「何云ってんのよ! ガウリイがあたしのこと好きなコトぐらい知ってんだから!
好きな娘に、ソーセージぐらい寄こしなさい!」
「何だと〜?! そーいうリナこそオレのこと好きじゃないか! 惚れた男からメシを取るな!」
ほら、言った。
肯定した。
ゼフィーリアに向かうある日の食堂。
ガウリイは、こういう日常的なことにはいたって熱心だ。心の底から「今」を楽しもうとする。平穏が、私たちの生活でどれほど貴重な時か、彼は知っている。
だから、熱中する。
だから、引っかかると思っていた。
『……お前の実家――なんてのはどうだ?』
それ以上何も言わない、この姑息な男の逃げ道を。
失くして、追い詰めて。
どうしてやろう?
トン・トン
「リナ〜、ちょっといいか?」
ノックと同時の声。
ゼフィール・シティに程近い村で早めに宿に入った私たちは、いつもどおり、別々の部屋に入った。
別に何の用事もない。私は窓辺でぼんやりと夕焼けを眺めていた。
「リナ?」
静かに回すドアノブの音。そっと開けられるドア。
そのドアから中を窺うようにガウリイが顔を出す。私の機嫌をさぐる呼び声。
背中を向けたままでも、手に取るように解る。
なんとなく、おかしくって。
ゆっくり振り向いた時、笑顔になってしまっていた。
そんな私を見て、眼を見開いて固まっている男が居た。
「・・・・ガウリイ?」
いぶかしがったように声をかけて見る。
解ってんだけどね。
一瞬見とれていただろー、この私に。
自分の美貌は、どっかにうっちゃって。
ああ、この人、私の事好きなんだなーって
感じられる瞬間が、何時の頃からかこうやって時々見えていた。
惚れられたもんだなー。なんでだろ?よく解んないや。
ちょっと、カユイようなカンジ。
「どうしたの? 顔赤いよ?」
ああ、そういえば、出会ってからノックなしで部屋に入ってきたこともなかったな〜。
じゃあ、最初から子供扱いなんてされてなかった訳かな?これも何となく、笑える。
「・・いや・・」
やっぱり、言い澱む。
さあ、どうしよう。どうやったら、追い詰められる?
どうやったら、ハッキリ言ってくれる?
「いや、あの・・・」
言うかな?
「ゼフィール・シティって、あと何日位で着くのかと思って・・」
言わないか、やっぱり。
「ん〜、不眠不休で全力疾走して、丸1日ぐらい。」
「ふーん・・」
「まっ、ゆっくりしてると1〜2年掛かるかもね。」
「何だよ、それは」
だって、何にも言わないから。
行かないわよ。私の聞きたい言葉を聞くまで。
じゃないと、終わってしまうもの。この旅が。
分かってる? ガウリイ・・・
何気ない顔で、当たり前のように部屋に入ってくる、何時もの仕草。
窓辺に立つ私と少し距離をとって、ベッドの隅に腰掛ける、いつもと違う仕草。
まどろっこしいな〜。押し倒しちゃろか。
やったことないけど。
「お前さあ、何か実家行くの、先延ばしにしてないか?」
「ん〜・・・・」
「帰るの、イヤ・・なのか?」
「べっつに〜」
ねーちゃんという恐怖はあるけど、会いたくない訳がない。
とーちゃんやかーちゃんにも、会いたい。
会いたいんだけどね。
「――――――-----」
ああ、何か沈黙が重ひ。
あれ、これって何か・・・違わない〜?
「オレを・・・連れて行くの・・が、イヤ、とか・・?」
やっぱりー!!狙いと違ってる方へ、流れてるー!!
「ち、違うって!」
「何ならオレ、この辺りで待っているから・・」
「そうじゃなくって!」
「ああ、そりゃ、リナが待っていても良いっていうんならであって・・」
何言ってんのよー!!
泡食ってる私を尻目に、つーか、目合わさないようにしてんじゃないわよ!
こっち向けー!!
「ガウリイ!」
「オレさ、・・・いや、今言うのは卑怯だよな・・」
何、一人でできあがってんだ〜!
待てって、このクラゲ!ムカつく!
どこまで、ガウリイなのよ、まったく!
いい加減に言っちゃいなさいよ、白状しなさいよ!
何が卑怯なの? 言わないのは卑怯じゃないっていうの?
「ガウリイ!」
思わず近づいて、肩をゆする。別れ話なんかする気ないからね!
こっち見なさいよ。
『それがどーいう意味かわかって言ってんのっ!?』
って私は念を押したわよ。
『ああ・・そのつもりだ』
ってアンタ言ったわよね!?
どうすれば、いいんだろう・・。
どうして、事私に関してガウリイは、こんなに気弱なんだろう。
力一杯、ガウリイを抱きしめた。
私に拒まれるの、恐れるガウリイを、
私から離れるのを、恐れるガウリイを、
私を失くすのを、恐れるガウリイを、
力一杯、ガウリイを抱きしめた。
「リナ・・・?」
彼の頭を胸に抱いて、その体の大きさに驚く。
広い肩幅。胸板も首も大きくて逞しくて、自分の腕がおもちゃみたいに感じられる。
座っているのに、彼の頭を抱くために、彼は前かがみになっている。
ホント、でっかい図体して。
「一生幸せにするから、結婚して」
するっと、私の口から出た言葉。
////・・・・
ナに言ってんだ、あたし?
「――ホントだな、リナ?」
言われて、硬直したままガウリイを見た。
なんだ、その笑みは? 何ニヤニヤしてんだ、この男は?
いつの間にか、私に腕も足も廻してがっちりホールドしていやがるコイツに、
「――ホントに、ホントだな、リナ?」
引っかかった? 引っかかったのか、私?
いまだ硬直の取れない私の胸にボスンともう顔をうずめて、
ってムネはムネでも、そこムネっ・・
「ありがとな・・リナ」
「リナを、オレにくれて、ありがとう・・」
泣いてるの?
恥ずかしさも、硬直もすっと肩に入ってた力ごとあっさりと抜けていったのが、自分でも不思議だった。
ガウリイの頭の重みで、自分の胸を感じる。
自分が女だったことを、感じた。
女でよかったって、思えた。
「愛してるよ、リナ」
「結婚しような、リナ。一生一緒にいよう、リナ・・リナ」
ああ、やっと言ったね。
ガウリイが、泣いていたのか、何か企んでいたのか
やっぱり解らないけど
とりあえず、ずっと聞きたかった言葉は聞けた。
明日は、手を繋いで歩いてみようか、
できたてほやほやのカップルらしく、
ずっと一緒に
幸せに
奇跡のように感じてしまうけど、
それはとてもありふれた――――
世間には、夫婦も恋人たちも溢れている。
珍しいことなんかじゃなく、大きいことでもない。
でも
明日は、早めに出発しよっか