いちおうノックをしてみる。
「入るわよ、ガウリイ」
「おぉ、どーしたんだリナ」
こんな夜中でも扉を開ければ、既にベッドに腰掛けてあたしが入るのを待っているガウリイ。
「………………」
こうして入ってきたのはいいんだけど、いざとなると言葉が出てこない。
「お前さん、昼間っからずっとおかしかったよな」
のぞきこむようにこちらを見てくる。
何か話があるんだろ? と言わんばかりに。
あたしから何か言ってくるのを待ってたのだろう。
「ひょっとして……『あの日』か?」
す・ぱ・こーーーーーーーんっっ☆
そーだろ、そーだろ! と歯を出してにやつくクラゲ頭を素早くスリッパでどつくあたし。
「こんの単細胞! なんでもかんでもあの日にすりゃいーってもんじゃないでしょうが!」
「お前さんがはっきりしないから悪いんだろ。
……で、用件は何だ?」
「……………………」
いざとなると、言葉が何も浮かばないものね。
部屋に入っちゃえばなんとかなると思ったのが間違いだったのかもしれない。
こいつに何て説明したらいいんだろう。
「ゼルとアメリアが……その…」
「……」
「隣の部屋でトランプしててギャアギャア騒いでうっさいから、
今日はここで寝させてもらおーかな、な〜んて!」
てへっ☆
おもいっきしワザとらしくなっちまったでやんの!
「おー、それじゃオレも混ぜてもら…」
「やめんかい!!!!」
ぽむっと手を叩いて立ち上がろうとするガウリイの髪の毛をおもいっきし引っ張って阻止する。
「なんだよ、トランプなんだろ……?」
「うっさいわね! とにかくあんたも大人しくここにいんの!」
一瞬、間があって。
「は〜い、りなちゃん。
どうしてアメリアとゼルはトランプしてるだけなのに、
そんなに顔が赤いんですかー? 教えてりなちゃん!」
こ、ひ、つ、わーーーーーーーーーーーーーーーっ
教えて、りなちゃん。ボクよくわかんない!
とにやにやしながら聞いてくる。
「分かっててやってたのかこのボケがーーーーーーー!!」
□ □ □
「……とにかく今日はここで寝たいんだろ」
あたしにベッドを差し出し、自分は背を向けて床に寝っころがる。
……こういうところは昔から全然変わらない。
「別にいーのよ、あんたはベッドに寝てて」
金髪の後姿は返事をしない。
なんでだろ。
いつもだったらこうやって紳士的に振舞われるのがちょっと嬉しいはずなのに。
あんま年の変わらないアメリアの……あんな声を聞いた後じゃあなんか……
昨日も今日も2夜連続で、ゼルの声とかも聞いちゃったし。
声にならない声、みたいなやつ……。
「ガウリイ……?」
「起きてる?」
「……ぐぅ」
「寝てるの?」
「……ぐぅ」
どぎゃっ!
「起きてんならきちんとした返事せんかい!」
なんだよ……と涙目でたんこぶをさするこのボケにむしょうに腹が立つ。
「子守唄でも歌わなきゃ眠れないってのか?」
「アンタねーっ いつまであたしのこと子ども扱いしてんのよ!」
思わず胸倉を掴んで揺さぶっていた。
青い目が真ん丸くなってこっちを見詰める。
「リナ」
胸倉を掴んだ手が、そっと握られる。
反射的にビクゥっ!と身体が固まった。
「……リナ」
その視線が上下左右とあたしの身体を見た。
それからややあって。
「子供扱いっつっても、この幼児体形じゃあなぁ……」
ぴ、ぴ、ぴ、ぴ、ぴくぅっっっっ
わざとらしい溜息まじりの顔をぶん殴っても、身体の震えは止まらなくって。
「ちょい待て、リナ!!」
あたしは部屋を出て行った。
「リナーーー!」
ガウリイの声を背に、走って、走って、走った。
怒っているのか、傷ついているのか、それとも悲しいのか、自分で自分の気持ちが分からなかった。
分からないのに、走りながら視界が熱く潤んで歪んだ。
きっとこのまま逃げ続ければ、ガウリイはどこまででも追いかけてきてくれるだろう。
それをすごく期待している気持ちと、保護者としての心配からそうしてくれるのだろうという
落胆のような気持ちが入り混じって足を止めるに止められなかった。
もう意地になって走っていた。
後ろからぐんぐん距離を狭められてくる空気にゾクゾクする。
でも捕まりたくない。
捕まえられたいのに、捕まえられたくなかった。
何かはっきりした答えを突きつけられてしまうような気がして。
それを直視しなければいけないような気がすると妙に……こわくて。
「ちょっと! 離してよっ!」
じたばたもがくあたしをあっさり捕まえるガウリイ。
つかんでくる腕に意志みたいなものを感じた。
……後戻りできないような……
「……リナ」
手を握ったまま、背後から耳に口を寄せるようにして
ぼそっと注ぎ込まれた。
茶化して すまん……
と。
聞いた途端、身体が疼いた。
耳が感じやすいのと、
いつもみたいに誤魔化そうとしないで真っすぐに向かってくる意志と、
ガウリイの申し訳なさそうな困ったような声の中に
「戸惑い」みたいなものをみつけたような気がして。
それが自分の中にあるとまどいと同質のものではないかと思うと
自分でもはっきりと分かるくらいに胸がどきどきとしてきた。
逃げ出したくなった。
がっちりと腕をつかまれていてそれができない。
そのことにより一層喜びを感じて、より一層欲情した。
その空気が伝わったのか、ガウリイはあたしの腕を掴んだまま
歩き出した。引っ張られるようにしてあたしも歩く。
お互いひと言も話さなかった。
でも、向かう先はひとつしかなかった。
真夏の夜空と虫の声、ガウリイのちょっと強引な手と振り返らない
後ろ姿に、心と身体が期待で膨らむのを抑えきれなかった。
部屋に戻ってくるとすぐさま音を立ててガウリイが鍵をかけた。
もう逃げられないと思った。
自分でも開けられるはずなのに、閉じこめられてしまったような気がした。
……少なくとも一晩は出られない……。そんな硬質な音がした。
その音が合図みたいに、ガウリイの親指があたしの顎を持ち上げた。
目と目が合う。
窓から差す月明かりに照らされた青い目は、もう保護者のそれではなかった。
怒ったような顔で真剣に睨むと、次の瞬間口づけてきた。
それからはもう止まらなかった。
さぐるようなキスも啄ばむようなキスも音を立てながら
どんどん性急になっていく。
あっという間に舌をねじ込まれ、絡めとられ、激しく舌を出し入れされて、
これからこんなふうに抱かれるのかもしれないと思うと
とろけそうなくらい眩暈がして、夢中で唇を吸い合った。
そのうち立っていられなくなって、膝ががくがくし始めると、
ガウリイはあたしを持ち上げてベッドへ押し倒した。