ぱちぱちと火のはぜる音が耳に付く。  
吐き出す息は白く濁り、ここが北の地であることを示していた。  
リナは膝を両手で抱えて、炎をじっと見つめていた。  
「・・・・・・大丈夫よね、アメリア達は。」  
ぽつりと呟かれた言葉に、ゼルガディスは左腕の傷に包帯を巻いていた手を止めてリナを見た。  
「ああ。旦那がついてるんだ、めったなことはないさ。」  
「そうよね・・・・・・」  
どこか上の空で答えるリナの体は、よく見れば小さく震えている。  
それが寒さのせいだけではないことに気付いたゼルガディスは、包帯を巻き終わった手で  
自らの右隣を指さした。  
「リナ、こっちに来い。」  
「・・・・・・?」  
「寒さで体力を消耗したいのか?」  
「う。」  
火にあたる部分は温かいが、それ以外の部分からは冷たい空気が容赦なく体を冷やしていく。  
いい加減つらくなってきたところだったので、リナはゼルガディスの言わんとするところを  
理解して素直に従った。  
それでも恥ずかしさが残るのか、手のひらひとつ分の間をあけて座る。  
まったく、とゼルガディスは呆れて苦笑した。  
「それじゃあ意味ないだろう?」  
言って、右腕でリナの肩を抱き寄せる。  
「――――っ!」  
「じっとしてろ。少しはマシだ。」  
二人で身を寄せ合えば、その分温かい。  
リナは体以上に熱くなった顔を膝の間に埋めた。  
しばらく沈黙が続き、その間ずっとゼルガディスの手は不器用にリナの背をなだめるように撫でていた。  
「あんたの行動は正しい。作戦的にはな。」  
突然呟かれたゼルガディスの言葉に、リナは顔をあげた。  
「感情的には納得いかないだろうがな。」  
「ゼル・・・・・・」  
「だから、気にするな。」  
「・・・・・・・・・・・・」  
リナは黙って再び顔を下げた。  
 
数日前までリナ達はセルーン国軍とともにいた。  
アメリア女王たっての願いで、リナ、ガウリイ、ゼルガディスの三人は傭兵として戦力に加わっていたのだが、  
リナはそこから離反してきた。  
確かに自分は強力な魔術を使うことができるし、魔族との戦いにも慣れている。  
人間側の主力として――――“切り札”としてアメリアをはじめ各国首脳陣に期待されているのは分かっていたが、  
それが両刃の剣であることも十分すぎるほど分かっていた。  
リナが魔族に対して有力な攻撃手段を持つということは、魔族側にも知れ渡っている。  
このまま直接対決となれば魔族側がリナを集中的に攻撃することは目に見えていたし、それに万が一にも  
女王であるアメリアを巻き込むわけにはいかない。  
何しろアメリアはフィリオネル元国王亡きあとのセイルーンにとって、しいては人間側の軍にとっても  
なくてはならない存在だからだ。  
グレイシアが王位継承権を放棄して一介の魔導士として戦いに参戦している以上、すべての人間側の  
軍の中心となる人物は、聖王都の頂点に唯一立つアメリアしかいない。  
巫女としても優れた力を持つアメリアは、何があっても失ってはならない存在だ。  
それに――――  
 
“切り札”となるあの呪文は、あまりにも危険すぎる。  
 
そう考えたリナはセイルーン軍を離れたのだが、まさかゼルガディスに先回りされているとは思わなかった。  
ガウリイに気付かれないようにすることに全神経を注いで、彼の方は気にも留めなかったのだ。  
「安心しろ。旦那には強力なスリーピングをかけておいた。」  
そう言ってゼルガディスは、笑ってついてきた。  
 
「大丈夫だ。」  
傍らのゼルガディスが再び繰り返す。  
「ガウリイの旦那もいるし、シルフィールもいる。グレイシアだってかなりの使い手だろう?  
 俺達がいないくらい、なんでもないさ。」  
そうだ。それに、ゼフィーリアもついに動き始めた。  
あの人外に強い人々が参戦すれば、かなり戦況は変わってくるはずだ。  
「そうよね・・・・・・大丈夫よね。あたしたちがいなくても。」  
「ああ。」  
自分たちがいなくても。  
――――いなくなっても。  
 
リナの背中を撫でていたゼルガディスの手がぴたりと止まり、突然彼が小さく笑った。  
「何よ?」  
不審な目でゼルガディスを見るリナに、笑いながら答える。  
「いや・・・・・・あの話は、本当なんだと思ってな。」  
「あの話って?」  
ゼルガディスはリナに身を寄せて、肩口に顔を埋めて囁いた。  
「命の危機に直面すると、ヤリたくなるって話さ。」  
「やり――――っ!?」  
その言葉に驚いて身を離そうとするが、遅かった。  
ゼルガディスの手はすでにリナを捕えていたし、体は密着している。  
あっという間に押し倒されて唇をふさがれた。  
「んんっ!」  
無言の抗議もむなしく、ゼルガディスの手はリナの胸を服の上から揉みしだき、舌が口腔内を蹂躙する。  
「ちょ・・・・・・ゼルっ・・・・・・!  
 嫌がる女を、無理やり、は、ポリシーに・・・・・・反する、んじゃなかった、のっ・・・・・・!?」  
激しいキスの合間に身をよじりながらそう言うと、ゼルガディスはきょとんとした顔でリナを見た。  
「嫌なのか?」  
あまりにも純粋な、まるで少年のようなその表情に思わず絶句してしまうと、沈黙を了承と受け取ったのか  
ゼルガディスは再び口付けてきた。  
舌を絡めながら、手がリナの上着の裾から入り込んで直接柔らかいふくらみに触れる。  
「んっ・・・・・・ふぅ・・・・・・っ」  
「なあ、リナ。嫌か?」  
首をかしげながら聞く様子に、ずるい、と思う。  
そんな風に聞かれたら、嫌だなんて言えるはずがない。  
「もう・・・・・・いーわよ。」  
小さく溜息をつきながら答えると、嬉しそうにゼルガディスが笑った。  
普段は見せないその表情に、うかつにもいい歳をした男をカワイイなんて思ってしまう。  
「体力消耗しても、知らないから。」  
「平気さ。」  
俺は体力には自信があるからな、と言うゼルガディスに、リナは体をゆだねた。  
 
「んあっ・・・・・・ああっ!」  
両手をついて、腰をあげて、後ろからキメラの男に貫かれている。  
上着は胸まではだけ、ズボンは膝まで下げられて――――まるで服を着た獣が交り合っているようだ。  
「あっ、ゼルっ・・・・・・もっと、優しく、してっ・・・・・・」  
激しく出入りする堅い猛りに、思考も体もかき乱されておかしくなりそうだ。  
「リナ・・・・・・」  
ゼルガディスは後ろからリナを抱きしめると、耳元で囁いた。  
「使えよ、あの呪文。」  
「――――っ!?」  
一気に意識が覚醒する。  
「でも、あれは・・・・・・」  
「使えよ。そうすれば、勝てるだろう?」  
「・・・・・・失敗したら、みんな死んじゃう・・・・・・」  
「気にするな。魔族に滅ぼされるよりマシだ。」  
「ゼル・・・・・・」  
「万が一失敗したら、あのじーさんに文句のひとつも言ってやれ。」  
「?」  
「俺達が生きている間に、一つどころかいくつ覚醒する気だ、ってな。」  
 
混沌の海の中で、出会えるだろうか。  
――――最初の欠片を有していた、あの彼に――――  
 
ゼルガディスはいったん自身を引き抜くと、リナの体の向きを変えて、自分の膝の上に向き合うように座らせて  
再び深く挿入した。  
「ああんっ!」  
のけぞるリナの顔を引きよせて、唇を啄みながら髪をすく。  
「あんたは一度、選んだだろう?世界より、ガウリイを。」  
「それ、は・・・・・・あっ・・・・・・」  
「だから、今さら気にするな。文句を言うやつは、俺が黙らせてやる。」  
「んんっ・・・・・・ゼルっ・・・・・・」  
「それに、あんたらしくもないぜ。失敗することを考えるなんて。」  
「ゼルっ!も・・・・・・ダメ・・・・・・っ!」  
「戦う時は、勝つつもりでやるんだろう?だったら、使え。」  
「あああああああっ!」  
 
俺がついていてやるから――――  
低く優しい言葉を聞きながら、リナは意識を飛ばした。  
 
「ん・・・・・・」  
目をあけると、まだゼルガディスの膝に抱えられて、繋がったままだった。  
「リナ、気が付いたか。」  
顔をあげると、ずるり、と中から彼が出ていくのがわかった。  
「ゼル、あなたに言われるなんてね。」  
「何をだ?」  
くすりとリナは笑う。  
「だって、あなた、ネガティブ思考の塊みたいなものだったじゃない。」  
「あんたのおかげで、だいぶ変わったよ。」  
「そう?」  
「ああ、少なくとも今は、かなりポジティブなことを考えてるぜ。」  
「何?」  
「秘密だ。」  
「なに、それ。」  
くすくすと笑い合う。  
啄むように口付けあって、ゆったりと抱きしめ合う。  
「ゼル・・・・・・。」  
ゼルガディスの胸に顔を埋めてリナが呟く。  
「明日、勝つわよ。」  
「もちろんそのつもりさ。」  
「勝って、みんなのところに戻るのよ。」  
「それでこそ、あんたらしい」  
ポジティブでアグレッシブ――――自分が惚れた女は、そんな女だ。  
ゼルガディスはリナの髪に唇を寄せて、これからのことを考えた。  
 
悪くないかもしれない。  
戦って、勝って、生きて戻ったなら――――  
 
惚れた女に一生をささげても。  
 
明日、レイ=マグナス=シャブラニグドゥを倒して。  
 

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