―――やられた。ゼロスに・・・  
無理やり処女を奪われた。  
 
愛情の欠片もない、ただあたしをいたぶる目的の交わり。何度も何度も、それは続いた。  
ゼロスとの行為の最中、あたしを支配していたのは、苦痛と恐怖と――望んでいない強制的な快楽だった。  
 
ベッドの上で裸身のまま、呆然と虚空を見上げるあたし。  
涙すら、出てこない。  
頭がガンガンして、ひどく身体が重い・・・もう手の指すら動かすのが億劫だ。  
「リナさんの味は、やはり甘美でしたよ」  
そう言って、ゼロスの指があたしの口に何かを押し込んでくる。  
独特の・・・生臭い精液の味と、血の味がした。  
「・・・うぐっ」  
到底受け入れがたくて、吐き気が込み上げた。  
 
「・・・・・・もう二度と、あたしの前に姿を現さないで・・・・・・」  
あたしはゼロスにそれを言うのが精いっぱいだった。  
「さぁて。どうでしょうか・・・リナさんは、僕の極上の宝石ですからねぇ・・・」  
残酷な笑みを浮かべる様は、さすが魔族だと、ぼんやり思った。  
 
 
ゼロスが消えてしばらく経って、ようやくあたしは一人の男を思って静かに泣いた。  
ガウリイ・・・・・・  
 
 
 
いつもの旅、いつもの道中。  
あんな冷酷な恐ろしい夜が過ぎ去った後は、ガウリイとの普通の日常が待っていた。  
 
「・・・リナ、どうしたんだ?」  
いつもどおり変わらず、お日様のようなガウリイ。  
ボーっとしているあたしを、不思議に思ったのだろう。  
昨日あった事を微塵にも見せないように、あたしは努めていつもの自分で、明るく元気に振舞っていた。  
「あ、ううんなんでもないのガウリイ。今日の晩ご飯のメニューを想像しただけで、お腹すいちゃって」  
と、あたしは自称保護者に嘘をついた。  
 
あの恐怖の出来事から、一週間が過ぎた。  
相変わらず旅を続けているあたしとガウリイは、昼過ぎに、街道沿いの林の木陰で小休憩を取っていた。  
木の幹に凭れかかって、昼寝をするあたし。  
最近あまり眠れないあたしは、こうして昼間に寝ることが多くなった。  
それに、ガウリイの気配が近くにあると、よく眠れるのだ。  
 
目覚めると、何故かあたしの膝元には大量の花が置かれていた。  
「・・・これ、コスモス・・・?」  
ピンクや黄色や白の、色とりどりのコスモス。  
もちろん、こんなことする犯人は一人しかいないけど、あいつはそんな事する柄じゃないのだが・・・  
「お、リナ。目ぇ覚めたか?」  
「ガウリイ、びっくりするじゃないの!花なんて置いちゃってさ!」  
「ああ、さっき見回りに行った時に、近くに花畑があったもんで、リナにプレゼントしようと思って摘んできた」  
「・・・あんた、熱でもあるんじゃないの?」  
それは冗談で言ったのではなかった。ガウリイの顔が赤いからだ。  
 
「・・・なぁリナ。突然オレがこんな事言っても、笑わないでくれよ・・・」  
「なによ」  
「リナが好きだ。リナ、オレと結婚してくれないか」  
 
飾りっ気のないガウリイのまっすぐな言葉が、あたしの心に一直線に届いた。  
 
そう、一緒に旅をして3年間――あたしとガウリイが、お互い想いあっているのに薄々気が付ついていながら、男女の関係としてではなく、未だにただの相棒として一緒にいた方が不思議だったのだ。  
 
さわり、と、風が凪ぐ。  
ガウリイが、痛いほどあたしを見詰めていて、返事を待っている。  
 
以前のあたしなら、ガウリイの言葉を素直に受け入れて、その腕の中になんの躊躇いもなく飛び込んでいたのだろう。  
『嬉しい。あたしもガウリイが好きだよ』  
そう素直に言えたら、どんなに幸せか。  
 
「・・・あたしは、ガウリイと結婚する資格はもうないわ」  
 
あたしは、首を横に振る。  
あたしはもう、ゼロスに汚されてしまっている。  
そんなあたしと結婚して、ガウリイまで汚すわけにはいかない。  
 
「・・・資格?なんの資格だ??  
オレはリナを好きだ。リナがオレを好きだったら、それだけでいいんじゃないのか?」  
「駄目よ。あたしはあんたとは、結婚しない」  
あたしはきっぱり言い放つ。  
本当は、ゼロスに強姦された後、手紙でも置いてガウリイと別れた方がよかったのかもしれない。  
何も知らない優しい自称保護者をこうやって拒絶して、現に今、ガウリイを傷つけてる。  
「・・・どうしたんだ、リナ。最近おかしいぞ」  
「おかしくなんかないわよ。いつものあたしでしょーが!」  
「だって、ここ数日間、盗賊のアジトが近くにあっても、いつもみたいに盗賊いじめに行こうとしかなっただろう!」  
――あ・・・。  
知ってたのか、ガウリイ。あたしが盗賊いぢめに行かなかったって事を。  
「なあ、リナ。オレじゃ駄目なのか?・・・他に好きな男でもいるのか??」  
「・・・・・・違うわ」  
「じゃあ何故なんだ?理由を説明してくれたら、オレは納得する」  
「――――アンタのことが嫌いになったのよっ!!!」  
衝動的に叫ぶあたし。  
気が付けば、あたしは木の幹に背を付けてガウリイと話していた。  
ガウリイとあたしとの距離が、もう少しで密着するくらいの近さだ。  
「嘘だな」  
そう言って、ガウリイがいきなりあたしの唇に己を合わせてきた――!!  
・・・やだ!!ゼロスの時も、こんな風に強引にキスをされて、そのまま―――  
 
「―――っっ、いやあああああああぁぁっっ!!!」  
 
火事場の馬鹿力――というのはこういう事を言うのか。  
あたしの細腕で、図体のデカいガウリイを思いっきり突き飛ばせたのは、我ながら驚いたのだが。  
ガウリイは、あたしがここまでの拒絶の意を示すとは思ってなかったのだろう。愕然とした表情をしていた。  
「・・・あ・・・っ・・・・・・ごめ、ん。ガウリイ・・・」  
気が付いたら涙で視界が滲んでいた。  
 
「リナ、こんな事を言うのは、凄く気が引けるんだが・・・」  
「男に、嫌な事されたのか?」  
そう図星を突かれて、びくりと震えるあたし。  
しまった。これじゃ肯定したのと同義じゃん・・・  
「・・・違うわ・・・」  
「嘘つけ!お前さん、オレに隠しているようだが、町で男にすれ違うだけで、少し身体を固くしているじゃないか。  
それに・・・・・・・最近のリナは、まるで知らない女になったみたいだ」  
 
そう――ガウリイの言うとおりだった。  
 
作り笑いは出来ても、心の底から笑えなくなった。  
男があたしの近くに寄ったら、恐怖で身が竦む。  
昼間は割と平気なのだが、夜一人になると、あの日の事を思い出すと、自分がみじめに思えて暗い感情に飲み込まれそうになる。  
 
ガウリイは、あたしの変化に気づいていたのだ。  
そして、それを知った上であたしにプロポーズをしてきたのだろう。  
 
「・・・話してくれないか?」  
ガウリイに促されたのをきっかけに、あたしはようやく意を決した。  
「一週間前に、ゼロスがあたしのところに来たわ」  
その時のあたしは、まるで他人事のように淡々と言葉を発した。  
それだけでガウリイは全てを理解したようだ。まともに顔色を変える。  
「くそっ、・・・オレが付いていながら・・・・・・!!!」  
ガウリイがあたしを引き寄せて、一瞬息が詰まるかと思うくらい激しく抱きしめられた。  
ここ数日、他のどの男が近づいても恐怖で身が竦む日々だったが、不思議とガウリイだとちっとも怖くなかった。  
 
ポタポタと、あたしの頭上で暖かい液体が降り注いだ。  
ガウリイが、泣いてる・・・・・・?  
今まで一緒に旅してきて涙を見せた事がなかったガウリイを――あたしが泣かせた。  
「好きだ、リナ。愛してる、愛してる・・・・・・」  
何度も繰り返す、愛の言葉。  
「あたしも、ガウリイ・・・・・・愛してる」  
あたしもガウリイに負けじと、ガウリイの背中に腕を回して力強く抱きしめ合った。  
そして、蒼の瞳に束縛されながら、あたし達はじゃれ合うように、草むらの上に倒れこんだ。  
 
倒れこんだ場所にはガウリイが摘んだコスモスが散って、花の絨毯になっていた。  
あたしとガウリイはその上に寝転がって、そのまま抱きしめ合ったまま、しばらく時間が過ぎる。  
気温も暖かくって時々小鳥のさえずりが聞こえて、まるで閉じられた楽園にいるような心地だった。  
 
しばらくそのままの体勢だったが、ガウリイがあたしを仰向きにさせて、ガウリイがあたしを見下ろす形になった。  
・・・・・・この体勢って・・・・・  
 
「・・・ねぇ、ガウリイ」  
「ん?、なんだリナ」  
「あたしを、抱くの?」  
「・・・リナの嫌がる事は、しないさ」  
「・・・別に、嫌じゃないわよ・・・・・・あたし、ガウリイだったら平気なの。  
でも、ガウリイが汚れるから、駄目だよ」  
あたしのその一言が、ガウリイの火を付けたことに気が付かなかった。  
 
「――リナ。今、なんて言った?」  
突然怒気を孕んだ声に変化したガウリイ。  
「あたしを抱くと、ガウリイが汚れるって・・・」  
「ふざけんな!」  
それだけ言うと、手をぐっと草むらに押さえつけられた。  
力づくで押さえつけられると、恐怖が蘇る。  
「・・・やっ、ガウリイ!乱暴にしないで!」  
「そうさせたのはリナだろ?  
リナは綺麗なのに。汚れてなんかないのに・・・」  
「だってあたしは、人間でもない奴と・・・魔族と交わったのよ!それは事実よ!  
もう今までの、昔のあたしじゃないのに!!!」  
「・・・そこまで言うんなら、オレが洗い流してやるよ・・・」  
 
ガウリイの殺気にも似た怒りが、ビリビリと全身に感じる。  
怖い――やだ!  
逃げようと思うが、身体が動かない。  
ガウリイの顔が、あたしの至近距離まで近づいてくる。固まったまま、ガウリイの瞳をずっと見ていた。  
そして有無を言わさぬかのように、ガウリイ舌があたしの唇を舐めとったあと、口内に侵入してきた。  
「や、・・・・・・はぁ・・・っ・・・んっ」  
キスとキスの合間に、あたしの声が漏れる。  
こういうキスは、初めてだった。  
激しいが、決して乱暴というわけではなく、愛情を感じられるキスだった。  
 
長いディープキスの後、ようやく唇を離してくれたガウリイは、  
「・・・すまん」  
と、一言あたしに謝った。  
「リナが、自虐的な事を言うもんだから、ついカッとなっちまって・・・」  
あたしは首を横に振った。  
「・・・別に怒ってないわよ。あたしもちょっとばかし言い過ぎたわ」  
 
「・・・な、リナ。続きしていいか?・・・オレ、ずっと前からリナに触れたくて、我慢してたんだ。  
でもリナが嫌だっていうんなら、ここで止める」  
「ガウリイって、実はむっつりスケベなのね、意外だったわ」  
「お前なぁ・・・健全な男なら誰でも、好きな女がずっと傍にいたら、そう思うのは当り前の事だぞ」  
キスが引き金で熱くなったあたし達は、もうブレーキが止まらなくなってしまっていた。  
――あたし自身もガウリイを求めて、身体の芯が熱いくて疼いているのをはっきり感じ取っている。  
「・・・うん。あたしにガウリイを刻み付けて。嫌な事全部忘れさせてよ」  
あたしは精一杯の笑みを、ガウリイに向けた。  
「もうここからは、リナが止めてといっても、止まらないからな」  
ガウリイが本格的に保護者の仮面を脱ぎ棄てて、一人の男としての顔を曝け出した瞬間だった。  
 
 
 
互いの服は全部脱ぎ、全てを晒して、ガウリイはあたしを快楽の園に誘うように、教え込むように、丁寧に愛撫を続けた。  
「やっぱりリナは、どこも汚れてない――綺麗だ」  
「・・・なに、言ってんの、よ・・・あっ・・・ふぁあんっ」  
愛撫の手を休めないまま、ガウリイはあたしに喋りかける。  
ガウリイの指が、あたしの快感のポイントを責める。  
「お前さんの魂は、誰にも踏みにじられていないさ。  
例えオレでも決して侵入することのできないお前さんの魂の輝きを、オレはずっと傍で見ていた」  
「あ・・・ガウリっ・・・あたしも、見てたわ」  
ガウリイの底なしの愛情を――そしてガウリイの強さを、ガウリイの全てを。  
もう怖くなんてない。ガウリイと一つになる事に、なんの躊躇いもない。  
 
「リナ、いいか?」  
入口に宛がわれて、ガウリイがあたしに尋ねる。  
「うん、来て・・・」  
ぐちゅっと音を立てて入口を広げられて、巨大なそれが身体の中心に侵入し始めた。  
「あぁ・・っ、はぁう・・・んっ!!」  
熱い―――!!火傷しそうだ。  
ゼロスの時は血が通ってなくて、まるで冷たい鉄の棒を入れられたようなおぞましさだったのに。  
「あひゃっ!」  
「・・・くぅっ!」  
そして、ようやくガウリイの全てを受け入れる。  
ガウリイのほうも、息が荒い。  
 
そっかぁ・・・こんな感じなんだ・・・全然違うわ。  
あたしの目から、涙があふれ出してきた。  
愛している人と身体を一つに繋げる、という事が、こんなに嬉しい事だとは思わなかった。  
ゼロスは・・・・・・いや、もうゼロスの事は忘れよう。  
ガウリイの言った通り、彼に全てを洗い流して、リセットしてもらうのだ。  
 
「できるだけ痛くないようにしたんだが・・・痛かったか?」  
ガウリイは、あたしが泣いているのを別の方に解釈したのだろう。  
あたしは首を横に振る。  
ガウリイを受け入れて痛くないわけではないが、泣いている理由は痛いからじゃないからだ。  
「好き、大好き・・・」  
どこかぼんやりした意識の中、あたしはガウリイにそう伝えた。  
「お前さん、やっぱすげぇ可愛いな・・・」  
そう言いながら、いったんギュッと抱きしめられた後に、腰をゆっくり動かし始めた。  
「しっかり捕まってろよ」  
ギリギリまで引き抜かれた後、再びあたしの奥深くに潜り込むガウリイ。  
「あんっ・・・はぁっ、やあぁぁ・・・!」  
あたしの手足は、命綱のようにしっかりガウリイにしがみつく。  
繋がっている個所が、異様に熱い。快感の波が、一気に駆け上がる。  
今感じているのは望んでない快感ではなくて、ガウリイとそれを共有しているという事が、たまらなく嬉しい。  
お互い、限界が近くなる―――中に潜り込んでいるガウリイのそれが、震え始めた。  
本能的にあたしはガウリイを離すまいと、よりガウリイに絡みつく。  
「り、な・・・・・・!」  
「ガウ・・・あっあああぁぁぁ――――っ!!」  
波が最高潮まで達して、フツリ、と意識を焼き尽くされたあたしは、お腹の奥底に熱い何かを感じながら、そのまま気を失った。  
 
 
 
頬に暖かい感触を感じながら、あたしは目を覚めた。  
目に飛び込んだのは夕焼け空と、その傍らには―――  
「リナ、おはよう」  
ゆったりとした笑顔で、あたしに微笑みかけるガウリイ。  
暖かさの正体は、ガウリイがあたしの頬に触れていたらしい。  
「・・・おはようって、もう夕方でしょーが。・・・って・・・・・・!!」  
〜〜お、思い出した。あたしそういえば、ガウリイと・・・・・・(赤面)  
そして、裸だったはずのあたしは、元通り服を身に着けていた。ガウリイが着せてくれたのだろう。  
「リナ、リンゴみたいに顔真っ赤。やっぱ食べちまいたくなるくらい可愛いぞ」  
「〜〜〜う、うっさいわねっ!」  
「それと、プロポーズの返事、Noを撤回してくれてもいいか?」  
「ん〜・・・そおねぇ」  
あたしはやや考えて・・・  
「ガウリイがあたしをちゃんと養えるくらい働けるようになったら、受けてあげるわよ。  
あんた今のままじゃあたしのヒモでしょ?」  
「お、そんならオレもいっちょ本気を出さないといけないな」  
ようやくあたしは、久し振りに心の底から笑う事ができたのだった。  
 
あたしの中に、もう恐怖はない。不安は取り除かれた。  
クラゲ並みの脳ミソの持ち主の、あたしの自称保護者でもあり婚約者は、あたしにとって、最高のパートナーなのだ。  
 
 

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