美女と『おうぢさま』  
 
 
 
セイルーン王国の首都、セイルーン・シティ。  
白魔術都市または聖王都とも呼ばれるこの町の中心部にある大通りではいつものように様々な露店が軒を連ね、地元の人間や観光客で大いに賑わっていた。  
その人混みの中を薄紫色の法衣と深緑のマントを身にまとった、毛先が膝裏にかかるくらいの長い黒髪が印象的な少女が呆然と立ち尽くしていた。  
出るところは出て引っ込むところは引っ込むというメリハリの付いた理想的なスタイルと整った顔立ちに、通りを歩く男がチラチラと振り返っている。  
その中には彼女連れの男も居たりして「他の女を見るな」と恋人を怒らせたりもしていたが、その原因たる少女は気付くことなく一点を見て固まっている。  
彼女の名はシルフィール。シルフィール=ネルス=ラーダといって元々はサイラーグという町に住んでいたのだが、ある事件によって家族諸共町が消滅してしまい現在は此処セイルーンの親類の家で暮らしていた。  
 
シルフィールがこの通りのど真ん中に立ち尽くしているのは何故か?  
その訳は彼女の視線の先にこそあった。  
 
「おいっ、アレって殿下じゃないのか?」  
「おお間違いないフィリオネル殿下だ!」  
 
彼女の耳に響く町の人の声。皆口々に「王子」「殿下」と叫んでいる。  
それは視線の先に居る人物に向けられているようだ。  
その人物の周りにはあっという間に人集りができて人々は皆笑顔で話しかけたり握手を求めたりしている。  
彼らの求めに“王子”は「うむ、皆も元気で何よりだ」「困ったことはないか?」と気さくに応じて微笑んでいた。  
誰が見ても微笑ましい光景であり、またこの国の“王子”が民にどれほど慕われているのか理解させられる光景とも言えるだろう。  
だが彼女シルフィールは違った。  
正義感溢れる好人物、民のことを第一に考えて行われる政策、身分など一切考慮せず誰とでも気さくに付き合おうとする温かい人柄。  
王族とは斯くあるべき。正に王と呼ばれ民を治める立場に在る者の鑑とでも言うべき人物。  
それは彼女とてよく理解しているし、凄い人だと尊敬してもいた。  
ただ一点を除いて……  
 
「おやぶ〜ん、遊ぼ〜」  
「こらこら、いつも言っておるだろう? わしは親分ではない」  
「だっておヒゲでお父さんとおんなじくらいで、親分みたいだもん!」  
「ワハハそうかそうか、わしはお父さんとおんなじくらいかぁ!」  
 
おそらくはこの近所の子供だろう。顔見知りらしく“王子”のことを親分親分と呼んでいる。  
そしてそれは二十歳前という、もう物事の分別が付いて当たり前の年齢であるシルフィールも常に抱いている物だった。  
 
(いやーっ! あの人を王子だなんて呼ばないでぇぇぇっ!)  
 
彼のことを“王子”と呼ぶ人々に心の中で悲鳴を上げるシルフィール。  
もしも此処にいるのが知り合いだけなら声に出していただろう。  
これだ。これこそ彼女が道の真ん中で固まっていた理由なのだ。  
だがそれは無理もないことである。何故ならこの“王子”。子供やシルフィールが言うようにとても王子様には見えないのだから。  
暑っくるしーくらいの大柄で、ドワーフをそのまま大きくしたようながっちりとした体格。  
ヒゲ面で四十は越えているだろうそのおっちゃんをどうやったら王子様として見ることができるというのか?  
普通に町を歩いているだけなので小ざっぱりした服を着ているが、それなりの格好をさせれば裏社会の、薄汚れた武器と防具を持たせれば野盗の親分に早変わりだ。  
だが、例えどのように見えても彼がこのセイルーン王国の国王の息子であり、歴とした王子であることには違いない。  
シルフィールが事あるごとに固まってしまうのはその外見と王子という事実のギャップを受け入れられないからだ。  
初対面の時など理想の王子様像とかけ離れたおうぢさまの姿に、ショックで気絶してしまったほどである。  
それはある種、いつもの光景いつもと同じ日常の一コマと言えた。  
シルフィールにとっても、おうぢフィリオネルにとっても、近所の子供や露店のおっちゃんおばちゃんにとっても。  
だがこの日は、この日この時だけは違った。  
 
例えばこの場面。誰かの命を狙う者が居たらどういう具合に見えるだろうか?  
人集りの中にいるターゲット。誰とでも握手をする警戒心のない相手。  
近づいて斬りつける、攻撃魔法を準備しておいて至近距離で放つ。  
暗殺者にとってこれほど容易に事が行える場面もない。  
しかしある程度若しくは確実にターゲット自身の実力を知っていた場合はどうか?  
察知されるか、あるいは自分より強いなら返り討ちにされる可能性を考慮するだろう。  
プロの暗殺者なら尚のこと確実を喫して様子見に入るかもしれない。  
だが、もし怨恨の場合は? 逆恨みの復讐を企てる者なら?  
それでいて相手の実力を知っていて正攻法ではかなわないなら?  
当然人質を取るだろう。幸いにもこの場には人質となる人間などいくらでもいる。  
これら全ては狙われる命を持つ者が居ればの話だが、この場には誰の目にも明らかなほど狙うべき価値のある命を持つ者が居る。  
言わずと知れた大国セイルーン王国の第一王子フィリオネル=エル=ディ=セイルーンその人だ。  
彼はその人柄から他人の恨みを買うことなど皆無と言えるのだが、一方で正義感溢れる彼は野盗や犯罪者を取り締まる側でもあり、一般人なら関わり合いになりたくないそういった者から時として逆恨みされる立場に立っている。  
そういった者がこの場に居た。  
 
(笑ってられるのも今の内だフィリオネル!)  
 
フード付きのローブで身を包んだその男は周囲の様子をうかがっていた。  
この男、細身に貧相な顔立ちと見掛けこそ小役人といった風情だが、元は一大盗賊団の首領だった男だ。  
その見掛けからは想像も付かないが残酷さは折り紙付きで、豪商のキャラバンを襲ったときは慰み者にしようと豪商の婦人を浚おうとして「妻は妻だけは!」と言った主人に「じゃあ全財産を寄越せ」と迫ったあげく、  
馬車ごと渡した瞬間「妻は見逃してやる約束だからな。そのかわり……」と言って夫妻の幼い娘を目の前で強姦したのだ。  
そして狂乱する夫妻を見て大笑いしながら「命は助けてやったぞ」と言い放ちその場を去るという外道も外道な男である。  
その後事件を知ったフィリオネルがアジトに単身乗り込み、二児の親でもある彼の怒りを買って盗賊団はその場で壊滅。  
如何に平和主義者の彼であっても娘を持つ親である以上盗賊の行為が許せず、自らの手で制裁を加えてしまったのである。  
そんな中、一人逃げ出した男はこの世を謳歌していた自分の全てを奪ったフィリオネルが許せず、復讐しようとしていたのだ。  
無論正面から襲撃しても返り討ちにされるのは目に見えていたので人質を取ることにしたのだが、如何せん人質として尤も適していそうな子供はフィリオネルの近くにいて手が出せないときている。  
代わりになる誰かはいないかと周りを見渡す男の目に僧侶の正装を身にまとうお嬢様っぽい長い黒髪の美少女が入るのは、ある意味必然と言えた。  
それもボーッと突っ立っている彼女の場合、人質にしてくださいとアピールしているようなものだ。  
 
(あの女だ!)  
 
男はコレと決めた少女シルフィールに忍び寄り、後ろから羽交い締めにした。  
 
「キャアアッ!!」  
 
突然身体を拘束されたシルフィールは首に突きつけられたナイフに悲鳴を上げるも、すぐに冷静さを取り戻す。  
 
(ど、どうすれば…)  
 
しかし彼女の場合如何に冷静さを取り戻そうと訓練された兵士や傭兵、自身の知り合いのリナのように戦闘に特化した技術を持ち合わせていないため、こういう状況下では何もできないでいた。  
彼女自身は神官という身でありながらドラグ・スレイブ【竜破斬】という強力すぎるほど強力な呪文を始めとする幾つかの攻撃用の黒魔法や精霊魔法を扱えはするのだが、その呪文を唱える隙がなくお手上げ状態だ。  
そうこうしている内に彼女に気付いたフィリオネルが叫ぶ。  
 
「シ、シルフィール殿!」  
「おっと、動くんじゃねぇぜフィリオネル殿下」  
「む、むううッ」  
 
此方に気付いたフィリオネルの動きを制しようと男はほんの少しだけシルフィールの首筋にナイフを走らせた。  
 
「痛ッ!」  
 
薄皮一枚切られた彼女の傷口から血が滲み、うっすらと赤い線を描く。  
 
「や、やめいッ!」  
「そうそう、その焦った顔が見てえんだよ」  
 
事態は膠着どころか悪い方へと進んでいる。皮一枚とはいえシルフィールの首にナイフが食い込んでいる以上下手な動きはできない。  
 
「おぬし……婦女子を人質に取り、あまつさえ傷つけたのだ。よもやこのままで済むとは思っては居るまいな?」  
「おお〜怖い怖い。けどいいのかな〜?そんな怖い顔されると俺はびびって力入れちゃうかもよ〜?」  
 
グッとナイフが食い込み更に傷口を広げていく。  
 
「うっ!」  
 
首筋に走る痛みに呻くシルフィールは流石に恐怖を感じて身体が硬直する。  
後少しでもナイフが食い込めば動脈を傷つけるかも知れないのだ。  
その様子にフィリオネルは内心の焦りを隠しながら、男が先日壊滅させた盗賊団の首領であることを聞かされたことで動かないどころか逆に動いた。  
身につけていた護身用のナイフを捨て、陰から見守っていた護衛たちに大声で引くように伝えた上で。  
彼の突然の行動に驚く男は、それでもシルフィールにナイフを突きつけたまま姿勢を崩さない。  
そんな男に彼は歩み寄りながら両手を大きく広げ言い放った。  
 
「おぬしの狙いはわしの命であろう? 構わぬ……くれてやろう」  
「なっ!?」  
「で、殿下っ!」  
 
男が驚愕すると同時に事態を見守る民人も声を上げた。  
 
「て、てめえ正気か!?」  
「無論だ。わしの命一つでシルフィール殿が助かるのなら、寧ろ本望なくらいだ」  
 
自身の命と引き替えにしてシルフィールを助けようとするフィリオネル。  
何故彼がそこまでするのか? それは彼にとってシルフィールもまた守るべき民であるからだ。  
ましてや婦女子たる彼女を見捨て、自身の命を優先するなど考えても居ない。  
仮にこれがフィリオネル自身よりもずっと強く、セイルーンの民ではないリナやガウリイであっても彼は同じ選択をしていたであろう。  
王族にとって何が一番大切か? それは民である。  
民こそが国の宝であり命を賭して守るべき者。  
そして民というのはこのセイルーンに一度でも関わりを持った全て。その全てが守るべき対象なのだ。  
そこに力の優劣、国籍など関係ない。  
 
「そのためならばわしのこの命、十でも二十でも、好きなだけくれてやるわい」  
 
「フィリオネル…殿下……」  
 
自身の民草に対する真摯な想いを口にするフィリオネルに、シルフィールは胸が熱くなった。  
彼は紛うことなき王子なのだ。  
このセイルーンの全てを、老若男女問わず愛する王子。  
白馬に乗った若くて見目麗しい王子ではないが、その心は想像できないほどの麗しさと高潔さをたたえている。  
おそらく世界中の為政者の中でも彼ほどはっきりと民こそ国の宝と言い、行動する者は居ないだろう。  
その言葉に心打たれたのは何も彼女だけではない。  
周りにいる町の人たちも同じだった。  
同時にそれは男に対する非難の目、攻撃的な目へと変化していく。  
 
『みんなのフィリオネル殿下に傷一つ付けてみろ……その瞬間八つ裂きにしてやる』  
『死ぬよりも辛い目に遭わせてやる』  
 
その視線に晒された男は気が気でなかった。  
周りが怯える、固唾をのんで見守る、それならばやりようはあったしどうにでもできた。  
だが、周り全てが自分に対して憎しみの目を向ける。  
これは男が経験したことのない事象だった。  
 
(なんだ? なんだよこいつら? 何なんだよ!?)  
 
最早人質を取っているから有利などという状況ではなくなった。  
寧ろ人質は役に立たないどころか、自分の行動次第でこの国全体を魔獣の群れに変えてしまう物でしかなかった。  
本来、一国の王子を狙う以上死刑は覚悟しなければならないのだが、男の場合「舐められたまま終われるか」というちっぽけなプライドと逆恨みからの行動だったため考えてもいなかった。  
それがセイルーンの全国民を敵に回そうとしているのだ。  
 
「ち、ち、ちきしょう! 覚えてやがれ!」  
 
こうなると男がするのはごく単純な行動だけになる。  
即ち逃げである。  
 
「キャッ…!」  
 
男は人質にしていたシルフィールをフィリオネルの方に突き飛ばすと、直ぐさま反転して脱兎のごとく逃げていった。  
男が人質を手放したのを見て素早く行動するフィリオネルの護衛たちだったが、生憎彼自身の命で下がっていたのと、腐っても大きな盗賊団の首領だった男はある程度の魔道に長けていたためレビテーション【浮遊】であっさり逃げられてしまった。  
一方でフィリオネルはというと――  
 
「危ない!」  
 
自分の方に突き飛ばされたシルフィールを身体で受け止め守るように抱きしめていた……  
 
「ああ、あの、殿…下…?」  
 
解放されたと思えば今度は大きな身体に受け止められたシルフィールは、少々パニックになりながらも自分を受け止め守るように抱きしめる人物フィリオネルに声をかけた。  
 
「おおっ、無事であったかシルフィール殿」  
「は、はい……なんとか…」  
「しかし首筋を刃物で切られておったであろう?」  
 
先ほど男に切られた首筋には切り傷がついていた。  
 
「だ、だだ、大丈夫ですっ、」  
 
彼女は大丈夫と言うが少し深い傷だったため、未だ絶賛出血中である。  
尤も今は別のことで頭がいっぱいになっているので、それほど痛みを感じていないのが幸いだった。  
 
(で、殿下の匂いが、)  
 
そう、今シルフィールとフィリオネルは密着状態なのだ。  
当然彼女の嗅覚は彼の匂いをハッキリとらえている。  
それは彼の汗の臭い――俗に言う『おやぢ臭』なのだが先ほど彼の民を想う心に触れ、剰え彼女のために命を投げだしてくれた、外見を除いて完璧な王子の姿を目の当たりにしたばかりの彼女には全く嫌悪感を抱かせない物だった。  
嫌悪感どころかフィリオネルの匂いを嗅いでいるとドキドキして頭に血が上ってクラクラしてくる。  
 
「いやいや、こんなに血が出ておる。わしに恨みを持つ者の犯行に巻き込んでしまったのだ、このまま帰すわけにもいかん」  
「キャ!」  
 
そんな彼女の状態を気にもとめていないフィリオネルは言いたいことだけ言うと、こともあろうに彼女の身体を抱き上げたのだ。  
左手で背中を支え、右手を膝の後ろに回して抱え上げるという、所謂お姫様だっこと呼ばれる抱き方で。  
 
「あ、あああ、あの、で、でんか……わたくし歩けますからっ、」  
「何を言う、若者が遠慮する物ではない。それにシルフィール殿を抱え上げたくらいで腰を痛めるようなやわな身体はしておらん」  
 
わっはっはと豪快に笑う見た目野盗の親分に(そうじゃないんですぅぅ!)と思いながらも嫌な気はしないシルフィール。  
彼女は最近では気絶までいかなくなったものの、苦手であることに違いなかったフィリオネルに密着されているというのに、気持ちが高揚する自分が不思議でならず、また理解できなかった。  
 
こうして王子様ならぬ“おうぢさま”にお姫様だっこされたままフィリオネルの家であるセイルーン城に連れて行かれたシルフィールは手厚い治療を施され、  
夕暮れ時になって王宮の近くにある一軒の家、彼女がお世話になっている親類の家に送られ帰ってきた。無論送ったのはフィリオネルだ。  
彼は自分の事情にシルフィールを巻き込んでしまったことを彼女の親類に説明し、謝罪するというのもあって共に来たのである。  
 
「殿下、聞き及んでおります。昼に大通りでお命を狙われたと」  
「うむ、それについてだが……」  
 
帰るなり出迎えてくれたシルフィールの叔父グレイは既に何があったか知っていたようなので、話は早いとフィリオネルは深々と頭を下げて言った。  
 
「すまんグレイ! シルフィール殿を傷つけてしまったのだ!」  
「や、やめてください殿下っ、」  
「そ、そうです、シルフィールもこうして無事なのですから顔をお上げになってください、」  
 
突然の謝罪に慌てて止めるシルフィールとグレイ。  
だが彼はそれでも顔を上げない。  
 
「いや、それではわしの気が済まん! 気の済むようにしてくれい!」  
 
人一倍責任感の強い彼は己にも厳しい。  
自分への怨恨にシルフィールを巻き込んだことが許せないのだ。  
いつまでも顔を上げない彼にそれではと口を開いたのはシルフィールだった。  
 
「一つだけ、お願いを聞いていただけませんか?」  
「ふむ、願いとな?」  
「はい、それを持ってこのお話は終わりということにしませんか?」  
「う〜む、おぬしがそれでよいというのなら何でも言ってくれ」  
 
若干納得がいかない雰囲気のフィリオネルではあったが、本人がそれでいいというならばと願いを聞くことにした。  
 
「で、願いというのは?」  
「はい、それでは遠慮なく。わたくしの願い……それは」  
 
 
***  
 
 
数日後、セイルーンの大通りを歩く一組の男女の姿があった。  
一人は薄紫色の法衣と深緑のマントを身にまとった、膝裏くらいまで届く長い黒髪が印象的な少女。  
もう一方は暑っくるしーくらいの大柄で、ドワーフをそのまま大きくしたようながっちりとした体格。ヒゲ面で四十は越えているだろうおっちゃんだ。  
 
「しかしこのような願いというか、手伝いで本当によいのか?」  
 
おっちゃんは荷物を持っている。そんなに大きくもなければ重くもない荷物だ。  
その荷物はおっちゃんの物ではなく少女の物。  
 
「はい、これでいいんです」  
 
少し嬉しそうにも聞こえる声で返事をした美少女は、むさいおっちゃんの荷物を持っていない左手に腕を絡めた。  
気のせいか彼女の顔は紅く染まっているようにも見える。  
 
「う〜む」  
 
唸り続けるおっちゃんことフィリオネルと、美少女シルフィールという妙な組み合わせの男女がこうして歩いているのは彼女のお願いによるものだ。  
「買い物に付き合ってください」それが彼女のお願いだった。要するに一日荷物持ちをしてほしいというものだったのだ。  
無論こんなことでケガをさせた埋め合わせになるとは到底思えない訳で、フィリオネルはこの後も「また何かあったら言ってくれ」と伝え、この通りでは度々二人の姿が目撃されるようになるのだった。  
 
 
余談だが叔父のグレイはここ最近シルフィールがボーッとなっているのをよく見掛けるようになった。  
それは決まってフィリオネルと出かけた日や、彼が家に訪れた日だったりする。  
これについてグレイはそれとなしにフィリオネルに訊ねているのだが「シルフィール殿? いつも明るく嬉しそうにしておるが……何かあったのか?」と要領を得ない返答をもらっており、  
明らかに何かに気付いたという様子ではなく、彼女個人の何からしいとの答えに至ったのだが、それが何かは分からないでいた。  
 

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