【眠れぬ夜のお約束】  
 
──それは、ありきたりなよくあるおはなし。  
 
じじ…ッ。  
目の前に灯る蝋燭の炎が妖しく揺れ、静かに語り続ける男を幻想的に照らす。  
誰かが固唾を飲む音が聞こえた。  
これ以上聞きたくない、だがここまで聞いてしまったからには最後まで聞き届けなくてはもっと恐ろしい──そんな異様な雰囲気が、彼らを取り巻いている。  
 
「──そう、気のせいでも空耳でもない。  
『出してくれ、此処から出してくれ。俺が悪かった、頼むから許してくれ』──啜り泣きのような、男の哀願の言葉は、間違いなく彼女の膨らんだ腹の中から聞こえてくるのだ。  
──彼女は、まるで聖母のように穏やかに、満足げに微笑むと、かつて愛していた男の声が響いてくる腹を…ゆっくりと撫でさすったという──」  
 
男の言葉が終わると同時に、ふっ、と蝋燭が消える。  
 
「……ッ!」  
「…ちょ、ちょっとシャレになんない話ね…!」  
「そうかぁ?悪いことはしちゃ駄目だ、って事なんだろ?」  
顔面を蒼白にして震えるアメリア。  
顔を引きつらせながら、強がってみせるリナ。  
いまいち話の展開が掴めなかったガウリイ。  
見事に予想どおりだった三人の様子を見て、怪談を語り終えたゼルガディスは傍らに置いてあった水を一気に飲み干した。  
旅の途中、ふらりと立ち寄った街道沿いの宿。築数十年は経っていそうな古めかしい佇まいは、どこか幽霊でも出そうな不思議な雰囲気をまとっていて。  
美味しい夕食をありったけ腹に詰めて、幸せ一杯なリナがいいことを思いついた!とばかりに満面の笑顔で言い出したのだ。  
――怪談大会をしよう、と。  
 
「しっかしゼル、あんた、講談師とか向いてるんじゃないの」  
「…そうか?」  
「…ですよね。雰囲気たっぷりでしたよー…。わ、鳥肌が」  
「ていうか、どっからああいう話を仕入れてくるのよ」  
「──…いや、昔ちょっとな」  
リナの部屋の真ん中、四人向かい合わせに座っているせいで、リナとアメリアに両脇からつつかれるハメになったゼルガディスは返答をはぐらかした。  
幼少の頃、よくレゾがいろいろと語り聞かせてくれたからなどとは言えない。  
そしてその話があまりにも怖くて夜中に一人でトイレに行けず、泣きながらレゾに付いてきてもらった事も多々あったなどとは口が裂けても言えない。  
──ていうか、新婚夫婦の夫が、ふとした浮気がきっかけで妻に呪われて腹の中に閉じ込められた、なんて話はどう考えてもガキにする話じゃないだろうよ畜生。  
ほろ苦く生臭いメモリアルに浸ってしまったゼルガディスはすっかり黙り込んでしまい、リナたちは困って顔を見合わせた。  
「しかし、ま、アレよね?いい退屈しのぎにはなったかしらね」  
「…そう、ですよね!怪談大会なんてそうそうできるものじゃないですし…」  
「ふふふ、次はもっとコワい話を聞かせてあげるわよ」  
「えー、またやるつもりなんですかぁ…」  
オンナノコという生き物はなんでこういう話が好きなのか。ガウリイはぽりぽりと頭を掻きながら、でっかい欠伸を一つ。  
「なぁー…そろそろ寝ようぜー…」  
「…そうだな。しかしガウリイ、あんたが今まで眠らなかったというのも、なかなかに意外なんだが」  
いつの間にか立ち直ったゼルガディスが、微妙に失礼な事を言う。リナもアメリアも、うんうん、と力強く頷いた。  
「でも結局、ガウリイさんだけ何もお話ありませんでしたね」  
「無理無理、ガウリイじゃアレよ、『昔々…あれ、なんだっけ?』になるのがオチね」  
からかわれているのが分かっているのかいないのか、ガウリイは朗らかに笑いながら、ぽつり、と思い出したように呟く。  
 
「…ああ、そういえば昔ばあちゃんが言ってたなぁ。怖い話をしていると、幽霊なんかが寄ってくるって。自分の噂話をしてるとか思っちまうのかもな」  
 
――その、何気ない一言は。  
リナとアメリアの背筋にぞわりとしたものを残すのに充分だった。  
 
「…こ、こんなことならアメリアと相部屋にしとくべきだったかしら…安いからってつい奮発したのが裏目に出たわね…」  
他の皆が出ていって、ベッドに潜り込んだリナは珍しくこっそり弱音を吐いていた。  
自分のとっておきの怪談を披露したつもりだったのだが、なんだかすっかり返り討ちに合ってしまった心持ちだ。  
アメリアのじわじわと迫り来るような、日常に潜む恐怖がごっそり詰まった話も、ゼルガディスの生々しい語り口も、さっきからリナの頭の中で何回もぐるぐる回っている。  
そして極めつけが、最後にガウリイが残した一言。  
「…ぅう、不覚だわ。まさかガウリイごときがあんな隠し玉を用意してたなんてぇ…!」  
薄暗い天井を見上げた。なんて事のない染みが、亡霊の顔に見えてくる。  
そういえばさっきから何か、窓の外から聞こえてくる風の音が気持ち悪く感じられてくるような――。  
「…って、んなワケないわよね…。馬鹿馬鹿しい、さっさと寝ちゃおう」  
そんな言葉がわざわざ口に出てるあたりで実は彼女は相当びびっているのだが、本人は気付いていない。  
 
――がたん。  
 
「…!?」  
今、何か。  
何かが、廊下から聞こえなかったか?  
「…店の人かな。見回りとか、そんな感じのアレよね、きっと」  
がた。がた。  
断続的に聞こえてくる。  
がたっ。  
「…って、違うでしょいくらなんでも…!」  
がばりと身を起こし、客室のドアを凝視する。鍵は掛けてあるはずだ。  
もしかしたら、何かの襲撃の可能性もある。リナは油断無く、ベッドサイドに置いてある短剣に手を伸ばした。  
――かちり。  
鍵を掛けてあったはずの扉が、軽い音を立ててゆっくりと開く――。  
 
「よぅリナ、やっぱり起きてたか」  
 
掛けられた呑気な声と、ひょいっと現れた見慣れた金髪の長身の姿に、リナは心底脱力してベッドに突っ伏した。  
 
「…んーで、なによ」  
ベッドに二人並んで座り、ジト目でガウリイを睨みつける。ガウリイはとぼけた笑顔でリナの頭を撫でた。  
「はっはっは、いやお前さんが怖くて寝られないんじゃないかって思ってな?」  
「んな事あるわけないでしょっ!…子供じゃないんだから」  
実はまったくその通りだったのだが、素直に口に出せるわけもなく。  
「…ほ、本当は何の用なのよ」  
知らず、リナの言葉が上擦った。  
前にも何度か、こういう事はあった。宿に泊まったその夜、彼がこうして彼女の部屋を訪ねて来る理由は、もはや一つしかない。  
「…そりゃあ、なあ」  
リナの頭に乗せられた暖かい手が、するりと首元に移り――。  
「…お約束、ってヤツだろ…?」  
耳元で囁かれる甘い、声。  
例えどんなに乗り気でなくとも、ガウリイのこの声はリナの全ての障壁を暴くのだ。  
「――ん、んぅ」  
まるで喰らいつかれるように、唇を重ねられた。  
 
わざと音を立てるために、口を半開きにさせたまま舌を吸われる。飲み込みきれない唾液があごを伝っていく。  
「ん…ふぅ、は」  
ガウリイの舌に口内を蹂躙されて、リナは息苦しさに熱い吐息を漏らした。  
口を離したガウリイはするすると慣れた手つきで寝間着を脱がし、リナを横たえるとその控えめな胸に触れる。  
大きな手で包み込まれる感触は、リナの劣等感をあっさり超えて心地よい快感を与えてくれた。  
「…ちょ、ちょっと…がっつきすぎ、なんじゃないの…?」  
なんだかいつもよりも手順が早いような気がして、リナは拗ねたような口調で尋ねた。  
「ん?なんだ…物足りないのか?」  
悪戯小僧のような笑顔でガウリイが囁く。途端にリナの顔が羞恥に染まった。  
「ち、違うわよ…!」  
そりゃ残念だ、と笑ってゆっくりと胸を撫でる。絶妙な力加減が、ぞわぞわとリナの背筋に快感を走らせた。  
「…ん、くッ…んぅん、ん…!」  
たかが胸を揉まれたくらいでこんなにも感じるものなのか。リナはすっかり情欲にとろけた表情で翻弄されるばかり――。  
 
「…そろそろどうかな?」  
胸にやんわり与える刺激はそのままに、もう片方の手をゆっくりとリナのささやかな茂みに埋めていく。  
ぴくん、とリナが反応し、その様子を見て満足気に微笑むとガウリイは指を辿り着かせた。  
「…ん」  
くるり、と入り口をなぞり、解すような動きで襞を愛撫する。にゅくにゅくと人差し指と中指で挟み込んで僅かに震わせた。  
「…はぁ、んっ…!」  
リナの唇から、熱を帯びた吐息が漏れ始める。慌てて口を抑えるが、ガウリイは許さない。  
敢えてリナの手をどかせることはせず、指の動きをじわじわと早めていく。  
「…、ぅ…ぅく…っ!」  
熱い入り口を何度も何度も撫で上げ、しかし肝心な場所には決定的な刺激を与えない。リナは指を噛み締めそうになりつつも身体を震わせ耐える。  
――その顔が堪らなく艶っぽい事を、彼女は気付いていないのだろうか。  
「…リナ、すごく濡れてる」  
「――や、なに、言って…」  
羞恥に顔を真っ赤に染めて顔をぶんぶん降るリナ。そんな仕草すら愛しくてたまらない。  
だんだんガウリイ自身が、余裕がなくなりつつあることを自覚する。追い詰めているのは自分の筈なのに、なんだかずるいよなぁ、と思ってしまう。  
かすかに涙の滲む目尻にキスをして、抱き締めた。細い肩も、いい匂いのする栗色の髪も、柔らかい背中も――すべてが愛しい。  
 
「リナ」  
あぐらをかいたその上に、抱き締めたままリナをゆっくり沈めていく。  
「…ぁ、あ、ぅう…っ!」  
ずぶ濡れの紅い入り口が、じわじわとガウリイの猛る切っ先を飲み込んでいく。  
びくびくと震えながら、リナはガウリイの胸板に必死でしがみついた。自分の体重によってガウリイをより深く受け入れる事になり、奥の奥まで熱く痺れる。  
「…ぁ、あ…ぁ」  
根元まで侵入しているガウリイ自身が力強く脈打っているのが分かり、リナは顔を真っ赤に染めながらも歓喜に身体を震わせた。  
「ぜんぶ…入ったな。動くぞ?しっかり捕まってろ」  
ぺろり、とリナの耳裏を舐めあげると、彼女の細い体を支えて律動を開始した。  
 
「ひ、あぅ!…あっ、ア…!」  
濡れた秘部同士がぶつかる音と、古い寝台が軋む音。そして自分の口から漏れる艶めかしい声。  
まるで精巧な楽器であるかのように、規則正しく奏でられる極上の音楽。  
「ガウ…リぃ、ぅあ、ガウリイ…っ!」  
いつもならば向かうところ敵なしという最強の魔道士たる彼女が、今はただ、歳相応に快楽に揺さ振られる可憐な少女。  
こんなにも愛らしい姿を見せてくれるのは、抱いている男が自分だからだという事実が堪らない。  
「…リナは、俺のものだからな」  
腕の中で、ただひたすらにガウリイを求め喘ぐリナに聞かせるように呟く。  
途端に可愛らしい声が上がり、リナ自身の動きが激しくなってゆく。  
「ガウリイ…!」  
じゅぷじゅぷと愛液がとめどなく溢れ、ガウリイを限界まで締め付ける。  
予測しなかった反撃に思わずガウリイも声を漏らしそうになるが、そこは男の意地でぐっとこらえた。  
「…ぅ、んッ…!あ、あっ、ぁあ…ぃく、ぅ…う――…っ!」  
ガウリイの首を掻き抱いて、リナがぶるりと一際大きく身体を痙攣させて達した。  
「――く、ぅ…!」  
リナの絶頂を見届けると、ガウリイもまた限界に達していた己自身を引き抜いて解放する。  
熱い精がリナの腹部や太ももに降り掛かり、赤く染まった肌を白く汚した。  
許されるならば彼女の中に思いきり叩きつけたかったが、それはまだまだ先の事になるだろう。  
今はまだ、こうして二人、熱い身体を重ねる事ができるだけで幸せだ。  
荒く息をつきながら、ガウリイは優しく笑ってリナの髪にキスをした。  
 
「身体は拭いといてやるから、寝てもいいぞ?」  
盛大にぶちまけたしなぁ、と苦笑しながら、ガウリイは寝台脇の棚に置いてあったタオルで丁寧にリナの身体を拭く。  
最初はくすぐったそうに身をよじるリナだったが、やがて気持ちよさそうにうとうとし始めた。  
「…ふふ、ありがと…ガウリイ」  
ガウリイにもたれかかっていたリナが、そのままくたりと寝台に横たわる。  
「ガウリイは…部屋に戻るの…?」  
「いや、お前さんが寝付くまで居てやるよ。一人じゃまだ怖くて眠れないだろ?」  
「…もう、馬鹿言ってんじゃ…な…ぃ、の…ふふ」  
とろんとした口調で、リナは笑いながらゆっくりと眠りに沈んでいった。  
 
「――さて」  
リナが完全に寝静まったのを確認すると、ガウリイは別人のように表情を厳しくした。  
殺気すら滲む凄まじい形相で、部屋の隅をぎろりと睨む。  
 
そこに、――『何か』がいる。  
 
うすぼんやりと、限りなく稀薄な気配を漂わせるそれは、先程からずっとそこにいた。  
仕立ての良いシャツを何かで真っ赤に染めた男性が、光を宿さぬ眼窩で物言いたげにガウリイを見つめている。  
――いや、正確にはガウリイが護っている少女を。  
そんな存在になってもなお女が恋しいのか、それはリナを粘つくような視線でずっと見ていたのだ。  
4人集まってこの部屋で怪談大会をしてる時から、ずっとリナだけを見ていた。  
どうやらそれに気付いていたのは、野生の勘が鋭いガウリイだけのようだったが。  
 
ゆらり、ゆらりとヒトガタが揺れる。  
近づく事ができないのか、ただ何かを訴えようとしたいのか。  
恨みがましい卑屈な表情。  
 
――失せろ。  
 
ガウリイが、視線にありったけの意気を込めてヒトガタを睨みつけた。  
びくん、とヒトガタが揺れた。途端にその場から崩れ落ちるようにして溶け消える。  
 
何が彼の身にあったのかなど、ガウリイは知らない。もしかしたら同情すべき相手だったのかもしれない。  
――だが、アレはリナを狙っていた。  
 
「リナは、俺のだ」  
まがまがしい気配が完全に消えたのを確信すると、ガウリイはいつもの優しい表情に戻り、もう一度だけリナの髪を撫でながら呟いた。  
眠ったままのリナが、身動ぎしてガウリイの服を無意識に掴む。  
「…おいおい」  
これじゃあ部屋に戻れないじゃないか、と嬉しそうにため息をついたガウリイは、そのままリナの寝台に潜り込んだ。  
 
――まぁ、よくある話だよな。  
 
大きなあくびを一つ。  
そうして、ガウリイも目を閉じた。  
 
了  
 

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