美女と『おうぢさま』3  
 
 
「ええっとだな……これと、これをもらえるか?」  
「まいどあり〜!」  
 
此処セイルーン・シティの大通りは、いつものように大勢の人で溢れかえり、大いに賑わいを見せていた。  
流石は世界でも指折りの大都市、たまに事件が起こったりする物の治安は非常に良く、観光客も安心して過ごせる街である。  
その人混みの中、とある雑貨店にて一人の男性がせっせと買い物をしていた。  
この人物、暑っくるしーくらいの大柄で、ドワーフをそのまま大きくしたようながっちりとした体格と蓄えられた口髭が相まって、一見するとその筋の者にしか見えないが、何を隠そうこのセイルーンの王子様なのだ。  
といっても、素性を知る者=セイルーンの国民や友人などを除けば、誰もが皆信じないであろう。それくらい世間一般の『王子様』像からかけ離れた外見をしている。  
そんな王子ことフィリオネルが平日の昼間に買い物をしているのは、昨日と今日、二日掛けてやる書類仕事を今日の午前中に終わらせてしまったからだ。  
他の仕事はないかと聞いても「とくにありませんのでお休みください」と言われ、手持ち無沙汰になった彼は街を散策しようと護衛も付けずに出てきたのである。  
尤も彼の場合護衛を付ける必要性など皆無なのだが……。  
 
「おっと忘れてた。殿下殿下、これサービスです」  
「ん? これは……福引き券か?」  
「ええ、そこの角でやってます。良ければやってみてくださいよ」  
「これはかたじけない。しかし、わしはこの手の物はあまり当たったことがないからなぁ〜」  
 
もらった福引き券は一回分。  
元より簡単には当たらないのが福引きである。  
一発勝負では絶望的だ。  
 
「そうそう当てられたら商売上がったりですからね〜」  
「それもそうか」  
 
暫しの談笑を終えたフィリオネルは福引き券片手に露店立ち並ぶ通りの角まで行くと、それを係の者に手渡した。  
 
「これはこれはフィリオネル殿下。ようこそお越しくださいました」  
「お越しくださったので、是非とも当たらせてほしいんじゃがなぁ〜」  
「それをやったらイカサマですよ」  
「むむっ、それはイカンな。自ら悪の道に進んでしまうところであったわ」  
 
冗談とも半分本気ともとれる台詞を吐いたフィリオネルは、早速回転式抽選器の取っ手を握るとまずは逆方向に回して内部の玉を混ぜ、次いで反対に回して玉を吐き出させようとしたが、  
あまりに勢いよく回転させたため出る寸前で玉が内部に戻ってしまうというアクシデントが起きた。  
 
「ち、ちょっと殿下、壊れちゃいますよ、」  
「おお、すまんすまん。つい力が入ってしまってな」  
 
ただ、係の者からは見えなかったようだが、一瞬出かけた玉の色は白――ハズレの色だったのだ。  
フィリオネルには持ち前の動体視力で見えていたため、内心ホッとしているのだが、これは明らかにズルと言えるだろう。  
本来一回分だというのに、二回回すのと同じなのだから。  
しかし彼は(出かけて引っ込むとはまた変わった作りをしておるのだな)などと、自分に都合のいいように受け取った。  
いつものことながらイイ性格をしている。  
 
「よし今度こそっ!」  
 
今度は先ほどと違ってゆっくり回す。  
ガラガラと玉の混ざる音が聞こえ、穴から顔を覘かせトレイに落ちたのは――銀色に光り輝く玉。  
明らかに当たりを示す色である。派手さがないぶん一等でないのはわかったが、上位等級であるのは間違いない。  
 
「銀色……おめでとうございます殿下! 二等賞――ミプロス島ペア温泉優待券ですっ!!」  
 
ちなみに一等は数々の勇者や大魔道士を輩出することで有名な、ゼフィーリア王国一周の旅という物だった。  
 
「ミプロス島といえば、世界温泉ガイドブックで紹介されている温泉の中でも五指に入るほど有名な温泉地ですぞ」  
「ほう、名前は知っておったがそれほどに有名なのかぁ」  
 
王宮に戻ったフィリオネルが福引きで当てた優待券のことを話したところ、世界各地の温泉に詳しいという侍従長が事細かに教えてくれた。  
なんでも世界温泉ガイドブック五つ星の中の五つ星 全温泉ファンあこがれの的らしく、マニアの間ではチケットが高値で取引されているほどなのだという。  
 
「それにペアならば丁度宜しいではないですか。確かシルフィール殿でしたかな? 殿下の御婚約者の……あの方をお誘いしては?」  
 
ペアチケットならばシルフィールを誘ってみてはどうかと提案する侍従長。  
真相は知っているというのに、ご丁寧にも婚約者などと付け足して。  
これにはさしものフィリオネルも慌てて否定した。  
 
「違う違うシルフィール殿は親しい友人だっ! というよりもおぬしあの場に居ったのだから知っておるだろうに……」  
「無論冗談でございますよ」  
「あまりたちの悪い冗談を言わんでくれい……。事情を知らぬ者が聞いて居ったらまたシルフィール殿に迷惑がかかってしまうではないか」  
 
これ以上彼女に迷惑を掛けてしまったら顔を合わせられなくなると言うフィリオネルだが、侍従長は「大丈夫でしょう」と他人事のように返答している。  
だが彼は大丈夫とは考えない。若く見目麗しい嫁入り前の娘と、自分のようなさえない(本気でさえないと思ってる)中年男が妙な噂を立てられれば、彼女にとって迷惑以外の何物でもないだろう。  
まあこれはフィリオネルがそう思い込んでいるだけで、当のシルフィールが迷惑だと思うかはまた別である。  
侍従長は第三者の視点から二人の関係を見た上でこう述べたのだが、どうやら伝わらない様子だった。  
 
「まあ、いずれにせよこの間の見合い騒ぎで世話になっておるから、礼も兼ねて温泉にでもと誘ってはいたが……」  
「決定ですな。では有休の手配をしなければならないのでクリストファ殿下にもお伝えしておきましょう」  
 
クリストファというのはセイルーン王国第二王位継承者であり、スマートな美形中年とフィル王子とは似ても似つかない容姿を持っているが、正真正銘血の繋がった弟である。  
フィリオネルがお忍びの旅などで不在の際に、彼に代わってセイルーンの政治行政を動かしているのがそのクリストファ王子なのだ。  
 
「頼む。わしの方もシルフィール殿に伝えてくるとしよう」  
 
 
*  
 
 
フィリオネルは早速王宮のすぐ近くにあるシルフィールの家――正確には彼女の叔父グレイの家を訪ねた。  
城壁を隔ててすぐの場所に立っているため、ある意味彼とシルフィールはお隣さんでもある。  
彼は家の門をくぐり玄関前までくると、狼の頭をかたどったドア・ノッカーを数度打ち鳴らした。  
 
「は〜い」  
 
中から聞こえたソプラノボイスと共に開かれた扉から顔を覗かせたのは、薄紫色の法衣と深緑のマントを身にまとった、膝裏にかかるくらいのストレートの長い黒髪が印象的な少女。  
言わずと知れたシルフィールだ。  
 
「あっ、で、殿下!」  
 
シルフィールは訊ねてきた客がフィリオネルだとわかると、一瞬上擦った声になる。  
といってもそれはセイルーンの王子というやんごとない身分の方が訪れたからという物ではなく、親しい友人、または想い人に会えて嬉しいという感じの物だが。  
どちらかと言えば前者よりも後者的な感じがする声の響きだ。  
 
「ど、どうぞお上がりください」  
「うむ。では失礼する」  
 
「来た以上上がっていくよね?」とでも聞こえてきそうな弾んだ声で招き入れるシルフィールに、フィリオネルも「当然」とばかりにお邪魔した。  
 
 
「さあどうぞ。座ってください」  
「おお、これはすまぬ」  
 
客間に通されたフィリオネルにお茶を差し出したシルフィールは、もはや定位置と言ってもいい彼の隣に座った。  
 
「ところでシルフィール殿、グレイは?」  
「おじさんは今往診に行っています。多分すぐに帰ってくるとは思いますけど……おじさんに御用ですか?」  
 
シルフィールの叔父グレイは神官と魔法医の兼業をしているため、時折患者さんの家に往診に出かけることがある。  
グレイとフィリオネルは昔からの友人であるため、彼女は叔父に用事があるのかと思ったのだ。  
無論、今日用事があるのはシルフィールにだが。  
 
「ん? いや、用事はシルフィール殿にだが」  
 
なんですか?という彼女にフィリオネルはミプロス島の温泉優待券を差し出した。  
 
「ど、どうされたのですかこのチケット!?」  
 
それを見たシルフィールが驚きの声を上げる。どうやら彼女もミプロス島の温泉チケットがレア中のレアだというのを知っていたようだ。  
ならば話は早いと経緯を説明する。  
 
「実はな、今日大通りで買い物をしておったら福引き券をもらって挑戦してみたのだが……結果これが当たったというわけなのだ。いや〜運がよかったわい」  
「そ、そうだったんですか」  
「この間シルフィール殿と温泉に行こうと話しておっただろう? それで誘いに来たという訳だがどうかと思「行きますっ!」おおうっ!?」  
 
話を遮る形で返事をしたシルフィールは、目を輝かせて彼の方に身を乗り出す。  
滅多に手に入らないミプロス島の温泉チケット。それが目の前にあって、それも彼女にとって気になる人からの誘いなのだから興奮するのもムリはない。  
それにより隣り合って座っているため、ただでさえ近かった二人の身体が更に近くなったのもまた当然と言えた。  
 
「あっ……」  
「むう……」  
 
温泉に誘われたことが嬉しかったからか、勢いのまま彼に迫るような感じになってしまったシルフィールはふと我に返ったが、時既に遅し。  
目と鼻の先、唇が触れそうなほどに二人の距離は近くなっていた。  
片やフィリオネルも物理的距離が限りなくゼロになってしまったため、思わず身体を硬直させてしまい、言葉も出せなくなってしまう。  
これが今まで何もなければ「わっはっは、ここまで喜んでもらえるとは誘ったかいがあったというものだわい」などと笑い飛ばせていただろう。  
だが、この距離感で思い出したのは、あの芝居の時の熱い口付け。  
シルフィールも同じく舌を絡ませ合い行われた、深く熱いキスの味を思い出し、固まってしまった。  
 
「……」  
「……」  
 
見つめ合う二人の顔がゆっくりと近づいていく。  
フィリオネルも、またシルフィールも、共に意識した物ではない。  
それが証拠に口付けを交わしたことを思い出した後は何も考えていなかった。ダメだとか、こんなことをしてはいけないとか、恥ずかしいとか。  
ただ身体が勝手に引き合っていくのだ。  
まるで引力があるかのように。  
分かたれた物が元の形に戻ろうとするかのように。  
10センチほどあった唇の距離が徐々に徐々に狭まっていく。  
9センチ、8センチ、7センチ……  
シルフィールの紅色に染まった頬と潤んだ瞳が。  
豪快なヒゲを蓄えたフィリオネルの顔が。  
瞳の中に映る互いの顔がゆっくりと近づいていく。  
やがてそれが1センチとなり、あと一秒もしない間に重なろうかというそのとき――  
 
「ただいま〜」  
 
シルフィールの叔父グレイが往診を終えて帰ってきた……  
 
「おお、これは殿下。お見えになられていたのですか」  
「う、うむ、まあ…な……」  
 
歯切れの悪いフィリオネル。  
グレイの帰宅の声と同時に我に返ったフィリオネルとシルフィールは、電光石火の勢いで身体を離して居住まいを整えていたため、結果的に気付かれることはなかった物の、気まずくなってしまった。  
何故自分たちはあのようなことをしてしまったのか?  
グレイが帰ってこなければ、あのまま唇を重ねてしまっていたのだろうか?  
そんなことばかり思い浮かんで、互いの顔をチラチラ見ては視線を逸らすという行為を繰り返していた。  
ただそこはそれ。持ち前の明るさと勢いに任せて再び話し始めたフィリオネルは、グレイも交えてシルフィールを誘いに来たことを伝える。  
 
「というわけなのだ」  
「殿下は働き過ぎですからね。丁度いい機会です、ゆっくりと英気を養ってきてください。それとシルフィールのこと宜しくお願いします。シルフィール、くれぐれも失礼のないようにな」  
「も、もうっ! 子供ではないのですからわかっています!」  
「そうじゃそうじゃ、シルフィール殿は立派な“れでぃ”であるからなぁ」  
「殿下も何か発音がおかしくて不愉快ですっ!」  
 
フィリオネルのおかげで話を上手く進めることが出来たため、気まずくなっていたシルフィールも次第に笑顔を取り戻し、終始穏やかに談笑を続けることが出来た。  
ただ、今度は子供扱いされて別の意味でもやもやしてしまったのだが……。  
 
 
*  
 
 
「むっ? いかん、すっかり話し込んでしまったわい」  
 
楽しければ話は続き、楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。  
外はすっかり日が落ちて、空には月が昇っていた。  
 
「さて、わしはそろそろお暇させてもらうとしよう」  
「もう帰るんですか?」  
 
少し寂しげに言うシルフィールだったが、さすがにこれ以上長居するわけにもいかないだろう。  
それに帰って旅の準備もしなくてはいけないし、クリストファにも挨拶をしておかなければならない。  
 
「シルフィール殿も準備があるだろう?」  
「はい……」  
 
わかってはいてももう少し一緒にいたいと思うシルフィール。  
そんな彼女の頭にぽんっと大きな手が乗せられた。  
大きくて温かいフィリオネルの手がシルフィールの頭を撫でる。  
 
「んっ……」  
 
頭や髪を撫でられる感触が酷く心地いい。  
もう少しこの感触を楽しみたいと思うシルフィール。  
しかし、これでは我が儘を言う子供を言い聞かせる父と娘の構図だ。  
 
「や、やめてくださいっ、わたくしは子供じゃないんですからっ!」  
「わははは、すまぬ、つい…な」  
 
あの感触をただ受け入れるだけでは本当に子供扱いされ続けそうで嫌だった。  
彼女は思う。子供ではなく大人として接してほしいと。  
そもそも、もうすぐ二十歳になる彼女はもう立派な大人なのだから。  
倍以上も年が離れているせいか、どこか子供のような扱いをされているようで気になってしまうのだ。  
実際のところフィリオネルにそんなつもりはないのだが、ここしばらくの交流においてシルフィールの中に芽生えた小さな灯火。  
自分自身でも気付かない淡い想いがそれを許さなかった。  
 
「殿下――」  
 
呼びかけられたフィリオネルの一瞬の隙を突いたシルフィールはつま先立ちになると――  
 
「んうっ!?」  
 
蓄えられたヒゲの下にある彼の唇を強引に塞いだ……。  
温かく濡れた唇の感触を共有したのは僅か一秒にも満たない瞬きほどの一瞬であったが、それをした側された側、双方に無限の時間を思わせた。  
しかし一瞬は一瞬。  
すぐに離れ唇を押さえたシルフィールはいたずらが成功したように微笑むと。  
 
「わたくしを子供扱いした罰ですっ」  
 
そう言い放って自分の部屋へと逃げていった……  
 
 
一部始終を見ていたグレイとその妻マリアは目を丸く見開いて互いを見た後、もう一人の当事者たるフィリオネルに向き直る。  
だが「むう、これはシルフィール殿に一杯食わされてしまったな」と言い、がっはっはと豪快に笑う彼を見て、「そ、そのようですね、」と答えるのが精一杯。  
そして「これはシルフィールと殿下、二人の間のことだ」として口を挟むことはせずに、生温かい目で見守るのだった。  
 
一方、何食わぬ顔で平然としていたフィリオネルはというと――(う、う〜む、年甲斐もなくドキッとしてしまった……)などと、意外に動揺していたのだが気丈に振る舞い、帰宅の途についた。  
 
 

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