どこまでも広がる大海原。その蒼い世界を見渡せる砂浜に一人の女性がたたずんでいた。  
流れるような漆黒の長い髪をした華奢な女性は、ひと目で高級素材とわかる蒼いドレスと、装飾品の数々をその身に纏っている。  
見た目淑やかさとか静謐さを感じさせる美しい容貌と佇まいは、何処かの国の姫、または貴族の令嬢といったところか?   
本格的な夏が訪れる前であるせいか浜辺には人っ子一人いないが、もし海水浴客で埋め尽くされる時期ならば、ナンパな男たちが取り合いを始めていることだろう。  
 
「いい風ですわぁ〜」  
 
のんびりと、そして丁寧な口調でそう呟いた女性の髪が海から吹き付けてくる風に煽られ宙を流れるように靡く。  
 
「永い時の中、たまにはこうして何も考えずに海を眺めるというのもいいですわね」  
 
どう見ても二十歳ほどにしかみえない女性が口にする台詞ではないが、連れ合いが居るわけではないため突っ込まれることもない。  
本来ならばこの女性、こんなところでのんびりしていられるような立場ではないのだが、ここ最近色々とありすぎて暫くはすることがないのだ。  
故に散歩だの行楽だの、普段しないことをしているのである。  
ただ、こんな王侯貴族が着るような豪華なドレスを纏って、砂浜に立つ姿は異常なくらいに目立つ。  
本人はいつもの服装であるせいか気にしていないようだが、ある職業に就いている者にとっては極上のカモ。  
今の時代、そんな輩はどこにでも現れる。  
そして此処にも三人、その職業に就いている者達が――  
 
「姉ちゃん」  
 
後ろから聞こえた声に思わず振り向く女性。  
その目に薄汚れた皮製の胸当てや、所々やぶれた服を着た巨漢の男とひょろっとした男、背の低い男の三人組が映る。  
 
「?」  
 
彼女はキョロキョロと周りを見渡した後、首をかしげて彼らに背を向け、再び海から来る風と雄大な蒼い景色を楽しみだした。  
 
「コラ姉ちゃんッ!無視すんじゃねぇ!!」  
 
当然そんなことをされたら誰でも怒る。  
それがこういう職業の人達なら尚のこと。  
尤も、彼女は態と無視したわけではない。  
 
「あら? わたくしに声を掛けておられましたの?」  
「他に誰が居るんだよ!?」  
「いえ、独り言かと思いましたので」  
 
そう、別に無視したわけではない。自分に声を掛けられたと思わなかっただけなのだ。  
こういった輩に知り合いなど居ないし、関わり合いになること自体ないのだから。  
つまり一切悪気はないのである。  
しかし、彼女に悪気はなくても男達がどう受け取るかは別。  
 
「ふざけんじゃねえぞッ! 何所の国の王女様かお貴族様か知らねえが、見下しやがってッ!」  
「見下す? わたくし、見下してなどおりませんわ」  
 
見下すもなにも、足下に石ころが落ちていてそれを気にする者などいないだろう?  
彼女からすればこの男達などその程度の存在でしかない。  
 
「んなことどうでもいいんだよ! 有り金全部出せ……で済ませてやろうと思ったがその態度が気にいらねえ。幸い姉ちゃんは美人だし、俺様の慰み物にしてやらあ」  
 
確かに彼女は美人だ。それも極上の美人。  
慰み物にしたあとに人買いにでも売ればさぞや高く買い取ってくれることだろう。  
貴族だろうが王女だろうが金になればそれでいいと考える彼らは、その場から動かない彼女ににじり寄っていく。  
ここまでくれば自分がどうなるか? どういう目に遭い、どのような運命が待っているかわかるもの。  
それなのに彼女の表情は変わらない。  
にこにこと温かい微笑みを崩さない。  
しかし最悪の結果へ突き進むだけだというのに変わりなく、間もなく陵辱の限りを尽くされることになる。  
彼女はそれをよくわかっている。  
わかっているからこそ笑うのだ。  
絶望に落ちるその過程。それを楽しもうとしているのだ。  
無論、気が触れたわけではない……  
 
そして男達に取り囲まれ、彼女の微笑みが一層深まったとき――――救世主は訪れた。  
 
「待て待て待てぇぇぇいッッ!!」  
 
突如響き渡る雷のような大声。  
彼女を取り囲む男達の凄む声とは比べものにならない大きさだ。  
 
「一人のか弱き女性を男三人で取り囲み、非道な行いと共に汚そうとする傍若無人なその振る舞い、断じて見過ごすわけにはゆかぬ!!」   
 
女性を含むその場の四人が声のする方へと振り向くと、大きな岩の上にたくましい肉体を持った大柄の男が一人腕を組んで立っていた。  
蒼いマントに全身黒タイツ。胸には赤いXの文字と、どこぞのヒーローオタクのような格好をした男が。  
 
「な、なんだテメエはッ!?」  
「仮に謎のヒーローXとでも名乗っておこう……。即刻ご婦人を解放するならばよし。そうでなければ天に変わって成敗してくれる!!」  
 
謎のヒーローXと名乗った男は一人。此方は三人。  
 
「フザケンナやっちまえぇぇぇッ!」  
 
負けるわけがないと判断した男達は、いいところを邪魔された怒りもあって力任せに飛びかかっていった。  
 
「正義の光あるところ、悪が栄えることはなぁぁぁいッッ!!」  
 
男達が飛びかかるのと同時に自身も岩から飛び降りると、身体ごとぶつかっていくヒーローX。  
 
「明日の平和のために受けよ、平和主義者クラッシュロイヤルスペシャルサンダーッッ!!」  
 
訳の分からない必殺技の名前を叫びながら巨漢の男に繰り出されたXの強烈なラリアット。  
まともに食らった相手は軽々と吹っ飛んで頭から岩に激突。動かなくなった。  
Xは残る二人の間を素早くすり抜けると、口を開けてポカンと立ち尽くす女性を横抱きにして抱え上げる。  
 
「へ!? な、なんですのッ!?」  
「暫し御容赦願いたい」  
 
抱き上げられて混乱する女性に一言断りを入れたXは、脚に力を入れて天高く飛び上がる。  
 
「とうッ!」  
「きゃあああッッ」  
 
訳が分からないままお姫様だっこされた女性は空中で悲鳴を上げる。  
別に高いから怖いとかではない。これが何百何千メートルの高さであっても恐怖など感じないのだから。  
ただ、経験したことのない状況に、ある意味酔わされていたのだ。  
そしてXの身体が跳躍の頂点にたどり着き、自由落下を始めたところで次なる必殺技を繰り出すべく両足を突き出し叫んだ。  
 
「受けよ! みんな友達キック&キィィィィッック!!」  
 
両足を交互に突き出し、起用としか言えない蹴りを残った二人に叩き込んだ彼はそのまま着地。  
そして立ち上がると同時に一言――  
 
「これぞ平和の真髄!!」  
 
すると蹴りを叩き込まれて微動だにせず立っていた男二人がその場に崩れ落ちた……。  
 
悪を成敗したXは抱いていた女性を下ろすと何も言わずに背を向け、歩み始めた。  
ヒーローは多くを語らない。その背中が物語っている。  
 
「お待ちください…」  
 
そんな彼を呼び止める女性。  
彼女の胸は今、経験したことがないこの出来事にときめいていた。  
 
「せめて、せめてお名前を」  
 
彼はXとしか名乗っていない。  
もちろん彼女が“本気”で調べればすぐにも正体が判明するであろう。  
が、それでは意味がないし、そんなことはしたくなかった。  
 
「故あって本名は名乗れぬがフィル……親しき者はそう呼んでいる」  
 
言いながら彼は口元を隠していたマスクを下げ、素顔を露わにした。  
 
「フィル…さま……」  
 
彼の名を聞いた彼女は数度その名を呟く。  
 
「また、お会いできるでしょうか?」  
「わからぬ。わからぬが……また、此処を訪れることもあるであろう」  
「では、そのとき……わたくしと…その……」  
 
恥ずかしいのか指の先を合わせてもじもじする彼女にフッと笑いかけた彼は  
 
「うむ。では次にお会いするとき、貴殿をエスコートさせていただこう」  
 
それだけ言って今度こそ振り返ることなく歩み始めた。  
彼の微笑みにときめく胸を押さえて返事ができないでいた彼女は、未だ自らの名を告げていなかったことを思い出して去り行く背中に想いを込めて叫んだ。  
 
「フィルさま! わたくしはッ、わたくしの名はダルフィンッ!! 忘れないでくださいましねッッ!!」  
 
彼女、ダルフィンの目にはもはやフィルの姿しか映っていない。  
周りで気絶している職業野盗の男達など石ころどころか、存在すら見失われているほどだ。  
それがどれほど幸運なことか気付かないだろう男達は、目を覚ましていたらこれ幸いにと再び襲いかかっていただろう。  
無論彼女、ダルフィンに……  
おそらく一生分の運を使い果たしただろう彼らを余所に、胸の前で手を組み合わせたダルフィンは去り行くフィルの背中を見送っていた……。  
 
「フィルさま……」  
 
 
世界の何処かにある某所。  
 
 
「恋ですわ! わたくし恋をしてしまいましたの!!」  
 
白いドレスを着た金髪の女性は訪れていた同僚の話にうんざりしていた。  
何せ来るなり「一目惚れをした」だの「素敵な殿方に出会いましたの」などと、聞きたくもない話をされるのだから。  
誰かに助けられる必要など微塵もない強大な力を持つ同僚は、生まれて初めて助けられたことで恋をしてしまったらしいのだ。  
 
「昔から変わったところがあるのは知っていたが、本当に変わっていたのだな。大丈夫なのか?」  
「心配無用、痛くもかゆくもありませんわ。わたくし悟りましたの。愛は存在を越えてしまうものなのだと!」  
 
愛というのは自分たちと相容れぬ感情。  
といいつつ、過去に例がないとは言えないため「そういうこともある」と認識していたが、まさか自分と同格の存在が誰かに恋をするなど考えてもみなかった。  
だが、それ以上に変わっていると思ったのは美的センス。  
素敵だ格好いいだと騒ぐ同僚にどういう人物か聞いてみて呆れた。  
 
大柄で、ドワーフをそのまま大きくしたようながっちりとした体格。  
ヒゲ面で四十は越えているだろうヒーローオタクの男だというのだから。  
 
「ま、まさか、いえ……そんなはずは……」  
 
真っ赤になった両頬を押さえて「やんやん」と言いながら頭を左右に振る同僚を気持ち悪いと思っていた彼女は、同僚の話を聞いていつもの張り付いたような笑顔を引きつらせている直属の部下に目を向けた。  
 
「知っているのか?」  
「い、いえ、この目で見たわけではないのでなんとも、」  
「そうか」  
「フィルさまとデート……」  
 
煮え切らない返事をする部下に、彼女はとりあえず鬱陶しい色惚けの同僚を叩き出すよう命令するのだった。  
 
「僕がディープシー様を? 無理ですよォォォォーーッッ!!!」  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ひ、ひるふぃーるほの、頬がいひゃいのらが、なぜに…」  
「なんだかイライラします…」  
 
シルフィールは帰ってきたフィリオネルの頬を引っ張ってしまう  
何故かイライラするのだ。  
げに恐ろしきは女の感であった……  
 
 

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