病にふせる男はどこか色っぽい。  
 それにいちはやく気づいたのはあろうことか、ナーガであった。  
 
 その日の昼、ガウリイは川面をのぞきこんでいた。  
 お腹すいたと駄々をこねまわすナーガに呆れながらも、魚がいないかと見てやるつもりだったのだ。  
 それでもなお続くダダコネに苛立ったリナが、魚をわしづかんでこいと飛び蹴りをナーガにくらわせ、  
それに巻き込まれたガウリイがナーガと共に、川にざばしゃべぼーんとなったのだったが、なぜかガウリイ  
だけが風邪をひいた。  
 
 ぎこちない空気がガウリイの寝込む部屋の前に満ちる。  
 熱でぼんやりとした頭でも、戦士の勘は衰えない。  
 「あいてるぜ。はいれよ」  
 声をだすのも苦しいが、妙な気配を撒き散らされたんでは寝付けない。  
 ガウリイの言葉に、意を決したように扉が開く。  
 「お〜っほっほっほっほっ! この白蛇のナーガがじきじきに看病してあげようというのに、いつまで  
 寝込んでいるのかしらっ!」  
 「何しにきたんだ。帰れ」  
 ガウリイのつっこみが容赦ない。  
 いつもの相方リナと、シルフィールがいないせいで、今はガウリイがつっこみ役をせざるをえなかった。  
 うんざりした顔を隠そうともしないガウリイに、少しひるむナーガ。  
 「そんなこと言わないでよ〜わたしだってちょっとは責任感じてるんだから……」  
 ほっといてそっとしておいてくれ、という本音を、「帰れ」というさっきの一言を、このときガウリイは  
もう一度言ってしまうべきだったのだが。  
 だが、しおらしくもガウリイの額にのせられているタオルを交換しようと桶の冷たい水に手を突っ込む  
ナーガに、乱暴な言葉をたたきつけ、追い出すわけにはいかなかった。  
 気持ちよく寝たいのに寝覚めが悪いことはしたくなかった。  
 はぁっとため息をついてガウリイは、熱で火照る身体を所在なげにベッドにあずけた。  
 眉をよせ目をふせて荒い息を吐き出す男の色気に、ナーガの手がとまる。  
 ナーガは間違いなく、ときめいていた。  
 恋ではなく、色欲に。  
 ガウリイにではなく、男というものに。  
 心に、ではなく、身体に。  
 動けない男ってそそられる……額のタオルを交換しおわると、ナーガの視線はガウリイの股間にむいた。  
 「なぁ、ちょっと、口まで濡れタオルかぶせられたら死んじまうんだけど」  
 顔一面に濡れタオルをかぶせられたガウリイがくぐもった声で文句を言う。  
 「早く熱が下がるかと思って」  
 「……ある意味そうだけどな……」  
 だるい腕をむりやり動かしてタオルを鼻までめくるガウリイ。  
 「ったく……お前たちのどつき漫才に巻き込まれて風邪ひいたってのに、リナはどっかいっちまうし、  
 なんでツッコミまでしなくちゃいけねーんだ? 勘弁してくれよ……」  
 「リナならシルフィールについて町に行ったわよ。薬でも買いに行ってるんじゃないかしら」  
 「まるでひとごとだな……」  
 「わたしだって責任感じてるって言ってるじゃないのよ」  
 「ほぉーどの辺が?」  
 ガウリイの目がタオルで隠れているのをいいことに、ナーガの視線は躊躇なく股間を見続けている。  
 「……この辺、かしら……」  
 すらっとしたナーガの指がシーツの上からガウリイの男の部分にふれる。  
 「っ?! なに、どこさわって……」  
 ガウリイのうろたえた声に熱がまじって、このうえなく色っぽい。  
 ナーガは含み笑いを隠すために、わざと低く冷淡な声をだした。  
 「責任とるならここかしら、と思うのよね。  
 だってあなた、女ふたりに囲まれて、夜な夜な変なことでも考えてるんじゃないの?」  
 まだ柔らかいそれを、手のひらでなであげる。   
 「少しは楽にしてあげるわよ……」  
 きゅきゅっと強めにさすりあげると、ガウリイがかすれたうめき声をあげて身をよじった。  
 楽しくなってきたナーガは、シーツをめくりパジャマをめくり、下着……は躊躇した。  
 好きでもない男のモノを見たってしょうがない。  
 そう考え、下着の上から両手をそろえて軽くにぎりしめる。  
 
 「う……やめろって……なにしてんだよっ……」  
 声も抵抗も弱弱しい。  
 ナーガの指先が筋をたどると、大きく硬くふくらんでいった。  
 「やめろって言ってるのは口先だけみたいね。   
 こんなにあからさまに勃ってきたら、どっちのあなたを信用すべきなのか迷うわねぇ。  
 お〜っほっほっほっほっほ!」  
 ガウリイの脳裏にナーガのいつもの決めポーズつき高笑いが浮かぶ。  
 その衣装の際どさと胸の豊満さ、惜しげもなくさらされているへそ、隠す気すらうかがえない下腹部と  
ミニスカ、そこからのびる女の脚。ガーターベルト。  
 すぐそこにあるのに見えないだけによりいっそう、ガウリイの熱をあげていく。  
 朦朧とする意識の中で、ナーガ相手ならややこしいことにはならんだろ、とガウリイが抵抗をあきらめ  
かけたとき、ふんわりむちっとした感触が股間にあふれた。  
 「パイズリかよ……いいもん持ってるな……」  
 おそらく無意識の賞賛に、ナーガは初めて恥じらいを覚えた。  
 こぼれんばかりの胸がつくる谷間に男のモノをはさみこんで、自分の手で押しつけ揺り動かす。  
 抵抗をやめてしまったガウリイになんとなく照れてしまうナーガ。  
 うぶだと思われたくなくて、唇をさきっぽにあてがい、熱く息をふきかけながらやわらかく刺激していく。  
 ガウリイが気持ちよさそうな吐息をはくたびに顔が熱くなった。  
 ナーガは胸までドキドキしてきて変な気分だった。  
 下着も脱がしちゃおうかしら……とナーガが思ったそのとき、ドンドン、と扉がノックされた。  
 隣の、ではあるが、びっくりしたナーガは慌てて身体を離し、乱暴にシーツをガウリイの身体にかける。  
 なんだか、助かった、と思うのは気のせいだろうか。  
 ナーガは少し困惑しつつじりじりとガウリイから後ずさる。  
 「ナーガ! いないの? どこ行ったんだろ……」  
 廊下からリナの声が聞こえた。隣はリナとナーガの相部屋だった。ちなみにシルフィールは一人部屋。  
 「ナーガさんも案外心配されてて、ガウリイ様の看病でもしているかもしれないですわね」  
 「ないない、それはない。天地ひっくりかえってもありえないわよ」  
 廊下にひびくリナの爆笑。  
 ひくひく顔をひきつらせながらナーガがふとガウリイを見ると、スースー寝息をたてている。  
 その無防備な寝顔を見ていると、自分のしたことに激しい羞恥心がわいてきてしまい、夢にしてしまおうと  
ナーガは決め、窓を開けて呪文を唱え、文字通り飛び出していった。  
 
 
 「ガウリイ様……」  
 ノックの後に何の返事もなかったので、シルフィールは声をかけつつ扉をゆっくりと押し開けた。  
 思ったとおり、眠っている。  
 自室で薬草を調合してからガウリイの部屋へ来たシルフィールは、町へでかける前に自分で置いた  
タオルが下手くそな形にガウリイの顔半分にのっかっているのを見て、少しだけ微笑んだ。  
 「やっぱりナーガさんも心配してるのですね……」  
 しかしガウリイの呼吸が荒く激しいことに気づくと、薬を飲ませるべく、いそいで彼を起こした。  
 「……寒い……頭ガンガンする……」  
 ガウリイが熱に浮かされた声で弱弱しく言う。  
 窓が全開で、肌寒い風がベッドへ吹きつけていたので、シルフィールはすぐに閉めた。  
 「どなたが開けたのかしら……もしかしてナーガさん?」  
 シルフィールのつぶやきに、ガウリイがぼんやり答える。  
 「……そういや、熱がすぐ下がるようにって殺されかけたな……」  
 「ガウリイ様……冗談に聞こえないのですけど……」  
 やりかねない、とシルフィールは深く納得した。  
 「私、薬草を調合いたしました。さ、飲んでください」  
 「動けないんだ……飲ませてくれ」  
 ガウリイの意外な言葉に、シルフィールは顔を真っ赤に染めて動揺する。  
 つまり、それは、口と口、で……?  
 しどろもどろに何かおかしなことを口走りそうになり、シルフィールはおろおろと意味もなく立ったり  
座ったりをくりかえす。  
 「?……苦しいんだ……はやく……」  
 ガウリイのせつなげな声にシルフィールは意を決し、コップの水を口に含む。  
 心臓が跳ね回ってたまらない。  
 なんて役得なの?! と薬をもつシルフィールの手がふるえる。  
 
 「……そこに水差しがあるだろ? そのまま俺の口にそいつを差して飲ましてくれ……」  
 何の返事もしないシルフィールにしびれをきらしてガウリイが説明すると、気管に水が盛大にはいった  
シルフィールが死ぬほど咳をした。  
 「おいおい、お前まで風邪か……?」  
 目を覆っていたタオルをめくりあげ、心配そうにガウリイが赤い顔でシルフィールを見やる。  
 「俺のがうつったのか? すまん……」  
 「げほっ…違いますガウリイ様……これはその……喉が渇いて水が……」  
 弁解するほどドツボにはまりそうだったので、あやふやにぼかすだけでシルフィールは精一杯だった。  
 気を取り直してガウリイの口に薬をいれて、水差しを近づける。  
 熱で乾いた唇がゆっくりと水を求めて開かれた。  
 淫靡な光景だった。  
 なまじ美形だからか、何かをくわえる様が妙に艶っぽい。  
 あるいはシルフィールのひいき目かもしれなかったが。  
 こくん、と喉を鳴らして薬を飲み込むガウリイ。  
 濡れた唇から熱い息がはきだされるのを間近で見てしまったシルフィールは、悶えるくらいに、  
無意識に放たれる色気に圧倒されていた。  
 「反則ですわガウリイ様……」  
 なにが? と言おうとしたガウリイだったが、シルフィールのそらした視線が彼の盛り上がった股間に  
向き、固まったのを見て、もはや何も言う気にはなれなかった。  
 もうどうでもいい、はやく俺をひとりにしてくれ、と諦観のため息がガウリイの口からもれると、何を勘違い  
したのかシルフィールが椅子から立ち上がり、ガウリイの足元へと移動する。  
 「私、誤解しておりました。そうですわよね、ガウリイ様も、その、殿方ですものね……ご安心ください」  
 ガウリイは不安にしかならない。  
 「なぁ、シルフィール、なんか誤解してるみたいだけど……」  
 「みなまでおっしゃらないでください。私だって恥ずかしいのですから……こういうこと初めてで……」  
 「わわ、めくるなよ……だから違うって」  
 暴走しだしたシルフィールには、もうガウリイが何を言っても気遣いのための優しさにしか感じられなかった。  
 シーツを思い切ってめくって、ガウリイのズボンがおろされているのを見ても、性欲の処理に困る姿にしか  
見えずに、ますます胸がしめつけられていった。  
 「我慢されていたのですね。私でよければお手伝いさせてください……拙いとは思いますが、一生懸命  
やりますので」  
 「ヤリますったって……」  
 この娘の自分に対する想いがわかりやすすぎて、かえって扱いに困ってしまうガウリイだった。  
 このままなしくずしに恋人関係になるのも不本意だったし、なによりもまだ身をかためるつもりもない、  
18の若者には少々難儀な相手だった。  
 自分から舐めておいて、責任とって結婚してくれと真顔でせまるタイプだとガウリイは思った。  
 冗談じゃない、そんな大事なこと、せめて風邪でダウンしてる時に考えさせるのはやめてくれ、俺は寝たい  
だけなんだ……などと内心の叫びを口にだせるわけもなく、人の良いこの男は動かない身体を呪いながら  
途方にくれていた。  
 シルフィールは熱を発散させているガウリイの一物に直に触れるために下着をずらしていく。  
 「……やめろって!」  
 ガウリイはうまく声がだせなかった。  
 薬が効いてきたのか、どんどん身体から力が奪われていく。  
 シルフィールはご奉仕のつもりだから、何と言われようとやめる気はなかった。  
 すすんで舐めてくれと言うような男ではないことも知っている。  
 なんとかして役に立ちたい一心で慣れぬ行為をつづけた。  
 しかし惚れた男のモノというものはどうしてこうも甘美な姿に見えるのか……グロテスクの極みだと思って  
いたそれが、シルフィールには愛おしくてしかたがなかった。  
 「痛かったりしたら、おっしゃってくださいね」  
 ゆっくりと舌をだすシルフィールの目がきつく閉じられているのを見たガウリイは、またもや諦めの境地に  
はいっていった。  
 さっきのナーガの悪戯のせいで、しかも中途半端なとこで放り出された熱がおさまらず苦しいのも確か  
だったから、一発抜いてもらってからその後のことを考えればいいか、と投げやりな気持ちになっていた。  
 女達からすれば原因はガウリイの無自覚な色気のせいなのだが。  
 
 シルフィールのぎこちない舌使いが新鮮でもあったし、やわらかく愛おしそうになでてくる指の感触も悪く  
なかった。  
 とまどいながらも真っすぐに気持ちをぶつけてくるかのようなシルフィールの愛撫に、頭の芯がぼんやり  
してくる。  
 もっときつくしごいてもいいんだけどな、などと要求まででてくる。  
 口に出すのは流石にためらわれたので、早く終わらせるためにもガウリイは与えられる刺激に身を  
任せてわきあがる快感に意識を集中させた。  
 おそるおそる舌が離れる。  
 ああ、くわえてくれるのか……とガウリイが思っていると、必死の雰囲気を撒き散らしたシルフィールが  
口いっぱいにほおばってきた。  
 予想を超える快楽にガウリイが軽く身悶えすると、シルフィールの身体から緊張が少しだけ抜けて、  
喜ばせていることに満足しているかのような笑みがこぼれた。   
 かわいいところもあるな、こいつ……とガウリイがシルフィールの髪に手をのばそうとしたとき、扉が  
開く音と声が廊下から響いた。  
 「そろそろ下にご飯食べにいかない?  
 あたしシルフィールよんでくるから、あんたガウリイよんできなさいよ」  
 「……!! い……いやよ絶対いや……リナがふたりともよんで……」  
 「だーいじょうぶだって。ガウリイもシルフィールも、もう怒ってないって、きっと。  
 あーみえてあのふたり、大人なところあるんだから」  
 まさに大人な関係まっただ中なふたりはしばし硬直していたが、シルフィールがガバっと身を離すと、  
目をぐるぐるさせながら早口で何か訳の分からない謝罪を小声でまくしたて、窓を開けながら呪文を  
唱えて飛び出していった。  
 飛び出していきながらシルフィールは、ふとガウリイの部屋の窓が開いていた理由に思い至りそうに  
なり、あわててそれを頭から追い払った。  
 「まさか……ナーガさんも……いえいえ、そんなことあるはずがないですもの。  
 リナさんも言ってたじゃない……たとえ天地がひっくりかえったとしても、ありえない……」  
 
 「なんだってんだ?! どいつもこいつも寸止めしやがって!」  
 風邪のせいか、中途に高められた情欲のせいか、鼓動が暴れ、身体の熱が一箇所に集中していく。  
 ようするに股間がドクドク脈打って辛抱たまらん状態に陥ったガウリイは、2度にわたって行われた  
寸止めフェラに理性が壊れかけていた。  
 「くっそ、次に部屋来たやつ喰ってやる!」  
 ガチャリ……ギィ…  
 「ガウリイ、どお? もうすぐ晩ごは……」  
 リナの絶叫の後にはガウリイの断末魔の叫びと爆音が一見平和な宿屋に響き渡ったのだった───  
 
 

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