「・・・何しに来たのよ、ゼロス・・・」  
 リナが月を背に現れた男に気づき、ベッドからぎこちなく身体を起こす。  
 その動きに沿い流れる栗色の髪が窓からの月の光を薄く受けてぼんやりとラインを浮かび上がらせた。  
 ゼロスはその淡く光る様をしばしうっとりと見つめると、緊張感のかけらもない調子で答える。  
 「ええ、ちょっとあなたを口説きに来ました」  
 いやな悪寒がリナの背中をかけのぼる。  
 魔族と関わってロクな目にあったためしがない。何度殺されかけたかわからないのだ。  
 リナは色んなパターンを考えるが、今の状況を説明できるものは思い浮かばなかった。  
 言葉通りに受けとめるべく腹をくくる。相手の出方がわからない以上、動きようもなかった。  
 下手に騒いでいきなり息の根をとめられるのも、リナは御免だった。  
 「あんた、あたしのこと好きなの・・・?」  
 リナとしては聞きたくもないが、これ以上沈黙でいるのも耐えられない。  
 笑顔のままのゼロスが口を開き、秘密です、と答えるかと思いきや、意外にあっさりと答えた。  
 「好きですよ。そうですねぇ、たとえば・・・  
 あなたの**を裂いて、その中に*を入れて、**を愛撫しながら、あなたのあげる悲鳴を聞きたい、  
ぐらいには好きですよ(**はグロいので自主規制です。ピー音かぶせてください)」  
 リナは耳を疑った。この会話を冗談にしてしまいたくて、あわてて突っ込みを入れる。  
 「きっ基準がわかんないわよっ!  
 魔族の口説き文句なんて殺意しか感じないのよね、悪いけどっ!」  
 そんなささやかだが必死の抵抗もさらりとかわし、さらに核心をつこうとするゼロス。  
 「やだなぁ、リナさん。殺すつもりはないですよぉ。  
 殺しちゃったら・・・・・・一回で終わってしまうじゃないですか。  
 僕としては、あなたみたいな上玉とは、何度でもしたいんですからね・・・  
 そうだ、アメリアさんでも引っ張ってきて、復活の呪文唱えてもらいましょうか」  
 名案!という感じでピっと一本指を立てるゼロスは一見いつも通りだったが、その内に抱える狂気は  
魔族の名に恥じないほど堂々たるものだった。  
 部屋の中にびりびりとプレッシャーが撒き散らされる。  
 リナの頭の中で警鐘が鳴る。  
 やられる、と思った。本気でやられる、と。  
 いつものように笑った形に閉ざされているゼロスの瞳がうっすらと開けられ、熱っぽくリナを見据える。  
 瞬間、リナは金縛りにあったかのように身じろぎひとつ出来なくなってしまった。  
 恐怖で足がすくむ、といった状態か。  
 何度も何度もされてしまう・・・確実に。リナの脳裏にさきほどのゼロスの口説き文句が渦巻く。  
 こんな至近距離に魔族がいることをやすやすと許した自分を悔やむ。  
 今から助けを呼んで間に合うだろうか、でもゼロス相手に勝てるとも思えず悩んだリナが行動を躊躇して  
いる間に、ゼロスが足を一歩前に踏み出す。そのまま手を伸ばせばリナの体にどうとでもさわれる距離だ。  
 両目を見開くリナ。その瞳孔がぎゅっと縮まり、心臓がつめたく冷え、頭の警鐘が逃げろと鳴り響く。  
 冷や汗が吹き出て脳みそがガンガン痛み、息が詰まる・・・  
 「ふふ、ふふふふ・・・・・・あははははっ・・・・・・」  
 声をあげて笑うゼロス。  
 そうして、近づいてくるでもなく、なぜか満足そうな顔をしてリナに微笑むと、己の姿を闇に消していく。  
 「ごちそうさまでした。・・・やはりあなたは極上ですよ・・・」  
 ゼロスの姿が消え去るのを見ながら、リナは全てを理解する。  
 喰われたのだ。焦りを、恐怖を、絶望を・・・魔族が愛する負の情念を。  
 リナは冷や汗のとまらない体を無理に揺すり、自らかけてしまった金縛りを解く。  
 「あいかわらずタチ悪いわね・・・魔族って・・・うっぷん晴らしでもしなきゃやってられないわ」  
 いまだ震えの止まらぬ手を握りしめ、盗賊いじめへと出かける準備を始めるリナ。  
 完全武装になっていくリナを薄目で見ながら、少し離れたベッドで必死で寝たふりをしていたアメリアは、  
 (リナもじゅーぶんタチ悪いと思うけどね・・・)  
 と心の中で突っ込んだ。  
 
 さきほど魔族が撒き散らしていったものは、どこか性欲に似ているとアメリアは思った。  
 その一瞬だけ宿屋に漂った、ただならぬ気配にきっとガウリイは気づいただろう。  
 リナがうっぷんを晴らすため盗賊いじめにこっそり宿を抜け出すのも、今回はさすがに気づきアジトへ  
追いかけていくことだろう。  
 止めるにしろ、説教するにしろ、保護者を自称するガウリイが夜中にひとりで出て行くリナを放っておく  
わけがなかった。  
 悪党どもに正義の鉄槌をくだすのにはアメリアも賛成だが、そんなうんざり決定のわかりきった展開に  
嬉々として付き合う気にはなれなかった。  
 それよりも・・・とアメリアは考える。  
 魔族が残していった熱に、身に覚えがある。  
 ただ単に脅しをかけてつまみ食いしていっただけの行為だが、根底にあるのは何故か性的欲求なの  
ではないかと、隣のベッドで死んだふりをしていたアメリアにはそう感じられていた。  
 アメリアは、ガウリイと同室で寝ているはずのゼルガディスのことを思い浮かべる。  
 いつもクールなあの男は、いったいどんなふうに女を抱くのだろうか。  
 そしてイクときにはどんな顔をして、どんな声で呻くのだろうか・・・  
 そう思うともうたまらなかった。  
 状況もまるで後押しするかのような、これ以上ない絶好の機会のようにも思える。  
 リナとガウリイは盗賊のアジトへ、そしてゼルガディスは部屋でひとり・・・  
 アメリアの心が淫らな色に染まっていく。  
 まさに、魔がさした・・・とでもしか言いようがない。  
 リナが呪文を小さく唱え開いた窓から身を躍らせ、静かに窓を閉めて外から器用に鍵をかける。  
 アメリアはリナの気配が消えたのを確かめ、おそらくガウリイであろう廊下の足音をやりすごしてから、  
闇の中そっと立ち上がり、部屋を出た。  
 
 
 「遊びでいいから抱いてくれませんか?」  
 そう言ったのはアメリアだった。案の定、部屋に彼一人だけがいた。  
 言われたゼルガディスは、面白くもなさそうに答える。  
 「俺は遊びで女を抱く趣味はない」  
 ベッドの上で枕を背に腰かけてランプの明かりで魔道書を読んでいると、急にアメリアがやってきて  
部屋へ入るなり世間話をするでもなく、いきなりとんでもないことを言い出したのだが、やはりというか、  
ゼルガディスは動じない。  
 しかしアメリアも予想していたのか、慌てる様子もなく、そのクールさに喜んですらいる。  
 誘うという行為は、狙った相手がこちらに落ちてくるまでの過程も楽しいものだ。そしてこの半端ない  
ストイックさ、これがどんなふうに豹変するのかと、想像するだけでアメリアの胸がときめく。  
 「ねぇ、でも、ムラムラ・・・しません?」  
 アメリアはあえて普段使わないような単語を選び、囁きかける。性急さに男が嫌がらぬよう、ゆっくりと  
人差し指をゼルガディスの胸板にすべらせると、その豊かな胸をいまだ魔道書を離さない男の視界に  
入るよう近づける。  
 言動のいやらしさとは裏腹に、その体からは微かに石鹸の香りが漂う。  
 普段とのギャップもあいまって、男など簡単に落ちる、そう思わせる何かがあった。  
 
 ゼルガディスが普通の男ならば、思い通りにいったのだろう。  
 だが当の本人はそんなアメリアをまのあたりにしながらもなお魔道書を読み続け、黙っている。  
 じれたアメリアは、言葉を続ける。  
 「あ、でも、ルールがひとつだけあるんです」  
 こういう状況ではあまり聞き覚えの無い単語がでてきたので、ゼルガディスは思わずアメリアの顔に  
視線を向け、静かな声で言う。  
 「誘っておいてルールね・・・まぁいい、言ってみろ」  
 アメリアは、ようやく自分に向けてくれた視線をはずさぬよう絡めとりながら、耳に口を寄せ艶やかに囁く。  
 「いれないでくださいね」  
 そうして、ゼルガディスの胸からへその下あたりにまで指をやわらかくすべらせ、ルールの対象物に触れ  
る直前に、すっと体から離した。そこまでしてもやはり反応はない。  
 手強い男、とアメリアは思う。  
 でももう後には退けないし、このルールだけは守ってもらわないとこの遊びは成り立たない。  
 巫女として授かっている能力は処女性によって維持されている。・・・そういう定説だが、新説もある。  
 リナあたりに言わせると、精神統一の問題、だそうだが自分の身で試してみようなどとはアメリアはカケラ  
も思わない。リスクが大きすぎる。  
 巫女を続ける限り一生、誰とも交われない。  
 そう考えると、アメリアの胸が、身体が、苦しいくらいに疼き暴れるのだ。  
 だから男をルールに縛り付ける。自分を縛る鎖で、相手も縛るのだ。今まではそれで満足していた。  
 自分はどこかおかしいのかと、そう思う。だが、熱い昂ぶりをとめることができず、ただ流されてしまう。  
 いぶかしげなまなざしを向けたままだったゼルガディスが、小さく鼻で笑った。  
 「フン・・・それでも俺を満足させられると、そう言うのか?」  
 「ええ、もちろん。そのつもりです」  
 にっこりと、しかし妖艶にアメリアは微笑む。  
 「面白い、いいだろう・・・」  
 落ちた・・・とアメリアは思った。体の奥からぶるぶると震え来る何かが理性を黒く焼きつける。  
 歪んではいるが今のアメリアにとってそれは、歓喜と呼べるものだった。  
 ゼルガディスは読んでいた魔道書をベッドサイドに静かに置くと、片腕でアメリアを引き寄せる。  
 獣脂ランプを吹き消すと、ふたりを照らすのは窓の外の月明かりだけになった。  
 
 ゼルガディスの舌は少しざらついていた。人間とは違うもので出来ている、そう感じた。  
 その初めての感触にアメリアはとまどう。  
 皮膚にゴーレム特有のごつごつした岩肌が混じっているのは、見た目でわかってはいた。遊びで肌を傷  
つけることもなかろう、とゼルガディスが言うままに、服はなるべく脱がず必要最小限を肌蹴させただけに  
したが、舌までも違うのは予想外だった。  
 ちょうどお互いの秘所に顔をうずめあう格好でベッドの上で絡まる。  
 キスはなかった。そのことがアメリアには不満だったが、それを指摘して男の機嫌をそこね、やっとお許し  
が出たこの状況を台無しにするつもりはなかったので黙っていた。  
 かわりに本人と同じくやる気の見えない男根に愛おしそうにキスをしてから丁寧に舌をはわしていく。  
 これから始まる少し歪んだ淫靡な世界にアメリアの鼓動は高まっていった。  
 アメリアはすでに蜜であふれていた。その秘裂がぎゅっとひっぱられ、むりやり広げられる。  
 さらけだされたクリトリスに軽く触れるゼルガディスのぬめり尖った舌が信じられないくらい卑猥に動く。  
 ぬるりとした蜜をその舌ですくいとり、そのままひくつくクリになすりつけ、じっくりとなぶりあげていく。  
 冷たく硬質な唇と、熱く湿った吐息とがアメリアの頭の中を掻き乱す。  
 ゆるやかに、確実に、ゼルガディスの舌が急所を責めたててくる。決して痛くは感じない、その絶妙なまで  
の力加減で、ざらざらとした熱い舌が蠢く。アメリアは絶頂が近いことを感じ、身体をのけぞらせた。  
 
 どんなに激しくされても、やわらかい舌ならば、こらえて男のモノを愛撫するくらいの自信はあった。  
 だがこれは・・・今まで感じたことのない強烈な快楽を送り込んでくる。  
 身体をしならせアメリアがイきそうになっていると、ゼルガディスは何の脈絡もなく動きをとめた。  
 アメリアが疑問に思いながらも息を整え男根を愛撫しようとすると、ゼルガディスはまた容赦なく責めだす。  
 そんなことが繰り返され、ろくに動けないままアメリアは頭と身体がおかしくなっていくのをはっきり感じた。  
 目に涙さえ浮かべて、執拗で残酷な愛撫に耐えてはいたが、狂ってしまいそうだった。  
 (どうしてイかせてくれないのかしら・・・)  
 ふとアメリアはゼルガディスが何を狙っているのかを悟って、一気に心がひりつくように怯えた。  
 ルールを壊しにかかっているのだ。  
 いれてほしい、とアメリア自身にそう言わせようとしている。  
 「や、やだ・・・ちょっと待ってくださいっ・・・」  
 ゼルガディスは、何を言っているとばかりにとろけた秘裂へ指を2本ひねりいれる。  
 切なげな悲鳴がアメリアの口からもれる。ゼルガディスはクリをきゅっと吸い上げてアメリアを黙らせてから  
中を探るようにして浅い箇所で指を動かす。いわゆる処女膜の手前に、あるスポットがある・・・そんなことを  
熟知しているゼルガディスを、アメリアは甘く見ていたのだ。  
 ある箇所に指が触れたとたん、アメリアの喘ぎが一段と大きくなる。指がそこをくっと押し上げると、逃げる  
ように腰がくねり、震えが全身に広がる。  
 「ここか・・・」  
 ゼルガディスが小さくつぶやく。  
 軽く曲げられた指が執拗にその箇所をこすりあげ、剥き上げられたクリトリスを熱くぬめりざらつく舌が蹂躙  
していく。いつのまにかアメリアの腰はゼルガディスの腕で抱えるように抑えられており、どんなに身体がびく  
つこうが指も、舌も、離れない。  
 アメリアがあっけなく達してしまう、その直前に、またもやゼルガディスの動きがとまる。  
 呼吸もままならないまま荒い息をつき、ぐったりとゼルガディスの上に横たわるアメリアは、口に男根を  
含もうとするが身体がうまく動かず、一方的になぶられていることを思い知らされる。  
 ゼルガディスが薄く笑いかけた。  
 「お前はどうやら、いじめられるのが好きなようだな・・・」  
 「ち、ちがいます・・・!」  
 「優しいだけのやり方じゃ、物足りんのさ。  
 だからこそ、ガウリイの旦那じゃなく、俺を誘ってきたんだろう? 違うか?」  
 アメリアは、違う、と言いたかった。  
 (わたしだって、なんとも思ってない人とこんなこと・・・しないのに)  
 なのになぜか言えなかった。ゼルガディスはその沈黙を肯定と取る。  
 「あいにく、お前が思ってるよりもやばい男だぜ、俺は・・・まぁガウリイの旦那もそうなのかもしれんがな・・・」  
 そう言うと、ゼルガディスはククっと可笑しそうに笑う。  
 (男ってやつはケダモノだからな・・・)  
 「どうした、俺を満足させてくれるんじゃなかったのか? セイルーンの巫女さんよ・・・」  
 気圧されているのを肌でひしひしと感じ、アメリアは小さく唇をかんだ。  
 「・・・ええ、愛と正義の御名において、負けるわけにはいきませんっ!」  
 いつもの無意味な説得に、ゼルガディスは慣れっことでも言いたげにため息をつく。  
 「愛も正義もないだろう。ここには男と女しかいないんだぜ・・・」  
 ゼルガディスの冷たい声を聞いたアメリアは、え・・・と喉の奥で声がかすれ息がつまる。  
 「・・・・・・愛、ないんですか・・・?」  
 少しも?・・・そう思うと、アメリアの胸がきりきりと痛み出した。  
 「お前が言ったんだろう、遊びだって、な・・・」  
 ゼルガディスの口調は変わらない。そして彼自身のモノも、残酷なまでに冷静なままだった。  
   
 王族に生まれた時から、もう道は決められていたように思う。  
 幼い頃から王女として育てられ、巫女としての才があるとわかれば修行もさせられ、巫女頭にもなった。  
 王位継承者争いの真っ只中で、そんなアメリアに真正面から近づいてくる男など、いはしなかった。  
 姉が何も言わず国から出て行ってしまったのも少しだけ理解できる。  
 そんなことアメリアは誰にも言えなかったし、こうして自分も国の外に飛び出していってしまっている。  
 アメリアに恋愛感情があるとわかると、男は皆逃げていってしまった。  
 死ぬほどうざったいごたごたに巻き込まれるのを恐れて。  
 アメリアは好意を持つ相手に遊びと銘打って近づくしかなかった。相手も内緒で遊んでくれた。  
 ゼルガディスもきっと、これがもし本気だったとしたら、この誘いには乗りはしなかっただろう、とアメリアは  
苦く思う。  
 大きな町に入ることすら彼は拒否していたのに、王族に仲間入りするだなんて、そんなこと有り得ないと  
思ってしまう。  
 ゼルガディスが自分の身体を受け入れていないように、アメリアも自分の境遇を受け入れてはいなかった。  
 しかし徹底してほどこされた帝王教育がその逡巡を表にだすことを許さない。  
 だが、それでも故郷は捨てられない。  
 もしも、もしも彼が彼女を受け入れてくれたとしても、一緒に生きていくためには、アメリアは全てを捨てな  
ければならない。  
 はたしてそこまで愛しているのか・・・と聞かれれば、違和感を苦い砂利のように感じてしまう。  
 (不純だわ、こんなの。わかってるわよ。でも辛いんだもの)  
 好きなことは間違いないのに、どうして全てを捨てられないのかと、アメリアは悩む。  
 (これは愛じゃないのかしら)  
 アメリアの心が悲しみで埋め尽くされていく。  
 (こんなこと思いながら抱かれてるなんて、しかも遊びで・・・わたしどうかしてる・・・)  
 頭の芯から目頭に、熱いものがこみあげてくる。  
 アメリアは悲しくて仕方がなかった。彼を心の底から愛していない自分に。そして抱かれているのに愛されて  
いない自分に。嗚咽すらもれそうになる。  
 (大丈夫、顔なんか見えないんだから、泣いたって、気づかれないんだから)  
 なのにそう思うと、よけいに悲しみがつのっていって、こらえきれない涙が一粒、頬を伝っていった。  
 アメリアが己の葛藤と向き合っている間も、ゼルガディスからのねちりとした愛撫が続く。  
 胸が痛い。もう終わりにしてほしかった。  
 「いやっ・・・やめてぇ・・・お願いっ・・・ですぅ・・・あぁっ」  
 それなのに快楽はとぎれることなく送り込まれ、絶頂に達する直前にぴたりと刺激がやむ。  
 「俺はやってる最中にいやだとか駄目だとか、言ってくる女が嫌いでね・・・いじめることにしている。  
 本気でやるってんなら、そんな戯言でてくるわけがないだろう?  
 それに、お前が言ったんだぜ・・・ルールはひとつだけ、てな・・・イかせてくれ、なんて知らんな・・・」  
 楽しんでいるのか、それとも別の感情なのか、判別つかない声色でゼルガディスが囁く。  
 「口がお留守だぜ、喚いてないでちゃんと動かせ」  
 そう言ったあとはまた、硬質の唇をアメリアの秘裂におしあて剥き広げ、濡れてざらつく舌でなめあげる。  
 ゆるゆるとクリトリスがねぶられる。腰が甘く痺れて身体の芯がとろけそうだ。  
 ゼルガディスの指がじわりと秘裂におしこまれていく。アメリアが、ひっ・・・と声をあげ刺激にのけぞる。  
 とにかくゼルガディスを満足させなければ、この薄情で残酷な、それでいて頭の芯まで突き抜けるような  
快楽の、終わりのない仕打ちが延々続くだけである。  
 そう悟ったアメリアだったが、身体が打ち震えてうまく動けないでいるままの奉仕では、無理があると思い  
知らされるのみだった。男の上に逆向きにまたがって、腰をつかまれていては、こんな時の武器である胸  
を存分に使いきれるわけもなく、小ぶりな手と唇で先だけを含んでは擦りあげる、といった程度しかできな  
かった。自らの喘ぎが邪魔をして、舌をからませることもできない。負けは確実だった。  
 
 また快楽の波が襲ってくる。じんじんと熟れてはじけそうなクリトリスがゼルガディスの卑猥な舌の動きに  
悦び震え、腰が硬直する。あと・・・すこし・・・とアメリアの頭の中が白く焼きつきそうになると、またもやゼル  
ガディスはそれを確実に察して、舌も指も、アメリアから離してしまう。  
 どうしようもない悲しみにアメリアの目から涙があふれる。もう耐えられなかった。  
 アメリアの中の何かが音を立てて崩れ落ちていく。  
 「っごめんなさい・・・ごめんなさいっ・・・!」  
 初めての敗北に、悔しさと後悔がアメリアの胸をかきむしる。  
 どうなってしまうのだろうか。自分から誘い、ルールを決めたからには、その責は負わなければならない。  
 覚悟なんて何も決めていなかった無防備な心に闇が襲いかかる。  
 魔力はどうかわからないが、巫女としての力はおそらく無くなってしまうのだろう。  
 故郷で巫女頭をしていた自分にはもう戻れないのだろうか。  
 帰るところがなくなるような、不安な気持ちがアメリアの心をしめあげる。  
 自分はいったいどうしたかったんだろう、と胸の内で後悔の声が主張する。  
 こんな結末を望んでここに来たわけではなかったのに、と。  
 身体と心が違うことを考えている。その相反するあまりに強い感情に、魂が引き裂かれてしまいそうだった。  
 アメリアはそれでも、泣きながらも、負けを認めた。  
 誘って、ルールで縛り付けたのは、自分なのだから。  
 「いれて・・・ください・・・」  
 なきじゃくりながらの懇願。  
 ゼルガディスが無言でアメリアの下から身体を起こす。  
 そのまま泣き震える肩をおしてベッドに押さえつけ、誰にともなくつぶやいた。  
 「言ったろう・・・泣き喚く女を抱くのは趣味じゃないってな・・・」  
 その瞳はどこか遠くを見ているようだった。  
 ゼルガディスはベッドから降りると、ばさりと無造作にシーツをアメリアの震える身体にかけてから、自分の  
服の乱れを直し、フードをかぶり目を隠す。  
 月明かりだけではもはやゼルガディスの表情をうかがい知ることはできなかった。  
 「ゼルガディス・・・さん・・・?」  
 何か問いたげなアメリアに目もくれず、扉を開ける。  
 「下の酒場で飲んでくる。俺がジョッキ一杯あける間に自分の部屋へ帰れ。わかったな」  
 言い終わると、返事も待たずに扉を閉めて出て行った。  
 残されたアメリアは、貞操を護れた安堵感よりも、得体の知れない喪失感のほうが大きいことにとまどい  
ながら、しばらく泣き止めずにいた。  
 正義はわかったつもりでいた。そして愛も。  
 しかし今まで信じていたそのどちらとも違う何か根源的なものが胸の奥から湧き上がってくる。  
 「わたし、どうして悲しいなんて思ってるの・・・」  
 安堵すべき状況のはずだった。なのに悲しくて切なくて、胸がはりさけそうだ。  
 わかっているはずだった。だけど認めたくない。・・・最後まで抱いてほしかったのだ、なんて。  
 だが今ならはっきりとわかる。何もかも無くすのだとしてもそれでも、彼になら、してほしかったのだ。  
 「ゼルガディスさんっ・・・!」  
 今さらながら、切り裂かれるような胸の痛みの意味を知り、ゼルガディスの体温が残るシーツに爪を立て  
しがみつき、さきほどとは違う涙でまた泣いた。  
 
 翌日。よく晴れた空の下、アメリアは街のカフェテラスでリナと向かい合って座っていた。  
 「ねぇ、リナ・・・」  
 ぼーっと遠くの空を見つめながら、らしからぬ抜けた声でアメリアがつぶやく。  
 「なーにー?」  
 リナはそんな彼女を気遣ってか、ことさら気にするふうでもなく返事を返す。  
 今日の朝、起きたアメリアがすぐに洗面所へ向かい顔を何度も洗っていたのを、リナは気づかぬふうに  
して窓辺に腰掛け、水の音が止むまでずっと、長い髪の毛を梳いていた。  
 リナは、香茶がおいしい、そんな顔をして湯気のたつカップを手に、ゆっくりと一口飲む。  
 アメリアがテーブルに肘を置き頬に手を添え、つぶやいた。  
 「愛って、なんなのかしらね・・・」  
 ぶふおぅっ!  
 「やだリナっ! 香茶とんだっ! もー巫女服は白いんだから取れにくいのよーやめてよねー」  
 あわててアメリアはぽんぽんと服についた香茶を押さえながらふき取る。  
 「・・・あんたは、その愛と正義を貫く巫女でしょーがっ! 今さら何言ってんのよ・・・  
 もー吹いたお茶代払ってよねー」   
 当然のように伝票をアメリアのカップの側にすべりこませるリナ。  
 そんなことすら気づかないほどの呆然たる顔つきでアメリアは空を仰ぎながらつぶやいた。  
 「そうよね、今さらよねぇ・・・・・・わたし・・・」  
 本気で愛しちゃったかもしれない・・・  
 その言葉は誰の耳にも届かずに青くて広い空に吸い込まれ、消えていった。  
 
 
   ***アメリアモノローグ  
 
 わたしたちは今朝も朝食を4人一緒に食べた。リナとわたしとガウリイさんと、・・・ゼルガディスさんも。  
 ゼルガディスさんは昨日のことなど何もなかったかのように、普段と同じだった。  
 よかった、わたしたちふたりの関係だけじゃなく、もし皆の関係まで壊れてしまったらどうしようかと、不安  
だったから。せっかく友情の篤い絆で結ばれていた4人なのだから、わたしのくだらない好奇心で全部ぶち  
こわしにしてしまうなんて、今考えるととてもじゃないけど耐えられない。  
 いつもの騒がしい朝食の席で、わたしはうまく笑えていただろうか。いつもどおりの、陽気でひとなつっこい  
わたしでいられただろうか。昨夜のあれは・・・一生共に歩む覚悟がなければ手を出していい領域ではなか  
ったのだ。もう一度、始めからやりなおそう。  
 わたしの覚悟がどちらに傾くか、今はまだわたしにもわからない。  
 リナを中心に蠢く闇の世界の行く末がどうなるのか、それを見届けたあと、故郷のセイルーンに帰りもと  
どおり巫女頭を続けるのか、王族の務めを果たすため結婚し王位継承者になる子を産むのか。  
 ・・・それともこのまま、皆さんと旅を続けるのか。  
 いつか決めなければいけない。  
 まあでも、いざとなれば姉さんもいるし。どこかに。  
 愛と正義の説得に、きっとみんな喜んでうなずいてくれると思うわ。たぶん。  
 
 だから、昨日みたいなことは、もう終わり。わたしが無意識に自分で自分を縛り付けていた鎖は、昨日  
ゼルガディスさんが壊してくれた。ものの見事に引きちぎって、完膚なきまでに、壊してくれた。  
 大丈夫、わたしの道はわたしが決めていいのだから。無意味に疼く体を慰めるよりも、もっと大切なこと  
をわたしは知ったのだから。運命に流されるんじゃなく、運命は切り開いていくものなのだ、と。  
 ものすごく強引だったけど、わたしが勝手に決めたルールを彼はいともたやすく破ってみせた。  
 だからわたしも、自分が進む道に張り巡らされる勝手なルールなんて、変えてみせる。  
 ありがとう、ゼルガディスさん。そして・・・ごめんなさい。ずうずうしいとは思うのですけど、もう一度、仲間  
からやり直させてくださいね。いっぱい泣いたけど、あなたを諦める気にはなれなかったんです。  
 今さらだわ・・・ほんと今さら・・・・・・わかるなんて。  
 彼があの時つぶやいた言葉が、まるで悲しい歌のように頭の中で繰り返し流れる。  
 『言ったろう・・・泣き喚く女を抱くのは趣味じゃないってな・・・』  
 あれは誰に言った言葉だったのだろう。ゼルガディスさんは以前にもきっと、女を思うままに犯せる状況  
になったことがあるのだ。そしてそのときもきっと、最後まで抱いたりはしなかったんだろう・・・そう考えると、  
胸がじんわり満たされていくのがわかる。不思議と悲しくならない。優しい、とさえ思ってしまう。  
 はじめは彼のぶっきらぼうでクールなところが、今までにないタイプで好みだと思っていた。でもわかった。  
 そんなパッと見の、うわべの魅力だけではなくて、彼の心の奥にある闇の中にそっと隠されている優しさに  
わたしは知らないうちに惹かれていたのだ。今ならそれがはっきりとわかる。強くて、大人で、優しい人。  
 わたしの遊びにつきあってくれて、そしてそれがどんなに危険な遊びだったか教えてくれた。  
 胸がきゅっと締まり、思わず吐いたため息が熱い。  
 わたし、本気で惚れちゃったなぁ・・・  
 残念なエッチをしてから愛してるってわかるなんて、昨日の夜に戻りたいなんて、ほんと今さらよねぇ・・・  
 リナの言う通りだわ・・・  
 わたしはいつのまにか手元にあった伝票を手にとって立ち上がった。  
 リナがそれを見て当然のような顔をして微笑んでいる。  
 少し嬉しい・・・自分の居場所を得た安心感がわたしの心を解きほぐしてくれる。  
 「いいわ、授業料と思って払ってあげる」  
 「そ?よろしくね」  
 なんの授業かとか聞き返さないリナが心地良くてなんだか可笑しい。  
 きっとなんとなくいつもと違うわたしを精一杯気遣ってくれてるんだろう。  
 なんだかんだ言っても、リナも優しいのよね・・・勝手にリナの旅にくっついて来たわたしをこうやって受け  
入れてくれている。  
 唐突にリナがわたしの後ろを指差した。  
 ふりむくと、買出し班の男性二人が大きな紙袋をいくつも抱えてこちらへやってくるのが見えた。  
 旅はまだまだ続くのだ。  
 わたしとリナは笑顔で手を振り、そして、ガウリイさんとゼルガディスさんも、お茶しながらのんびり待って  
いたわたしたちを見つけて苦笑いしながら・・・・・・優しく手を振り返してくれた。  
 
 もともと始めから、ルールを壊しさえすればそれで俺は満足してくだらない遊びを終わらせるつもりでいた。  
 泣きじゃくる様を見て、すでに萎えていたのだからそれ以上どうこう出来る状態でもなかったのだし。  
 巫女を続ける限りは男をけ入れることなどできはしないと、なぜアメリアはその覚悟をないがしろにして  
いるのだろうか。己が定めた道さえまっとうできない相手にかける情けなど持ち合わせてはいない。  
 勝手に泣き止んで、勝手に部屋へ戻るだろう。そして自力で立ち直ってくるようなら、見直しもしよう。  
 満月の夜に少し熱に浮かされて、リナとガウリイの旦那がいない状況に魔がさしでもしたのだろうな。  
 宿屋に一瞬だけ充満した妙な空気、話声、装備をつける音、窓から忍び出る気配・・・ガウリイの旦那も  
俺も目を覚ましたが互いに無言だった。そして旦那は着替えて出かけ、俺は魔道書を手にとって・・・  
 そこへアメリアがいつもとは違う、女の匂いをさせながらやってきたのだ。  
 だが、あのつまみ食いみたいな遊びがいかに危険なものなのか、今回身を持ってわかったことだろう。  
 まったく・・・世話が焼けるぜ。  
 酒場でひとりジョッキを傾けながら俺はなぜかいらいらしていた。  
 アメリアに対してではない。そう、違う女に対して俺はもやもやと悩み始めてしまっていた。  
 うっかり関わっただけのくせに、真っ向から命を張って戦い、レゾを倒した女。  
 俺よりも名高い悪評を、笑いながら吹き飛ばす女。  
 そして決して手に入らない女。  
 その女のことを考えると、疼くほどに切ないのだ。  
 なんなのだ、あの女は。  
 泣き喚くアメリアを見て俺の脳裏に浮かんだのは、あの日のリナだった。  
 手を縛り上げられ、天井から吊るされ、ぴーぴー泣き喚いていたリナ。  
 そんな状況ですら色気は皆無だったし、あの時は俺もどうこうしようという気にすらならなかった。  
 だが今は違う・・・抱いてみたいのだ。  
 俺の猛りをぶつけて、まるごと飲み込んでほしいと、そう思う。  
 俺の手で快楽に溺れる様を、我を忘れるぐらいよがる様を、この目で見てみたいのだ。  
 叶わぬ願いだとわかっているのに、おさまらない。消えてなくならない想いだった。  
 一度別れてから、再会した時にはもう遅かった。  
 相変わらずリナの横にはあの光の剣の戦士が寄り添っていた・・・  
 ふたりの間にかたい絆すら見えた。  
 肉体関係を持ったかどうかなどわからんが、そんなことは関係ないぐらい、信頼し合っていた。  
 俺が入る隙間など、どこにもなかった。  
 そのことにショックを受けた自分のことを、未だに信じられない。  
 この俺に独占欲のようなものがまだあったとは、そのとき初めて知ったのだ。  
 若い頃、まだ人間の体だったときは恋人のいる時期もあったが、レゾに騙されキメラにされてからは、  
あっさりと捨ててきた。俺の自尊心を守るために。なにより女の未来を考えて・・・いや、結局は恋だなんだと  
浮かれてはいたものの、己自身より大切な存在ではなかったのだ。  
 そんな俺だからわかる。  
 ガウリイの旦那は、あれは、己よりもリナを大切にしている。  
 俺は・・・俺はどうだろうか・・・  
 
 ジョッキ一杯では物足りず、もう一杯注文した頃、カウンターに座っていた俺の隣にそのリナが唐突に  
やってきた。俺は心の動揺を声に出さないよう、注意深く口を開く。  
 「お前さん、こんな夜中にどうしたんだ? 夜更かしは美容の大敵なんだろ?」  
 俺の言葉にため息をついたリナはうんざりした顔をして高いカウンターイスに小ぶりな尻をのっけてくる。  
 「それがさー・・・あ、おっちゃん、あたしもジョッキひとつね、あと串焼きも!」  
 店のおやじに怒鳴るリナ。夜の酒場は騒がしい。声が届かなかったようで、身を乗り出して再度怒鳴る。  
 俺に背を向け、すぐ目の前でしなやかに髪の毛を揺らしながら。  
 せめて、この髪一筋だけでも・・・  
 ジョッキ一杯で悪酔いしかけていた俺は、衝動にかられるままにリナの栗色の髪に手を伸ばし・・・  
 殺気!?  
 そう感じた瞬間、なみなみと中身が入っているジョッキが派手に割れた。  
 俺の、ではない。リナとは反対側のカウンターイスに座っていた隣の男のジョッキだ。男は呆然としている。  
 それはそうだろう、まったく何の関係もない、ただの客だ。  
 まかり間違ってリナに当たらぬよう、割れた破片がリナに刺さらぬよう、ジョッキの中身がリナにかからぬよう、  
計算されつくした位置のジョッキが割られたのだ。  
 飛び散った酒の泡の中にどんぐりがひとつ。おそらく、いや、確実に、やつの指弾だ。  
 「・・・・・・一緒だったのか」  
 かすれた声で俺は言う。酔いもあったが、突然あらわれたリナの存在に、思わずやつの存在を忘れていた。  
 この過保護すぎる自称保護者がリナひとりを夜の酒場にうろつかせるわけがない。  
 俺としたことがうかつだった。  
 今日に限ってどいつもこいつも俺もあいつも、なんて狂った夜なんだ・・・  
 俺の内心の動揺をよそに、リナが面倒そうに肩をすくめた。  
 ジョッキが割れたのも酒場の喧騒のひとつと思っているのか、慣れた様子で意にも介さない。  
 「そうなのよ、盗賊いぢ・・・げふんげふん、ちょっと所用ででかけたらなんでか気づかれてたみたいで、  
 夜中に一人歩きするなって連れ戻されたとこなのよ」  
 言って振り向き、狭い酒場にひしめく人ごみをかきわけながらこちらへ近寄ってくる男の名前を呼んだ。  
 「ねぇ、ガウリイ」  
 「こらリナ、小柄だからってひょいひょい先行くなよ」  
 「だってのど渇いてたんだもん。それにゼルの姿も見えたから・・・って」  
 そしてようやっと俺の服を見て驚きの声をあげる。  
 「ちょっとゼル、お酒だだかぶりじゃないっ! なんかやたら酒臭いと思ったらっ!」  
 「オレがたまたま蹴り飛ばした小石でも当たって割れたのかな。大丈夫かゼルガディス」  
 平然とした顔で言ってのけるガウリイの旦那に席を譲るべく、俺はイスから降りた。  
 ・・・何がたまたまで小石だ・・・どんぐりは標準装備だろうが・・・  
 「いや、このまま風呂へいくからいいさ」  
 「そうか?」  
 そこへ店のオヤジが俺の注文していたジョッキを運んできて惨状に目を丸くする。  
 「そいつはこっちの一杯台無しになった人にやってくれ。・・・じゃあな、おふたりさん」  
 俺はカウンターに金を置くと、片手をあげて酒場をあとにした。  
 「・・・なんでゼル怒んないのかしら。ガウリイ、あんた何か弱みでも握ってんの?」  
 「うん? さあなー。オレも眠いしもう寝るわ」  
 「あたし、ちょっと飲んでから寝ようかな・・・注文もしたし・・・」  
 「何言ってんだ。おーいオヤジ、こいつのキャンセルな! ほら、いくぞ。部屋まで送るから」  
 「ひとりで帰れるわよっ! ああ、あたしの串焼きさんが・・・」  
 いつもの夫婦漫才が遠くからでも聞こえる。  
 俺は思わずため息をついた。  
 
 風呂場でもまだ俺はもんもんとしていた。  
 小さいがしっかりとした造りの湯船があり、情緒あふれる感じだ。リナの選ぶ宿屋は趣味がいい。  
 俺は心なしかぐったりとした思いで、さらっとした湯に浸かりながらありえない想像をする。  
 もし、もしも誘ってきたのがアメリアではなく、リナだったなら・・・  
 遊びでもいいから抱いてくれ、とせまってきたのがリナだったとしたら・・・  
 俺はきっとリナの気が変わる前にすぐにでも抱き寄せて、やっぱりやめたと言わせないよう深く口づけ  
をして黙らせて、たとえ入れなくたって性感帯はいくらでもあるのだから、喘がせて善がらせて、おかしく  
なるまで何度でも何度でもイかせて、俺なしじゃ駄目な体にしてそのまま無理やりにでも俺の女にしてし  
まうのに・・・  
 さきほど酒場で近づいたリナの髪から、ついさっきベッドで女の匂いと共にかいだ石鹸の香りがした。  
 そんなことを思い出して淫らな欲情が加速する。  
 リナのあそこはどうなってるのか・・・胸と同じように小ぶりな突起が俺の唾液で濡れて光る様は、どんな  
感じなんだろうか。俺は目を閉じ舌を小さくつきだしてみる。湯気があたたかく舌を湿らせていく。  
 そこをなめたらどんな声で喘ぐのか・・・あの小さい尻をわし掴んでそっと吸い上げてみたい。  
 舌をはわして指で責めて、逃げようとする細い腰を力いっぱい抱きしめてみたい。  
 そうして、イクときには濡れた声で俺の名前を呼んでくれないか・・・  
 (・・・ゼル・・・ゼルっ・・・・・・)  
 なんと言いながら果てるのか・・・声も出せずただ震えるだけなのか・・・  
 (・・・ゼルぅっ・・・・・・いっちゃうっ・・・)  
 俺の妄想の中でリナは震えながら果てたあと、潤んだ瞳でこちらを見つめ微笑む。  
 そうだな、リナが望むのならば、挿入せずに終わってもいい。まぁ、当然口ではしてもらうが。  
 ・・・ああ、なんだかのぼせてきたな・・・  
 妄想だけで俺ははちきれそうになってきたので、ここいらでやめることにした。  
 こんなありえない妄想でリナをおかずに抜こうものなら、出した後におそろしいほどの虚無感に襲われ  
るような気がしたからだ。ありえない、本当にありえない。肌と肌が触れ合う想像をするなんて。俺のこの  
忌まわしい身体がリナの肌を傷つけてしまうことを思うと、俺の昂ぶりは急に萎えてきた。  
 もとの身体に戻りたい理由がどんどん増えていく。  
 リナのやわらかい唇の熱に優しく触れ、傷つける心配など何もせず、心置きなくリナを抱きしめたい・・・  
 叶わぬ夢だ・・・人間の身体に戻るよりも、リナを手に入れることのほうが、遥かに困難な気がする・・・  
 
 ため息をひとつ吐いて、頭にのせていた手ぬぐいをおさえ湯船から立ち上がろうとしたとき、あの男が  
やってきた。俺とリナの間に立ちはだかる越えられない壁、ガウリイ=ガブリエフ。  
 「よお、ゼルガディス。まだ入ってたのか」  
 腰に手ぬぐいを巻き気楽にこちらへ片手をあげ、淡いブロンドの髪を三つ編みにしたやつはいつもどおりの  
のんきさで声をかけてきた。この雰囲気に油断すると手痛いしっぺ返しを食らう。俺がそもそもこうやって  
酔ってるというのに風呂に入らなければいけないのは、この男のせいだ。自業自得?知らんな。  
 無言で片手をあげ返す俺を見てから、やつには小さすぎるイスに腰掛け、シャワーで掛け湯をする。  
 お互い何か言いたいことがあるような、微妙な空気のまま、ただ黙り込んでいた。  
 俺のほうが先に我慢できなくなり、口を開いた。いつもより我慢がきかないのは、のぼせているせいだろう  
か。酒も抜けず頭の芯に残っている感じだった。  
 だが酔った勢いだろうがどうでもいい、こいつにはずっと聞きたいことがあったのだ。  
 「・・・ガウリイさんよ、ひとつ聞いてもいいか?・・・」  
 俺の声に不穏なものを感じでもしたのか、ぴりっとした緊張が俺たちふたりの間に走る。  
 返事の代わりに目線をこちらに向けただけのやつに、俺はかまわず言葉をつづける。  
 「リナとはどこまでいった・・・?」  
 さあ、どうでる?とぼけるか、否定するか、ブラフをかますか?  
 俺の希望としては、まだしてない、という答えが理想なんだが・・・無いな、それは無い。  
 ぴりぴりした緊張感のまま、やつがゆっくりと口を開く。  
 「さあ、な・・・」  
 「とぼけやがって。正直に言えよ」  
 熱い湯に浸した手ぬぐいで俺は顔の汗をぬぐう。ばれちゃいないだろうが冷や汗だ。  
 酔いの勢いを借りたとはいえ、内心はやめときゃよかったかと冷えてきていた。  
 やっぱり勢いだけでこんなきわどい真似するもんじゃないか・・・  
 「・・・お前が正直に答えたら、オレもちゃんと答えるよ」  
 質問に質問を返してきやがった。  
 「なんだ・・・?」  
 仕方なく聞き返す俺の目をまっすぐに見据えながらやつが口を開く。  
 「リナに惚れてるのか?」  
 一瞬の間を置いて、言葉の意味を咀嚼してから、ククっと不敵に笑いあう。  
 冷や汗かいてる場合じゃねーな・・・いいだろう、やってやる。  
 「・・・来いよ、ガウリイ・・・決着つけようじゃねーか・・・」  
 俺は手ぬぐいをびっと伸ばし、湯船から立ち上がる。  
 「本気で来い、ゼルガディス。後悔させてやるぜ・・・」  
 ガウリイもまたゆらりとイスから立ち上がる。  
 その瞬間、縮こまって風呂場にいた他の客はそそくさと逃げ出していった。フン、好都合だ。  
 「と、ちょっと待て、ゼルガディス・・・」  
 ガウリイが少し戸惑いを含んだ声をあげる。視線が俺の股間に向いている。  
 「お前のって・・・人外魔境みたいなんだな・・・・・・ゴーレム?」  
 「こんなところまでキメラ化などしていない。もともとだ」  
 さきほどまでのリナへの妄想で多少大きくなってはいるが・・・しかし・・・  
 「そういうあんたこそ・・・悪魔の証みたいだぜ・・・」  
 ガウリイのそれも堂々とそそり立つ様は(風呂場に来る前に何してたんだか)、完全に人間離れしていた。  
 お前に言われたくない、という雰囲気がお互いの間に風呂場の湯気とともにたちこめる。  
 しかし勝負はもう始まっているのだ。俺は少しだけ腰をおろし、手ぬぐいを湯船にひたそうと動く。  
 その隙を逃さずガウリイがこちらに走る! 速い!  
 
 だが俺の飛び道具のほうが速かった。湯船から引き上げ、ガウリイめがけてホイップさせ投げつける。  
 「くらえっ! 手ぬぐい爆弾っ!」  
 「くっ、なんとっ!」  
 ガウリイはくらう直前に横っ飛びに転がり、そのまま手近のシャワーをもぎとると、片足だけの踏み込みで  
こちらに体を向け手をスイッチに叩きつける。  
 「熱湯光線っ! 最大出力(温度)! くたばれっ!」  
 「ぐぁぁああ! 熱いっ! おのれ!!」  
 熱湯を浴びせられ、キメラで良かった、と初めて思いつつ、そばの籠から小ぶりの石鹸をわしづかみ、やつの  
足元にすべりこますように投げ散らかす。さすがに避けようとシャワーの照準が狂ったところを湯船から飛び出し  
勢いのままに体当たりをしかける。  
 「岩肌クラッシュ!」  
 「甘いっ!!」  
 すんでのところで、ガウリイはさっき俺が投げた手ぬぐいを両手で盾のように使い、押しとどめる。  
 だが踏ん張りのきかぬ足場では逆効果だった。  
 俺の放った石鹸シャドウのおかげですっかりぬるぬるになっていた床に俺たちはまともにすっころんだ。  
 「あいてててて・・・」  
 どちらからともなく苦い声を発し体を起こし、そしてまたどちらからともなく笑い出した。  
 「やっぱりさすがだな、ガウリイ・・・」  
 「お前もな、ゼル・・・」  
 お互いの本気を確認したせいかもしれない、俺たちは初めて自然に呼び合っていた。  
 「で?どうなんだよ・・・」  
 俺の言葉に、ガウリイも同じ言葉を口にする。  
 「お前こそどうなんだよ。・・・リナのこと」  
 俺は覚悟を決めた。  
 「ああ・・・好きだ。できることなら俺の女にしたいと思っている」  
 まっすぐにガウリイを見すえる。俺に恋敵ができて、しかもそれがこんな屈強の戦士だなんて、こいつらに  
出会うまでは想像すらしていなかったことだ。  
 それが女の話でもめて風呂場でガキみたいな乱闘とはね・・・我ながら呆れるぜ・・・  
 「だから聞きたいんだ。・・・お前たちはどこまで進んでいる?」  
 俺が入る余地はもうないのか・・・?  
 ガウリイの目は少しも揺らぐことなくこちらを見ていた。   
 やはりもう、リナはこの男のものなのか・・・?  
 ようやく再会した時の、当然のようにリナの側に立つガウリイの姿が思い出されて、柄にもなく俺は胸が  
ぎりぎりとしめつけられるように苦しくなっていった。  
 聞かなければ良かったのか? だが、もう後戻りはできない。  
 しかしふとガウリイの視線がずれる。  
 「・・・まだ、だ」  
 ガウリイが苦しそうに言葉を吐き出した。  
 「・・・まだ、って挿入が、か?」  
 俺はガウリイの鬼の様な逸物に恐れを含んだ目線を投げかけた。  
 「そうだろうな、いくらなんでもあの華奢なリナにこれは・・・・・・死ねと言ってるようなもんだ」  
 「・・・お前に言われたかねーよ・・・たいして違わんだろが・・・」  
 憮然とした表情で言うガウリイ。  
 「で?」  
 俺は何度目かの同じ質問をぶつける。  
 「何が」  
 ガウリイが短く突っぱねる。  
 よほど言いたくないらしい。俺は内心いやいやながら、具体例をあげていくことになった。  
 「口ではイかせたのか?」  
 「・・・いや・・・」  
 「胸だけで満足か?」  
 「・・・そんなわけねーだろ・・・」  
 俺は腕を組み首をかしげる。まだ手を出していないってことか・・・?  
 リナに体の関係を拒否されてるっていうのか・・・結婚するまでは、とかいうやつか?それとも・・・  
 「さすがにキスはしたんだろう?」  
 苦りきった顔でガウリイが首を振る。  
 やつが初めて見せる苦悩顔がおかしくなってきた俺は、しかし、なんだか混乱してきた。  
 
 「あんたたち・・・好きあってるんだよな?」  
 「オレは大好きさ。・・・オレはな・・・」  
 なんということだ。リナの気持ちを確かめてすらいないのだ、この男は。  
 俺は心の底から身震いするほどの感情に突き動かされて、気がつけば叫んでいた。  
 「よっしゃあ!!」  
 「・・・ゼルお前、キャラ変わってね?・・・」  
 いまさら言うかよ。  
 「俺だってなあ、こんなに愛した女なんかいなかったんだよ。それがお前、まだ誰のモノにもなってないって  
 知ったら、そりゃ叫ぶだろうが」  
 俺が少々興奮気味にそうまくしたてると、ガウリイは苦い表情ですねたように言い返す。  
 「自分から何度かリナと別れたくせに・・・せっかくのリナの誘い蹴りやがったくせに・・・」  
 「あれはお前、人間に戻ってから口説きたいと思ったんだよ。・・・でも、生易しいもんじゃなかったよ。  
 キメラになった俺の寿命使い切ったところで、この身体を元に戻す方法なんぞ見つかるとも思えねぇ。  
 だから考え方を変えてみたのさ」  
 ガウリイは黙っている。  
 さっきまで本気で喧嘩をしていたくせに、俺の身体と運命を案じているのだ。そういう男だ。  
 「リナの寿命が尽きるまで、一緒に旅をしよう、てな」  
 俺は俺の覚悟を貫くため、目の前に立つこの強くて優しい男に、はっきりと宣言した。  
 そうなんだ、愛する女の為の孤独な旅より、愛する女と共に人間の身体を取り戻す旅をするほうが、はる  
かに有意義な人生の過ごし方ではないか。俺はそのことに気づいたとき、もう一度リナを探し始めたのだ。  
 そして見つけた。俺の、愛しい女を。  
 「・・・気安く愛してるなんて言うな! オレのほうがずっとリナを愛してる! 絶対負けんっ!」  
 いきなりガウリイが吠えた。  
 「ここでまた俺たちが争っても仕方ない。選ぶのはリナってことさ」  
 言われずともガウリイもわかっているはずだ。  
 それでも叫ばないとやってられない気持ちなのだろう。それを否定する気にはなれない。  
 「とにかく・・・のぼせてきたからそろそろ出ないか」  
 俺の言葉にガウリイがうなずく。  
 「そうだな・・・ホントのぼせそうだぜ・・・」  
 こうしてあっさり決着はついた。ドロー、と呼ぶにはあまりにもガキくさい勝負ではあったが・・・  
 あとは、リナがどちらを選ぶかだが・・・どう贔屓目に見ても、俺に勝ち目があるようには思えない。  
 しかし黙って引き下がれるほどには枯れていないつもりだ。  
 「無理やりはナシだからな・・・その・・・人外魔境なそれで・・・」  
 ガウリイが出口に向かって歩きながらつぶやく。  
 それには俺も同意見だった。  
 「当たり前だ。あんたこそ、その・・・悪魔の証みたいなそれで・・・手篭めにしたりするなよ・・・」  
 ぴたりと立ち止まり、ふたり同時に大笑いした。  
 リナとの恋愛がらみの関係は、お互い何も始まってはいないのだ。それなのに、俺たちは自分の身体が抱え  
る凶悪さにリナが傷つきやしないかと少しおびえていた。  
 妙な仲間意識がくすぐったい。馬鹿馬鹿しくて笑うしかなかった。  
 つくづく不思議な男だ。ガウリイは俺のこのキメラ化された体を目の当たりに見ても、少しの憐憫も持たずに  
受け入れて、何の躊躇も手加減もなく、全力で攻撃をしかけてきたのだ。丸裸で。  
 何も考えていないと思われがちだが、ガウリイの度量の深さに俺は内心感服してもいた。  
 こいつになら、リナがなびいても仕方ないかもしれんなと、そう思いながら改めて自分の岩肌をながめる。  
 いつも己の身体に感じていた忌まわしさが今は薄らいで見えた。  
 
 風呂場の扉に手をかけたガウリイが、真面目な顔をしてこちらを振り向く。  
 「だめだ、ゼル、もう一度体洗って風呂はいろう」  
 俺も同じことを考えていた。さっきの喧嘩で俺たちの身体は石鹸でぬめりまくっていたからだ。やれやれ。  
 
 次の日、アメリアと席を同じくして4人で朝食をとった。  
 アメリアにはもう迷いがないように感じられた。すっきりとした面持ちですらある。  
 そうか、こいつも覚悟を決めたか。どんな覚悟かは知らんが、己の道に責任を持つ、大人の目をしている  
ことがわかる。言い過ぎかもしれんが、清らかですらあった。  
 ひどいことをしたかと思っていたが、謝る気もなかったし、あながち悪い結果にはならなかったようで俺は  
ホッと胸をなでおろした。たいした女じゃないか、こいつも。  
 普段と別段変わるでもなく、大食らいなリナも、のんきなガウリイも、陽気なアメリアも、そしてその輪の中  
でなんとなく安心している自分も、全てがいつも通りだった。  
 昨日一晩で、荒れ狂う嵐のように様々なことが起こったっていうのに。  
 リナが変わらず美味そうに朝食をたいらげている様が見事に物語っていた。  
 俺たちは、こうして、何が起ころうとも一緒に旅を続けていくんだ、と。  
 それが俺はなんだか・・・嬉しかった。元の身体に戻る方法、それが見つかっても見つからなくても、ずっと、  
こうして生きていけるなら・・・それでいいんだ、と思えた。  
 俺は今、あんたに少しだけ感謝しているよ・・・レゾさんよ。  
 リナやこいつらと会わせてくれて・・・まぁアメリアは別件だが、無関係でもない。  
 ふとぼんやり眺めていたリナと目が合った。  
 リナは俺のそんな心情を知ってか知らずか、愛らしい瞳で微笑んだ。フォークを握りしめながら。  
 俺の皿にあるホワイトソーセージを狙っているんだろう。  
 「・・・やるよ」  
 俺ごと全部。とは言えないが。  
 そうしてリナは嬉しそうにフォークで突き刺して丸ごと全部たいらげた。  
 俺はそれで満足だった。  
 はは、まったく、馬鹿馬鹿しい・・・こんなに普通の日常に幸せを感じているなんてな。はは・・・  
 レゾも、もしかしたら、見えない目を受け入れていたら・・・あるいは・・・・・・  
 いや、言うまい。俺は俺の人生を胸張って生きていけばいいんだ。  
 だよな?みんな・・・  
 俺は今までの仲間の顔を思い浮かべる。悲しい顔をしているやつはひとりもいなかった。  
 それでいい。  
 この小さな宿屋の小さなテーブルで、リナも、ガウリイも、アメリアも、笑っていた。  
 そしてたぶん、俺も。  
 ・・・・・・それでいい。最高だ。  
 
 
   ...end.  
 

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