薄闇が場を支配していた。  
この手の宿は大抵、こんな風に明かりを弱めすれ違う他人同士が  
互いを確認できぬよう配慮してある。  
相場より高額、しかし客の素性は一切問わない。そんな宿だった。  
急に天候が崩れ、さりとて宿の数は少なく。  
この種の宿は尚更稀少で、今日のように宿泊希望者が多い場合贅沢は一切言えない。  
通常より更に釣り上がった料金を支払い、黙って宛がわれた部屋に向かう。  
ねぐらの確保の為には粗悪な食事もかび臭い寝具も我慢するより他はない。  
壁越しにバタバタバタ・・・と、強い調子の雨音が響き、  
今夜の選択は間違っていなかったとホッと胸を撫ぜ下ろしたものだった。  
・・・部屋の、扉を開くまでは。  
 
鍵を鍵穴に差し込もうとして・・・室内に人の気配を感じた俺は、  
腰のブロードソードに手をかけつつ、ゆっくりと錠を開いて扉を開き・・・。  
 
「お〜っほ〜っほっほっほっほ♪ 今夜のお相手はあなたってわけねv」  
 
部屋の中央、異様に布面積の少ない格好の女が仁王立ちで高笑いしている現場に出くわした。  
「・・・すまん、部屋を間違えたようだ」  
相手を刺激しないよう、充分気をつけたはずなのに  
「あら、間違いなんかじゃなくてよ。 その鍵、間違いなくこの部屋のものよ」  
にんまりと、やけにねちっこい笑みを浮かべたその女は、  
俺の上着を掴むとそのまま部屋の中に引き込みにかかった。  
「なら、あんたは何故ここにいる。ここが俺の部屋だと判っているなら  
とっとと出て行ってもらおう」  
俺よりも更に背が高いといっても、所詮は女。  
力では負ける筈もない、そう高を括ったのが運の尽きだった。  
「ふふっ、キメラの男と一夜を過ごす・・・なんてのも、なかなか乙ってものだわ」  
服を掴む女の腕を逆に捕らえて廊下に押し出そうとした俺の耳に  
囁かれた一言に不覚にも一瞬硬直してしまい。その一瞬に扉は閉まり、  
俺は部屋の中に引きずり込まれてしまった。  
 
「このナーガ様に相手してもらえるなんて、あなた幸せものよ♪  
だから、ここの宿賃と溜まりまくってる酒代と、それから今後の路銀もちょっとばかり  
融通してもらったところで、当然全然まったく一向にかまわないわよね♪」  
この俺の岩肌にもひるむ事なく、圧し掛かってきた女を攻撃できなかったのは  
少し前に別れた少女とどこか似ている気がしたからかもしれない。  
艶やかな黒髪と、濡れた様な黒い瞳。圧倒的な弾力の乳房がぐいぐいと押し付けられて  
かつて少女にに抱きつかれた時の劣情が甦る。  
「あんた・・・俺が、怖くないのか?」  
ぐにっ。片手で掴もうとして掴みきれないサイズの乳房を押し戻して、静かに問う。  
「怖いですって? このサーペントのナーガ様に怖いものなんてあるわけなくてよ!  
そうね、精々路銀が足りないとか食料が尽きる位しか恐れる事なんて!!」  
「つまり、貧乏が怖いんだな」  
このまま喋らせているとまた例の高笑いに移行しそうだったので、  
とりあえず突っ込んでみたんだが正解だったようだ。  
グッと言葉を詰まらせた女の身体を横に転がして、今度は自分が馬乗りになる。  
「ほほっ!? び、貧乏っていうか!」  
「なら、黙ってジッとしていろ。俺の気が済んだらさっきの条件を飲んでやる」  
まだなにやら喚きそうな唇を強引に奪い、まったく身体を隠す役に立って  
いなさそうな衣服に手をかけつつ、あいつは間違ってもこんな頓狂な格好は  
しないだろうと目を閉じる。  
黙らせておけば抱き人形位にはできるだろうし、この女にもメリットはある。  
この、張りのある胸が・・・あいつに、アメリアに似ているのが悪いんだ。  
 
・・・その後、迂闊にも最中にアメリアの名前を口走ってしまった俺は  
実姉だそうなこの女に散々たかられまくるハメになってしまった。  
この事と、レゾの手でキメラにされた事と、リナに便利アイテム呼ばわりされる事、  
どれがもっとも不幸なのか。  
いまだに、答えは出せないままだ。  
 
 

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