天蓋付きのベッドは、幕を下ろしてしまえば二人きりの世界だ。
「ん、ん、んん・・・・・・」
舌を絡めあう濡れた音だけが耳に届く。
「あ、ガウリイ・・・・・・」
男の手が小ぶりな胸を包み込むと、指先で色づいた先端をねぶる。
「ん、あっ・・・・・・」
かすかに背中を強ばらせたリナを、そのままベッドに押し倒して覆いかぶさる。
唇から離した舌で鎖骨の辺りを舐めると、サラリと男の黒髪がリナの頬にかかった。
「ん・・・・・・くすぐったい。」
サラサラと髪があたる感触と胸元を舐められる感触に身をよじりながら言うと
「じゃあ、コッチにするか?」
男は足の間に顔を埋めた。
「あああっ!」
濡れ始めていた敏感な部分に息がかかると、一気にソコに意識が集中した。
舌で突起をつつきながら、指が愛液を滴らせる秘裂の入り口を浅く出入りする。
「あんっ、あっ、あ、んんっ」
「すごいな、大洪水だ。」
「ちょっ、ああああああっ!」
揶揄するような男の声に講義しようと、身を起こしかけたところにスブリと深く指が挿入され
リナは再びベッドに倒れこんだ。
「なに、ばかなっ、コト・・・・・・言ってるの、よっ!」
「馬鹿なも何も、事実だしな。」
「ん、いやら、しいっ・・・・・・!」
「お互い様だな。」
男は小さく笑うと、顔をリナの体から離して、今度は自分の一物をリナの顔に近づける。
「ほら、いやらしいコトしてみろよ。」
「もう・・・・・・」
リナは半勃ちのソレを手で包みこむと、そっとさすりながら先端を舌で舐めた。
しばらく手と舌で刺激を続けていると、男の腰が引かれる。
「もう、いい。」
「ん・・・・・・」
その言葉が示すことを理解して、リナはこころもち足を開いた。
ぴたりと硬い先端を入り口にあてると、そのまま男は身をかがめて口付ける。
「んん、ふぅっ」
「ん・・・・・・」
濡れた入り口に一物を添えたまま、挿入することなく深い口付けを交わしていると
じれたようにリナの腰が揺れた。
「あ、もう・・・・・・」
「何だ?」
「わかってるくせに。」
「だから、何を?」
「・・・・・・ばか・・・・・・」
意地悪く笑う男の首に腕を回して引き寄せると、はずかしい気持ちを押し殺して耳に囁く。
「もう・・・・・・入れてよ。」
「仰せのとおりに。」
「ああっ!」
太く硬いモノがじりじりと挿入ってくる感覚に身を任せると、もうそのことしか考えられない。
「あっ!あっ!ん、すご、いっ!」
「・・・・・・リナっ」
「ああんっ!あっ!もっとっ!もっと、してぇっ!」
深く浅くえぐって、かき回して、大きく小刻みに揺らして――――何もかも忘れて快楽だけを追う。
この時だけは、何も考えなくていい。
ただ、二人で交わるだけ。
行為が終わって荒い息が整った頃には、リナはもう疲労のためにまどろみ始めていた。
その栗色の髪を梳きながら、額に口付けると安心したように眠りに落ちた。
穏やかな寝息を立て始めたリナを眺めながら、男も目を閉じて心地良い睡魔に身を任せた。
「良かったわね、ゼル!」
「ああ、あんたのおかげだ。」
「いやー、ほんとに良かったなー。」
「旦那にも世話になった。」
長い時間がかかったが、ゼルガディスはようやく人間の体を取り戻した。
魔族との戦いが激化する中、キメラの能力を失うことはプラスばかりではないはずだが、
リナとガウリイの二人はまるで自分のことのように喜んでくれて、それが少しくすぐったかった。
「よし、今日はあたしがオゴっちゃう!ぱーっとやりましょ!」
「おおおおおっ!リナ、太っ腹!」
「あんたの分は自腹ね。」
「うえええええええーっ!ヒドい、リナ!相棒なのに・・・・・・しくしく・・・・・・」
「ええいっ!誰が相棒よ!あんたなんか、どっちかってゆーとヒモでしょ!ヒモ!」
「くっ」
たまらずゼルガディスは噴きだした。
世界中が暗い雰囲気のこんな時代に、この二人は――――この二人だけはいつまでも変わらない。
「ちょっと、何笑ってんのよ、ゼル。」
「いや、あんたたちは変わらないな。」
「そりゃ、あたしは完璧な天才魔道士ですからね。変わる必要はないわ。」
「ああ、でも旦那の記憶力は変わった方がいいと思うぞ。」
「お前さんまでひどいこと言うなー、ゼル。」
「じゃあ聞くが、俺のフルネーム覚えたか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「ま、旦那には期待してない。」
「・・・・・・この先一生かかっても覚えないんじゃないかしら、このクラゲ・・・・・・」
「あははー、照れるなぁ。」
「照れるところじゃないっ!」
「――――っ!」
はっと目を開くと、豪奢な作りの天蓋が暗闇に浮かび上がって見えた。
隣では、リナが静かに眠っている。
(・・・・・・またあの夢か・・・・・・)
繰り返し繰り返し見る夢。
一番幸せだった頃の。
全身にかいた嫌な汗を流そうと、ベッドから降りて部屋付きの浴室に向かう。
湯を浴びてタオルで体を拭いているときに、脱衣所の姿見が目に入った。
そこに写っているのは、無駄なく鍛え上げられた長身の青年だ。
かつてその体は蒼黒い岩で覆われていたが、今は違う。
金属の銀髪は元の黒髪に戻り、どちらかといえば色白の肌は人間のものだ。
「・・・・・・・・・・・・」
ゼルガディスはしばらく鏡に写った自分の姿を見ていたが、耐えられないように目をそらした。
服を着て部屋に戻ると、リナが寝ていることを確かめて、バルコニーから外に出る。
今夜は新月だ。
中庭の噴水に腰掛けると、きらめく星空を見上げた。
あの日――――
あの最後の戦いの日――――
カタートで乱戦になり、ゼルガディスはリナやガウリイとはぐれた。
敵味方が入り乱れる中で立ちふさがる魔族をなぎ払い、リナとガウリイが
戦っているであろう北の魔王のもとにたどり着いた時には――――もう終わっていた。
リナは髪を銀色に染めてうつぶせに倒れ、近くにはガウリイの剣が落ちていた。
ガウリイは――――どこにもいなかった。
昏々と眠り続けていたリナが目覚めた時、彼女は真っ先にゼルガディスに向かって言った。
「良かった。ガウリイ、無事だったのね。」
その時ゼルガディスとアメリアが受けた衝撃――――
「珍しいことでは無いそうよ。」
憔悴しきったアメリアが言った。
「あまりにも大きな精神的ショックを受けると、自分を守るために・・・・・・」
「自分の記憶を捏造するのか。」
「リナは、ガウリイさんを――――」
「知っている。」
もうきっと、リナは限界のぎりぎりにいたのだろうと、ゼルガディスは思った。
いつだったかガウリイが話していたことがある。
自分たちが再会する前に、もう一体の魔王を倒したこと。
その時にリナは、心に深く大きな傷をつくったこと。
もうそれで、限界だったのだ。
ガウリイが傍にいてこそ、ようやく保てる平静だったのだ。
それが――――
「無理に事実を認識させようとすると、本当に精神が崩壊する恐れがあるそうよ。」
アメリアの言葉を聞いて、ゼルガディスは決心をした。
リナはいたって普通だ。以前と何の変わりも無い。
ただ、ゼルガディスをガウリイと認識しているだけで。
「そうか。ならば何の問題も無い。」
「ゼルガディスさん?」
「俺が自分の名前を捨てればいいんだろう?」
「でも・・・・・・」
「リナの前では、もうゼルガディスとは呼ばないでくれ。」
「・・・・・・・・・・・・」
その日から、リナの前で、ゼルガディスは自分の名前で呼ばれることは無くなった。
魔族討伐の功労者としてリナを表舞台に出そうとする魔道士協会からリナを引き離すため、
アメリアはリナにセイルーンの宮廷魔道士となるように頼み、ゼルガディスには護衛を任せた。
これで、二人をセイルーンで守ることができるから――――
「わたしには、これくらいしか出来ませんから。」
もうリナには辛い思いをさせたくない。
戦いは終わったのだから、ゆっくりと休んで欲しい。
もう、いいから――――
アメリアは一度だけ、涙を流した。
ゼルガディスも本当は泣きたい気分だった。
生まれてから唯一人、親友と呼んでもいい男を失ったのだ。
自らの愚かさで失った人間の体を取り戻すことが本望だったが、今となっては
キメラの体に戻ったとしても、ガウリイがいた頃に戻りたい。
(馬鹿な考えだ。時間が戻せるわけもないのに・・・・・・)
うつむき、流れてきた黒髪をうっとおしくかきあげる。
ライバルでもある親友を失って、尊敬していた戦友の心まで失われた。
今となっては人間の体に戻れたことなんて、些細なことに思える。
満たされていたあの時間を奪われるくらいなら。
自分の名前で呼ばれることを奪われるくらいなら。
どこか、似ているところでもあったのだろうか。
自分とガウリイの間に。
それとも、傍にいた“人間”の男ならば、誰でもそう思ったのだろうか。
これは、ガウリイだと。
でも――――
俺はガウリイじゃない。
あんなふうに穏やかに笑えないし、体つきもガウリイよりは貧弱だ。
髪だってガウリイの太陽のような金髪ではなく、月の無い闇夜のような黒髪だ。
瞳だってガウリイの雲ひとつ無く晴れた青空のような色ではなく、深く冷たい海の色だ。
なのに、どうして、俺をガウリイと呼ぶ?
俺が人間に戻っていなかったら、間違えることもなかったのか?
キメラのまま、岩と金属の体ならば、間違えようもなかったのか?
俺が人間に戻っていなかったら――――
さくり、と草を踏む音が聞こえたが、振り返らなかった。気配でアメリアと分かったからだ。
「また、ウダウダ何か考えてるんですか?」
「ウダウダって・・・・・・ずいぶんな言い草だな・・・・・・」
アメリアはひょいっと肩をすくめた。
「昔からそうでしたから。」
「悪かったな。後ろ向きな人間で。」
ゼルガディスの前にグラスが突き出された。中ではブランデーが揺らめいている。
「どうぞ。」
「ああ。」
アメリアはゼルガディスの横に腰掛けると、同じように空を見上げた。
しばらく二人で黙って酒を飲みながら星空を眺める。
「わたし・・・・・・昔は信じてた。物語はみんなハッピーエンドで終わるんだって。」
父フィリオネルが聞かせてくれた御伽噺も、英雄譚もみな主人公は幸せになって終わった。
どんなに不幸な身の上でも、がんばれば幸せをつかめるのだと、物語はそう教えてくれた気がした。
「・・・・・・。」
唐突なアメリアの話にゼルガディスは何も言わなかった。
自分もつい最近までそう信じていい気がしていたのだ。
長く苦しい経験をしたが、望みのものは手に入れた。
だた、代償があまりにも大きくて、幸せになったとは思えないだけだ。
「ゼルガディスさん。」
アメリアの声が一段と真剣になる。
「リナには、今、あなたしかいないの。」
ゼルガディスはアメリアの顔をまっすぐに見た。
「お願い。リナのそばにいてあげて。わたしからのお願い・・・・・・」
「・・・・・・ああ、そのつもりだ。」
たとえ、偽りでも。
どうしてハッピーエンドにならないの?
リナはあんなにがんばったのに。
主人公はいつまでも幸せに暮らしました、で終わらないの?
アメリアの声にならない悲しみが聞こえた気がして、ゼルガディスは耳をふさぎたくなった。
部屋に戻るとリナはまだ眠っていた。
起こさないように、そっと体を隣に滑り込ませる。
「ん・・・・・・」
かすかに体が触れると、リナが目を開けた。
「悪い、起こしたか?」
「・・・・・・んー。」
まるで子供のように腕を伸ばしてリナがゼルガディスに抱きついてきた。
「そばにいて。」
「どうしたんだ?」
「夢を・・・・・・なんだか、怖くて悲しい夢を見たの。ガウリイが、いなくって・・・・・・」
「――――っ!」
一瞬息が詰まる。
「とても悲しくて、苦しくて・・・・・・」
「リナ!」
ゼルガディスは唇を重ねてリナの声を遮った。
「いるだろう?俺はここに。」
「・・・・・・うん。離れない?」
「離れない。」
「ずっと、抱きしめていてくれる?」
「ああ、ずっとだ。」
「ガウリイ・・・・・・」
小さく幸せそうな、どこか切なそうなリナの声を聞いて、ゼルガディスの中に様々な感情がわきあがる。
ガウリイ、お前のせいだ。
お前がいなくなるから悪いんだ。
リナをどうして置いていった?
お前じゃないとリナは幸せにはなれないんだ。
なのにどうして置いていった?
お前が帰って来ないなら、俺がリナをもらうぞ。
例え身代わりだとしても、偽りだとしても、俺がずっとそばにいる。
文句を言ったって知らないからな。
お前が悪いんだ。
いなくなった、お前が――――
「リナ・・・・・・」
自分の唇をリナの耳に、頬に、肩に、胸にと滑らせていく。
「ちょっと、ガウ――――」
その名前を聞きたくなくて、その名前で呼ばれたくなくて、深く口付けをする。
「んん、あ、ふぅっ・・・・・・」
下を絡ませて吸い上げると、リナの目はもう潤み始めていた。
「さっき、したばかりじゃない。」
「抱きしめて、って言っただろ。」
「そーゆーイミじゃ・・・・・・あっ!」
リナの足の間に手を入れると、さっきの名残でまだ濡れていた。
自分の放ったモノとリナの愛液が混ざったモノを指で掬い取って、リナの敏感な先端に塗りつける。
「あっ、あんっ・・・・・・。」
喘ぎ、のけぞるリナの足の間に体を入れると、すでに硬くなっている自分自身が見えた。
「待ってよ、ガウリ――――」
「そんな夢忘れるくらいにしてやるから。」
硬い自分の先端を、リナの秘裂にこすり付けると、ぐちゅぐちゅと音がする。
「欲しいだろう?」
「あ、ばかぁ!」
ゆっくりと、ゆっくりとリナの中に入っていく。
「んっ、んんっ・・・・・・」
全部納めきって小刻みに腰を動かすと、リナの喘ぎ声がいっそう高まった。
「ああっ、イイっ!」
「んっ、リナ、イイのか?」
大きく腰を振って奥を激しく突き上げる。
「ああっ!ガウリイっ、ガウリイっ!」
「リナ!」
違う、俺はガウリイじゃない。
やり場の無い怒り、悲しみ、嫉妬――――
ぐるぐると渦巻くどす黒い感情を叩きつけるように、ゼルガディスはリナを攻めた。
リナは自分じゃない愛しい男の名前を呼びながら、快感にうち震えている。
ぞくぞくとする慣れた快感に、ゼルガディスの思考も痺れてきて、何もかもどうでもよくなる。
このままずっとリナといて、リナを抱いて、快楽に溺れても、誰も文句は言わないはずだ。
俺たちの役目は終わった。
戦うことなく、穏やかに狂気の中で生きても、誰にも迷惑はかけないはずだ。
正気を失ったリナと、二人でずっと。
――――ああ、でも・・・・・・
リナ、お前はいつの日か俺を俺として見てくれるのか?
それを、せめてもの希望としてもいいのか?
達した疲労感に身を任せ、うとうとと薄れる意識の中――――
「ごめんね、ゼル・・・・・・」
誰かの声が聞こえたような気がした。
終わり