濡れている髪をタオルで拭きながら、あたしは宿の廊下を歩いていた。そして、部屋の前で立ち止まる。  
 そこはあたしが今晩泊まる部屋だ。  
 そして同時に、ガウリイの部屋でもある。  
 あたしはドアの前で立ち止まったまま、小さく息を吸った。  
 ゆっくりと息を吐きながら、ドアノブに手を伸ばす。  
 ドアを開けて中に入る。たったそれだけの行為なのに。  
 中にあるガウリイの気配を感じてしまい。  
 あたしは中途半端な姿勢のまま、それ以上動けなくなってしまった。  
 
 事の発端……なんて大層なものじゃないけど、始まりは、宿のおっちゃんの一言だった。  
「今晩の宿ねえ。……一部屋しかないけど、いいかい?」  
「えええええっっっ!?」  
 思わず叫んだあたしの声は、宿のおっちゃんが耳を塞ぐほどだったらしい。慌てて口を押さえたあたしを目で確認した後、耳にあてていた手をどかしたおっちゃんが口を開いた。  
「すまないけど、今日は客が多くてね」  
 むしろ一部屋残っていることをラッキーだったと思えといった風のおっちゃんの声音に、あたしは駄目元で聞いてみる。  
「この村に他に宿は……」  
「ないよ」  
 あ、やっぱし。  
 あまり大きくない村に、そう何件も宿屋があるはずもない。それは当然の返答でもあった。  
 そうは言っても。困るもんは困る。  
 何故ならこの村で泊まれなかったら、今晩は野宿になってしまうのだから。  
 野宿するくらいなら、ちょっとくらい問題があってもちゃんと屋根のあるところに泊まりたい。泊まりたいけど……部屋、一緒かあ。  
 あたしは斜め後ろに立っているガウリイをちらりと横目で見た。  
 おっちゃんとあたしの会話を聞いているんだかいないんだか、ガウリイは頭の後ろで腕を組みながら、外の景色に視線を運んでいた。  
 あたしが困っているっていうのに! 思わず八つ当たりしたくなる。  
 ガウリイを呼ぼうと口を開きかけたその時。  
「で、泊まるの? 泊まらないの?」  
 おっちゃんの問いかけに、あたしは開きかけた口を別の言葉を紡ぐことに使った。  
「そりゃあ……」  
 言いながら、あたしはもう一度ガウリイの方を見つめた。ようやくあたしの視線に気づいたガウリイと目が合う。  
 でも今までのやり取りを聞いていなかったのか、のほほんとした笑顔を送ってくるだけで。   
「そりゃあ……? なんだい?」  
「……泊まるに決まってるでしょ」  
 他に宿、ないんだから。  
 あたしはカウンターに向き直ると、小さなため息を吐きつつ宿帳に名前を書き始めた。  
 
 それが数時間前の話。  
 事情を説明した時も、ガウリイは「まあ仕方ないかー」とか言ってくれやがった。  
 そりゃまあ、今までにも宿の都合で同じ部屋に泊まるはめになった事はある。今に始まったことじゃないから、ガウリイの反応は別に普通なんだろうけど。  
 ガウリイの気持ちに気づいてしまったあたしにとっては、ちょっと、色々、困るわけで。  
 ああもう、自分の勘の良さが恨めしい!  
 ガウリイのあたしに対する気持ち……。  
 気づいたのは、数日前に発した彼の一言だった。  
「お前さんといっしょに旅をするのに、別に理由なんかいらないだろ」  
 光の剣の代わりを見つけた時、それでもあたしと共に旅を続ける事を選んだガウリイ。  
 その時あたしは、なんでそう思えたの? って考えてしまった。  
 こう言っちゃ何だけど、今のあたしといると苦労が増える。何せひっきりなしに魔族に襲われるんだから。しかも高位魔族。先日なんて、ほんの数日の間に覇王将軍シェーラを倒し、覇王グラウシェラー自身を撃退したくらいだ。  
 普通に生活している分には、一生に一度だって遭わずにすむ話である。  
 つまり、あたしとの旅ってことは、危険極まりないと同意ってことで。  
 それなのにガウリイはあたしと一緒にいる。保護者だからとか言って、常にそばにいようとする。  
 でも、保護者を名乗っていても、ガウリイは他人だ。ぶっちゃけあたしがどうなろうと関係ないはずなのに。  
 そう考えながらガウリイを見た時、はっと気づいた。  
 彼の気持ちに。  
 ええええぇええっっっ! うっそマジで!? あたしの気のせいじゃないのっ?  
 いやでもでも! ガウリイの行動を思い返せば、そういう事だと思ったほうが納得出来るものが多くて。  
 よく見ていると、ガウリイのあたしを見る視線が時折熱を帯びていたりして。  
 自惚れなんかじゃなく。  
 多分、きっと、ガウリイは。  
 あたしのことが好きなんだ。  
 
 気づいてしまったのに、同じ部屋に泊まるなんて事が出来るかって言うと、あいにくあたしの神経はそこまで図太くもなくて。……いや、ほんとだって。  
 一緒の食事も今まで通りにはいかなくて。食欲がないわけじゃないんだけど、なんとなく、ガウリイの皿からおかずを奪う回数が減ってしまった。  
今までは一皿につき三回はフォークを向けていたのに、昨日の夕食も今日の朝食も昼食も、さっきの夕食だって、定食一人前につき二回しか腕を伸ばしていない。  
 今も、部屋に入るのに躊躇ってしまう。ドアを前に動けないでいる。  
 廊下に突っ立ったままでいたら、触れる寸前のところにあったノブが勝手に回りだした。  
「のわっ!」  
 驚いているあたしの前に現れたのはガウリイだった。なんてことない、ガウリイが内側からドアを開けたのだ。  
「どうしたんだ、リナ。そんなところにいて」  
「いやー、……別に。あはは」  
 まさか入るのを躊躇ってましたとも言えなくて、あたしは曖昧に答えて部屋の中に入っていった。その後ろでガウリイが、ドアをゆっくりと閉める音が聞こえた。  
 ガウリイに顔を向けることが出来なくて、あたしは慌てて自分の荷物に向かった。そして、小さいけれどそこそこ重量のある袋を取り出す。  
 昨夜、盗賊いぢめに出かけた際の、戦利品だ。  
 や、寝付けなかったもので。  
 ちょこっとだけ夜の散歩に行った、ついでだったんだけど。  
 夜中にこっそりと自室へ戻ったところをガウリイに見咎められ、なんやかやで戦利品の整理をする暇がなくなってしまったのだった。  
おかげでお宝は今もって、袋の中でごっちゃになったままだったりする。  
 あたしはベッドの横にある小さめのサイドテーブルへ袋の中身を広げると、手馴れた手つきで品定めを始めた。  
 ガウリイはというと、あたしが荷物整理を始めたことがわかったのだろう。同じように彼の荷物の中から剣を取り出していた。  
 斬妖剣(ブラスト・ソード)。光の剣の代わりとするべく、ガウリイが手に入れた伝説の剣だ。  
 ガウリイは部屋の奥に設置された大きめのソファに腰かけ、剣の手入れをし始めた。  
 しばらくの間、あたしもガウリイもお互いに口をきくこともなく、作業に集中していた。  
聞こえる音といえば、獣脂のランプが燃える音と、あたしが触れる宝石や金貨が奏でる澄んだ音色くらいなもので。  
 でもその沈黙は決して不快なものではなかった。むしろ逆で。  
 沈黙した空間に一緒にいられるってことは、居心地がいいってことだから。少なくともあたしは、居辛い相手が近くにいたら沈黙に耐え切れずに何か話題を振ってしまうと思う。  
 ……まあ、そんな相手だったら、そもそも同じ部屋に泊まったりしないと思うけど。  
 お宝の整理を一通り終わらせた頃には、部屋に入った時に感じていた妙な緊張感も随分薄らいでいた。あーやっぱお宝を見ていると心が落ち着くわ。  
 あたしオリジナルの魔法で作った宝石の護符(ジュエルズ・アミュレット)を、傷がつかないよう丁寧に袋に戻しながら、あたしはそっと顔を上げた。  
ガウリイが何をしているか気になったからだ。  
 剣に加えて鎧の手入れまで始めていたガウリイが、そんなあたしの視線に気づいてこっちを向いた。  
「終わったのか?」  
「あー、うん」  
 袋の口紐を縛りながら曖昧に頷いたあたしを見て、ガウリイも鎧を荷物の方へと戻した。  
 やることがなくなったあたしは、ベッドに腰掛けながら近づいてくるガウリイを見上げた。  
 な、なんかガウリイの目がマジなんですけど。  
 再び妙な緊張感が胃を満たす。ガウリイの目を正視出来なくて、ふっと視線をずらしてしまう。  
 
「そ、そういえばっ。どっか出かけるんじゃなかったの?」  
「は?」  
 突然のあたしの問いかけに、ガウリイの纏う雰囲気がいつもののほほんに近くなった。  
「や、ほら。あたしが部屋に入った時。ガウリイ、ドア開けたじゃない。だから出かけようとしてたのかなーって。  
あ、もしかして食堂に夜食を食べに行こうとしてた? だったらあたしも一緒に……」  
 だけどガウリイは苦笑しながら首を横に振った。  
「あれは、お前さんの気配がしたからだよ」  
 だからドアを開けたのだという。  
「あたしの?」  
 ガウリイはあたしの目の前、さっきまで戦利品を仕分けしていたサイドテーブルの横に添えられた小さな椅子に腰掛けながら、ああ、と頷いた。  
「お前さんの気配が部屋の前まで来たってのに、そこで止まったまま一向に入ってこないだろ? もしかしてオレが鍵でもかけたのかと思ってさ」  
 え……? て、ことは…………。  
 しまったああああ! ガウリイが気配に敏感なのを失念するとはっ!!  
 ガウリイの勘の良さは折り紙つきだ。そりゃもう、野生動物もビックリなくらいで。あたしの気配くらい、気づかないはずがない。  
 そもそもあたし自身、部屋の中にいたガウリイの気配に気づけたんだから、その可能性は十分に予想出来るものだったはずなのに。  
 ガウリイはあたしがこの部屋に入る前から、ずっとあたしが部屋に入るのを躊躇していた事に気づいていたんだ。  
 あたしの馬鹿ああああ!!!  
 あたしは自分でもわかるくらい、真っ赤になってしまった。  
「リナ?」  
 ガウリイの声に小さく肩を揺らしてしまう。いつもだったら「乙女の行動をいちいち観察するなあああ!」とか叫んでスリッパ攻撃しそうなところなのに。  
 一向に動こうともしないあたしの態度に、ガウリイがちょっとだけ心配そうにしながら顔を覗き込もうとしてきた。  
そんなガウリイの視線を感じて、あたしは益々赤くなってしまう。  
「な、なんか疲れたみたい! 今日はもう寝るわっ!」  
 耳まで赤くなっているのがわかるのに、そんな顔をガウリイに見せられない。  
逃げの台詞としてはいまいちだとわかっていたけど、あたしはさっさと布団の中に隠れるように潜り込んだ。  
 突然のあたしの行動に、ガウリイはちょっと驚いているみたいだった。  
「なんだリナ、変なものでも拾い食いしたのか?」  
「レディに向かって失礼ね! そんなことしないわよっ!」  
 思わず布団の中から叫んでしまう。でもガウリイはあたしの叫びに小さく笑ったようだった。  
 なんか悔しい。でもここで布団から出て反撃する事は出来ない。あたしの顔はまだ真っ赤なままだから。  
「なあリナ、ほんとに寝るのか?」  
「うっさいわね。寝るったら寝るの。おやすみなさい!」  
 布団の中からそれだけ言ってだんまりを決め込む。その状態のままガウリイの気配を探っていると、程なくして彼も眠る支度を始めたのがわかった。  
 ベッドから離れた気配が、布の擦れる音を伴ってソファに向かう。ついさっきまでガウリイが剣を手入れしていたソファだ。  
 一つの部屋に二人で泊まる時、ベッドはあたしが使うことになっていた。というかそういう時は、ガウリイがベッドを使おうとしないので。  
 初めて一緒の部屋に泊まった時から、それは変わらない。  
 あたしは何度か、ガウリイのが大きいんだからとベッドを譲ろうとした。  
 だけどガウリイは頑として譲らなかった。曰く「女の子を床で寝かせといて、男のほうがベッドでぬくぬく眠れるもんか」だそうで。  
 そんなに言うなら、じゃあベッドはあたしが有効に使ってあげましょうということになって。以来、同じ部屋に泊まる時はあたしがベッドで眠っていた。ガウリイはソファベッドがあればそこで、なければ床で眠ることになる。  
 今日も、ガウリイはソファで眠るつもりだろう。決して小さくもないソファでも、彼が横になれば窮屈そうに見えるけれど。  
 ソファが小さな音を立てる。しばらくギシギシさせた後、ガウリイはようやく体をソファの中に落ち着かせたらしい。音が止んだ。  
 あたしはその間もずっと、布団の中からガウリイの気配を感じていた。  
 ガウリイに、起きている事がバレないよう、呼吸だけは気をつけて。  
 よくわからない緊張感に体を強張らせながら、あたしは布団の中でじっとしていた。  
 
 どのくらいそうしていたのだろう。  
 ガウリイが体を預けているソファが、ギシリと小さく軋んだ。寝返りのために彼が体を動かしたのだ。  
 未だ眠っていないあたしは、その音に一瞬だけ呼吸を止めてしまった。  
 その一瞬で、ガウリイは気づいたのだろう。  
「リナ、起きてるのか?」  
 素直に起きていると言えばいいだけの話なのに、何故かあたしは返事が出来なかった。  
 ええい面倒くさい。このまま狸寝入りしちゃえ!  
 ガウリイの声に答えることなく、あたしは再び規則正しい呼吸を繰り返した。  
「……寝てるのか?」  
 ガウリイの気配が動いた。どうやら立ち上がったらしい。  
 狸寝入りはしているけど、あたしの神経はガウリイの一挙手一投足まで気づけるくらい研ぎ澄まされていた。  
 立ち上がったガウリイが、ベッドに近づいてくるのがわかる。  
 でも眠った振りをしているあたしは、動けるはずもなくて。  
 そうこうしているうちに、ベッドの一部がぐいっと沈み込んだ。ガウリイが枕元に腰掛けたのだろう。それがわかっても、やっぱりあたしは身動き出来なくて。  
 あっという間に、ガウリイの気配が近づいてきた。  
 耳元に吹き込むように声がかけられる。  
「眠っているならそれでもいい。それでもいいから、聞いてくれ」  
 へ? ガウリイがなんか意味わかんない事を言っている。  
 ……違うか。あたしが狸寝入りだってわかっているからこその発言なんだ、これ。  
「もう気づいていると思うけど」  
 ガウリイの声が、珍しく真剣さを帯びている。  
 ガウリイは何を言うつもりなんだろう。声音が真剣なせいか、あたしまで緊張してしまう。  
 何を言うのか、すっごく気になる。  
 でも聞きたくない気もする。  
 やっぱ、あれ?  
 どうしよう。逃げちゃおうか。  
 でも、あたしは眠っている事になっていて。ここで突然、翔封界(レイ・ウイング)とか使ってもまずいだろうし。  
 ど、どうしよう!  
 あたしの頭の中が小さなパニックを起こしている間に、ガウリイが続きを口にしてしまった。  
 あたしが聞きたくて、聞きたくない台詞。  
「オレ、リナが好きだ」  
 囁くように紡がれる言葉でも、静かな部屋の中では、どんな呪文の爆音よりも強く響いてくる。  
 あたしは再び息を止めてしまった。  
 ガウリイはあたしが起きている事に気づいている。だからなのだろう。なおもあたしの耳元に囁き続ける。  
「いつ伝えようって思ってたんだけど……いい機会だから、な」  
 ガウリイの声は落ち着いている。勢いで言い出したわけではないみたい。  
 対してあたしはというと……ガウリイの気持ちに気づいていたけれど、まさかガウリイがこのタイミングでそんなことを言うとは思っていなかったために……もう、どういう顔をしていいのかもわからずに硬直してしまった。  
 
 ガウリイは、それでも話すことをやめないでいる。もしかしたら、この際だからと一気に言い切ってしまうつもりなのかもしれない。  
「ずっと好きだった。いや、初めて会った時はそうでもなかったか。本気で保護者のつもりで傍にいたしな。……でも、お前さんと旅している間に、どんどん好きになっていって」  
 固まったままのあたしの耳朶に、ガウリイの息が吹きかかる。すごくくすぐったい。でもくすぐったいのは吐息のせいだけじゃない。  
 甘く囁く、ガウリイの言葉。  
 普段、あまり話さないタイプなのに、今日に限ってガウリイはよく喋る。なんだろう、あたしがツッコミを入れないからかな。  
 でも、あたしは何も言えないままで。……ううん、もしかしたらもっと聞きたいのかもしれない。  
 ガウリイは無言でいるあたしを前に、ゆっくりと言葉を紡いでいく。  
「光の剣がなくなった時、オレは不安だったんだ。だってお前さん、オレと一緒にいるのは光の剣に興味があったからだったろ?  
剣がなくなったら「はいさよなら」って言われるんじゃないかって。でも違った」  
 そりゃあ、あたしのせいで光の剣をなくしたのに、そのままで別れたら寝覚めが悪い。  
 ……という建前は、どうやらガウリイに見抜かれていたらしい。ええい、いつもはクラゲなのに何でこんな時だけ勘付くのよ!  
「嬉しかった。でも同時に、もしかしたらオレの思い過ごしなんじゃないかって気もしなくもなくて。だからこの間、光の剣のかわりが見つかった時に、もう一度確認をしたんだ。これからどうするかって」  
 そう、あたしはガウリイに尋ねられ、答えに窮してしまった。  
 一緒にいたくて。でも今までの口実が使えなくなって。  
「あの時に確信出来たんだ」  
 ギシ……。ベッドが再び軋む。  
 瞬間。  
 あたしの体は、薄手の布団ごとガウリイに抱きしめられていた。  
「ガウリ……っ」  
 あまりの事に、あたしは狸寝入りしていたことも忘れて声を上げてしまった。  
「あ、やっぱ起きてた」  
 とっくの昔に気づいていたはずのガウリイは、なんだか楽しそうな笑みを浮かべながらあたしの顔を真正面から見つめてきた。  
「なあリナ。さっきのオレの告白、ちゃんと聞いてたよな。オレ、お前さんが好きなんだ」  
 笑顔のまま、あたしに告げるガウリイ。さっきも聞いたけど、面と向かって言われると恥ずかしさもひとしおである。  
 あたしは本日何度目になるかわからない赤面を、必死で隠していた真っ赤な顔を、まんまとガウリイに晒してしまった。  
 そんなあたしの反応を笑顔のまま見つめるガウリイ。その態度が余計にあたしの心拍数を上げていく。  
「それでな。リナもオレのこと、好きだろ?」  
 心臓が跳ね上がった。  
「な、なななな!」  
 思わず言葉にならない叫びをあげてしまう。  
 気づかれてた!?  
 あたしが  
 ガウリイを  
 好きだってことを!!?  
 
「ずっとリナだけを見ていたんだ。そのくらい、いくらオレだって気づくさ。……って、おい、リナ」  
 あまりの恥ずかしさに、布団の中へ頭まで潜ろうとしたあたしは、しかしガウリイに布団越しとはいえがっちり抱きしめられていたせいで、小さくもごもご動く以上の事が出来ないでいた。  
 それでも暴れようとするあたしに、ガウリイの声が降ってくる。  
「リナ、好きだ。リナもオレのこと好きだろ?」  
 その声が、表情が、昼間に見るガウリイと違って見えて、あたしはビクリと震えてしまった。  
 そして気づく。ガウリイが求めているものに。  
「……何度も言わなくても、聞こえてるわよ」  
 本当は今すぐ視線を逸らしたい。そのくらい、今のガウリイの目はあたしが見たことのない「男」を感じさせるもので。  
 でも視線を逸らせないでいるあたしもいて。  
「なあ、返事は?」  
 大人の男の表情を浮かべるガウリイを正面から見据えるのは、あたしの精一杯の強がり。  
「さっき自分で言ってたじゃない」  
「リナの口から聞きたい」  
「………………」  
「なあ……リナ」  
 あたしはガウリイの首筋に腕を絡みつかせると、彼の耳元に小さく囁いた。  
 でもそこまでが限界で、あたしは自分の言った台詞が恥ずかしくなって、もう一度布団に潜ろうと、ガウリイの首に回していた腕を外した。  
 だけどこの反射神経の良すぎる男は、布団の中に入ろうとしたあたしの腕を難なく掴んできた。しかも、どさくさに紛れて布団をぐいっと引っぺがしてしまう。  
「ちょっ……ガウリイ!」  
 薄手だとはいっても布団は布団。隔てるものがなくなってしまった事にあたしは慌ててしまう。  
 いや、今さらなんだけど。  
 案の定、ガウリイにもう一度抱きしめられた。今度は布団越しなんかではなく。  
 パジャマの薄い布を越えて、ガウリイの体温を感じる。  
 ガウリイが次に何をしようとしているかくらい、子どもじゃないんだから簡単に予想出来る。  
 予想出来るゆえに、あたしの鼓動はどんどん早くなっていく。  
 何せあたしにはその手のケーケンというものが存在しない。知識はあっても実践がないために、どうしていいのかわからないのだ。  
 ああもう! 魔族と戦う時のが、まだ緊張しないですむってば!  
「リナ……」  
 ガウリイの右手が、あたしの頤をぐいっと上向けた。  
 抵抗をすることも出来ずに、あたしはガウリイを見上げる姿勢になった。  
 
 部屋には薄暗いランプの光があるだけで。ぼやけてはいるけれど、ガウリイの顔はどうにか見える。  
 おそらく夜目のきくガウリイは、もっとずっとしっかりとあたしの姿が見えているんだろう。  
「ずっとこうしたかった……」  
 なんだかとても嬉しそうな表情のガウリイが、そっと顔を近づけてくる。  
 か、覚悟を決めろ。リナ=インバース。  
 ぎゅっと瞳を閉じると、あたしの唇に温かくてやわらかいものが一瞬だけ、小さく触れてきた。  
 本当に一瞬だけ。  
「へ?」  
 思わず瞳を開けてしまったあたしは、すぐにもう一度目を瞑ることになった。  
 一瞬で終わったファーストキスとは違い、今度はゆっくりと押しつけるように唇が触れてくる。  
 数秒で離れたと思ったら、もう一度。今度は啄ばむようなバードキス。何度か繰り返し触れてきた後は、また唇全体が触れ合うようなキス。  
 ガウリイの優しさが伝わってきて、まるで適温のお風呂に浸かっている時のような気持ちよさに、気がつけばあたしの体の強張りが溶けていっていた。  
 触れてきた時と同じようにゆっくりと離れていったガウリイの顔はやっぱり嬉しそうに見えた。  
「リナ……お前さん…………」  
「な、なによ」  
「もしかして、キスも初めてだった?」  
 キスも? 「も」?  
 ってことは、ガウリイはあたしがバージンだって、とっくの昔に気づいてたってこと?  
 あたしは反射的に身をよじった。図星を指すガウリイから顔を逸らしたかったのだ。でもガウリイの左腕があたしの腰を絡めとっていて、ろくに動けなかった。  
 ていうか、いつの間にそんなところに腕が!  
 あたしが焦ってジタバタしていると、ガウリイが小さく笑い出した。  
「ほら、暴れるなって」  
 言いながら、おでこにキスしてくる。  
 手馴れているガウリイにムカついて、慣れていないあたし自身に腹が立って、あたしは真っ赤な顔のままキっとガウリイを睨んでしまった。  
「悪かったわね初めてで!」  
 女に慣れている男の中には、バージンの相手を面倒くさいと感じる人もいるってことくらい、知識豊富な(決して耳年増とは言わない)あたしは知っている。  
 ガウリイの事が好きで、ガウリイもあたしを好きだとわかったところで、同じ部屋に泊まる事を躊躇したのは、そこいらへんの不安のせいで。  
 コトの最中に「なーんだ処女かよ。んじゃやっぱ止めよう」とか言われたら、地面にめり込むくらいに落ち込んでしまうだろうから。だったら最初からしない方がいいんじゃないかって、思って。  
 思ってたのに。  
 うっかり流された自分が恨めしい!  
 今さら「やっぱ止めるか」とか言われたりしたら、明日から一緒に旅なんて出来なくなってしまう。少なくともあたしは、そんな状態で旅を続けられるほど図太い神経はしていない。……だから、本当だって。  
 最悪の言葉を受けるくらいなら、せめて自分で決着をつけてしまおう。そう思って、あたしはやけくそ気味に口を開いた。  
「どうせまた、お子ちゃまとか言い出すんでしょうっ? 面倒なのが嫌なら、ここで止めたら!?」  
 精一杯の強がりを言い放つ。  
 するとガウリイは、慌てたように首をぶんぶんと横に振った。  
「それは誤解だ。大体、子どもだなんて思ってるんだったら手え出さないって」  
 じゃあなんで笑ったのよ。  
「いや……いつも自信満々のリナが、なんかかわいらしい態度だったから、つい……」  
 スパコーンッ!!!  
 ガウリイが言い切る前に、あたしのスリッパ攻撃が決まった。  
 ガチガチに抱きしめられてる状態なのにも関わらず、どうやったらスリッパが手に出来たのかは乙女の企業秘密である。  
 
「痛いって」  
 文句を言いつつ、でもガウリイはあたしから離れようとはしなかった。  
「うっさいわね! 離しなさいよっ!」  
「イヤだ」  
 なおも暴れようとするあたしが大人しくなるまで、ずっと抱きしめたままで。  
 しばらく暴れた後、ようやくあたしが動きを止めると、部屋には小さな静寂が漂った。  
 それを待っていたかのように、沈黙の中、ガウリイがあたしの耳元に唇を寄せた。  
「なあリナ。ひとつだけ誤解しているみたいだから、言っとく」  
「……なによ」  
「オレは嬉しいんだ、リナが初めてで。面倒だなんてそんなこと、考えもしなかった」  
「…………そう、なの?」  
 あたしが半信半疑だとわかったのだろう。ガウリイはあたしを正面に見据え、真剣な表情で頷いた。  
 な、なんか迫力に圧されてしまう。  
「そりゃあ人によってはそういう考えの奴もいるかもしれん。だがな、オレはそういう奴とは違う。  
 だってそうだろ? 今まで誰にもそういうコトを許してなかったリナが、オレなら構わないって思ってくれてるんだ。これで嬉しくないわけがないじゃないか」  
 ……って。  
「うにゃあああ! そんな恥ずかしい事を真顔で言うなーっっ!」  
 その言い方じゃあ、まるであたしがガウリイを待ってたみたいじゃないかっっ!  
 ガウリイの恥ずかしい台詞を止めようともう一回スリッパ攻撃をしようとしたけれど、今度はあっさりと手首を掴まれ止められてしまった。スリッパだけが勢いよく、床に落っこちる。  
 ガウリイはあたしの手首を縛めたまま、真顔のままであたしの目を見てきた。  
「リナ」  
「……なによ」  
「オレはリナとずっと一緒にいたい。だから、お前さんが本気で拒むならここで止める。でも嫌じゃないなら……いいか?」  
 ガウリイは、あたしが嫌がってると思ったんだろうか。  
 そんなこと……ないのに。  
 ただ、ガウリイがあたしを受け入れてくれるのか、不安だっただけで。  
 でもそんな不安はもう、消えた。  
 や、まあ、他にも不安要素がないわけではないけど。  
「……痛くしない?」  
「精一杯がんばる。でも痛かったら、後で殴っていいから」  
 馬鹿正直に答えるガウリイに、あたしは内心笑ってしまった。嘘でも「絶対痛くしない」とか適当に言えばいいのに。もっとも、それでこそガウリイなんだろうけど。  
 まあ、ちょっとくらい痛くても、ガウリイなら仕方ないか。  
 でもすっごく痛かったら文句を言ってやろう。  
 あたしが小さく頷くと、ガウリイが安堵のため息をついた。  
「よかった……」  
 ガウリイが何度目になるかわからないキスを求めてきた。でもそれは今までのものとは違って、少しだけ勢いがあった。  
 わずかに顔の角度を変えてきたガウリイの唇が、さっきよりも深く口付けてくる。時折角度を変えてはくるけれど、離れることのないガウリイのせいで、あたしはあっという間に息がキツくなってしまった。  
「……は、あ…………っ」  
 少しだけ唇が離れる。咄嗟に酸素を求めて開いたあたしの唇の間に、ガウリイの舌が潜り込んできた。  
「っ!?」  
 ビックリして、あたしは思わず目を見開いてしまった。  
 でもガウリイの大きな手があたしの頬と頭を押さえているせいで、あたしは彼の舌の侵入になすすべもなかった。  
 あたしを怯えさせないようにだろう、ガウリイの動きに性急さは感じられない。  
 ゆっくりと歯列をなぞられていく。それから少しだけ深く潜り込んできた舌に上顎の内側を舐め上げられた。  
「ふ…………あ……」  
 ぞくりとした感覚が背筋を走り、思わずガウリイの腕を掴んでしまった。  
 それが合図だったかのように、ガウリイの動きが本格的になっていく。  
 あたしの口腔内を、ガウリイが思うさま味わっているのがわかる。それに驚いて奥に引っ込めようとしたあたしの小さな舌は、しかしガウリイのそれに絡めとられ、ちゅっと吸われてしまう。  
 舌先がじんとしたけど、それが快感と呼ぶものなのかは、まだあたしにはよくわからない。  
 もう、ついていくのに精一杯で。  
 あたしに出来ることは、リードするガウリイの腕へすがりつくように掴まり、彼の行為を受け入れることだけだった。  
 
「ふ…………う……んっ……ふ……」  
 時折、唇の間に隙間が生まれる。そのたびにあたしは酸素を求めて唇を開き、ますますガウリイの行為を容易にさせてしまう。  
「……は…………ああっ!」  
 突然の刺激に、呼吸のために開いた口からあられもない声をあげてしまった。  
 いつの間にかガウリイの手は、あたしの頭から離れていたらしい。あたしがキスに翻弄されている間に移動した右手は、あろうことかあたしのささやかな膨らみに到達していたのだ。  
 ガウリイの大きな手が、パジャマ越しにそこをやんわりとなぞっていく。  
 ビクンと跳ねたあたしの背を、ガウリイが左手一本で捕らえてしまう。  
 伸しかかるようにしてあたしの唇を塞いでいるガウリイは、口付けと同時に胸への愛撫を深めていった。  
 形を確認するように、ガウリイの大きな手があたしのそこを包み込む。温かい手が胸全体をマッサージするように揉んでくる。  
 まだパジャマ越しのそれは、しかし初めての行為であるあたしにとっては強すぎる刺激で。  
「ふう……ん…………んっ、ふ……」  
 唇の隙間から、くぐもった声を漏らしてしまう。  
 そうこうしているうちに、気がつけばパジャマのボタンは全て外されてしまい、ガウリイの手は直接あたしの肌に触れてくるようになっていた。  
 その間もキスは続いていて。様々な箇所に与えられる刺激に、あたしの頭の中は真っ白になっていた。  
 あまり働いていない頭が、息苦しいと訴えている。酸素を求めてあたしは小さく首を振った。お願いガウリイ、少しだけ自由に呼吸をさせて。  
 意図が通じたのか、ガウリイの唇がふっと離れた。  
 瞬間。  
「あああん!」  
 胸の先端をきゅっと摘まれて、思わず声があがった。  
 やだっ! 恥ずかしい!!  
 って、ガウリイはこれを狙っていたのか!  
 あたしは慌てて口を閉じようとしたけど、当然ガウリイはそんなこと許してくれなかった。  
「んんっ……あ、あんっ」  
 右手は先端を弄り続け、左手は膨らみ全体を掬うように揉んでくる。加えて唇が、首筋に吸い付いてきた。  
「んんんんんーっっ!」  
 大きな声が出そうになって、あたしは思わず自分の指を噛みしめた。おかげで、宿中に声が響くことはなかった、と思う。……思いたい。  
 でもそれがガウリイには不満だったらしい。  
「こら、何してんだ」  
 ガウリイが鎖骨を舐め上げながら、左手をあたしの指に絡めてきた。  
「そんな風にがぶっと噛んだら、傷が出来るだろ」  
 やんわりと、それでいて抗えない力で、指が外されてしまう。  
「やっ……声が」  
 この状態で続きなんてされたら、どうなってしまうかわからない。  
 あたしの声が宿中に響き渡るなんて、勘弁してほしい。  
「……オレは別に気にしないけど」  
「あたしは気にする!」  
 そう言うと、ガウリイはちょっと困った顔になった。  
「リナの声、聞きたいのに」  
 言いながら、止まっていた胸への愛撫を再開してきた。  
「ああん!」  
 油断していたせいで、あたしはまた声を上げてしまった。  
 
「が、ガウリイ!」  
 必死になって抗議すると、ガウリイの長い指があたしの唇を割って口腔内に入ってきた。  
 節ばった二本の指が、舌をなぞってくる。  
「お前さんの指は傷つけたくないからな。代わりにオレので我慢してくれ」  
 あたしは慌てて首を横に振った。  
 冗談じゃない!  
 ガウリイは剣士だ。指に傷がついて困るのは、あたしよりもむしろガウリイの方だろう。  
 指先の怪我なんて、下手をすれば命に関わってくるかもしれないのに。  
 それなのに、声を我慢するための道具になんて出来るはずがない。  
 後であたしが治癒(リカバリイ)をかければいいだけの話なのだが、動揺したあたしは咄嗟にそのことを思いつけずにいた。  
 ぶんぶんと振っていたあたしの首が不意に止まったのは、ガウリイがまたしても胸を弄ってきたからだった。  
「んあっ……ふ、あ…………んっ……」  
 ガウリイの指のせいで半開きになった口は、かえって声を洩らしてしまう。でも歯を立てることはしたくない。どうにか唇を閉じたけれど、ガウリイが口腔内で指をくゆらせるから隙間が生まれてしまう。  
「ふ……う…………んあ……あ、あ…………んんっ」  
 大きな声ではないかもしれないけれど、自分じゃないみたいな声をあげてしまうのは恥ずかしいんだってば!  
 でもガウリイはどんどんあたしを追い詰めていく。  
 愛撫に溺れるあたしには、声を止められなくて。  
「ふああっ!」  
 ガウリイの唇が胸の先端を舐め上げたのだと自覚する前に声があがった。ただしそれを予想していたガウリイの大きな手が口を塞いでくれたおかげで、嬌声は部屋に小さく響くにとどまった。  
 一応、あたしの主張を聞いてくれてはいるらしい。  
 口を塞ぐために口腔内から抜かれた指が、あたしの唾液で濡れている。  
 頬に触れる濡れた指の感触にあたしが動揺していると、胸元からガウリイの声が聞こえてきた。  
「なあ、まだ声が出るの、イヤか?」  
 そりゃあ、もちろん。  
 頷いたのに、ガウリイの手が口元から離れていってしまう。  
「ガウリイっ?」  
 あたしが慌てて呼ぶと、ガウリイの手が布を差し出してきた。いつの間にか脱がされていたあたしのパジャマだ。それをあたしの口元にもっていく。  
 噛み締めていろということだろうか?  
「出来れば声を聞きたいんだが」  
 だからといって嫌がらせたいわけではないからと、ガウリイが優しく微笑った。  
 再び、胸元に濡れた舌の感触が伝わってくる。  
「……あ……ガウ、リイ…………っ」  
 あたしを思いやってくれるガウリイへの愛しさが溢れて、快感に声を震わせながらも必死で名前を呼んだ。  
「あん……んっ……あ…………ああっ」  
 でもそれ以上は刺激に耐えられなくて、漏れてしまう声への恥ずかしさにも耐えられなくて。あたしは自分のパジャマの端を小さく噛み締めた。  
 すっかり硬くなったあたしの右胸の突起を、ガウリイが唇に挟んでいる。その状態のまま先端を舌でくすぐられると我慢できない。逆側は指先で弄られている。  
「……んあっ…………ふ……う、あ…………んっ」  
 じんじんと痺れたような感覚を覚える頃、ガウリイの唇が左胸に移動した。そして、さっきと同じように両方を同時に愛してくる。  
全身を小さく震わせながら、あたしはガウリイの頭に手を伸ばした。  
「んんっ……ふ…………ん……んうっ……」  
 どのくらいそうしていただろう。絶間なく与えられる胸への刺激に、あたしの意識は朦朧としてきていた。   
 パジャマの噛み締めていた部分が、唾液でべとべとになっている。  
 ガウリイの頭を抱えるようにしていた両手からも力は抜け、彼の長い金髪に絡むにとどまっていて。  
 ふと、ガウリイの頭が上向いた。と、思った瞬間にはあたしの右足があたしの意思とは無関係に動き出していた。  
ガウリイが、あたしの腿に手をかけたのだ。  
 

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