【それを悲恋と呼ぶのなら】
「へー。ゼルはとことん器用なんだなぁ」
「そういう訳じゃない。器用貧乏、という言葉もある。俺からすれば、あんたみたいに突き抜けた才が欲しいよ」
「才〜?いや、別に俺は何も考えずにこう、剣をぶわーっ、とだな。それであとはこう…ずしゃーっ、と…」
「…それを才と言うんだ。……ああ、酒が切れたな。親父、同じ物をもう一つ。それでいいかガウリイ?」「ああ!美味い酒ならなんでもいいぜー」
旅の途中で立ち寄った宿場町の小さな酒場で、ガウリイとゼルガディスは談笑を楽しんでいた。もう夜も随分更け、二人が飲み干した酒瓶も一本や二本ではない。
リナとアメリアはこの町自慢の温泉をのんびり堪能したあと、湯中りしたのか宿で熟睡している。
残された男二人はそれならばと、酒場巡りをする事にしたのだった。
ガウリイとゼルガディスは剣士である。当然交わす会話もそちらへと流れていく。
普段ならばリナの突っ込みやアメリアの笑い声が混じってくる為、そんな話もじっくりする機会はなかなかない。
剣を捌く際の足運び。目線やフェイントを交えた相手との駆け引き。そしてかつての武勇伝。
ゼルガディスは真剣に。ガウリイは目を輝かせ。
肩を並べ、酒を交わしながら語り合うのは貴重で楽しい一時となった。
「…さぁて、そろそろ宿に戻るか?ゼル」
「そうだな。この一杯で終わるとするか」
至福幸福満面のガウリイとは対照的に、ゼルガディスはあくまでも静かに笑みを湛えながらジョッキに酒を注ぐ。しかし彼をよく知る者ならば、ゼルガディスがこれ以上ないくらいに上機嫌なのは明白だった。
リナと魔道理論の話題で盛り上がるのもいいが、こと剣技の話となるとやはりガウリイと話すのは楽しくてたまらない。
「…んー…。じゃあゼルガディス、あともう一つ聞いときたい事があるんだが」
「ん?なんだ?」
「なぁ、お前はリナが好きなのか?」
──口に含んだ酒をぶち撒けそうになる自分を、最大限の努力で押さえる。
「ッ…!…い、いきなり何を言いだすんだガウリイ…!」
「──好き、なのか?」
「…っ、嫌いなら行動を共になどしてない…!」
「そういう意味じゃないんだ、ゼル」
酔っ払いの絡みかとゼルガディスは狼狽したが、ガウリイの眼にはいつの間にか、冷えきった光が宿っていた。
「男として、──リナが好きなのか?」
それは、もはや質問というよりも確認だった。
ゼルガディスの心に、ちくりと痛みが刺す。
「…やれやれ。隠し通すつもりでは…あったんだがな」
ぽりぽりと頭を掻きながら、ゼルガディスは諦観めいた長い溜息を吐いた。
「──ああ。俺は…リナが好きだ」
ガウリイに殴られるくらいの覚悟を持って、ゼルガディスは凛と宣言する。
「……やっぱり、な」
だがガウリイは辛そうな、困ったような眼差しで、恋敵となった男を見た。
「でもなぁ、ゼル。リナはもう…」
リナは、すでにガウリイのものだった。ガウリイもリナを誰よりも愛している。そして、それをゼルガディスも痛いほどに知っている。
「いくらお前でも、これだけは譲れんぞ。──リナは、オレのもんだからな」
だから諦めろ──とは、ガウリイは言わなかった。ゼルガディスがどれだけの想いを持ってリナを見ていたか、随分まえから気付いていたからだ。
ただ、一歩も引かないという意思──いや、意地を持って、きっぱりと断ずる。
ガウリイの優しさと意地を、ゼルガディスも充分に感じた。いや、そんなことはとっくに解りきっていた。──だから、彼は。
「…ああ、そうだな。確かにリナは、あんたのものだ」
穏やかに、笑ってみせた。
「…へ?」
ぱちくり、とガウリイの目が見開かれる。頭の上に沢山の疑問符が浮かぶ。
「俺は確かにリナが好きだ。だがなガウリイ、俺はあんたも好きなんだ」
「はァっ!?」
何かとんでもない誤解をしたのか、ガウリイの顔がさっと青くなる。
「すすす好きって、おい、お前ってまさか両刀──」
「違う違う」
ぶんぶんと手を振ってみせると、ガウリイはさも安心したように胸に手を当てて息を吐く。
「つまりな。俺は、あんたらが幸せそうに一緒にいる所を見るのが、一番好きなんだ」
いつでもリナは輝くように笑っていた。笑っているリナを見るたびに、満ち足りた気分になれた。
そしてその笑顔はいつでも、ガウリイの隣にいる時に見られた。
リナを愛する気持ちは強い。だが、リナからガウリイを奪う事は、二度とその笑顔を見ることが叶わなくなるという事に他ならない。
だから、ゼルガディスは、『幸せなリナ』を愛している事に気付いた。
──例え、その隣にいる男が自分ではなくても。
愛する女が、幸せそうに笑っている姿をずっと見ていられるほうがいい──。
「……ゼル」
「約束してくれるか、ガウリイ?」
呆気に取られたままのガウリイにぐい、とジョッキを差し出す。
「リナを──誰よりも幸せにする、と」
挑戦的な笑みを浮かべて、ガウリイに問うた。察したガウリイもまた、不敵な笑みで返す。
「聞かれるまでもない。リナを取られるわけにもいかん。リナは、オレが幸せにする」
がちん、とジョッキが鳴る。
残った酒をお互い一息で飲み干すと、ガウリイとゼルガディスはさっきまでの緊迫感などなかったかのように笑い合った。
「──なぁ、リナ。お前は、幸せか?」
寝台の上でリナを抱き締め、激しく突き上げながら、ガウリイはその耳元に囁く。
「…んぅ、あ、…ッ何よ、こんな時に…っ!」
息も絶え絶えに喘ぎながら、リナは自分を優しく犯す男を見上げる。
「やッ…あ、あん!はぁ…あ──!」
愛液塗れの結合部から、濡れた卑猥な音が聞こえてくる。腰が自然に揺らめき、ガウリイの精を残らず吸い尽くさんと締め上げる。
「リナ、きついっ…!」
「無茶、言わないで…ッ!あんたの、あっ、でかすぎ…なんだから…ぁ!」
痛みは全て快楽に変換され、リナの呼吸とガウリイの呼吸が次第に合わさっていく。──果ては近い。
「んッ…!だめ、いく…ッ!」
「リナ、リナッ…!」
愛しい女の名を繰り返し、腕の力を込めた。熱い吐息を交わしながら、どちらともなく唇を求め合う。
「んふ、ん、んぅ──ッ!」
「く、おっ…!」
びくびくと痙攣じみた動きで震え、リナが絶頂に達する。同時にガウリイも、リナの中に熱い奔流を叩きつけた。
「ん──あ、はぁ…」
余韻に身体を震わせるリナから己を引き抜き、その隣に寝転がりながら、ガウリイは優しく笑ってリナの髪を梳く。
「…ね、ガウリイ」
情事が終わったあとの気怠く心地よい睡魔に身を任せつつ、リナはガウリイに囁いた。
「んー?」
「──…あたし、今すっごく幸せだよ」
照れ臭いのかぼそぼそっと早口で言ってしまうと、リナはくるりとシーツに包まってしまう。
その姿があまりにもいとおしくて、ガウリイは最高に嬉しそうに笑う。
今夜もいい夢が見られそうだ──。
ぽん、とリナの頭を撫でると、ガウリイも深く眠りの淵へと落ちていった。
心なしか頬を赤らめたリナと、のんきに笑うガウリイ。
朝ごはんは何にしようかとはしゃぐアメリアと、フードを被り穏やかに食卓を眺めるゼルガディス。
いつも通りの平和な朝が、彼らを迎える。
やがて運ばれてくる朝食を、凄まじい勢いで奪い合い始めるリナとガウリイ。
アメリアは被害に合わないようにテーブルの隅っこに陣取り、その隣ではゼルガディスが優雅に茶を啜る。
「…それにしても、リナさんもガウリイさんも、少しは落ち着いて食事をしたらいいのに…」
目の前で繰り広げられる激戦を呆れたように見ながら、アメリアは二人に聞こえないようそっと呟く。
「まあ、そうだな。しかし、二人とも楽しそうだからいいじゃないか」
ゼルガディスにしては温かみのある言葉に、アメリアは驚いて顔を見ると、彼は羨望とも憧憬とも思える眼差しで二人を見守っている。
「それに、下手に手を出して逆鱗に触れることもないだろう?」
皮肉げに肩を竦めるその動作にも、何やらいつもとは違う何かが感じられ、アメリアは首をかしげた。
「…ゼルガディスさん、…なんだか嬉しそうですね」
「そう見えるか?」
「はい」
それもそうかもな、とゼルガディスは笑った。
ガウリイの誓いは、違えられる事無く守り続けられている。
リナの笑顔が、眩しくて。
ゼルガディスは満たされていく。
手に入れることが叶わぬ想いを悲恋と呼ぶのなら。
ゼルガディスの想いは、決して悲恋などではない。
何故なら──既に手に入っているからだ。
了