近頃のあたしは、何かがおかしかった。  
体調も異常はないし、食欲だってあるし、盗賊いぢめも好きだ。今までのあたしの何も変わらない。  
なのに、ふいに胸が締め付けられているように痛み、ドキドキと動悸がして身体が熱くなることがあるのだ。  
始めは何かの病気になってしまったのかと思ったが、やがてそれがある一定の条件を満たした時に現れる症状だと気づいた。  
 
・・・そう、ガウリイのことを考えている時である。  
なぜこんなくらげのためにあたしが苦しまなければいけないのか分からなくて、意味も無く髪を引っ張ったりスリッパで殴ったりの八つ当たりをしてみたが、症状は良くなるどころかますます悪化していくのだった。  
どうしようもなくなったあたしは、次第にガウリイを避けるようになっていた。  
 
 
「・・・ガウリイ?」  
古い扉を押し開けると、ギギギと軋んだ音が静かな部屋に響いた。中から返事は返って来なくていないのかと思ったが、覗いてみればしっかりとその人物はベットに腰をかけている。  
なんだ、いるじゃないの。ちゃんと返事ぐらいしなさいよ。  
いつものように言い放ってやりたかったが、胸に込みあがってきた苦しさに喉が詰まる。  
しっかりしなきゃ、とあたしは背筋を伸ばした。  
今日、あたしはガウリイに別れを告げに来たのだ。  
こんな状態じゃ旅もままならないし、何よりガウリイに失礼だと思う。だってそうでしょ?長い間一緒に旅をした相棒を見て苦しくなるなんて、こんなひどいことはない。  
だから夕食の時、「ちょっと話があるの」と切り出した。するとガウリイは、なぜか悲しそうな顔をして「そうか」とだけ言って微笑んで、あたしの髪をいつものようにくしゃくしゃと撫でる。  
やっぱり胸が苦しくなって、「やめてよ」と言う声がかすれてしまった。  
 
部屋に入って重い足をなんとか動かし、ガウリイのもとに近づくと、どうやら彼はあたしを待っている間に寝てしまったらしい。  
確かに、かなりの時間待たせてしまったのは事実だ。どうやって説明しようか考えていたら、のぼせる寸前になるまでお風呂に入っていたのだ。  
 
「ガウリイ」  
 
声をかけてもガウリイは起きなかった。しゃがんで下から彼の顔を覗き込むと、金色のキレイな睫毛がぴくりと震える。  
 
「ガウリイ・・・」  
 
なんてキレイな顔なんだろう。これなら、たとえ脳みそが溶けてヨーグルトになっていても、引き取ってくれる女性に困ったりはしないだろう。  
「ごめんね」  
ごめんね。あたしのせいで、ガウリイ、恋も出来なかったよね。  
でも、こんなおこちゃまの子守生活も今日で終わりだから。  
そっと手を伸ばして彼の頬に触れると、胸がきゅんとなる。  
ホントに、どうしちゃったんだろう、あたし。  
やっぱり、あたしはガウリイと別れなければいけないのだ。彼のためにも、自分のためにも。  
リナ=インバースがこんなに弱気ではいけないのだ。  
 
「ガウリイ?」  
 
いい加減に起きて、あたしの話を聞きなさいよ。  
ゆっくりと親指を滑らせて彼の唇に触れると、ぴくりと赤いそれが震えた。  
すごい。ふわふわで赤くておいしそー・・・。  
まるで吸い寄せられるように、あたしは彼の唇から目が離せなかった。  
いつもそうなのだ。話をしていると、いつの間にか彼の唇に意識が行っている。  
 
食べたい、と思った。  
 
あたしは目を閉じて、気づけば自分の唇をガウリイの唇に重ねていた。  
思っていた通り、彼の唇はふわふわで熱くて、心地よかった。  
舌を出してちょっと舐めてみると、身体がぴりぴりと痺れる感じがして、頭がぼぅっとしてくる。雲の上にいるみたいで気持ちいい・・・。  
ずっと、こんな時間が続けばいいのに・・・。  
あたしはうっとりとこの快感に酔いしれながら、そっと目を開いた。  
そこには、空の青い色・・・・。  
 
「っ!!!」  
 
その色がガウリイの瞳だと気づいてあたしは我に帰った。  
慌ててガウリイから離れて、自分の唇を自分の手で覆う。  
キスした?あたし、ガウリイにキスした?  
 
「リナ」  
 
ガウリイの低い声に肩がびくりと震えた。  
「・・あ・・・、が、がう・・・、がうりい・・?」  
ガウリイの目が今までに見たこともないほど怒っているように見える  
そりゃ、怒るよね。寝ているところに、その・・・、キスしたんだから。  
誰に嫌われても、アメリアやゼル、たとえ姉ちゃんに嫌われても(さすがにそれは怖いが・・・)、ガウリイにだけは嫌われたくなかった。  
なのに、自分は何をしているんだ。  
 
「あ・・・、あのね、違うの、違うの・・・!」  
身体がかたかたと震えてきた。ガウリイにそんな目で見られるのが怖くて逃げ出したくなる。  
 
「話ってこれか?」  
 
彼のたくましい腕が伸びてきて、後ずさりしようとしたあたしを捕まえた。  
熱い手に胸がドキドキする。  
「違うの!今日は、別れを言いに来たのっ・・・!」  
「なんだって?」  
「っ!!」  
ガウリイの手に力がこもって、あたしは顔をしかめた。骨が軋んだ音を立てる。  
それでもガウリイは力を緩めない。  
 
「最近、リナの様子がおかしいのには気づいてた。夕食の時も、ああ、もう終わりなんだなあって思って素直に受け入れるつもりでいた。  
なのに、今ので気持ちが変わった」  
 
ぐいっと引っ張られて、もともと足に力が入っていなかったあたしは彼の胸に倒れこんでしまう。  
彼の胸は、装備を外したはずなのに硬くてがっしりとしていた。  
 
「どこにも行くな」  
 
身体に直接響いてくるその声に、あたしは身体を奮わせた。  
 
「が・・・、がうりい?」  
「オレのそばにいろ、リナ」  
背中に腕を回され、ぎゅっと抱きしめられた。  
「リナ・・・、リナ・・・」  
彼の金糸がさらさらと落ちてきて、あたしの頬をくすぐる。  
ああ、まただ。また、胸が苦しい。ドキドキして、意識が飛んでいきそう。  
「ダメだよ・・・。ダメだよ、がうりい・・・」  
「どうしてだよ。ちゃんと理由を言ってくれ。でないと、オレ・・・」  
さらに強く抱きしめられて息が詰まった。  
苦しいけど、言わなければ。  
 
「だって、あたし、おかしいんだもん。ガウリイを見ていると胸がドキドキするし、キスしたいなって思うし、気づいたらガウリイのことばっかり考えてるしっ・・」  
「り、リナ・・・?」  
「このままだと変になっちゃいそうだし、ガウリイに悪いでしょ?だからっ、お願い、がうりい・・・」  
ふっとガウリイの拘束する力が弱くなった。あたしは彼の胸を腕で押すと、あっさりと放してくれる。  
「ガウリイ?」  
分かってくれたのだろうか。  
俯いてしまったガウリイをのぞきこむと、彼は真っ赤な顔をしていた。  
 
「リナ、別れる必要はないぞ」  
「・・へっ?」  
「だってリナ、オレに恋してるんだろ?」  
え、えっと・・・・・?  
「恋?」  
「恋」  
「誰が誰に?」  
「リナがオレに」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
あたしは頭が真っ白になった。  
あたしが、ガウリイに恋をしている?  
そんな、まさか。  
「だ、だって、恋ってその・・・、胸がドキドキして、その人のことが頭から離れなくなって  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、あれ?」  
ガウリイがにこっと笑う。  
その笑顔にドキドキするあたし。  
えーーーっと。  
 
「あたし、ガウリイに恋してるの?」  
「みたいだな」  
さっきあたしがしたように、ガウリイがあたしの頬に触れてくる。  
きゅんとする胸。  
えーっと。  
これって、恋なの・・・?  
 
「リナ」  
 
ガウリイの指があたしの唇を優しくなでる。顔が熱い。きっと首まで真っ赤になってるんだわ。  
 
「オレも、リナのことが好きだ」  
「が、がうりぃ・・・」  
「だから、ずっと一緒にいような」  
 
 
あたしが軽くうなずいた後、ガウリイにどうされたかは、言うまでもない・・・  
 

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