「あの二人が一緒に居ると、恋人同士っつーよりか・・・その・・なんつーか・・・。(言っていいのかな?こんなこと)」
「援交みたいに見える、って言いたいのかな?」
「じ、神さん!!」
神と清田は自分たちの少し前を、寄り添って歩いている牧と晴子を見ながら小声で話していた。
「牧さんは自分がフケ・・・いや、大人っぽく見られるせいか、可愛らしくて幼い感じのする女の子がタイプなんだよ。」
「なるほど。確かに晴子さんはカワイイからな〜」
「牧さん、これ以上邪魔すると悪いですからオレ達はこれで失礼します。」
「おう。」
神は牧にそう言うと、清田を引っ張って連れて行こうとした。
「ええ〜、オレもう少しハルコちゃんを見てたい・・・」
「信長、これから恋人同士の時間なんだよ。牧さんだってオトコだし・・・。」
そう言うと神は意味深な表情でニヤッと笑った。
「・・・?あっそうか!これからエッチするんすね、牧さん!」
ゴンッ!!
信長の頭にゲンコツが落ちた。
(全く清田のヤツ、あんなに大声で・・・)
牧は隣にいる晴子をチラと横目で見た。
顔を真っ赤にして俯いている。
(そりゃオレだって晴子さんとセックスしたいさ)
晴子の全てを自分だけのものにしたい、もっと愛し合いたい、牧はそう強く思っている。
だが・・・
牧には ひとつだけ気になることがある。それは・・・
流川とのことだった。
試合会場で偶然見かけた晴子に牧はひと目ぼれをした。
清楚で可愛らしくて・・・まさに自分の理想のタイプそのものだった。
思い切って話しかけようとしたその時・・・
「ハルコさ〜ん!」
そう言って晴子に駆け寄ってきたのは桜木だった。
「ハルコさん、さあ帰りましょう。」
試合中とは別人のように鼻の下を伸ばした桜木が可笑しくて思わずプッと牧は笑ってしまった。
「ん?あー!!じい!」
「やっと気付いたか。」
「何してんだ、じい。帰んなくていいのか?」
「いや、ちょっとな。」
そう言って晴子をチラと見た。
恋する男の勘とでもいうのだろうか。桜木は牧の晴子に対する視線からイヤなものを感じ取った。
「ま、まさか・・・・・じい・・ハルコさんを」
「そのまさかだ。ホレた。」
あまりに はっきり言われて晴子は顔が赤くなった。
「ハ、ハルコさんはダ、ダメだ!」
桜木は晴子を隠すように立ちふさがった。
「なんだ、桜木。お前もハルコさんに惚れてるのか。」
「うっ」
桜木はズバリ言い当てられてドギマギした。
「晴子さんは愛らしいからな。今日からお前とオレは恋のライバルというやつだ。」
「ぐむむむ〜」
流川だけでも厄介なのに、さらにライバルが増えるとは・・・
「じいっ!ハルコさんはな、流川に片思いしてんだよ!だから、じいはフラれるんだぜっ!」
「ほう、てことは桜木、お前もフレれるというワケか。」
「え・・・?あっー!!」
ズッコーン!!
自ら敗北宣言をしてしまった桜木は、眼も当てられないほど落ち込んでしまった。
流川に片思いしてることをバラされてしまった晴子は顔を赤くして俯いてしまっていた。
そんな仕草が愛くるしくて、牧は益々晴子を好きになってしまった。
落ち込んでいる桜木を無視して牧は晴子に話しかけた。
「晴子さんが流川を好きでも、オレはキミを諦めない。」
「!」
その日から牧の猛アタックが始まった。
晴子が赤木の妹だと知った牧は、毎日のように家に訪ねてきた。
最初の頃は牧を追い返していた赤木だったが、めげずに訪ねてくる牧の情熱に負け、家に上げるようになった。
リビングで牧を晴子に会わせてやる。
初めは戸惑っていた晴子だったが、何度か牧と会話をするうちに少しずつ打ち解けてきた。
晴子は、牧のことをコワイ人だと思っていた。黒くてゴツくて・・・
でも実際に話してみると、試合中の彼から受けるイメージとは全く違っていた。
少し天然で、でも歳にそぐわないほど落ち着いていて・・・。
晴子は、その落ち着いた雰囲気を心地よく感じるようになっていった。
その日・・・
何時もの様に赤木家を訪ね、晴子と話をしていた牧は、晴子の様子が何時もと違う事に気付いた。
酷く寂しそうで、声のトーンも沈んでいた。
「晴子さん・・・何かあったのか?」
「・・・・・」
「オレに出来る事なら、どんな事でも力になる。いや、晴子さんの為なら、どんな無理だってする。」
「・・・」
「晴子さん!!」
「・・・牧さん、私と・・・付き合ってくれますか?」
「え・・・?」
突然の問いかけに牧は我が耳を疑った。
晴子にひと目ぼれをしてからというもの、交際するということは牧が最も望んでいた事だった。
しかし・・・
「いいのか?」
「何がですか?」
「・・・流川のことだ。」
晴子の肩がピクリと小さく動く。
「いいんです・・・もう・・・。」
「いいって・・・?」
「わたし、牧さんの隣にいたいんです。」
そして今に至り、牧と晴子は寄り添って歩いている。
牧は幸せだった。しかし心のどこかで何かが引っかかっていた。喉の奥に小さな骨が刺さったような何ともいえない感じ・・・。
流川にずっと片思いしていた晴子が何故あの日、自分から「付き合って」と言ったのだろう?
オレを好きになってくれたからか?そうに違いない。だが・・・
あの時の晴子の寂しそうな雰囲気は・・・?何故?
気になってしまう。好きだから・・・気になってしまう。
何度も聞こうと思った。流川のことはもう完全に吹っ切れたのかと。
いや、吹っ切れたからこそ「付き合って欲しい。」と言ったのだろう。だが・・・
牧はふと歩みを止めた。
「牧さん?」
晴子は隣に居る牧を見上げた。
ややあって牧は意を決したように口を開いた。
「晴子さん・・・あの日何があった?」
「え・・・?」
「キミがオレに『付き合って欲しい』と言った日のことだ。」
重苦しい空気が漂う。
時間にすれば、ほんの少しだったかも知れない。
しかし牧にとっては晴子が口を開くまでの間がとてつもなく長く感じられた。
「・・・今はバスケのことしか考えられないって・・・。」
「え?」
「流川くんに そう言われたの。」
「!」
「思い切って告白したの、流川くんに。そうしたら・・・『今はバスケのことしか考えられない』って。
分ってたのに・・・でも・・でも・・・。」
晴子の瞳から止め処も無く涙が溢れてきていた。
「ごめんなさい。自分勝手で・・・ごめんなさい。ダメだと分っていても、せめて流川くんに気持だけでも伝えたかったの。」
「・・・流川に想いが届かなかったから、だから、どうでもよくなってオレに『付き合って』と言ったのか?」
牧は晴子を強い口調で問い詰めた。
「オレが晴子さんに夢中になってるから哀れんでくれたのか?」
「忘れられるかもって・・・。牧さんと付き合えば、牧さんの落ち着いた雰囲気に包まれれば流川くんのこと忘れられるんじゃないかって・・・。
自分でも分ってる、勝手な事してるって。ごめんな・・・」
晴子の言葉を遮るように牧が唇を重ねてきた。熱く深く・・・。
濃厚なキスを交わした後で牧はようやく晴子の唇を解放した。
「牧さん・・・?」
牧は晴子をそっと優しく胸に抱きかかえた。
「それでもいい。」
「え?」
「ショックじゃなかったと言えば嘘になる。だが晴子さんは今こうしてオレの腕の中にいる。
オレが流川のことを忘れさせてやる。そしてもっとオレの事を好きにさせてみせる。」
「牧さん・・・。」
「やすやすと晴子を他の男になど渡せるはずないからな。」
そう言うと牧は晴子を包み込むように抱きしめた。
途端に晴子は子どもの様に泣きじゃくった。
牧は晴子の髪を優しく撫でながら、
(惚れた弱味ってやつかな)
そう心の中で呟いた。