手をつないできた。  
 
 あたしの手を、ガウリイが握りしめて…そのまま歩き出した。  
 なにを考えてるんだろう、この男。  
 好きでもないくせに。  
 あたしのこと…愛しても、いないくせに。  
 
 あたしにとっては最大級の、愛のあかしなのに。  
 すべてを護るって、そういう約束の、あかしなのに。  
 
 悲しいわ。  
 あたしはあなたが好きよ。  
 とても。  
 世界中の、たとえ誰があなたから離れていっても、あたしだけはずっとあなた  
の味方でいるって断言できるくらい、あなたのことが好きなのに。  
 なのに、どうして、そんな軽い気持ちで、あたしと手をつないだりするの…?  
 
 心臓にナイフで切りつけられているような痛みが、歩くたびに響いてくる。  
 このままズタズタに切り裂かれて死んでしまいそうだった。  
 
 なんでもないこと、なのかしら。  
 どうでもいいこと、なのかしら。  
 あたしの中の、大事な儀式なんて、この男には…  
 
 ふたり手をつないで  
 どこまでも一緒にいくって  
 そういう約束  
 恋人のあかし  
 
 それなのに。  
 
 「軽々しく手なんかつながないでよ!」  
 
 気がつくとあたしはそう怒鳴って、ガウリイの手をふりほどき、情けない気分で  
いっぱいで、泣いていた。  
 
 「好きでもないのに! こんなことしないでよ!!」  
 
 あたしにとっては、指輪をはめるのと同じ。  
 あなたが大好きよって、叫んでるのと同じ。  
 片方だけじゃ意味ないのに。  
 あたしだけじゃ、意味なんてないのに。  
 好きだって、思ってても、ひとりだけじゃ、苦しいだけなのに。  
 
 「…なんてことしてくれたのよ」  
 
 あたしは、全部壊してしまった。  
 今まで築いてきたもの、全部、ほうりなげて、こなごなに、砕いてしまった。  
 
 黙っていようと思っていた。  
 この気持ちがあたしだけが抱いているものなら、ずっと黙っていようと。  
 ずっと黙って、側にいようと、思っていた。  
 それが許されることなら…許される間だけ。  
 
 中途半端に寄られても、苦しさが増すだけなんだって、寄られてからわかった。  
 でももう手遅れ。  
 あたしは自分を守るために、大切なものを、自ら壊した。  
 
 だってガウリイは、あたしがどうして怒鳴ったのかなんてまるでわかってない顔で  
こっちを見ている。  
 あたしがどうして泣いているのかも、まるで、わかってない。  
 
 「もう、むり…さよなら」  
 
 あたしは走って逃げた。  
 壊してしまったものを見ている勇気なんかない、ましてや拾いあげるなんて…  
 これ以上、血だらけになりたくない。  
 死んでしまったほうが楽なんじゃないかなんて思ってる。  
 
 
 …今日はお祭りだった。花でいっぱいの、村祭り。  
 うかれたガウリイに誘われて、ワルツなんて踊った。  
 踊りながら、死んでしまうかと思った。  
 ふれた手と腰が、なんの意味も持ってないって、そう思って、踊りながら、あたしの  
心は、ゆっくりと潰れていった。  
 ガウリイはそのまま、うかれたまま…  
 帰り道で、手をつないできたのだ。  
 
   
 息が苦しくなって足がもつれた。川が流れる音がする。もう走れない。  
 酸素を求めて空を見上げると、夜空に満天の星だった。  
 汗で額から首筋に髪の毛がまとわりつく。それがあたしの、彼への未練のようにも  
思えて、たまらなく不快だった。  
 
 「どうしたらわかってくれるんだ…?」  
 ガウリイの少しだけ乱れた呼吸と声。  
 もう追いつかれていた。あたしの全力疾走すら軽々と台無しにしてくる。  
 「別れるつもりなんてねーぞ、オレは」  
 あたしの手を有無を言わさずねじり上げ、近づく。  
 「オレが信じられないなら…」  
 彼はあたしの腰からショートソードを抜き取り、刃を自らの胸にあて、柄をあたしに  
握らせた。  
 「いっそオレを殺して、行け」  
 正確に急所に押し当てられた刃は、あたしの目の前でガウリイから血を滴らせる。  
 「どうして…こんなこと……」  
 「オレの台詞だ、そりゃ」  
 確かにそうかもしれない。  
 ただワルツを踊って、手をつないで帰った。それだけ。  
 それだけのことに、心がこんなにもズタズタになって、ふたりの間にあった仲間とし  
ての信頼関係さえ粉々に叩き割って、あげく走って逃げてさよならだなんて、あたし  
にも自分が何をしているのかわからなかった。  
 
 「好きだよ…お前さんが、好きだ」  
 いきなりの台詞に、あたしは信じられない光景を見ているのかと頭を疑う。   
 「答えてくれ、これはオレの片思いなのか?」  
 自分の耳を疑う。  
 「なぁ、なんで、泣いて、逃げた」  
 柄を握る自分の手の感触を疑う。  
 「オレの前からいなくなるんなら、殺してくれ」  
 彼を追い詰める自分の存在を、疑った。  
 「お前の手で」  
 ガウリイの心臓めがけて浅く刺さる刃が震える。  
 文字通り命がけでせまってくる彼の姿に呼吸を忘れていたのか、あたしは意識を  
失い、白い世界に落ちていった。  
 
 
 夢、なのかもしれない。  
 あたしは目を覚ましたのに、そう思った。  
 あたしが存在していることすら、誰かの夢なのかもしれない、そう思った。  
 しかしあたしはまだショートソードを握ったまま。現実だった。  
 ガウリイはあたしを膝にもたせかけたままに草の上に仰向けに寝転んで、星を見て  
いた。鼻歌が聞こえる。  
 「ねぇ、もう一回、さっきのしてよ」  
 「…今からあんなにテンションあげられねーよ」  
 「………テンションの問題なの…?」  
 「ま、でも、言うだけならいくらでも言ってやるよ」  
 彼は起き上がりもせず、片腕だけを動かしてあたしの頭をそっとなでた。  
 「好きだ」  
 「…もういっかい…」  
 「愛してる」  
 「…もっと…」  
 「世界で一番」  
 「……もっと」  
 「世界中がお前の敵にまわっても、オレがお前を護る」  
 「………」  
 「一生。ずっと、そばにいる」  
 ガウリイはよっこらせ、と体を起こすと、星の代わりにあたしを見つめてきた。  
 「足りない?」  
 そう言った彼を、あたしはまっすぐ見つめ返す。  
 「冗談」  
 くすっと笑みがこぼれる。  
 「ん…じゃぁさ、オレの子供産んで…」  
 いまさら初めて照れたように頬をかくガウリイ。  
 あたしたちは外だというのに、宿屋に戻るつもりなんかこれっぽっちもなく、今まで  
出したこともないような声をあげて、深く深く繋がった。  
 

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