そろそろ寝ようと準備していたとき。  
アメリアが泣きながらあたしの部屋に飛び込んできた。  
あたしの姿をみるなり飛びついてきて、声をあげて泣きじゃくる。  
あたしは訳もわらぬまま、ただ頭をなでてなだめるしかなかった。  
彼女はただただ、声を上げてなくばかり。  
 
少し落ち着いたころ。  
「一体なにがあったのよ?」  
あたしの問いかけに、アメリアは最初無言だったものの、ぽつりぽつりと話し始めた。  
夕食後。  
ゼルガディスの部屋にアメリア行くと、彼の様子はおかしかったらしい。  
何を聞いてもてきとうなあいづちを返され、具合でも悪いのかとアメリアは彼の顔を覗き込んだ。  
目があった瞬間、突然持ち上げられたかと思うとベッドに放り投げられ。  
あわてて身を起こそうとしてもゼルガディスが覆いかぶさるように上にいて。  
やめて欲しいと願っても、彼は止めてくれなかったらしい。  
 
許せない、許せないです。  
アメリアはしゃくりあげなからつぶやいた。  
少し空いた胸元に見える赤い花は、本来なら愛しさの証でなければならないのに、今の彼女にとっては心の傷をあらわしたにすぎない。  
しばらく彼女の小さな泣き声だけが部屋に響いた。  
 
「ねぇ、アメリア」  
顔をあげたアメリアの目は涙で潤んでいた。  
「ゼルガディス、なんであんたにそんなことしたんだと思う?」  
少々つらい質問に彼女はまたうなだれ、わかりません、と絞りだすように答えた。  
…私、嫌われちゃったんでしょうか。  
呟いてまたしゃくりあげる。  
 
焦ってるような、切羽詰まったような、傷ついたような。  
覆いかぶさってきたときゼルはそんな顔をしてただ一言、すまんと言ったらしい。  
 
「嫌いな子に謝るかしら」  
だいぶ落ち着いたてきたアメリアは私の一言に素直に首をかしげた。  
「ゼルね、無口でぶっきらぼうだけどけっこう紳士的な面もあるわよ」  
傷ついた瞳は困ったように、それは、まぁ…と一応頷く。  
「特に、あんたにはね」  
またまた意味がわからないと言わんばかりに首をかしげる。  
 
ゼルはいつでもアメリアを見ていた。  
戦いでアメリアが負傷すればいたく心配するし、もちろん彼女をかばってゼル自身が大怪我を負ったこともある。  
つっぱしるアメリアの後ろ姿をいつも見守るように見つめていたこと。  
大きな市場に行ったときなんて、自分の腕をひっぱってうれしそうに走り回るアメリアを見て、珍しく顔を赤くしていたこと。  
「これ以外にも、ゼルがアメリアを見ていたことはたくさんあるわ」  
いつも見ているようだ、と言っても過言ではない。  
「あんたのこと、すごく大切なんじゃないかしら」  
あたしの言葉に大きな瞳をさらに大きくして、言葉を失うアメリア。  
顔を真っ赤にして、目をぐるぐるさせている。  
今度は顔色が青くなったり紫になったり、かと思えばまた真っ赤になったり。  
え、でも…そんな…でもそしたら…。  
わけわからん事を呟いて、変顔でもしているようなアメリア。  
…ちょっと面白いかも。  
切羽詰まった顔も、傷ついた目も。  
大切なひとにこんなことをしてしまう自分自身に対してのもの。  
目の前で傷ついていくアメリアに対してのもの。  
アメリアはやっと気づいたようだ。  
「でもね、ゼルのしたことはやっぱり許されることじゃないわね」  
顔をあげて、ですよね、と苦笑したようにアメリアは言う。  
 
聞けば、最近ゼルの様子はおかしかったと言う。  
何を話しかけても問いかけても曖昧にしか答えてくれない。  
少ない口数がさらに減って、あまり目を見てくれなくなった。  
その度に少しずつ傷ついたアメリアは、自分が原因なのではないかと意を決してゼルの部屋に行ったのだ。  
「…わかりやすい奴ね…」  
呆れて答えたあたしに、やっぱり苦笑してぽりぽり頭をかくアメリア。  
そーならそーって、言ってくれればいいのになぁ。  
アメリアの呟きに、  
「まぁ、不器用すぎるあいつにはまず無理ね」  
きっぱり言い放つあたしの顔を見て、そうですね、とアメリアは笑う。  
 
―コンコン。  
ドアがノックされる。  
あたしとアメリアは思わず顔を見合わせた。  
きっと、ドアをあけると。  
ひどく落ち込み、どうしていいかわからないようにうなだれたゼルが立っているはずだ。  
 
私、行ってきますね。  
まだあちこち痛むのか、よたよたとアメリアはドアに向かう。  
開ければ案の定、下を向いたゼルガディス。  
うわー、こんなゼルなかなか見れないわ。  
なにか呟いたようだが、ベッドに腰かけているあたしには聞こえない。  
アメリアがゼルの頭にぽんぽんと手を置く。  
そして私のほうに笑顔を向けひらひらと手を振ると、ゼルの腕をひっぱって廊下に消えた。  
 
「…もう大丈夫ね」  
閉められたドアを見て、あたしは呟く。  
そこにまた聞こえるノックの音。  
ひょいと覗く、見慣れたひと。  
「ゼル来たか?」  
ガウリイの問いかけに、ええ、とだけ頷く。  
「そうか」  
私の横に腰かけ、のほほんと言うガウリイ。  
どうやらガウリイとゼルも何かあったようだ。  
しばらくすると、やたら元気な声が聞こえてくる。  
「あー…始まった。お説教タイム」  
額に手をあてて溜息まじりにあたしは呟く。  
何を言っているのかはわからないが、どうやらアメリアがゼルにお説教している様子。  
時折聞こえてくる、「そもそも女の子の扱いは」とか「正義じゃありません」とか、とにかくゼルは正座でもさせられているんだろう。  
そしてアメリアは愛と正義と乙女について延々しゃべりつつけるだろう。  
思うとおかしくて、つい笑みがこぼれる。  
 
ガウリイの大きな手が、あたしの頭にぽんぽんと置かれる。  
見上げると優しい瞳に、あたしは満面の笑みを返す。  
―甘い夜は始まったばかり。  
 
 

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