リナは心がすうっと冷えていくのを感じた。
リナが戻ろうとしていた席には、肩を剥き出しにしたドレスを纏った女性が居座っている。
確か、リナ達がこの酒場に入った時からこちらを見ている視線を感じていた。その女の一人だ。
黒い髪をかき上げながら、隣のガウリイに話し掛けている。
自分には無い色気を振りまく女性を眺めながら、リナはただ立っていた。
よくある光景だった。
連れのガウリイはとてももてる。整った顔、すらりと引き締まった体。彼の魅力はそんなところだけではないとリナは知っているが、それだけでも女性達には十分だった。
これまでにもリナが席を外した隙に、それどころかリナが隣にいるときでさえ、女達は寄って来た。
最近、二人の関係は旅の相棒から恋人に変わった。
そのことがいつものこの光景に、リナにいつもの行動を取らせなかった。
何気ない顔でそのまま席に戻ったり、拗ねて他の席で飲んだり。いつも、そんなリナをガウリイはにこやかに迎えてくれたり、追いかけてくれたりしていた。
は――
知らず、リナの口から溜息が漏れる。
少しくすぐったいこの関係になってからは、リナは自分達は変わったと思っていた。
歩く時の距離も近くなったし、時々手を繋いだりもする。リナはほんの少し素直になったし、ガウリイは本当にリナの事を恥ずかしくなるくらいの愛しげに見つめるのを隠さなくなった。
それなのに、これだ。
あの女性は、今ガウリイの腕に手を添えた女性は、二人でいるところを見ていたはずなのに。
やんわりと、でもしっかりガウリイがその手を外す。
あの女性にはリナの恋人の関係など、子供のお遊びのように見えたのか。それとも、リナから奪うことなど容易いと思ったのか。
どちらにしろ、自分が子供なのだとそう言われているようで。
以前なら不快に思っても、ここまで傷ついてはいなかったのに・・・・・・。
胸も小さいし・・・・
なおも引き下がる女性から目をそらし、自分の胸を見下ろす。
「リナ」
気がつくと、ガウリイが目の前に立っていた。その顔はどこか不機嫌そうで・・・
「いつまでたっても戻ってこないし」
何やってるんだ、と少し拗ねたような口調。
あの女性は既に酒場からは消えていて、ぼんやりしているあたしを心配してか、ガウリイはもう部屋に戻ろうと促した。
階段を踏みしめるたびにきしんだ音が薄暗い中響く。
廊下を歩いて、辿り着いたのは仮の寝床。
「それじゃ、お休みリナ」
他の客を配慮してか少し音量を落としてガウリイが優しく囁いた。
そしてガウリイはリナの隣の部屋の戸を開ける。
「・・・ガウリイ」
部屋の中に入ろうとしたガウリイをリナは呼び止めた。
その声はいつもの元気な声ではなく、どこか頼りなげな、不安そうに揺れる声だった。
そんなリナに、ガウリイは少し戸惑いながら戻る。
「どうした?」
俯いたリナの顔を覗き込むように体を折ると、ガウリイはそっと手を栗色の髪に伸ばした。くしゃくしゃとかき回すのでなく、優しく梳くように撫でる。
しばらく黙り込んでいたリナは顔を上げる。
すぐ近くにある、自分を心配しているガウリイの顔。
戸惑いながら、リナはそっとガウリイの肩に手を添えると、顔をゆっくりと近づけた――。
その瞬間は、長かったような短かったような。
ファーストキスはレモンの味と聞いたことがあるが全然違っていた。
さっきまでガウリイの飲んでいた、リナが飲めないような強いアルコールと暖かな柔らかい感触。
リナは顔を離してから、少し驚いた顔をしているガウリイを見て、今さらに恥ずかしさが込み上げてきた。
みるみる真っ赤に染まるリナ。
そんなリナに、ガウリイは丸くしていた目を細めると、リナを抱き寄せてそっと口付けた。
二度目のキスを終えた後、しばらくリナはガウリイに抱かれるままに胸に顔を寄せていた。
「えっ・・・と、その・・・」
油の切れた機械のように、ぎこちなくリナが動く。
もそもそと離れようとするリナに苦笑して、ガウリイはそっと腕をほどいた。
解放されたことに、リナは一瞬無自覚に寂しそうな顔をした。
チラリとガウリイを見あげたリナは、穏やかに微笑む青い瞳と目があうと慌てて視線を下に落とした。
「・・・・あの、おやすみっ」
ガウリイの顔は見えないはずなのに、痛いほどにガウリイに見つめられているのを感じる。
リナは耐え切れずに逃げるように部屋に駆け込んだ。