−−−−お使い−−−−  
 
 
 冷たい雨がしとしとと降り続けている。  
 揺れる木の葉の間から落ちてくる雨の雫が肩を濡らす。  
 
「止みそうにないな」  
 
 隣に目を向けず呟くのは、深く被ったフードから覗く銀色の髪をしたゼルガディス。  
 
「そうですねぇ……うぅ、さむっ…」  
 
 小柄な体に黒髪、大きな瞳を空に向けた少女はアメリア。  
彼女とゼルガディスの二人は、リナに頼まれた書物を受け取るために滞在していた村から  
3〜4日程かかる町へ移動している最中だったが、不意に訪れた雨雲に足を止められていた。  
少し冷たい空気を含んだ秋の雨は、アメリアの体を少しずつ冷やしていく。  
肩に羽織った外套も湿り気を増し、雨を防ぐには至らない。  
いつ魔物が襲ってくるかも判らぬ道中に備え、出来るだけ体力、魔力は温存しておきたいところなのだが…。  
 
「すぐ止むかと思っていたが…少し待っていろ レイ・ウィング!」  
 
 言うが早いか翔封界の術を詠唱し空高く飛び立つゼルガディス。  
 彼自身の魔力、精神力の高さからあっという間にその白い影は木々に阻まれ見えなくなった。  
 
「…はぁ…」  
 
――せっかくのゼルガディスさんとの二人旅なのに、ついてないなぁ…。  
 
 一人になったアメリアは、安心してため息をつく。  
密かに、誰にも悟られないように、アメリアはゼルガディスを好いていた。  
自身の身分を理解出来ぬほど、彼女は子供ではない。  
そしてその身分から、彼に悟られた時彼を困らせる事も、彼女は理解していたから。  
 
「待たせた。少し移動するが雨の凌げそうな場所があったぞ。」  
 
 数分の後、スタッと軽やかな音を立てて着地したゼルガディスはアメリアに移動するよう視線で合図する。  
 
「あ、はい!有り難うございます、ゼルガディスさん」  
 
 前に立ち歩くゼルガディスに小走りで追いつくアメリア。  
その背中を見失わぬように。一つの動作でも、瞳に焼き付けるように。  
 
「ここだ」  
 
 ゼルガディスが翔封界で見つけた場所は、先ほどの頼りない木から歩いて10分ほどの距離ではあったが  
目的地とは全く違う方向だったので通りがかりでは気付かない位置にあった。  
 キメラの自分とは違い、生身の人間であるアメリアを先に小屋へ入るよう促す。  
 
「あ、有り難うございます…。うわぁ、思ったよりしっかりした小屋だったんですね」  
 
先に中へ入ったアメリアは率直な感想を漏らした。  
 
「そうだな。狩人の休憩小屋かなにかだろう」  
 
 板を打ち付けただけのような簡易さではあるが屋根もあり、壁に備えられた棚には何枚か布や毛布が畳んで置いてある。  
真ん中には囲炉裏もあり、奥には薪もある様子から、冬場主に利用されているのであろう。  
 
「これでも巻いておけ」  
「うわっぷ」  
 
 続いて中に入ったゼルガディスは棚から毛布を一枚取り、アメリアに放り投げる。  
きょろきょろと中を見ていたアメリアは、頭で毛布を受け取る形になってしまった。  
 
「旅の相方に風邪でも引かれちゃ困るんでな」  
 
 ぶっきらぼうな物言いでも、アメリアには自分を気遣ってくれている事が伝わり、つい顔が綻んでしまう。  
 
「…有り難うございます」  
 
 その言葉には返事をせず、薪を囲炉裏に並べ、火を熾す準備を進めるゼルガディス。  
 
「ファイアー・ボール」  
 
 魔力を抑え、小さい火炎球を指先に生み出し薪に火を付けると、ほんのりと小屋の中が明るくなった。  
そうしている間にも雨音は一向に収まる気配もなく、むしろより激しさを増したような感がある。  
 
「うわぁ、あったかいです〜」  
 
 外套を外し毛布を羽織ったアメリアは、嬉しそうに囲炉裏の側にすとん、と座った。  
 
「全く面倒な事を頼まれたもんだな。いきなり雨に降られるなんてついてない」  
 
 アメリアとは反対側の壁に背を預け、座りながら愚痴るゼルガディス。  
 
「あはは…でもリナさんの頼みを断ると後が怖いですからねぇ」  
 
――それがなくても、ゼルガディスさんは優しいからきっと断らないと思いますけど。  
 
 心に浮かんだ言葉は、そっと飲み込む。  
後に何か違う言葉を続けようと思ったが、現状雨の話以外特に話題があるわけもなく  
また、いつ止むとも知れぬ雨の話をしても無意味にしか思えない。  
 元々口数が少ないゼルガディス相手に会話は弾まないので、降り続く雨の音だけが小屋の中には響いていた。  
 
「…すぅ…すぅ…」  
 
 止まぬ雨音のみの静かな沈黙の中、違う音がアメリアの耳に届いた。  
見る物もなく、ただ揺れる炎を見詰めていた目線を起こし音の正体を確かめると  
壁にもたれたままゼルガディスが転寝をしているようだ。  
 この小屋を見付ける為に少なからず魔力を使ったのだし、キメラとは言え体力回復の為に睡眠を欲したのだろうか。  
滅多に見る事の出来ないゼルガディスの寝顔を目の当たりにし、アメリアは思わず頬が緩んでしまう。  
 
――あ、そういえばゼルガディスさんは寒くないんでしょうか…  
 
 よくよく考えると自分にだけ毛布を渡し、ゼルガディスは濡れた服のままでその場に座ったきり動いていない。  
いくら嬉しかったとはいえそんな事に気付けなかった自分に少し幻滅し、細心の注意を払って音を立てないよう  
そっと立ち上がり、棚から毛布を一枚取り、再びそっとゼルガディスの側へ歩み寄る。  
 
――起きませんように…  
 
 心の中で念じながらゼルガディスに毛布をかける。  
 
「……」  
「!」  
 
 毛布がかかった瞬間、ぴくっとゼルガディスの肩が動いたように見えた。  
 
――…こっ、これ以上動いたら起きちゃう……?  
 
 仕方ない、と自分に言い聞かせその場に座る。  
 隣にはゼルガディス以外、誰も居ない。  
 ドキン、ドキン、と鼓動が早くなるのを感じる。  
 
 そっと右に目線を向けると、端正な顔立ちながら、難しく目を瞑っているゼルガディス。  
普段の無表情な彼から比べると幾分か険しさも薄れているようにも見え、それでいて辛そうな表情にも見え…  
 じっと見詰めていると、アメリアの胸がぎゅぅっと苦しくなった。  
 
 色々な苦しみを抱え、一人を好むゼルガディス。  
 自分の体を呪い、その運命から抜け出さんともがくゼルガディス。  
 
 そんな全てが、愛おしいのだ。  
 
 
 …ちゅっ…  
 
 
「………!?」  
 
 自らのとった行動に思わず口を押さえ、毛布で顔を隠す。  
 
――わ、わたし一体何をっ…!!??  
 
 ちらり、と毛布の隙間から隣を見るが、ゼルガディスが起きた気配はない。  
 
――良かったぁあああ…気付かれてない、ですよね、大丈夫…のはず!  
  でも恥ずかしすぎて顔を上げられません!うあぁぁあああ、うあぁぁあああぁああああああ!!!  
 
 ぎゅうっと毛布の中に顔を埋め、必死に自分を落ち着かせている間、隣の気配が動かない事に安心し  
また、普段なら絶対起こらないであろう自分の行動にパニックになった事も手伝い、いつしかアメリアも疲れて眠りに落ちていた。  
 
「…………」  
 
「おい、アメリア」  
「ふえっ?」  
 
 自分を呼ぶ声に目を開けると、そこには見慣れないものが。  
 
――…なんだろう、この白い布…  
 
「雨も止んでいる、いい加減起きて欲しいものなんだがな」  
 
声のほうに顔を向けると、自分を真上から覗き込むゼルガディスがそこに居た。  
 
「ぜっゼゼゼゼゼルガディスさん近いです!!!!!!!!!」  
 
 慌てて毛布を被り顔を背けるが  
 
「近いと言われても、お前が枕にしているそれは何だと思っている」  
「えっ…ふわぁぁあああぁあああああああ!!!!!」  
 
 先ほど目にした見慣れぬ白い布とは、他の誰でもないゼルガディスの脚であった。  
 その事実に気付いた瞬間、ずざっっと音が付く勢いでアメリアは飛び起きる。  
 
「…人の膝の上で勝手に寝ておいて悲鳴を上げるとは、お前も中々に失礼なやつだな」  
「ごっごめんなさい、わ、わたしあのっ、えっと、あの、ごめんなさい!」  
 
 怒っているのかと更に慌てて泣きそうになりながら謝っていると  
 
「…冗談だ。ほら行くぞ。だいぶ時間を無駄にした」  
 
 頭をぽん、と叩かれ笑いをこらえた声が上から降ってくる。  
 
「…はい!」  
 
 
 火の後始末などを終え小屋から外に出ると、雨はすっかり上がり木々の隙間から差し込む陽の光が心地良い。  
 
「それにしてもゼルガディスさん意地悪です、寝顔を見た上にからかうなんて!」  
 
 並んで歩きながら、アメリアは先ほどのいたづらに文句を言う。  
 
「断りもなく人の膝を枕にしたやつの言うセリフだとは思えんな」  
 
 ニヤリ、と意地悪な笑みを浮かべて目だけで隣を見やる。  
 
「うぅ…」  
 
 
――まぁ、その前の仕返しでもあるがな。  
 
 果たして。  
 『彼』は本当に眠っていたのだろうか?  
 
 
 ・・・二人のお使いはまだ始まったばかり。  
 

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