【事情】
「無理よ」
手にしていた櫛を鏡台に置き、リナは困惑した顔でオレを振り返った。
最近リナと恋人になった。
おかげで、これまで容易に口にできなかったことを、言ったりしたりできるようになって来たわけだが。
しかしオレはまだ、リナに告げていないことがあった。
そして、ようやくそれを口にしたオレに対し、リナが発した言葉が上記のソレだった。
「でもなあ、リナ」
「無理ったら、無理!」
「でもやっぱり良くないって」
無理といいながらも、さほど怒っている様子はないが、えらく困った顔でリナが首を振る。
「そりゃあ、ガウリイの好みじゃないかもしれないけど。今更じゃない?」
確かに今更だった。
初めて出会った時から、なのだから、もう4年ほどになるかもしれない。
「や、好みじゃないっていうか、その・・・。
ばつが悪いっていうか。ムラムラするっていうか」
そう、嫌いじゃないんだ。だけど。
「そりゃあさ。女の子の服の事はよく分からないけどな。
オレとしては、やっぱりな? 確かに黄色は膨張色だけど、なんというか、赤の服に黄色は目立つから、その。ついつい、そこに目がいっちまうって言うか。エロいっていうか」
必死に一気に言い切った後、先程にべも無く断られたセリフをもう一度繰り返す。
「なあやっぱり、その黄色いヤツ、やめないか?」
リナの胸は小さい。
その小ささは、服の上から見てもはっきりと判る程で。
そして、ある種の人間に絶大の人気を誇るその、飛んでも走ってもさっぱり揺れることの無い胸は、いつも服の上から黄色い布を巻いてあった。
まるでコレを見てくれ、とでも言うように。
そして、それを目にした人間は皆、一様に思うのだ。
やっぱり小さいなー、と。
まあ、それくらいならオレだとて、それほど目くじらを立てたりはしない。
からかわれたリナの報復が暴走したりしなければの話だが。
だが、しかし。
問題はその下だ。
胸元の黄色に気を引かれた人間は一人の例外もなく、その下にある上着の裾からチラリと見える、同色の部分に目をやって。
眼福とばかりに、ニヤリとするのだ。
それが、最近のオレには耐えられなかった。
いったい何処の誰が、自分の女のあそこを見せびらかしたいと思うだろうか。
世の中にはそういった人種も居ないではないが、あいにくオレはそうでは無かった。
上手く説明できたかどうかわからない。
だが、オレは必死でリナに訴えた。
デザインが気にくわないわけじゃない。
だけど、もっと違う色に変えてもいいんじゃないかと。
だがリナは、そんなオレのセリフを聴きながら、泣きそうな顔で宙をにらんでいた。
「わかったわ。分かれましょう」
「っ!! リナ!?」
か細く告げられた台詞に、言葉を失う。
「どうしてだ、なぜっ!」
「だって、だって」
激高して、声を荒立てるオレに縋るように、リナは泣き崩れながら訴えかける。
「理由があるんだろ? 聞かせてくれ、リナ!」
「だって! コレ、姉ちゃんの手作りなのよ!?」
リナが理由を叫んだ瞬間、世界が凍った。
「えっと、・・・ルナさんの、て づ く り?」
「誕生祝い。姉ちゃん赤と黄色が好きらしくて・・・」
「・・・そっか、それじゃ、仕方ない、か」
がっくりと、オレもリナの前に膝を落とし涙を飲んだ。
「すまん。さっき言ったこと、忘れてくれ」
「うん。ごめん」
その後、リナはルナさんに手紙を書いた。
何をどう書いたのかは知らないが、翌年から例の黄色い布は、若干色調とデザインを換え、胸と局部ではなく、リナの腹と腿に巻かれることになった。
どうやら冷え性対策を理由に、リナがそうして欲しいと頼んだらしい。
そして、その年からルナさんは、オレにも服を送ってくれるようになった。
えらく胸元の開いた白っぽいヤツを。
聞くところによれば、どうやらルナさんは、赤と黄色の他に、白も好きらしかった。
END