あたしはいつも、負けてばかりだ。  
 
 波乱万丈の一日が終わり、安宿に転がり込めば、今日もまた連戦連敗の戦いが始まる。  
 部屋に入れば、それが始まりの合図だ。風呂上りの温かな湿り気を纏ったまま、扉の前で少しの間息を整える。  
 今夜こそは、負けない。小さく頷いてあたしは扉を開け放った。  
「おー、おかえり」  
 如何にも暢気な声に迎えられる。あたしなんかよりずっと先に風呂から上がっていたのだろう、長い髪ももう半分乾いた状態で、ガウリイがベッドに座っていた。さっきまで髪を拭いていたらしいタオルを首にかけている他は、ほとんど下着同然の姿で。  
 お前はオヤジか、とか、乙女に対して気遣いはないのか、とか、色々言ってやりたいところではあるが、浮かびかけた言葉はそのまま呑み込んだ。何を言っても無駄だ。  
 だってきっとあたしの声には本心が滲んでしまっていて、変なところで鋭いガウリイには気付かれてしまうから。  
 あたしがもう、彼を見ただけで堪らない気持ちになってしまっているってことに。  
 
 もう何回こうやって過ごしたか分からないほどになったけれど、彼の方からあたしに触れてくることは滅多にない。彼の方から求めてくることは全然ない。記憶の限り一度もない。  
 いつだってあたしばかりが欲しがって、そしてそれを抑え切れなくなって、彼の体温に触れに行く。彼がそれに応えてくれる。その繰り返しだ。  
 側にいるだけで我慢出来なくなってしまう自分が情けなくて、悔しい。あたしはいつも、負けてばかりだ。  
 結局今日も、また。  
 
 黙って隣に座り、剥き出しの腕に抱きついた。彼の顔が見えないように、俯いたままで。  
「どした?」  
 あたしは黙ってふるふると首を振る。なんでもない、と言うことさえ既に出来なくなってる。  
 ガウリイはあたしの頭に手をやって、宥めるようにぽん、ぽん、と叩いた。  
「言いたいことがあったら、ちゃんと言わなきゃダメだぞ。俺の頭じゃ、お前さんの考えてることなんて分かんないんだからな」  
 相変わらず保護者面して、偉そうなんだか情けないんだか分からない台詞を吐く。本当はちゃんと分かってしまうくせに。あたしのしたいこと、してほしいこと、全部、分かってしまってるくせに。  
 もういい、今夜もあたしの負けだ。さっさと認めてあげる。だから、応えてよ、ちゃんと。  
 手を伸ばして頬を捉える。伸び上がって唇を奪う。風呂上りのあたしのよりももっと温かい、唇。舌で隙間を探って、無理矢理に中に入り込む。ぬるりと温かい、彼の内側。堪らなくなって首に縋り付き、台詞にならない声で誘う。  
   
 ねえ、しよう。  
 
 彼の手が背中をぽん、と叩いた。何故だか分かる、これが今夜の「了解」の合図だ。  
 包まれるようにして抱き締められたかと思うと、あたしの身体はベッドに横たえられている。半開きの唇で繋がったまま、あたしはガウリイを、ガウリイはあたしを味わい尽くそうとする。  
 口で、舌で、歯で。指で、爪で、手のひらで。少しずつ動きを大きくしていく手で互いの衣服を剥ぎ取って、直接体温を馴染ませ合う。  
 ガウリイの肌は強く滑らかで、手のひらを滑らせるだけで幸せな気持ちになる。心地よく高い体温。男らしいのに優しい匂い。腕や脛に散った体毛の固ささえ、あたし好みに誂えられたもののように思える。  
 ひとつひとつを確かめながら、声にも顔にも出さずに尋ねる。  
 ねえ、あたしの体は、どんな風?  
「リナ、気持ちい」  
 何か通じたのか、嬉しそうに彼が言う。分かってるよ、もう指で確かめてるから。  
 そう答える代わりに、あたしは彼の腰に顔を寄せた。  
 
 節操がないほど元気よく起き上がったそれは、如何にも彼らしい容貌をしている。無骨で逞しくて、のびのびと大らかで、不思議と朗らかな。  
 思わず口元が綻んで、あたしはそのままその綻びに彼を迎え入れた。  
「ぅあ……」  
 ぱくりとくわえると、ちょっとだけ声を漏らす。この瞬間が嬉しい。  
 両手で包んで丁寧に可愛がってあげながら、舌で先っちょを突付いて苛める。つるりと張り詰めた粘膜の感触。微かに塩の味。汗の匂いと、何かそれ以外の匂い。少し石鹸の匂いもする。  
 太腿の奥に鼻を擦り付ける様にして、あたしは彼を味わった。大きな手のひらが頭を撫でてくれるのが、すごく、すごく、気持ちいい。  
 頭の奥がくらくらする。これだけのことでもう、脚の間が融け落ちてくる――  
「んぅ!」  
 ――いきなりその雫を拭われて、あたしはくぐもった声を上げた。  
 
「そんなに腰振って、すごいな、リナ」  
 頬がますます熱くなる。あたしの腰は気付かないうちに高く高く持ち上げられていて、如何にももの欲しそうにくねっていたのに違いない。  
 無防備に空気に晒されていたそこを、改めて彼の指がいじり回していく。拭い、擦り、開く。入り口だけくちゅりと捏ね回して、また外側を撫でる。時折爪が小さな突起に引っかかる――偶然を装うみたいに、軽く。  
 焦らされてるのは分かってるのに、どうしてもっと触ってくれないのと喚き出しそうになる。その度にあたしは彼のものを含む唇に力を込め、強く吸い、舐めて、噛んで、もどかしさをやり過ごす。  
 あたしの体を通り抜けてきた疼きが、口から彼の体へ移ってしまうように願って。  
 突然、指が離れた。あたしは思わず動きを止める。上目遣いで彼を見て、もっともっとと訴える。  
 ガウリイは笑った。熱に浮かされた目に、なりかけてる。  
「俺にも、可愛がらせて?」  
 言うが早いかあたしを抱えて押し倒した。あ、ガウリイの体、汗ばんでる。  
 そんなことを考え、唇が首筋に噛み付いたのを感じた瞬間、蕩けたあたしを突き抜けて、待ち焦がれた感覚が頭のてっぺんまで押し寄せた。  
「ふわぁっ!」  
 
 押し出されたように声が出る。欲しがり続けていたあたしの中はもうぐずぐずで、彼が動くのに何の抵抗もなかった。滑らかに伸びた粘膜は、ただ気持ちよさだけを受け取っては震える。  
 ガウリイが腰を揺らす度に、恥ずかしい声と恥ずかしい音が溢れては空気に溶けた。  
「すごいな、どろどろ、だ」  
 耳元で彼が囁く。ひどく嬉しそうな声音で。  
「いっぱい、動いて、やるから、な」  
 荒い息に邪魔されて途切れ途切れになる台詞。細切れになった言葉が頭の隙間に滑り込んで、あたしの羞恥を煽り立てる。  
 ガウリイが上体を起こし、あたしの腰を持ち上げた。動く度にぶつかる肌が、生々しい音を立てる。  
「ほら、溢れて、きた……、」  
 擦れる粘膜の間から押し出された汁が、あたしの外側を滑り落ちていく。お尻の丸みを伝ってシーツを汚すのが分かる。  
 これを今、見られてる――そう思うだけでますます濡れる。繰り返す悪循環に快感が膨らみ、あたしはどんどん追い詰められていく。  
「……いやらしいな、リナは……」  
 昂り過ぎて視界が滲み始めた。彼の言葉があたしに火を点け、煽る。けれどその音はとても優しくて、「言葉責め」なんかじゃないって分かってる。  
 
 ――ああ、そうだ。分かってるんだ、あたし。  
 勝てっこない。こんなに激しく動きながら、こんなに深く入り込みながら、熱に浮かされた目をしながら、欲望に憑かれた顔をしながら――それなのにガウリイの手は、宝物を扱うみたいなのだ。  
 この人はおおきい。あたしのちいさな体も意地も、造作なく包みこまれてしまう。勝つも負けるもない。そんなこと、この人の頭の中にはない。  
 ただ、あたしをあいしてくれてる。  
 繋がっているこの瞬間、どんな言葉も追い付かない次元でそう感じられる。それが嬉しくて、うれしくて、だからあたしはいつも、いつも、ほしくて、ほしくて、ほしくて――  
「あぁ!」  
 頂点を越えて、快感の真っ只中へ放り出された。制御不可能になったあたしの中がびくびく震え、彼が溜息のように呻いたのは分かった。  
 意識していられたのはそこまでだ。あたしはいつものように、白い感覚の中に吸い込まれていった。  
 
「……いーわよ、もう」  
「ん? なんだ?」  
 振り向こうとしたガウリイを後ろから抱き締めて制する。  
「んーん、何でもないの」  
「でもリナ、今なにか」  
「何でもないんだったら」  
 背中に頬を押し付けてぎゅっとすると、怪訝な顔をしながらも大人しく引き下がってくれた。大きな背中。そうだ、あたしの大好きなひと。  
 うん、もーいいわ。勝つも負けるも、ないものね。  
 あたしは微笑んで目を閉じた。いい夢が見られそうな、気がした。  
 
 
 

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