一瞬足が止まる。  
全ての晴子への気持ちを、流川はその言葉に込めた。  
晴子は震える足を動かし教室へと思い切り走った。  
くしゃくしゃになった顔を見せるわけにはいかない。  
しかしその涙は悲しみだけでは決してなく。  
 
好きになってよかった。素直にそう思えた。  
 
両手で顔を押さえて、声を殺したまま藤井は泣いていた。  
思い通りにならない自分の気持ちに対しての憤りや、晴子への感謝、流川への想い。  
混沌とあらゆる思考が渦巻いて、尽きることなく溢れてくる感情をコントロール出来ない。  
がらりと戸を開く音で我に返り慌てて涙を拭く。  
晴子が戻ってきたにしては早く、生徒が入ってきたのだろうと思った。  
なんとはなしに、その気配に集中する。  
戸を閉め、床と靴のすれるきゅっきゅっという音が近付いてきた。  
カーテンの開く音と共に、大きな影が目の前に現れる。  
「…ぁ。」  
小さく声をあげ信じられない思いで上体を起こした。  
半年振りにはっきりと見る流川の顔。  
ドクドクと早くなっていく自分の鼓動を藤井は人事のように遠く聞いている。  
一度は部活に戻ろうとした流川だったが、藤井の青い顔が浮かぶと居ても立ってもおれずここに来てしまった。  
出てくるとだけ告げ走っていく流川の後ろから聞こえた、新キャプテン宮城の怒声をぼんやり思い出す。  
しばらく立っていた流川はベッドの藤井に近付き、華奢な肩を引き寄せると触れるだけのキスをした。  
間近にある藤井の顔を、流川は確認するように両手で包む。  
「もう、ダメかと思った。」  
珍しく弱音を吐き、もう一度丁寧に唇を重ねた。  
回す腕にそっと力を込めると、藤井も身体を弛緩して受け入れる。  
 
遠くで陸上部の掛け声が聞こえる。  
藤井が緩やかに瞼を閉じると、目尻より流れた涙が頬を離れた。  
 
 
「…っ!?」  
するりと入ってきた舌に、藤井は驚いて目を開けた。  
背けた藤井の赤い顔を、流川が怪訝に見つめる。  
「なんだ。」  
「あ…あの、今晴子がカバン取ってきてくれてて…。」  
「…戻ってこねーだろ。多分。」  
頬に唇を付ける流川を制しながら身体を離す。  
「だ、誰が来るかわかんないし…。ほら、流川くんも戻って練習しなきゃ。」  
少し考えた流川の動きが止まる。ふぅと息をつくと立ち上がった。  
「………わかった。」  
カーテンを開けて出て行く流川。  
ホッとする藤井は静まらない心音を抑えるようにドサリとベッドに倒れこんだ。  
一連の出来事が頭をぐるぐると回る。  
シーツを頭から被り小さく包まると、ゆでだこのように赤くなりながら頭を抱えた。  
 
「ぇっ?きゃっ!」  
捲られたシーツから見えたのはさっき出て行ったはずの流川。  
「なにやってんだ。」  
「る、流川くん?部活に行ったんじゃないの?」  
「鍵かけてきた。」  
「鍵!?…あ、あれ?電気…。」  
「消した。」  
話しながらベッドに上がる流川。  
それを呆然と目で追いながらさーっと血が下がり頭がくらくらする。  
顔の横の枕に手を置かれて、やっと自分の身体にまたがっている流川に気付いた。  
慌てて起き上がろうとすると掴まれた手首と共にベッドに押しつけられる。  
「んぅ…んっ…。」  
顎を上げ強引に唇を重ねて舌をねじ込んだ。  
少しの隙間も許さないとばかりにぴたりと重なる唇。  
舌で歯列をなぞり、唇をなぞる流川はまるで味見でもしているようで、  
本当に食べられてしまいそうだと藤井は思った。  
瞼の裏にチカチカと光が舞って意識が遠くなる。  
辛うじて唇が離された時にはすでに息が上がり、ただ上気した顔でおぼろに流川を見つめた。  
「逃がさねぇ。今まで我慢したんだ。」  
言われた言葉に目を丸くして唖然とする藤井。  
が、すぐにくすくす笑い出した藤井に今度は流川が目を丸くする。  
「ご…ごめん。相変わらずだなぁって。」  
いつも突然でいつも強引で、変わらず好きでいてくれた流川がうれしかった。  
だがからかわれたと思った流川は不機嫌そうに眉を寄せうっすら頬を赤くする。  
「笑うな。」  
「面白いもん。」  
「…にゃろう。」  
悔しさもあり、シーツをはがしてやや乱暴にキスをしながら細身の身体を雑に撫でた。  
 
心地よい体温。だが、藤井は今から何をされるのだろうという不安が沸いていた。  
多少の怖れに身体を押しのけようとした手はしかし、力を抜いて覆いかぶさる男の腕に沿わされる。  
流川がどれほど大事にしてくれているかを藤井は実感していた。  
その流川が自分に酷な事をするはずがないと信じ、身を任せようと決めたのだった。  
身体の緊張をとくと、口内の感覚が鋭くなる。  
ゆったりと緩慢な動きを繰り返す舌はその動きのまま藤井の思考を溶かす。  
(…ん……あ…。)  
意識が遠くなるのを感じながら無意識に流川の背のTシャツを握り締める。  
ふっくらとした藤井の唇や柔らかな舌の味を堪能する流川の手が藤井の足に触れた。  
肌のなだらかさにつられ手を上へ滑らすと、自然スカートが捲れ上がる。  
「………っだめ!」  
流川の手が足の付け根にさしかかった頃、藤井がやや大きな声で動きを制した。  
真っ赤な顔で眉を下げる藤井に、やはりやりすぎたかと手を引く。  
が、流川に届いたのは意外な言葉だった。  
「…だって…だって……まだ服も脱いでないのに…。」  
………。  
涙でも流さんばかりの顔で言われた内容に、流川は藤井の求めている事が分からなくなった。  
「なんだソレ。」  
「ぇっ?……その…順番っていうか…そ、そういうの…。」  
………。  
順番…。  
「間違えたって言ってんの?」  
「…だって………先に…む、胸とかなんじゃ……えっと…違うの…?」  
拒まれたと思いきや注意されていた。  
考えるように出来てない流川の脳みそが簡単に白くなる。  
「…触ってほしーのか?」  
「ぇっ、え!?そ、そうじゃなくって。」  
「順番って。最初は?」  
「……まず…………キス、とかかな…。」  
たまらず流川は噴出した。  
「おもしれーコイツ。」  
「え?ち、違ってた?」  
未だ流川の笑いが、順番を間違えたせいだと思っているらしい。  
真面目な藤井は性行為にも儀式のように順番があり、  
それを守らないと行為として成り立たないとでも信じているようだ。  
ひとしきり笑うと流川は恥ずかしそうにする藤井にちゅっと音を立ててキスをした。  
目を丸くする少女がかわいくて仕方ない。  
「…ぁっ。」  
藤井の胸が流川の手に合わせてくにゃりと形を変える。  
「キスの次は胸、だろ?」  
言いながら服の下から手をいれ、ブラジャーを上へずらす。  
ぷくりと立ち上がる部分を、それぞれの人差し指でぐっとおした。  
 
震えた藤井から小さく吐息が漏れるのが聞こえる。  
「やっぱ触って欲しかったんじゃねーの?」  
からかう声に唇を噛んだ藤井は流川の腕を掴んだまま頭を振った。  
「きゃっ…?!」  
差し込んだ手を力任せに上げるとするりと藤井の制服が脱がされた。  
露出した肌に留まるブラジャーを、覆い隠す邪魔な手と共に外す。  
「だめだめ。ほ…ほんと、恥ずかしい。」  
「いーから。」  
「…んっ。」  
言いながら桃色の頂点を口に含む。途端に藤井の身体に力が入った。  
控えめに硬さを持ち始めた蕾を舌先でくすぐり甘噛みする。  
「…ふぅ……ぁっ。」  
漏れる声がたまらず、大きく口を開けて乳房に歯を立てた。  
息を飲むように黙り込む藤井の反応は流川の思い通りで気分がいい。  
空いた乳房に手を沿わす。  
指の間から顔を出す蕾を挟み、軽く擦れば藤井の身体が大げさに跳ねた。  
指先で先端をやんわりと撫で、時折摘まむ。  
華奢な身体はその都度面白いほどにビクビクと揺れていた。  
「次は?」  
「…ぇ…?」  
藤井はやや遅れて『順番』を聞いているのだと理解した。  
「え…と………次、は……。」  
霞がかかる頭で答えようとしたが、にやりと笑う流川の顔ではっと我に返った。  
「言えよ。」  
言えない。言えば触れられるのは分かりきっている。  
それを承知で口に出せば、まるでおねだりしているようだ。  
無言で促す流川の視線を曖昧な笑顔で流す。  
「………キスかな。」  
藤井の言葉に流川はみるみる呆れた顔になり大きくため息をついた。  
「…往生際が悪い。」  
「だ、だって…っ。」  
反論しようとした藤井の口を塞ぐ。  
舌が強引に絡みつき、息が出来ないほど深く差し込まれた。  
小さな頭を抱え込まれて逃げ場がない。  
藤井の舌を捉えると唇で吸い上げて、再び自分の唾液と絡ませた。  
「んっ、んぅ…。はぁっ。」  
唇が解放されたと思ったら肩に顔を埋めた男から耳を丹念に舐められている。  
直接的に聞こえる水音が藤井の拙い性欲を刺激していった。  
「ぁ…ぁあっ、やっ、まって…っ。」  
流川が耳に唇を押し当てたまま小さく囁いた。  
 
―――――教えてやる。  
 
唐突に下半身に痺れるような衝撃が走った。  
「ぁあ!……ん!!」  
無意識に出た大きめの声に慌てて口を噤む。  
スカートの中に入り込んだ指が敏感な部分を下着越しに撫でているのだと少し経って理解した。  
「る…流川く…!!や、やめて!声が…!」  
流川の胸に縋り必死に小声で訴える。  
だがその声を無視して親指でぷくりと膨れる花芽をぐりぐり押した。  
「濡れてるぜ。ココ。」  
力を抜きひだにそって動かすと、既に濡れたそこは下着ごと動く。  
空気の混じった小さな音が保健室に響いた。  
「見ろよ。端から出てくる。」  
「んっん…!」  
当然のように保健室であることで声を殺す藤井。  
ここで嬌声を上げられて困るのは流川も同じのはず。だが、無理矢理声を出させたい衝動にかられた。  
 
――――その時。  
ガタガタッとドアの方で音がして二人の動きが止まる。  
「あれ、鍵閉まってんだけど。」  
「そういやさっき先生帰ってたな。」  
「でも鍵かけるかあ?」  
そんな話し声が微かに聞こえてきた。  
未だ諦めきれずガタガタと戸を揺らしている。  
驚いて起き上がろうとした藤井を流川が阻んだ。  
「?…流川く……。あっ!」  
流川が下半身に潜らせた手の動きを再開した。  
一瞬出てしまった声を必死に抑える。  
「なんか聞こえねぇ?」  
「は?何言ってんだよ。誰かいたら鍵かけねぇだろ。」  
「そりゃあ…。」  
明らかにドア越しの生徒はこちらに耳を澄ませている。今声を出してしまえばおしまいだ。  
このギリギリの状況で流川は手の動きを止めようとしない。  
それどころか一段と動きを早く、粘液にまみれた指でやんわりと花芽を挟み上下に擦り上げる。  
「っ…っっ!!…は……っ!」  
口を開けば漏れそうな声に呼吸すらままならない。  
拒む手には力が入らず、もはや自身の声を抑えることに集中すべきだった。  
支配欲を満たす、快楽と苦痛の混じる彼女の表情を眺めながら流川は呼吸を荒げる。  
下着は大量の粘液を吸い込みそれのみでくちくちと音を発していた。  
「…っ!!?ふぅぅ…っ!!!ぅうっ…ん…!!」  
藤井を追い詰めるように節くれ立った指がずぐりと中に入ってくる。  
 
差し入れた流川の人差し指は、壁を慣らすように入り口をうごめいた。  
流川のTシャツをきつく掴み一層頭をうずめる。  
反応を楽しむ流川が、撫し付けに奥へと指を進めた。  
大きく震えた藤井はなんとか声を留め浅く呼吸をする。  
狭い膣内を擦り、淫液を掻き出すように何度も出し入れを繰り返す。  
酸欠になりそうな苦しさによって、与えられる刺激は一種異様な快感をもたらせた。  
とろとろと次から次へ透明の粘液が溢れてくる。  
「声ださねーの?」  
潜める笑い声で呟きながら流川は指を2本に増やし中で広げた。  
折り曲げた二本の指で内壁を擦ると藤井の身体が跳ね上がり涙が頬を伝う。  
意識が薄れ、限界を感じ始める藤井。  
だが、彼女にとってようやく助けの声が聞こえてきた。  
「ダメだ、やっぱ誰もいない。」  
「…だな。しょーがねーマネージャーに頼も。」  
踵を返し、段々と遠くなる足音がもどかしい。  
聞こえなくなったところで流川は攻めるのを止めた。  
ベッドに倒れこんだ藤井はここぞと空気を吸い込む。  
よもや失神してしまいそうだった身体は取り込まれた酸素を急いで全身に送り込んだ。  
極度の緊張と不安から解放された藤井は力が抜け、傍らで流川が服を脱いでいくのに気付かない。  
全裸になった流川は脱力する藤井の下着を取り去る。  
汗と涙で濡れる顔や、乱れた髪は、興奮しきっている流川を更に煽った。  
「んあっ!!あぁ…っぃ、た…っ!!」  
足を持ち上げられたと思ったら突然体内に侵入する異物に力が入る。  
「やめてっ!!ゃ…いやだ…!!」  
「うるせー。」  
抵抗する言葉も押し付ける手も無視して、無理矢理奥へと腰を進める流川。  
ぐずぐずと中に入ってくる激痛に藤井は息を飲んだ。  
必死で離そうとしても、熱く大きな身体はビクともしない。  
「んん…っも…嫌…い!」  
「また好きにさせる。」  
ぐっと一際強く押すと、腰はピタリと藤井の腿に密着した。  
身体を強張らせ苦しそうに呼吸する藤井。  
拒絶の態度とは裏腹に、男に絡みつく壁はやんわりと流川自身に吸い付いてくる。  
「ぅ、んっ…!あ!」  
体内からずるりと異物を抜かれ、耳にかかる熱い男の息に全身に鳥肌が立つ。  
内壁を擦る痛みとも違う違和感が、未知の感覚を全身に与えた。  
それが快楽であると飲み込むには先ほどまで純潔でいた藤井には無理のこと。  
「…ぅうっ…はあ!…ぁ!」  
今度は容赦なく押し込められる質量に目を瞑る。  
「声出せ。」  
「…んっ…や…いや…っ。」  
無理を言う。また誰がこの保健室に近付いて来るかもしれないというのに。  
「オレのもんだって聞かせろよ。」  
足を持ち上げて肩に担ぐとより深くえぐるように腰をたたきつけた。  
 
流川に激しく揺さぶられ、藤井は今自分がどこにいるかも分からなくなる。  
「ぁあっ…あああっ!」  
痛いほどに胸を掴まれて蕾を弄られる。  
中も外も痛くて気持ちよくて、訳の分からない感覚にパンクしてしまいそうだった。  
「は…あ、んあっ!る、かわく…っ!」  
最奥の子宮を押し上げた状態で、一つ息をして流川は眼下の藤井を見た。  
痛みに耐える顔が映り、はたと流川はたった今までの己の行為が走馬灯の如く頭を回った。  
もしかせずとも乱暴にやりすぎた気がする。  
流川もこれが初体験。あまり…いや欠片ほども余裕なんかなかった。  
想いをぶつける様に抱いてしまい、まるで藤井の身体を気遣わなかった事実に突然ひやりとする。  
荒い呼吸のまま身体を起こしてみるとシーツに小さな赤色が滲んでいた。  
「……。」  
初体験で、保健室。  
これはマズイかもしれない。  
「…流川くん。」  
小さな声にギクリとした。  
視線をやると自失したような藤井が潤んだ目でこちらを見るともなく見ている。  
 
「気持ち…い?」  
僅かに首をかしげて伺うように問われた質問の意味が一瞬分からなかった。  
理解すれば、罪悪感と共にじわりと熱が湧き上がってくる。  
彼女の拒否など無下にした自分をこの状況で気遣ってくれる。受け入れてくれる。  
 
藤井という女にひれ伏してしまいたくなった。  
 
「…ん。」  
流川にしては珍しく素直な返事をした。  
ふわりと笑む藤井の顔に見惚れてしまう。  
「…よかった。」  
 
やばい。  
「…っ!」  
素早く藤井の中から抜いたと同時。  
「きゃっ…。」  
勢いよく放たれた白い液体が少女の薄桃の肌に散らばった。  
 
 
藤井を愛しいと全身で感じたからこそ迎えた限界。  
初体験でもある流川にしてみれば、こんなものだろという終わりではある。  
 
だが当の本人はあまり長く持たなかった藤井との行為に無表情ながら多大なショックを受けていた。  
藤井の身体に散らばっていた自身の欲の証をふき取ると、無言で服を着込んでいく。  
そんな手負いの流川に襲い掛かる藤井の暴言。  
「びっくりしちゃった。だけど…案外そんなに長くないものなんだね。…こういうのって。」  
悪びれる事無く、えへへと笑いながら満足気に頬を赤らめて呟いた。  
単に、藤井は幸せに浸っているだけ。  
だが流川は無邪気な容赦ない言葉にグサリと傷付いていく。  
 
ふと様子の違う流川に気が付いた。  
何も言葉を返してくれない背中。そういえば、終わってからは流川の背しか見ていない。  
先ほどまで息苦しいまでに絡んでいた流川の腕がなくなって、妙に肌寒く感じた。  
「…もしかして……私、ダメだった?だから早く終わっちゃった…とか…?」  
ダメじゃない。むしろダメじゃなさ過ぎたのだ。  
というか『早い』って単語そろそろ勘弁して欲しい。  
もちろんそんな事は口が避けても言えない流川は、睨み顔で照れを隠して藤井に向き直る。  
「そんなんじゃねー。どあほう。」  
やっとこっちを見てくれた。流川の不機嫌顔などものともせず藤井はそう思った。  
やはり浮かれる気持ちを抑えられず彼女独特の柔らかな笑みを浮かべる。  
「よかった。」  
 
流川は胸が締め付けられた。  
彼女を抱けたことよりも、想いが通じたことよりも、こうして見つめ返される事をうれしく思う。  
 
「え?る、流川くん?」  
シーツに包まって座る少女の傍まで来ると、ベッド脇に跪く流川。  
藤井は居心地悪く身を縮めた。  
流川が自分よりも視線が低い場所にいるだけで、なんだか目のやり場に困ってしまう。  
気にするでもない流川は藤井の両手を取ってやんわりと握った。  
「流川くん…?」  
「明日からは、ちゃんとこっち見てろよ。」  
避けられていた時期には二度と戻りたくない。  
言葉少なな流川の言わんとすることを藤井は察して、  
今までの流川に対する自身の態度を心底申し訳なく思った。  
 
「うん。…流川くんしか見ない。」  
柔らかな小さな手の平が流川の黒髪を撫でる。  
みっともないと思うものの止める気はなかった。  
どこまでも優しい指の動きは、流川を無類の温かさで満たす。  
 
藤井にはかなわないことを思い知らされた。  
 
 
 

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