ざあざあと降り注ぐ雨の音が、宿屋の窓の外から絶えず聞こえてくる。  
「よし、あがりだ。」  
リナの手からカードをひいて自分のカードと照らし合わせたゼルガディスが、ぱさりと手元のカードをまとめて投げ出した。  
「ええーっ、またゼルぅー?」  
さっきもゼルだったじゃない、イカサマじゃないの?とぷちぷちと文句を言うリナを冷たい海色の瞳でじろりと睨むと  
「ババ抜きにイカサマなんぞあるか。」  
テーブルの上のブランデーをグラスに注いで口に運ぶ。  
「オレ、まだ5枚も残ってるよー・・・」  
恨めしそうに呟くガウリイからカードを引いたリナが、にやりと笑う。  
「らっきvあたしもあがりvv」  
「・・・まぢで?」  
「まじv」  
「・・・っ」  
うなだれて、のろのろとアメリアのカードに手を伸ばしたガウリイがあれ?と眉を跳ね上げた。  
「アメリア、寝てるぞ。」  
「ええっ!?もう?」  
リナがのぞきこむと、確かにアメリアはこくりこくりと舟を漕いでいる。ついさっきゼルガディスからカードを引いて  
悔しがっていたはずだが。このまま放っておけば、揺れが大きくなって床に頭をぶつけるのも時間の問題だ。  
――――アメリアならそのまま寝てそうだが。  
「しょーがないなぁ・・・んじゃ、負けはアメリアってことで。」  
非情な部分を垣間見せたリナが、アメリアの前に積まれたコインを遠慮なく3枚取り上げて、自分と男性陣の2人に配ると  
「あ、オレもーいーや。アメリア部屋に運んでオレも休むよ。」  
ガウリイがカードとコインをまとめてリナに押しやる。  
「あら、珍しい。まだ早いじゃない?」  
「ん〜。なーんか、頭がぼーっとするっていうか、疲れたような気がするからな。」  
「・・・あんた、普段使ってないからって、ババ抜きごときで頭疲れるようじゃ、相当やばいわよ・・・」  
本気で心配しているのか、呆れているのか、悲しんでいるのか、若干判断のつけがたい表情でリナが言う。  
「ほっとけ。てゆーか、オレは昼間働いてたんだ。だから、疲れてんだ。」  
リナに、というより自分に言い聞かせるようにガウリイは呟くと、アメリアを抱えて立ち上がる。  
どうせこのあと、リナとゼルガディスの二人はポーカーでも始めるに違いない。そうなったら、自分は見てるだけだ。  
サイコロを転がして丁か、半かなどというのはわりと得意な分野だが、ポーカーやチェスなどはかなりの苦手分野に入る。  
負けがかさんでリナに食事を強請られるのも、ゼルガディスに呆れられるのもどちらも遠慮したいから  
さっさと寝てしまおう、というのがガウリイの考えだった。  
両手がふさがったガウリイの代わりに扉を開きながら、ゼルガディスが片手をあげて就寝のあいさつをおくる。  
「おやすみ。」  
「ああ、また明日な。リナ、飲みすぎんなよ。」  
「分かってるわよ。おやすみ」」  
2人を見送り、ゼルガディスが扉を閉めて振り返ると、リナがカードをきり直しているところだった。  
「んっふっふっふ。脳みそ筋肉族がいなくなったところで、本番といきましょうか、ゼル?」  
「望むところだ。」  
パーティーの頭脳労働組は顔を見合せて不敵な笑みを交わす。  
夜はまだまだこれからなのだ。  
 
正義の仲良し4人組(内1人はこの名称を泣くほど嫌がる)がこの小さな町に到着したのは3日前だった。  
到着寸前から降り出した雨は、雨脚を強めながら降り続き、到着した次の日の夜には向こうの街へつながる橋を決壊させ、  
川を迂回するルートの道で土砂崩れを引き起こした。  
急ぎの旅でもなかったし、町に一軒しかない宿屋は貸し切り状態だし、雨に濡れるのも嫌だという理由で  
同じ宿に続けて滞在中の4人は、ひさしぶりにのんびり過ごしていた。  
特に名産のない町は旅人の姿もなく、宿屋の女将は歓迎してくれた。  
旦那を早くに亡くし、一人息子が川向うの街へ働きに行っていて、こんな辺鄙な所でひどく退屈していたらしい。  
ガウリイを見てはいい男だと年甲斐もなく顔を赤らめ(脳の状態はどうでもいいらしい)、悪い魔法使いに  
呪いをかけられてキメラにされたというゼルガディスに同情の涙を流し(話の真偽には興味がないらしい)、  
私もこんな娘が欲しかったとリナを可愛がり(エンゲル係数の急激な上昇は予想していないらしい)、  
私の娘時代にそっくりだとアメリアをもてはやし(あなたも木に登っていたんですか女将さん?)、  
とにかく正義の仲良し4人組(内1人は・・・以下同文)を過剰なくらいにもてなしてくれる。  
自分で作った果実酒や自慢のおつまみ、ボリュームのあるおいしい料理。  
ティータイムには手作りのお菓子と薫り高い紅茶やコーヒー。  
あまりにも待遇がいいので、うっかりガウリイとゼルガディスは宿屋の修繕なんて引き受けてしまった。  
もっとも、頭脳派ゼルガディスの監修のもと、雨の中実際に体を動かしたのは肉体派ガウリイだが。  
その間女子2人組は、女将と一緒にクッキーやらケーキなんかを焼いて、夕飯の支度の手伝いまでしてしまった。  
おかげで、むしろ普段よりもしっかり働いた(ゼルにこき使われた?)ガウリイと  
慣れないことをして疲れたアメリアは早々とお休みタイムだ。  
対して、頭脳労働や他人を使うことはお手の物のゼルガディスと、料理に関しては故郷の姉ちゃんに  
みっちり仕込まれているリナにはまだまだ元気に夜をすごせる余力があった。  
 
「ポーカーにしましょうか。」  
「ああ。」  
人数を半分に減らして高度なルールを使用できる状態になったところで、リナが提案したのはポピュラーなゲームだ。  
ゼルガディスとはよく勝負を交わしていて、今のところ実力は拮抗しているといっていいだろう。  
今夜こそ、きっちり決着をつける。  
ガウリイとアメリアが所持していたコインを均等に分けあい、いざ勝負!とリナは本気モードに入る。  
お互いに、頭脳の優秀さには一目置いている。  
気を抜けば負けるのは自分だ。自然と真剣な表情になる。  
特に、ラックステータスがひくいかなー、と自覚しているゼルガディスは、リナより長い人生経験と  
レゾの下で培った豊富な知識を総動員して戦いに挑む所存だ。  
クールな貌の下に隠された、熱い魂をひそかに燃やす。  
・・・ポーカーごときに真剣に全力で本気になっていることを知ったら、草葉の陰でゾルフとロディマスが泣いてそうだ。  
 
「フルハウスだ!」  
「ええーっっ!?」  
うそー、なんでー、ぶんぶんとリナが頭を振る。  
「今度こそ、イカサマでしょ!?」  
何の根拠もなく詰め寄ると、さっきより冷たい瞳で睨まれる。  
「カードをきったのも、配ったのもお前さんだろ?」  
「・・・くぅー・・・」  
くーやーしーいー。  
カードを握りしめて、ぷるぷると震えても、勝負の結果は変わらない。  
ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべるゼルガディスの前には、先ほどから立て続けに勝利した戦利品、もとい  
リナからごっそり奪い取ったコインがあった。  
対してリナの前には残り3枚のコイン。大逆転には程遠い。  
「今日のところは、これ位にしてやろうか?」  
ことさら優しげな声で言うゼルガディスにカチンときて、  
「まだまだ、勝負はこれからよ!」  
リナは無い胸をそらした。  
何時になく舞い降りた幸運に気を良くしているゼルガディスは、快く応じる。  
「それでこそ、リナ=インバースだな。俺はいつでも受けて立つぞ、かかってこい。」  
よく意味がわからない。  
どうやら、夕食前から飲み始めたブランデーやらウィスキーやらワインやらが頭にまわってきたようだ。  
よくよく見れば、部屋には酒瓶が散乱している。  
「ふん。男に二言はないわよ?身ぐるみはがされて道端に捨てられてから、後悔しないでね。」  
コイン3枚でどこからそんな自信が出てくるのか。しかも身ぐるみをはがすのか?仲間から。道端に捨てるのか?仲間を。  
どうやらリナの頭にも女将お手製の果実酒がまわってきたようだ。  
 
勝負に熱くなって血廻りの良くなった頭には、アルコールも良く廻る。なまじ頭脳回転の良い2人だからこそ、  
回り始めた酒精は一気に隅々までいきわたったようだ。  
「さぁー、こいこいv」  
うふふふふふふふ・・・とアヤシイ笑みを浮かべながらリナがカードをめくる。  
・・・よっっっっっっしゃぁーーーーー!!!!  
思わず心でガッツポーズを決め、顔はポーカーフェイスのままゼルガディスの様子をうかがう。  
相も変わらずクールな表情で、さらっとカードを取り換えたその眼が、ほんの一瞬だけ戸惑ったように見えた。  
さては、あまり良くないな?  
長い付き合いだ。ちょっとの表情の変化も見逃さない。ましてや、このリナ=インバースの目をごまかせると思ってか!  
よし、ここで一発大逆転といきますか!  
「で、お前さんは何を賭けるんだ?まさか、コインだけか?」  
そーんなそらっとぼけた言い方してもダメよ、ゼル?あなたの手のうちはお見通しよ。  
今までのお互いの手と、カードを切った回数、自分とゼルが取り換えたカードの枚数などを素早く計算し、統計と確率から  
ゼルガディスの手を想定する。  
『せいぜい3カードってとこね。』  
余裕で見切る。  
ただし、リナは分かっていなかった。統計と確率の計算方式はあっていたが、それを実際に計算したのは  
自分の酔った頭脳だということを。  
酔った人間は、えてして酔っていることに気付かない。  
「言ってくれるわね、ゼル。こっからあたしが逆転するのよ。」  
「へぇー。どうやって?何を賭けて?」  
「そうねぇ・・・」  
勝利を(勝手に)確信しているリナは、しばし思案した後に、すばらしい案を思いついた。  
「賭けるのは、あたし自身よ!」  
どーだと言わんばかりに、無い胸を再びそらした。  
完全に酔っている。  
「・・・・・・・・・・・・はぁ?」  
「だーかーらー、あ・た・し・自・身。要するに、ゼルが勝ったらなんでも言うことを聞くっていうのは?」  
「・・・俺が負けたら?」  
「もちろん、ゼルがあたしの言うことを聞くの。何でも。」  
名づけて、ゼルガディスを完全にあたし専用の便利アイテムにしちゃおう計画。この際今までのコインは無視しちゃえ。  
これで一発大逆転!  
「・・・ずっとか?」  
「まさか、1度だけよ。」  
そう、1度でいいのだ。一生あたしに仕えなさい!と言えば。  
気分は女王様だ。どこぞの悪役ルック女魔導士のように高笑いをしたくなる。  
このとき、本当にリナは酔っていた。自分が勝つ可能性は100%考えていたが、負ける可能性を  
1%たりとも予想していなかったのだ。  
それだけ自分のハンドにも自信があった。  
 
「・・・いいだろう。」  
不承不承といった様子でゼルがティスが頷く。もしリナが勝ったとしてどんな要求をするかはともかく、  
自分が勝った時にリナを好きに出来るという条件ならどっこいだ、という風で。  
ゼルガディスも自分のハンドに自信があった。そして、十分酔っている。  
よっっっっっっしゃぁーーーーー!!!!  
リナは再び心でガッツポーズを決める。これでゼルはあたしのもの(アイテム)よ!とはたから聞けば、ちょっと  
アブナイことを心で叫びながら。  
期待に胸を躍らせながら手もとのカードをオープンする。  
「ストレートフラッシュよ!」  
ふっふーん。どう、まいった?とでも言いそうな得意げな表情だ。  
『さあ、観念なさいな、ゼル。明日からこき使ってあげるわv』  
まずは付近の盗賊団の情報集めから、盗賊いぢめのサポートから、魔導書の写しから、実験の補助から、研究材料の提供から、  
呪文の伝授から、買い物の荷物持ちから、マッサージから・・・ああ、何から命令しようかしら。  
明日からの女王様セイカツをうっとりと夢見ているリナは、ちょっとドコかにイッてしまったように見える。  
恍惚としたリナを見ながら、ゼルガティスはほうっと溜息をついた。  
危なかった。ああ、でも、本当に今日はツイている。幸運の女神よありがとう。  
てゆーか、まさか、一生分の幸運を使い果たしたわけじゃないだろうな?  
ちょっぴり後ろ向きな考えを抱きつつ、手中のカードをリナに見せる。  
「悪いな。ファイブカードだ。」  
同じ数字が刻まれた4種類のカードと、ジョーカー。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。  
 
2人の間に落ちる沈黙。  
「どぅええええぇぇぇぇーーーーーーーっっっっ!?」  
破ったのは、リナの絶叫だった。  
 
 
どうして、どうして!?絶対に自信があったのに。ストレートフラッシュよ?  
ワイルドカードなんて、嫌いよ!ジョーカーさえなければ、勝っていたのに。  
悔しがるリナの前で、ゼルガディスは嬉しそうにブランデーのグラスを振って見せた。  
「さて。何でも、1つだけ、言うことを聞くんだな?」  
「ぅう・・・」  
「言ったよな?」  
「・・・」  
「まさか、リナ=インバースに二言が?」  
「・・・っ、無いわよ!」  
ほとんどやけになってリナは叫ぶ。  
「ええ、ええ。このリナ=インバースには二言は無いわ。さあ、何でも言いなさいよ!」  
腕を組んで背筋を伸ばし、ゼルガディスを睨みつける。  
「そうだな・・・。」  
ゼルガディスは軽く首をかしげると、思案した。  
何がいいだろうか。  
便利そうな呪文でも教えてもらうか?それとも、資金援助でも願うか?(すでに十分受けているが)  
いや、この先アイテム扱いするなとか、呪文に俺を巻き込むなとかのほうがいいか?  
・・・頼んだところで無駄そうだ・・・。  
 
目の前のリナを眺めているうちに、ふと、いい案が浮かんだ。  
思わずにやりといやらしい笑みを浮かべてしまう。  
「な、何よ・・・?」  
不穏な空気を感じ取ったのか、リナが若干後ずさる。  
「決めたぞ。」  
「だから、何よ?」  
リナが後ろに下がった分の距離を詰めて、ひたと目を見据えて言う。  
「1度でいい、抱かせろ。」  
「・・・・・・・・・・・・は?」  
「だから、ヤらせろよ。」  
「・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!!!!」  
言葉の意味が理解出来たとたん、リナの顔が一気に赤くなる。  
「な、な、な、な、な、に、う、うえぇ、っ」  
口をぱくぱくさせ、意味をなさない言葉を繰り返すリナを、腕をのばして力強く抱き寄せる。  
「何でも言うことを聞くんだろう?」  
意識して、とびきり低い声でリナの耳にささやくと、腕の中の体がびくっと硬直した。  
「リナ、お前を、抱きたい。」  
 
この勝気な少女はどんな声で啼くのか。その前を見据えた瞳がどんなふうに潤むのか。  
初めて会ったときから心惹かれていたから、ずっとそれが気になっていた。  
きっと、ガウリイは知っているだろうに。  
それを考えるといつも、心が少しの嫉妬でかき乱される。  
出会った時期は同じなのに、自分の知らないリナをガウリイはたくさん知っている。ずっと、リナと一緒にいる。  
――――これまでも、これからも。  
だから、1度くらいいいだろう?  
 
「あー、うー・・・」  
相変わらず何が言いたいのか、リナは赤い顔のまま、ゼルガディスの腕の中で呻いている。  
「・・・嫌か?」  
嫌がる女を無理やり組み敷くことは趣味じゃないから、彼女がどうしても嫌ならあきらめるつもりだ。  
「俺が嫌いか?」  
ちょっとだけ、ずるいことを言ってみる。そんなことないと、わかっているから。  
「っ・・・べ、別に嫌いじゃないわよ。」  
「俺がキメラだから、嫌か?」  
「そんなの関係ないでしょ!」  
リナには差別意識なんかこれっぽっちもない。だから、ゼルガディスがそんなことを言うと少し腹立たしい。  
「キメラだろうがなんだろうが、ゼルはゼルでしょ。」  
「じゃ、いいんだな。」  
ああ、いや、そうじゃなくて。そういうことは別問題で。  
何と言っていいのやら、リナの頭は混乱する。  
 
ゼルのことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。ガウリイやアメリアと同じように。  
でも抱くって!?  
そーゆーコトよね?  
その・・・あの・・・×××なことをするわけよね?  
男と女のそーゆーコトよね?  
――――ゼルとあたしが。  
・・・あああぁっ!ど、どーしよー・・・。したこと無いのにぃぃー。  
はぢめてがゼルってことになるのよね?  
い、嫌?嫌なのかな、あたし。ゼルとするのが。はぢめてが、ゼルなのが。  
いやでも、いつかはするんだし・・・。  
なんかのはずみで、その辺のにーちゃんやおっちゃんにすけべーこまされる事態に  
追い込まれることだって、無いとは言えないし。  
もしそれが、はぢめてだったりしたら、すごく嫌だし。  
はぢめてじゃなくても嫌だけど、やっぱり、オンナノコにとってはぢめてって特別だし・・・。  
特別なことは特別な人がいいけど、そんなヒトまだいないし。  
だったらゼルでもいいかも?  
――――いや、よくない!あたしの理想はおーぢさま(フィルさん除く)よっ!  
いやいや、でも・・・。  
 
ぐるぐると、頭の中をいろんなことが駆け巡り、リナは百面相になっている。  
ゼルガディスはリナを抱きしめたまま面白そうに眺めていたが、いつまでもこうしているわけにはいかない。  
うっかり理性が飛んでしまったら、大変だ。  
「おい、リナ。どうしても嫌なら別のことでもいいんだぞ。」  
「・・・ふえっ?」  
見上げると苦笑したゼルガディスの顔。しょうがないな、って感じの。  
「お前が嫌がるのを、無理やりなんてする気無いからな。」  
「・・・えっと。」  
「そのかわり・・・」  
「かわりに?」  
「俺の女になれ。」  
「ええっ!?」  
そう言ったゼルガディスの顔は笑っていたが、真剣だ。  
それ、どっちも一緒じゃん!  
リナの無言のツッコミは鉄面皮に跳ね返された。  
「リナ、どっちがいいんだ?」  
「どっちって・・・あなたねぇ・・・」  
ゼルに抱かれるか、ゼルの女になるか。  
そんな選択肢しかないのか。  
「・・・ほかのことじゃダメなの・・・?」  
そんなに、嫌か。ゼルガディスはちょっぴり傷ついた。ガウリイにかなわないことは分かっていたが。  
「嫌なら、いいさ。」  
肩をすくめたゼルガディスの表情が、なんだか悲しそうに見えた。迷子になった子供のような、おいてきぼりに  
された子供のような・・・あの、レゾのことを語った時のような表情。  
思わずリナは自分から解かれたゼルガディスの腕をつかんでいた。  
 
「ゼル・・・。あたしのことが好きなのね?」  
「・・・まあ、それなりに。」  
――――少なくとも、他の二人よりは。今まで出会った、どの女よりも。  
リナはゼルの腕をつかむ手にぎゅっと力をこめると、一度うつむいてから再び目を合わせた。  
「・・・いいわよ。好きにしなさい。」  
耳から首筋から真っ赤に染めながらも、強気で言い放つ。  
一度言いだしたことをたがえるなんて、リナ=インバースにあっていいことじゃない。  
『それに・・・』  
ゼルガディスの性格を考えるに、きっと酷いことはしないはず。  
クールな悪役を装っていても、彼は紳士的でフェミニストだ。  
へっへっへっへ・・・悪いようにはしないぜ、お譲ちゃん――――なーんてことは、決して無い、と思う。  
曲がりなりにも自分に好意を抱いてくれているなら、なおさらだ。  
ならば、いい。  
リナ=インバースが知らないことが、これで1つ減るのだ。  
いずれ知ること――――今は知らないことを、ゼルガディスの手によって教えてもらおうじゃないか。  
きっと大丈夫だから。  
 
「いいのか?」  
「いいって言ってるでしょ。」  
「本当に?」  
「何度も同じこと言わせないでよ。ガウリイじゃあるまいし。」  
「・・・じゃあ、遠慮なく。」  
いただきます。  
 

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