「今更、なんでしょうね、こういうこと言うのは」  
 珍しく小難しい顔をしてゼロスが言ってくるのを、あたしは知らんぷりを決め込みたかったが、  
他に誰もいなかったので仕方なく返事をした。  
 「何よ」  
 嫌な予感だけがひしひしと体中を這い回る。  
 まったくこんなときに皆してどこほっつき歩いてんだか。  
 「リナさん、あなたを殺しておけばよかったと、僕はこの先思うのかもしれません」  
 「はあっ?!」  
 唐突すぎるゼロスの言葉に冷や汗なんぞ流しながら、じりじりと後ずさり、あたしは辺りを見回す。  
 とにもかくにも逃げ道確保!  
 「なんですか。怯えないでくださいよ」  
 にこやかに形作られたはずのゼロスの笑みも、曇った空の下ではおどろおどろしいもんにしか見えない。  
 「ん? あ、ちょっと美味ですね。やっぱり怯えててください」  
 「勝手に人の感情食うなあああ!」  
 すぱああああん!  
 はっ! しまった! ついノリで退魔スリッパを……!  
 「あんたねー、真面目なのかおちゃらけるのか、どっちかにしなさいよね」  
 スリッパ片手でため息つきつつ説教をするあたしに、なぜか軽くジト目を向けるゼロス。生意気な。  
 はたかれた頭を痛くもないのにさすりつつゼロスが言う。  
 「僕はこんな男の成りをしていますけれど、本当はリナさんも知っての通り人間の姿は仮そめなんです」  
 「それこそ今更なんじゃないの? 何が言いたいのよ何が」  
 「つまりですね……」  
 ずいぶんもったいぶるわね、こいつ。  
 ちょいちょいとゼロスが手招きするのにつられて、耳を近づける。  
 一息いれてゼロスが厳かに囁く。  
 「ついてないんですよ。アレが」  
 …………  
 「な、ななな、なんの話をしとるんじゃおまいはっ! 耳元でっ!」  
 「よく言うじゃありませんか。大きな声では言えませんが、って」  
 「小さな声でもおんなじだっつーのっ!」  
 荒ぶる息を整え、あたしはどうしようもない疲労感を振り払うべくゼロスに背を向けた。  
 宿屋の限定大盛りランチパフェがあたしを呼んでいるのだ。行かねば。  
 後ろでぼーっと突っ立っているゼロスの気配が、いきなりうねるような濃厚な気であふれかえり  
あたしを包み込んだ。  
 「んなっ?!」  
 「最後まで……聞いてください」  
 あたしの振り返ろうする勢いとゼロスの手がからまって、故意か不意か唇が触れ合う。  
 わきあがる驚愕が怒りに変わる寸前、にっこりと微笑むゼロスが首筋に一撃をいれ……あたしは気を失った。  
 
 「えーと……ゼロス君? なんなのこれ、説明してくれるのかしら」  
 「それは秘密です。おや? このセリフなんだか久しぶりにきちんと言えた気がしませんか?」  
 どやかましいっ! と怒鳴りつけたいのをぐっと我慢し、無言の冷たい視線をびしばし投げつけてやる。  
 ゼロスはわざとらしくコホンと咳払いなどしつつ笑顔をつくり、さらりと言い放った。  
 「リナさんがちゃんと話を聞いてくれるように縛ってみました」  
 「なんなのよアンタはっ! さっきからおかしいわよっ! もともとおかしいけどっ!」  
 「いやだなぁ、リナさん。もともとならいつも通りじゃないですか。ていうか別に僕はおかしくないですけどね」  
 淡々と服を脱ぎだすゼロス。………  
 「おかしいわぁぁぁぁっ! なんで裸?! まさかゼロスあんた……魔族じゃなくて裸族だったの?!」  
 「いえ、全然うまくありません」  
 ちょっと横向き赤らむ頬を隠しつつあたしはなおも言いつのった。  
 「だ、だいたいねぇ、ついてようがついてなかろうが別にどうでもいいでしょーがっ!」  
 何故かさっき強引にされたキスのことを考えそうになって、あたしはあわてて思考を封じる。  
 急に黙ってしまったあたしになどお構いなしでゼロスは気楽そうに口を開いた。  
 「リナさんの形に合わせて作ろうと思いまして」  
 ………………?  
 ………?!  
 ずぞぞぞぞっと背筋に悪寒が走り、強く縄が身体に食い込んだ。  
 
 
 「ちょっ……いやっやだってば!」  
 もがけども肌に縄が締まっていくだけで、逃げられそうにない……どうしよう、殺されるほうがマシ……?  
 でも貞操を捨てれば命までは……違う違う! そーいうことじゃなくてとにかく嫌……!  
 「大人しくしてくださいよ〜服やぶけても知りませんよぉ」  
 緊張感のない声であたしの服を脱がせていくゼロスだが、その手は真剣そのもののように研ぎ澄まされ  
触れるたびに肌が冷たくひりついていく。  
 ズボンが剥ぎ取られ下着に手がかかった瞬間に、恐怖感が心臓を荒らしていく。  
 大事な場所を曝け出され、同時にゼロスが達成感に満ちた声で何かを言ったが、いきなりとろけるような  
柔らかい舌がクリトリスをなであげ、その熱さに息を忘れ、思考が飛び、何と言ったのか理解できなかった。  
 「な、なに……あっ……!」  
 ゼロスは答えず、ゆっくりと口の中にクリトリスを満たしてねぶるように吸いついてくる。  
 じっくり、腰がふるえるほどにいやらしく、女の快楽をひきずりだしてくる。  
 力が抜けそうになるのにお尻だけはきゅっと何かに耐えるかのようにかたくなって、押し寄せる絶頂へのうねりに  
流されそうになっていく。やばい……自分でするより気持ちいい……  
 寸前、突然クリトリスが解放され、あたしはハッと我に返る。あ、危なかった……今、身体を許しかけてた……?  
 いやいやないない、んなわけない、こんな歩く生ゴミ神官相手に。  
 「何ですか? リナさん」  
 「なにが……」  
 「さっき何か言いかけてたじゃないですか」  
 「……アンタが何か言ったような気がしただけよ……」  
 間抜けなやりとりをしながら、あたしはほったらかしのクリトリスがじわじわと熱く悶えだしてくるのを感じていた。  
 
 もう少しでイけたのにとは口が裂けても言えないし、勘付かせたくもない。  
 あたしはもぞもぞと動き出そうとする腰を必死で抑制した。  
 「……いただきますって言ったんですよ」  
 その言葉に忘れていたかのように今更、顔が火のように熱くなった。  
 「デリカシー無いわね! バカっ!」  
 「火照った顔で怒っても僕を喜ばせるだけなんですけどねぇ」  
 うぐっと言葉につまったあたしをそっちのけで、ゼロスは太ももを押さえつけて間に顔をうずめようとする。  
 「い、や……やだって……ば!」  
 閉じれないよう縛られていても、閉じたくなるのが乙女心。ありったけの力を脚に込めた、が無駄だった。  
 「イキたいんでしょうリナさん、我慢しなくてもいいんですよ。  
 どうせなら大きく作りたいので、ほぐしておくのがベストだというものでしょう。お互いに」  
 「勝手に決めないでよっ! って……だからバカやめてってば……ぁぅ……!」  
 出てしまった喘ぎに自分のことながらあたしは心底驚き、唇を噛み息まで殺す。  
 ふくらんで熱さえともなってふるえていたクリトリスが、ぬるりと舐められて快感に身悶えする。  
 全神経が抵抗をやめてクリトリスに集中し、ねぶられる感触にじっくりと身を浸す。  
 優しく、何度も何度も舌が舐め上げてきて、敏感になっているクリトリスの根元をこねまわしぬるぬると  
責め立てる。その絶妙な舌使いにすぐさまイキそうになってしまい背がのけぞっていく。  
 何の前触れもなく、ぷはっとゼロスの唇が離れ、溜めていた息が行き場のない怒りへと変わる。  
 しかしやめてと散々言った手前、何も言えない……!  
 「そんなに怒らないでも大丈夫ですよ。こういうのは焦らすほど効果が出るようですから」  
 魔族ってほんとーにタチが悪い。もう絶対関わんない。  
 「ほら、だんだんほぐれてきて、唇みたいに紅くなってますよ。同じですね、小ぶりで。  
 でも下のほうは潤んでいて誘うようにひくついて、もっと欲しいって正直なところは似てませんけど」  
 聞きたくもない解説をしながらゼロスの指がクリトリスを下からなで上げ、左右に大きく開いていく。  
 ゆっくりと円を描き深く根元を押さえて軽く持ち上げるような動きをしたあと、細めた舌先をちろちろと  
まとわりつかせた。  
 「はうっ……やっあんっ……ああ!」  
 我慢できるとかいうレベルではない刺激に身をよじり、手首に巻かれた縄がぎしりと音を立てる。  
 「皮を剥くと芯があるんですよ、知ってました?」   
 舐め続けられてはまともに言葉も出ない。いいように弄られるだけだとわかってはいても、言動がいちいち  
癇に障って仕方がない。初めて知ったわよ悪かったわね!  
 ちゅぷ、とその芯に吸いつかれ、丁寧にねぶられる。  
 とろけるようだった刺激から一転して鋭い快楽が責めてくる。  
 イキそうでイけなかったもどかしさが拍車をかけて、声も出ないほどの深く激しい絶頂へと連れて行かれる。  
 今まで味わったことなどない悦楽が身体の中を駆け巡り、頭の中を痺れさせる。  
 もがくように息を吐こうとして、まだ終わりじゃないことを悟る。  
 ゼロスの舌がぬるりと蠢き、皮を剥かれたクリトリスの芯にからみついて離れることなく執拗にねぶり続けて  
いるのだ。熱くて卑猥でぬるぬるで、押し潰されて揉みしだかれて吸い上げられて、かよわいはずのあたしの  
クリトリスが驚き喜んでその過激な責めを受け入れている。びくんびくんと身体が応える。しぶきが飛んで床に  
落ちる。あたしを縛る縄が音を立てる。絶頂に身が狂う。  
 「いいっいいよぉ……っ! いっちゃう、いっちゃうう、いい、ああ、ああん、やああああああんん!」  
 あられもない。とめられない。ただ叫んで快楽を貪った。  
 
 「じゃあ、いいですねリナさん」  
 ゼロスの眼が微かに光ったのを視界に入れた瞬間にコトの発端を思い出す。  
 意識が急激に覚め、ろくに呼吸すら出来なかったが必死になってあたしは声を絞り出した。  
 「やだ……やだやだやめていれないで……」  
 後から後から涙があふれ頬を伝い落ちていく。  
 こんなはずじゃなかったのに。初めてはこんなのじゃなかったはずなのに。  
 もっと優しく大事にされて心から愛されて幸せな気持ちで、大好きな人とこうなるはずだったのに。  
 違うのに。こんなの、違うのに。  
 「身体はあなたとは違うことを考えてるみたいですけどねぇ」  
 ゼロスの言を肯定するかのように色んなところが熱を帯びてジンジンと続きを望んでいる……  
 残酷なほどの身体の裏切りにあたしは耐え切れず、小さな子供みたいに泣きじゃくった。  
 「なんですかこの感情……やめてくださいよ、僕まで苦しい……」  
 そんなことってありえるのだろうか。魔族が負の感情を食って苦しいなどと。  
 しかし一瞬でそれも終わる。けろりとした声でゼロスは、  
 「あなたが考えているモノとは違うモノですからコレ」   
 と意味不明な言葉を吐き、生あたたかい何かを注入してきた。  
 注入?!  
 「それじゃあ膨らましますよ」  
 膨らま?!  
 「はい、しばらくじっとしててくださいね」  
 …………  
 「出来ました。お疲れ様でした〜」  
 ……………………  
 
 
 もそもそと着替えをしながら笑ってしまいたくなるほど気まずい雰囲気の中、  
 「そういえば最初に言っていた、殺しておけば、という話なんですけど」  
 ゼロスはあたしが触れずに終わらそうとしていた話題をあっさりと持ってきた。  
 笑い話にするにもビミョー過ぎる、かといって真剣に取り合ってヤブヘビも勘弁。  
 ……ここは睨み合いしかないか。  
 「執着とでも言いますか、あなたに対してなんというか、馬鹿げた感情はあってはならないんです。  
 それではもう魔族とは呼べませんので。  
 ですから、そうなってしまう前にいっそのことあなたを殺してしまえば──」  
 ゼロスの細めた瞳の奥が不気味な色に光るが、ここで気圧されてしまえば負けである。  
 もやもやと膨らんでいく微妙な感情にフタをして、あたしはじっと黙った。  
 しばしの沈黙と視線が火花を散らす。  
 ふうっと諦めにも似た溜め息をゼロスはつき、両肩を少しすくめると、いつもの笑みを顔に貼りつけた。  
 「やはり一筋縄ではいきませんね、リナさんは……これ以上は無しにしましょう。忘れてください」  
 とりあえずは生き延びたようである。  
 あたしは内心はともかく強気な態度を崩さず、これ以上ないくらい思いっ切りにこやかに微笑んでみせた。  
 魔族のアイデンティティーとやらのために死ぬなんて御免こうむる!  
 あたしは高らかにマントをなびかせ、さっそうと歩を進めようと……  
 「ああ、そうそうリナさん。協力してもらったアレなんですけど、ここがこう、ぐるりとへこんでいるんですよねぇ……  
 あれですかね、俗に言う処女ま……」  
 「こらぁぁぁぁぁああああああああ!!」  
 この時あたしは、拳骨だけで魔族を殴り飛ばしたのだった───  
 
 
     ...end.  
 
 
 

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