朝起きたら、リナが触手だった。
ガウリイは、夢から覚め、瞼を開けるまでのその瞬間、なにやら違和感の様なものを感じ眉をひそめた。
おそるおそる目を開け、見渡してみるが、特に何かがある感じはしない。
別段、天井に扉がついている訳でも無ければ、窓のカーテンの色が変わっている訳でも無い。
五感を砥すませて、辺りを探って見ても眠りに着く前と同じく、平和そのもの。
違いと言えば、朝らしく辺りが明るくなっていることと、ガウリイの腕を枕にしていたはずのリナが、今では腰のあたりで丸くなって寝息を立てていること位か。
「あれ?」
いつもの様に眠るリナの頭を撫でようとし、手にそっと絡みついてくる感触に、ふと手が止まる。
寝間着の隙間から覗く白い肌は、健やかで。
無邪気に微笑みを浮かべ眠る寢顔が、たまらないくらい、相変らず可愛い。
が。
栗色? だったような?
手触りも、こう、なんだかもうちょっと、違ってた気が……
「なあリナ。お前さん、髪。変わってないか?」
同衾中の少女に思わず問いかければ。
「んー、がうりい、なにー?」
半分寝惚けた様な返事が返る。
「髪というか、その……」
ガウリイが言葉に詰まっていると、寝惚け眼のリナが、のたり、と起き上がって。
目をこすりながら言った。
「なにがどーしたって?」
「あ、えっと」
少し寝乱れたパジャマ姿が、相変らず可愛いくて。
ガウリイは、何を今リナに言おうとしたのか、すっかり判らなくなった。
「あ、ガウリイ!それ、あたしのっ!」
リナが、ガウリイのからあげに、フォークを伸ばしてくる。
「ちょっと待てっ!それはオレの皿だろうが!」
死守しようとするが、その隙に両脇の茶蕎麦と、ペペロンチーノを皿ごと取られてしまった。
「くっうう、狡いぞリナっ!
こっちは腕二本しか無いのにっ」
「ふっふっふ。油断大敵よっガウリイ!」
嬉しげにくねらせながら、触手を上気させて、リナが笑う。
見るからにつややかで、触れて撫でたくなる、その長くしっとりつやつやとした触手。
それがユラユラと揺らめきながら、皿ごと咀嚼する。
「くっそお、今に見てろよ!」
うそぶきながらも、ガウリイは内心思った。
蕎麦とスパゲッティは惜しかったが、リナのこの笑みには替えられない。
それに、こういった勝利を治めた夜には、相手の事をちょっと可哀相に思うのか、リナはいつもより、寛大で。
ちょっぴり大胆になるのが、ガウリイには嬉しかった。
湿った触手を、そっと信愛の情を込めた仕草で、ガウリイの全身、余ますところ無く絡ませて来るリナ。
『ガウリイが欲しいよ』
そんな風に、恥ずかしそうに小さな可愛い声で、囁いてくれるに違い無い。
そんな妄想で頭を一杯にしていると、
「ちょっと、ガウリイ! 聴いてるの?」
少しすねた様なリナの声。
「あ、えっと、なんだ?」
これはいけないと、慌てて応じれば。
「だーかーらー、明日の街ではニャラニャラの鍋が、美味しいって話。
アレって、ワサビ醤油もイケルけど、柚子胡椒とかも捨てがたいのよねー。
それに、この辺ではお米のお酒がちょっと辛口で、鍋にも合ってて美味しいらしいから、一度ガウリイも試して見るといいわよ」
生き生きと目を輝かせ、明日の予定を語るリナ。
「おう。それは是非試してみないとな。
鍋か、そーか。それは楽しみだ」
「うん、楽しみよねー」
頷いて、可愛らしく多数の触手を揺らし、笑う少女。
そんなリナに目を細めながら、こんな平和な日々がいついつまでも、ずっと続けば良い。
そうガウリイは、心から願った。
(終り)