美女と『おうぢさま』4  
 
 
「ミプロス島行きの船が出るぞォ〜っ!」  
 
とある国の港町。  
此処からはあらゆる国、街、地域へと渡る船が数多く出ている。  
同時にそれらの地域から入ってくる船も。  
そうなると必然的に人の出入りが激しくなる物で、ただの港町であるというのにもかかわらず、大きな国の首都と変わらないくらい活気があった。  
 
「早く早く、ミプロス島行きの船が出ちゃいます!」  
 
そんな中を薄紫色の法衣と深緑のマントを身にまとった、神官、巫女さんといった出で立ちの長い黒髪の美少女が、ヒゲ面で四十は越えているだろう暑苦しい大柄のおっちゃんの手を引っ張っていた。  
美少女の名はシルフィール=ネルス=ラーダ。見掛けの通り巫女さんである。  
 
「シ、シルフィール殿、そんな急がんでも間に合うじゃろう、」  
 
彼女に腕を引っ張られているおっちゃんは、その体格が災いして進みにくそうに人混みをかき分けている。  
この、男なら思わず振り返る美人巫女さんシルフィールと比較すると、全くの正反対に位置した人相の悪い、野盗の親分みたいな風貌のおっちゃん、名をフィリオネル。  
とてもそうには見えないが、これでも聖王国セイルーンの王子様なのだ。  
尤も、四十がらみのヒゲ面で、ドワーフをそのまま大きく引き延ばしたようながっちりした体格と、人相の悪さから『親分』と呼んだ方がしっくりくるくらいだが。  
彼はこう見えて大の暴力嫌いで自他共に認める平和主義者でもあったりする。  
まあ平和主義と言いつつ悪党には鉄拳制裁も侍さない辺り、口の悪い友人たちは『最凶の平和主義者』などと呼んでもいるが……  
 
とにかく、絶対にあり得ないだろうこの超アンバランスな組み合わせの二人が急いでいるのは、ミプロス島行きの船に乗るためだ。  
何のために?それは簡単。ミプロス島に行くということは当然温泉に行くため。  
世界温泉ガイドブック五つ星の中の五つ星。世界中の温泉ファンあこがれの的。  
そんな有名温泉地のペアチケットを商店街の福引きで当てたフィリオネルが、最近仲良くなった、また世話を掛けているシルフィールを誘って計画した温泉旅行がここにいる理由である。  
 
「乗ります、乗りま〜すっ!」  
 
 
*  
 
 
 
無事船に乗れた二人は出港してすぐ食堂に来ていた。  
なにせ船の出港時間に遅れそうだったから昼食を食べていないのだ。  
夕食にはまだ早い時間のため、人の少ない食堂は広々としていて、好きな席に座れるような状態である。  
指定席など特にあるわけではないため、二人は窓側の席に着くと早速注文して運ばれてきた食事に手を付けていく。  
 
「ふむっ、旨いっ! さすがと言ったところじゃな!」  
 
かなりいい食材を使っているらしい豪勢な料理に、フィリオネルは満面の笑みを浮かべた。  
ただ、彼はセイルーンの王子。そこで出される料理というのはここより豪勢な物のはずなのだが、「贅沢じゃなぁ」などと口にしている。  
無論、現在彼と尤も親しい間柄にあるシルフィールはその理由を知っている。  
 
「普段質素倹約に励んでいるのですから、こういうときくらいハメを外してもいいんじゃないですか?」  
 
そう、質素倹約。これが理由である。  
フィリオネルは普段贅沢をしない。別に金がないわけではない。  
ハッキリ言えばセイルーンは豊かな国であり、その頂点に立つ王族は皆お金持ちだ。  
だが、彼自身は「王族たる者、常に民と共にあるべきだ」と言って、世間一般の標準的な暮らしをするよう心がけている。  
彼のその姿勢を見習う形で結構な数の貴族たちも贅を尽くすような生活は控えているのだ。  
その分、不要な財政支出は抑えられるし、全くないとは言えないが不正が横行したりすることも極めて少ない。  
まあ、不正役人の元には夜な夜な謎のヒーローが現れて、懲らしめているという、ホントかウソか真偽のほどは定かではない噂が立っているのだが……  
これもまた彼が国民に慕われる理由の一つであるだろう。  
 
「そうじゃなぁ、せっかくの旅行であるし……シルフィール殿の言うようにここはハメを外してみるか」  
 
そう言った彼は、いま注文していた料理の三倍はあろうかという追加オーダーを頼んだ。  
運ばれてきた料理の数々、主に量を見たシルフィールはさすがに言葉を失う。  
 
「ん? 食べぬのか?」  
「い、いえ、わたくしはこれで…」  
「そうか。わしも大概少食ではあるが、シルフィール殿は輪を掛けて少食じゃな」  
「し、少食……ですか…?」  
 
そこそこ広いテーブルを埋め尽くす皿の数にシルフィールは(どの辺りが少食なのですか?)と思ったが、「ほれ、リナ殿やガウリイ殿なら、この倍は食べておるだろう?」という彼の言葉に何も言い返せない。  
確かにリナやガウリイならこれの倍、下手をすると三倍は食べるだろう。それは彼女もよ〜く知っていた。  
目の前で上品さの欠片もない食べ方をしている彼よりも、更に豪快に口の中に料理を突っ込む姿を何度も見ているのだから。  
加えて「思えばグレイシアもリナ殿と同じぐらい食べておったな」という話に、もはや基準が違うということを思い知らされた。  
 
「ほれ」  
 
そんなことを考えていたシルフィールの前に、良く焼けて芳ばしい香りを漂わせている柔らかそうな肉が差し出された。  
 
「えっ?」  
「この船一押しの肉らしい。一口ぐらいいけるであろう?」  
「は、はい、いただきます、」  
 
本当はフィリオネルの豪快な食べっぷりを見てお腹いっぱいなのだが、差し出されて断るのも失礼だと思った彼女は、彼が持つフォークに刺さる一口サイズの肉にかぶりついた。  
 
「おいしい…」  
 
口の中に入った肉を噛むと柔らかい感触と共に肉汁があふれ出して彼女の舌を刺激する。  
ほどよく脂の乗った肉は旨味成分たっぷりで、料理が得意であるからこそ味に敏感でもある彼女を納得させるに十分たる物だ。  
 
「シルフィール殿の舌を唸らせるとは大したものだ。どれ、わしも……」  
「あっ、」  
 
彼女の反応に流石は一押しの品だと褒めたフィリオネルが、自分も食べようと新しい肉をフォークに突き刺し、口元に運ぼうとしたところ、肉を指したフォークをシルフィールに奪い取られてしまったのだ。  
「まだ肉はあるのだから、わしから取らんでもよいではないか」と言う彼に対する彼女の返答は――  
 
「あ…、あ〜ん」  
 
母親が子供に食べさせるようにやる「あ〜ん」だった。  
 
「シ、シルフィール……殿……?」  
 
戸惑うフィリオネル。しかし彼は気付いていない、先ほど彼がシルフィールにフォークを刺しだし、手ずから食べさせたのと同じ行為なのだということを。  
彼女はただ、フィリオネルがしたのと同じ事をしているだけなのだ。  
尤も、こんなことをしている彼女も羞恥心で顔を赤く染めているが。  
 
「あ〜ん」  
 
どうやら引き下がりそうにない彼女にフィリオネルも「あ、あ〜ん」と言って、差し出された肉にかぶりつき、口の中に放り込んだ。  
この微笑ましい、見方を変えれば犯罪チックな二人の遣り取りを見ていた食堂にいる数少ない独り身の男たちは、声をそろえて叫んでいた――「ふざけんなぁっっ!!」  
まぁ、四十がらみのむさいおっさんと、黒髪の美人巫女さんが互いに「あ〜ん」などとやっていれば、そうなるだろう。  
そんなモテない君たちの呪詛を一身に浴びたフィリオネルは、彼らの心の叫びに全く気付いていない。  
無論、シルフィールについては言うまでもなく、完全に二人だけの世界に入ってしまっていた。  
 
「う、うむ……旨い…な……」  
 
口の中に入った軟らかい肉を租借し、飲み下したフィリオネルは戸惑い一変、いつもの笑みを見せた。  
彼が食べてくれたことでシルフィールも微笑み返したくなるような満面の笑みを浮かべる。  
 
「まさかこの歳になって『あ〜ん』などとされるとは思わなかったぞ」  
「お、お嫌でしたか?」  
「い、いや、子供の頃、同じ事を母上にされたのを思い出してな」  
「お母様ですか?」  
「うむ。思えばシルフィール殿は母上のように優しく美しい。わしがもっと若ければとっくに求婚しておるところだ」  
 
「まあわしなど歯牙にも掛けられぬであろうが、それとわしはマザコンではないぞ」と冗談混じりに笑うフィリオネル。  
彼がかつて求婚し求め、また求められたのは亡き妻ただ一人であったため、暗に自分は女性と縁がないよと言っているのだが、実際のところ彼の人柄に惹かれていた女性は結構いたのだ。  
ただ彼が鈍くて察知できなかっただけである。  
その魅力に気付き、いま尤も近い存在であるシルフィールは――  
 
「そ、そんなことありません! で、殿下はその、とても、素敵な方だと……思います……」  
「う、うむ……そうか…」  
 
勢いのまま、次いで消え入りそうに彼の自虐的な言葉を否定する。  
ご自分のことをそのように仰るのはやめてください。殿下は素敵な人なんです。そういう彼女に、フィリオネルは言葉が詰まってしまった。  
同じく、自分で言っておきながらこちらも恥ずかしさのあまり俯くシルフィール。  
 
「さ、さっさと食事を終わらせて、今日は早めに寝るとするかっ、」  
「そ、そうですね、」  
 
気恥ずかしい空気を吹き飛ばすように残りの皿を平らげたフィリオネルは、シルフィールと二人食堂を後にすると、明日に備えて早めの眠りに就くのだった。  
 
翌日。  
無事ミプロス島に到着した二人は、早速宿泊予定のホテルにチェックインしたのだが、一つ問題があった。それは寝泊まりする部屋が同じ部屋ということ。  
ペアチケットだから当然なのだが、フィリオネルとしては如何に親しいとはいっても男女で同じ部屋には泊まれないと支配人に交渉するつもりであった。  
無論、別途で料金を払い、別の部屋を借りれないかと。  
しかし当のシルフィールが「わたくしは大丈夫です」と言って彼を引きとどめ、結局「おぬしがよいのならば」と同じ部屋に泊まるという形になったのだ。  
 
 
*  
 
 
「この時間帯ならばさすがに誰もおらんだろう」  
 
その夜、草木も眠るという深夜。  
フィリオネルは一人、広々とした温泉に浸かって日頃の疲れを癒していた。  
何もこんな真夜中に一人で入ることはないと思うが、混浴だと聞けば仕方がないというものだ。  
実のところ彼自身は気にしていない。というかとっくの昔に気にするような年齢は過ぎている。  
だが彼や彼の年代、高齢の方などは気にしなくとも、若者の中には混浴と聞いて躊躇したり気にする者も多い。  
折角の五つ星の温泉をそんなことで満喫できないなど大損である。  
だからこそ彼はそういう者たちのことも考え、態々誰も来ないであろう時間帯を見計らって入ったのだ。  
彼一人がそうしたところで意味がないのはわかっていたが、人がどうではなく自分がどうするかが大事だ。  
 
「しかし、打ち身切り傷火傷に打撲などに効能があるというのは大したものじゃなぁ。流石は五つ星中の五つ星温泉といったところか」  
 
更には肌を滑らかにする効果があり、美人の湯とも呼ばれているらしい。  
 
「まぁ、美人の湯というのはわしには関係ないがな」  
 
それでもシルフィールを誘って正解だったと彼は思う。  
彼女は二十歳前の年頃の女性である。  
美しくなりたい、綺麗になりたいと思うこともあるだろう。  
 
「尤も、シルフィール殿は何もせんでも美しいと思うが」  
 
性格よし、器量よし、料理は上手いという凡そ女として完璧をぶっちぎっているような彼女の場合、欠点を探す方が難しい。  
 
「不思議なものじゃな。あれだけ完璧なシルフィール殿に浮いた話一つないのだから……それとも、今尚ガウリイ殿を諦められんということか」  
 
ガウリイ=ガブリエフ。フィリオネルの友人の一人にして凄腕の剣士。  
付き合いが長いからこそ知っている。シルフィールがガウリイに想いを寄せていることを。  
ただ、彼の側にはもう席はない。その席には同じく度々世話になった友人リナ=インバースがいるから。  
フィリオネルとしては今一番親しい友人であるシルフィールの応援をしてあげたいのだが、こればかりは難しいと言わざるを得ない。  
リナとガウリイがゴールインしたという話は聞かないものの、おそらくは時間の問題だろう。  
 
「う〜む、ままならんものだわい」  
 
フィリオネルは本気で心配していた。娘のように可愛い大切な友人のことを。  
ただそれが既にあさっての方向にずれていることに気付かない。  
確かにシルフィールはガウリイに想いを寄せていた。彼女の心にはガウリイが“住んでいた”  
そう住んでいたであって“住んでいる”ではない。  
今現在、シルフィールの心には別の人物が住んでいる。  
それは彼女自身気づき掛けていて気付けないでいる人物だ。  
何故ならあまりに近すぎるから。近すぎて見えていないから。  
だから気付けない。でも気付き掛けているのは確かだ。  
その証拠に彼女の行動の、言動の、行為のあらゆる部分に表れているではないか。  
そして、それはフィリオネルにも言えること。  
自分の心に今、ある一人の女性が住んでいることに全くといっていいほど気付いていない。  
それは亡き妻が住んでいるのと同じ場所だというのに……。  
彼の場合も所々表出してはいるのだが、元よりそっち方面に鈍いせいか彼の方がより重傷といえた。  
 
「んおっ、なんじゃ?」  
 
そんな鈍感中年の鼻先を、青白く光る玉が通り過ぎた。  
 
「おお、これは!?」  
 
その指先ほどしかない小さな光の玉は彼の周りをふよふよと飛び回っている。  
一見すると蛍のように見えるが、明滅していない上、青白い光を放つ蛍など聞いたことがない。  
 
「フェアリーソウル……」  
「んむっ!?」  
 
飛び回る光の玉を目で追っていた彼が声の方、後ろを振り向くと、誰もいなかったはずの湯煙の中に女性が一人立っていた。  
膝裏まであるまっすぐな長い黒髪に、大きく育ったメロンのような胸を二つ持った、恥ずかしげに、それでいて優しい微笑みを浮かべた女性が。  
 
「きちゃいました」  
「い、いや、来るのは自由だが、その……身体、隠さんでもよいのか?」  
 
彼女、シルフィールはタオルこそ持っているが、それを身体に巻かず手に持ったままだ。  
つまりフィリオネルから見ると、その揉み応えのありそうな大きな胸と、彼女の秘密の園がバッチリ見えてしまう。  
 
「殿下はその……いやらしい目で見たりはなされないと思いましたので……見ませんよね?」  
「む、無論だっ、男子たるものみだりに女性の肌を見るなど以ての外だ」  
 
過去にちょっとしたアクシデントでリナの裸を見てしまったことは伏せておく。  
 
「あの、隣に座ってもよろしいでしょうか?」  
「う、うむ、遠慮する必要はない」  
「で、では、失礼します……」  
 
フィリオネルの隣に腰を下ろしたシルフィールは、態となのか身体を触れ合わせるように寄りかかった。  
 
「殿下の身体……とても大きいのですね……それに、とてもたくましいです」  
「ま、まあ若い頃から鍛えておったからな」  
 
フィリオネルは魔法が使えない。  
聖王国、魔法大国セイルーンの王子としてこれは致命的だ。  
魔法が使えて当たり前の王族の中で、彼はある意味異端児とも言えた。  
幼い頃ヒーローに憧れていた彼は、自分が魔法を使えないことに酷く落ち込んだことがある。  
魔法が使えれば困っている人や助けを求めている人を助け、悪者を懲らしめることが出来るのにと。  
だが、あるとき気付いたのだ。  
「そうだ、僕にはこの身体がある! この身体を鍛えて悪者をやっつける力を身につければいいじゃないか!」  
そのときから彼は毎日身体を鍛え、戦士や傭兵に稽古を付けてもらったり、独学で格闘技を学んだりして遂には魔法こそ使えないものの素手で魔族と渡り合うまでになったのだ。  
 
「しかしな、所詮力とは暴力だ。そんなもので悪党を倒し続けても真の平和は訪れぬ。故にわしは暴力を捨て、誠心誠意話し合うことでセイルーンを、やがては世界を平和にしてみせると誓ったのだ」  
 
時には行き過ぎてしまったり、許せない分からず屋の悪党には鉄拳制裁も侍さないが、彼が心から平和を愛しているのは確かだ。  
そんな彼の幼き日の話を聞いていた彼女は、彼は昔からずっと同じなのだと気付いた。  
正義感溢れる真っ直ぐな人で、率先して困っている人を助け、悪人たちを懲らしめる。  
自分の負の部分さえも糧にして、己が信念を貫き通す。  
 
「殿下は……、殿下は、昔から変わらないのですね」  
「自分で決めた道じゃからなぁ」  
「変わらないで……くださいね……ずっと、ずっとわたくしの大好きな殿下のままで……いてくださいね」  
「世界をひっくり返すようなことでもないかぎり、わしは変わらんわい」  
 
朗らかに笑うフィリオネルを見ていると、次第にシルフィールの緊張がときほぐれてきた。  
緊張がとれるのはいいこと。いいことのはずなのに今夜のシルフィールは様子がおかしい。  
 
「……」  
「ん? どうしたのだ?」  
 
突如無言で立ち上がったシルフィールに、いぶかしげな声を上げたフィリオネル。  
が、なにかを考える暇さえなかった。  
ちゃぷん!  
響く水音と共にシルフィールのお尻がフィリオネルの膝の上に降ろされたのだ。  
子を持つ父親なら一度は経験があるだろう、胡座をかいた膝の上に子供が座るという体勢。  
フィリオネルとシルフィールはいまその体勢になっていた。  
 
「……」  
 
そして彼女がそうしたように、彼もまたシルフィールの身体の前に腕を回し、守るように抱き締める。  
抱き締められた彼女はその厚くたくましい胸板に身体をあずけてもたれかかった。  
お湯の中も、湯から出ている上半身にも、シルフィールの長い黒髪がまとわりつき、そこから漂う甘い香りがお湯の匂いと共にフィリオネルの鼻を擽る。  
本来なら興奮してドキドキしたり、また性的な部分が刺激されたりするはずなのに、二人ともそのような感じにはならないでいた。  
 
しばらくの間、何も言わずにジッとするだけの二人。  
五分、十分、刻一刻と時は過ぎゆく。  
一体どれくらいの時間そうしていたのだろうか?  
ふと気付くと温泉の中は疎か、外に広がる森も含めて視界一面が青白い光の玉に包まれていた。  
 
「フェアリーソウル」  
 
それまで無言だったシルフィールが小さく呟く。  
 
「死んだエルフの魂とも、妖精の魂とも言われているんです……」  
 
フィリオネルは何も答えずただ彼女の話に耳を傾ける。  
 
「一説には……死んだ人間の……魂とも……」  
 
とても悲しそうに聞こえる彼女の声。  
この、実に幻想的で美しい光景の中、彼女は何故そのような声で話すのか?  
妙なところで聡いフィリオネルにはもうわかっていた。  
答えを言っているようなものだったから、彼女が温泉に入ってきたときの「フェアリーソウル」と呟いたその瞬間に。  
 
(死んだ者の魂…か。そういうことであったか……。シルフィール殿はお父上のことを思い出しておったんじゃな……)  
 
シルフィールの父エルクは、サイラーグ壊滅の事件で亡くなっている。  
遅れて行きはしたが当事者の一人でもあるフィリオネルも詳細についてはしっていた。無論、その犯人についても……  
しかし、既にその犯人は亡く、亡くなったサイラーグの者たちも、彼女の父も……生き返ることはない。  
 
(ふむ)  
 
こんなとき、普通ならばどうするか? 簡単だ。何も言わずに抱き締めてあげればいい。彼女の悲しみは、彼女自身にしかわからないのだから。  
だが、フィリオネルは違った。  
シルフィールの悲しみはシルフィール自身にしかわからない?  
結構だ。そんなことは当たり前。これでも人生四十余年、伊達に何も考えずに生きてきたわけではない。  
数多くの死も、同じだけの生も、嫌と言うくらい見てきている。大切な者との、愛する者との別離さえも……  
そしてその悲しみも喜びも本人にしかわからないもの。  
彼が妻を殺されたときの悲しみも、自身にだけしかわからないと理解しているからこそ、彼女が父を失った悲しみもまた、彼女だけのものとわかるのだ。  
間違っても「シルフィール殿の悲しみ、わしにもわかる」などとは言えない。  
 
そんな分かったようなことを言うくらいなら、前述のように黙って抱き締めてあげるべきだ。そして余計なことは言わずジッとしていればいい。  
そうすれば彼女は自分の中で折り合いを付け、またいつもの優しい微笑みを浮かべることだろう。  
ただ、その前には多少の涙を流すかも知れない。身体を震わせて嗚咽をあげるかも知れない。  
当然彼は見ないし聞かないことにするだろう。きっと見られたくないはずだ。  
幸いにも体勢的に彼女の背中と髪しか見えないのだから。  
だが、そんな彼にも一つだけわかっていることがある。  
それは…………彼女、シルフィールの父の気持ち、いや考えか?  
自身が愛する可愛い娘には、いつ如何なるときでも笑っていてほしい。  
それが無理ならせめて泣いてほしくはない。それも親である自分が原因で泣かれるなど苦痛以外の何物でもない。  
二人の娘を持つ父親だからわかるのだ。彼女の父の、親としての気持ちが。  
だからこそ彼は、普通に考えて倫理的にも、また男としても最低の行為に手を染めた。  
 
(シルフィール殿のお父上は怒ると思われるが、ここは勘弁してくれい)  
 
むにゅっ!  
「ひゃうっ!」  
 
彼の取った行動は、彼女の身体の前に回していた腕を外して、両手の平をよくぞここまでと言えるほどに育った二つのメロンを掴むという、最悪の行動だった。  
 
「で、でん、か?」  
「おおう、シルフィール殿の胸は実によく育っておるなぁ」  
 
お湯に浮くほど大きな柔らかい胸。  
それを覆い尽くす大きな手の平で、包み込むように掴んだまま優しい手付きで揉みし抱いていく。  
 
「はあっ! あ、ああっ、殿…下、やめ…っ、」  
「そのように無体なことを言う物ではない。このような大きく柔らかい胸を惜しげもなく晒しておいて……」  
 
少し上がった抗議の声を、彼は敢えて無視する。  
いつもならすぐ止めていただろう。それ以前にこのようなことしたりしないが。  
 
「はっ、あうっ、んうっ、」  
 
フィリオネルはシルフィールの胸を下から持ち上げるようにしてすくい上げるように揉む。  
決して力を入れたりせずに、あくまで優しく。  
 
「ふっ、あぁっ、で、でん、かぁ、」  
「ん? どうだ? 気持ちいいであろう?」  
 
苦手なくせに下卑た言い方をするフィリオネルだが、シルフィールは全く暴れたりしないで好きなように胸を揉ませている。  
そう、まるで彼のこの行為を受け入れているかのように。  
 
「んっ、ふああっ、」  
 
彼のしている胸を揉みし抱くという行為、それが本意ではないことなど彼女にはわかっている。  
以前キスをしたくらいであそこまで罪悪感を感じ謝罪するような彼が、こんなこと出来るわけがないのだから。  
 
「あっ…んううっ……」  
 
本当に、本当に性欲のまま胸を揉んでいるのならば、このように優しく気遣う感じで揉むはずがない。  
これではただ気持ちよくしてもらっているだけ。  
そう、優しく気遣い、泣きそうになっていた自分を泣かせないようにと。  
だからこそ彼女はフィリオネルに惹かれるのだ。彼のことが気になってしまうのだ。  
彼女を守ろうと必死になってくれる彼に……  
それに、初めて男性に胸を揉まれた、いや触られたというのに、ちっとも嫌な気がしない。  
それどころかフィリオネルに胸を触られているという事実に、不思議なことに高揚感と嬉しさを感じるのだ。  
 
シルフィールは胸を揉まれるのとは違う新しい感覚に、高い声で悲鳴を上げる。  
 
「そ、そんな…っ、い、いやぁっ!」  
「嫌と言われても止めぬぞ?」  
 
態とらしく言いながら、フィリオネルは摘んだ乳首を指で転がしていく。  
 
「んっ…あぁンっ、」  
 
ちねったり捏ねたり、強弱を微妙に変えながら乳首をいじり続けるフィリオネルに、甘く熱っぽい声で応えるシルフィール。  
 
続けられる愛撫にフィリオネル自身は憎まれ役的な行為に徹しているつもりだが、もしここに第三者が居れば一発で気付いただろう。  
合意の上でしているようにしか見えないと。シルフィールは明らかに受け入れているのだから。  
やがてそのフィリオネルの優しい行為は終わりを告げる。彼女の身体の震えと共に。  
 
「んぁぁあああ〜〜〜〜っっっ」  
 
ビクビクッと、大きく震えたシルフィールの身体。  
密着しているからこそわかる痙攣とも思えるその震えに、フィリオネルは彼女の胸を解放した。  
 
片や自分の意図を気付かれているとは思っていないフィリオネルは、両手の平を胸に乗せたまま、円を描くように揉み始めた。  
 
「んっ、きゃうっ、ああっ、」  
「シルフィール殿、どんな感じだ?」  
「き、気持ちいい……です」  
 
その言葉を示すようにシルフィールの大きな胸の頂にある乳首が紅く充血し、勃起してきた。  
如何に彼の意図を察しようと、身体の方は女としての反応を示すものだ。  
その勃起した乳首は手の平全体で捏ねるように胸を揉む彼にもすぐ伝わる。  
 
「乳首が勃っておるな? けしからん、実にけしからんぞシルフィール殿?」  
「も、揉まれたらっ、感じるのはっ……当たり前……ですっ、」  
「ふむ、まあ正論ではあるな。じゃが何を恥ずかしがる必要がある? わしとシルフィール殿の仲ではないか?」  
 
そう言いながら彼は胸を持ち上げたまま、勃起した乳首を人差し指と親指で摘み、指先に力を入れてコリっと捏ねてみた。  
 
「ひううっ!?」  
 
シルフィールは胸を揉まれるのとは違う新しい感覚に、高い声で悲鳴を上げる。  
 
「そ、そんな…っ、い、いやぁっ!」  
「嫌と言われても止めぬぞ?」  
 
態とらしく言いながら、フィリオネルは摘んだ乳首を指で転がしていく。  
 
「んっ…あぁンっ、」  
 
ちねったり捏ねたり、強弱を微妙に変えながら乳首をいじり続けるフィリオネルに、甘く熱っぽい声で応えるシルフィール。  
 
続けられる愛撫にフィリオネル自身は憎まれ役的な行為に徹しているつもりだが、もしここに第三者が居れば一発で気付いただろう。  
合意の上でしているようにしか見えないと。シルフィールは明らかに受け入れているのだから。  
やがてそのフィリオネルの優しい行為は終わりを告げる。彼女の身体の震えと共に。  
 
「んぁぁあああ〜〜〜〜っっっ」  
 
ビクビクッと、大きく震えたシルフィールの身体。  
密着しているからこそわかる痙攣とも思えるその震えに、フィリオネルは彼女の胸を解放した。  
 
「ハア、はぅぅ…」  
 
男の人の手によって初めてイかされたシルフィールは、彼のたくましい胸板に身体を預けたまま荒くなった息を整えていた。  
そんな彼女の様子を見て一応の満足を得たフィリオネルは、湯に濡れた彼女の髪を撫でながら呟く。  
 
「済まぬ…な……」  
 
それは謝罪の言葉。  
如何に慰めようと、正しいと思ったことをしたとしても、彼女の身体を弄んだことには変わらない。  
だからこそ行為を終えた以上、一言謝るのだ。  
尤も、納得ずくで行為を受け入れていた彼女にとっては、謝られる覚えはないのだが。  
 
「ハア、ハア、わかっていました……」  
「なっ、なに!?」  
「わたくしを……元気づけようとしてくれたのでしょう?」  
「うっ!?」  
「殿下、わかりやすいんですもの」  
 
クスクス笑うシルフィールに、自分的には渾身の演技をしたつもりであったフィリオネルは、バツの悪そうな表情を浮かべた。  
 
「殿下はきっと、どんなに修行をなされても詐欺師さんにはなれないでしょうね?」  
「む、むう、失礼な! わしは人を騙すような悪人には決してならぬ!」  
 
相変わらず無駄に元気なフィリオネルの気に充てられたシルフィールは、先ほどのような悲しい声を出してはいない。  
切っ掛けを作ったフェアリーソウルはまだ辺りを漂い続けているというのに。  
 
「綺麗ですね……」  
「うむ。最高の秋の風物詩じゃな」  
 
シルフィールが言っていたようにフェアリーソウルには悲しい言い伝えがあるのだが、同時にこの季節、大量発生することで旅人に幻想的な光景を見せることでも有名な秋の風物詩でもある。  
特にミプロス島には数多く生息しており、温泉と一緒に楽しもうと観光客が押し寄せる一因にもなっているのだ。  
 
「殿下」  
「ん?」  
「来年もまた……ここに来てみたいです」  
「来年か……そうじゃなあ、今回のように温泉を満喫することはできんかもしれんが、それでもよいか?」  
 
再三言うが、ミプロス島の温泉チケットはレア中のレアである。  
場末の宿でも大概値が張るというのだから、そうそう手に入らない。  
しかし、シルフィールが言っているのはそんなことではない。  
彼女はフィリオネルの胸にグッと身体を押しつけ、上目遣いに彼を見つめた。  
 
「殿下が一緒なら、なにもいりません。わたくしとまた、フェアリーソウルを見に来ましょう……」  
 
誰が呼んだか約束の島。  
それは家族、恋人、この島で出会った人との約束なのか?  
それとも死んだ者たちの魂と言われるフェアリーソウルとの約束なのか?  
 
いずれにせよ、ここに一つの約束が出来た。  
シルフィールにとってはフィリオネルとの。  
フィリオネルにとってはシルフィールとの。  
大切な、大切な約束が。  
 
飛び交うフェアリーソウルは、きっと来年も二人を出迎えることだろう。  
一年先というのは短くも長い年月。  
そのとき、二人の関係がどのようなものになっているのか?  
それはまだわからない。  
 
ただ一つ言えるのは、今よりもっと仲良くなっている。  
そんな確信を持った二人は、肌を触れ合わせたまま、青白い光の玉が織り成す幻想的なショーを楽しんでいた……  
 
 

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