下弦 
 
 漆黒の空に、下弦の月が浮かんでいる。  
 明るいとも暗いとも取れぬ明かりに照らされた部屋の中へ、廊下に灯された  
洋燈の灯りが一条、差し込む。  
 逆光に浮かび上がるは異形の人影。しかしリナは、それを塵ほども気に掛け  
ない。  
 ゼルガディスは扉を開けたとき同様、黙したままで、後ろ手に扉を閉めた。  
 彼が彼女の元を訪れるのは、月に一度か二度。どうにもこうにも我慢が利か  
なくなるまで、彼は絶対に、自分から彼女を求めようとはしない。  
 
 しかしその我慢が出来なくなったその時でさえ、ゼルは素直に欲求を口にし  
ようとしない。だから彼女は、いつもこう尋ねるのだ。  
「どうしたの、ゼル? そんな棒切れみたいに突っ立ってないで、こっちにい  
らっしゃいよ」  
 一言も発せず、くちびるを噛み締めたまま、ゼルはリナの元へ歩み寄り――  
跪いた。  
 いつ何時襲撃があっても宿を抜け出せるように、出立できるように、彼らは  
着の身着のままで眠る。荷物が減るから一石二鳥だ。いざ飛び出したら寝間着  
でしたなんて、それこそ冒険者の間じゃお笑いぐさもいいところ。  
 けれど今は、リナは薄絹のベビードール姿、ゼルは白のズボンに素足という  
姿だった。  
 
 ゼルの剥き出しの上半身が、丁度月明かりに晒される。彼から見れば、今度  
はリナが逆光になっているはずだ。もしかしたら廊下の明るさに目が慣れてい  
て、リナの姿も暗闇に埋没しているのかも知れない。  
 跪いたまま、ゼルは言葉を発しようとはしない。彼がこういうときに口を開  
かないことを、リナは良く知っていた。  
 
「それで? 何か用があるんでしょう?」  
 くつくつと喉の奥で笑いながら、リナは組んでいた脚を解いた。  
 リナの言葉に、ゼルが歯がみするのがわかる。  
 今までにももう何度か、こんな夜中に彼が訪ねてきたことがある。経験上、  
リナがそれ――ゼルの用件――知らないわけがない。こんな時間まで、悠々と  
起きて、ゼルを待っていたのが何よりの証拠だ。彼が必ず訪ねてくるのを知っ  
ているから。  
 分かっていて、全て分かった上で、リナはゼルの言葉を待っている。  
 
「どうしたの? その口はご飯食べるためだけについてるのかしら?」  
 ゼルにとって、リナの言葉は屈辱以外の何ものでもないだろう。  
 しかしリナは、わざとゼルを侮辱するような言葉を選ぶ。  
 
 彼にしてみれば、躰の奥底で煮えたぎる獣性を鎮めたいだけなのだろう。  
 それだけが目的ならば、たかがやせっぽちの小娘一人、首根っこを捕まえて  
引きずり倒し、組み伏せ、犯してしまえば済むことではないか。  
 それが厭なら娼館にでも行けばいい。娼婦に詮索されるのが厭なら、自分で  
処理すればいいのではないか。  
 ゼルの行動原理が、リナには未だ分からない。  
 けれど、こうして強い男に跪かれるのは、とても愉しい。  
 強い男の上に跨り、男を貶めるのが愉しい。  
 相手のプライドが高いから、尚更。  
 
「ねぇ? おねだりしてみなさいよ。いつもみたいに」  
 ゼルの頬を蹴る。痛みはないだろう、その肌ならば。  
 主従ではないはずだ。少なくとも対等だったはずだ、陽の元ならば。  
 けれど今は違う。  
 彼はリナに与えられる快楽だけを求めて、リナだけを求めて浅ましく舌を出  
す犬だ。  
 貌を蹴られ、踏みにじられても抵抗の欠片も見せない、しかし明らかに怒り  
に身体を震わせる男の姿に、リナの中の加虐心が燃え上がった。  
 
 ゼルはゆっくりと身を屈め、床に落とされたリナの素足にくちづける。  
 爪先に触れた舌は酷く熱くて、そう言えば結構長い間、この格好でいたんだ  
っけと、リナはぼうっと考えていた。  
 彼は目を瞑り、ひたすら足の間に舌を這わせる。指の間を舌が掠めて、リナ  
の背が少し震えたが、瞑目している男には見えるはずもない。  
 リナの爪先に一度くちづけると、後は堰を切ったように、ゼルの舌が足を這  
い回る。むしゃぶりつくと言った方が近い。それ程、ゼルは貪欲さを露わにし  
ていた。夢中になって餌にがっつく、さながら野良犬のような。  
 しかしその荒々しさが、却ってリナに不思議な感覚をもたらした。  
 背中がざわざわと粟立って、濡れた声が彼女の意志とは関係なく、喉から飛  
び出そうになるのだ。  
 
「…………ッ……」  
 背筋が震える。  
 子宮が啼く。  
 喉が引きつれて、声が出そうになる。  
 
「……いいわ。あなたにしては、上出来よ」  
 暫く彼の好きにさせていたが、何の前触れもなく、その口に含ませていた足  
指を引き抜く。唾液に濡れた足指が丁度月光に照らされて、てらてらと輝いて  
見えた。  
 もう少し彼の好きにさせていたら、多分声を堪えられなくなっていただろう  
から。  
 
「準備をしなくちゃね。横になりなさい」  
 言われるがままに、ゼルはベッドの上に這い上がった。勿論、邪魔な服は全  
て脱がせて。  
 裸のまま、人形のように横たわる――せめて声を出さないことだけが、彼な  
りの意地らしい――ゼルの躰を舐めるように見て、リナはくすっと笑う。  
 
「貌に出さなくても、ココは正直ね。足を舐めさせて貰うのがそんなに嬉しか  
ったの?」  
 表情をうち消した(しかし気配には、その感情がはっきりと滲んでいるのだ  
が)貌とは裏腹に、中心では欲棒がそそり立っている。  
 それでもまだ臨界まで達していないモノを、リナは指でつつっとなぞった。  
 グロテスクな肉塊だった。  
 肌の色と同じ系統の、幾らか色素の沈殿した色。大まかなフォルムは人間の  
それだというのに、彼の眼の回り同様、石で出来た瘤が突出している。  
 見た目はまるっきり、モンスターか何かのそれ。娼婦でさえも嫌がるのが分  
かる。  
 しかし、リナはそれをグロテスクだとは思うが、嫌だとは思わない。心を込  
めて愛撫してやることも出来る、愛おしげにくちびるを寄せて、味わうことだ  
って出来る。  
 
「……熱いわね」  
 ソレを掴んで、ゆっくり上下に扱き始める。リナの手の中で、ソレは見る見  
る嵩を増し、じっとりと汗ばんで焼けつきそうだ。  
 するりと指を解いて、徐々に息の上がってきた彼の上に覆い被さり、唇を重  
ねる。触れただけでそこは割れ、強請るようにあの熱い舌が伸ばされてきた。  
 縋るような気配が、リナの肩にまとわりつく。頸の後ろがチリチリして、ゼ  
ルが手を伸ばし、彼女を抱きしめたい衝動に駆られているのが分かった。しか  
し、まだそれは赦さない。  
 
 自らの膝を屹立したソコにあてがい、擦ってやる。熱い。ぎちぎちに腫れ上  
がった欲熱が、リナの肌へ直に伝わる。  
 前にしたときからひと月とちょっと。やはり相当欲求が溜まっているのだろ  
う、急かすようにゼルの膝が立てられて、リナの秘苑が膝頭で押し上げられた。  
 舌と舌を絡み合わせながら、リナもつい腰を揺すってしまう。何せ彼同様、  
ひと月の間、自慰さえしなかったのだから。  
 薄い布地越しにゼルの膝へソコを擦り付けて、自慰紛いの行為に耽りそうに  
なる。  
 リナの動きにつられたのか、ゼルの腰が少し、ほんの少し動いていた。  
 早くリナと繋がりたい、そう囁く声が聞こえた気がした。  
 
 ぱぁっと、舞い散る雪の如き軽やかさで躰を、唇を、舌を離す。  
 浴びるほど与えられていた快楽が唐突に中断されて、ゼルの眼が開いた。そ  
の指先は恥辱に耐えようとしてだろうか、それともリナの背中に回したかった  
が、そうすれば欲求が満たされないことを知っている所為だろうか、きつくシ  
ーツを握りしめている。  
 
 波打ったシーツの上、月明かりが一番良く当たる場所に座り直し、リナはベ  
ビードールの紐を解いた。  
 はらりと音も立てず布地が左右に分かれ、その小振りな胸が露わになる。  
 
「次はあなたの番よ。ちゃんとイきたいんだったら、せいぜい頑張りなさいねv」  
 肩にけぶる栗色の髪を背中へ跳ね飛ばし、片脚を立てて胡座を掻いた。  
 くちりと音を立てて、ショーツの下の秘貝が広がる。どれだけ優位に立って  
いても、興奮しているのは自分でも良く分かっていた。  
 促されたゼルは、まるきり飢えた獣の眼をしてリナの傍へ這い寄ってくる。  
 彼は縋るようにリナの膝に触れると、そこへ恭しくくちづけた。  
 鈍色の唇から、紅い舌が覗く。僅かに覗いた末端が、膝からじりじりと這い  
上がり、リナのなだらかな腹部をかすめる。形の良い臍をくすぐり、肋骨のラ  
インを確かめて、柔らかな双丘に辿り着く。  
 麓からぐるりと何周もの円を描いて頂上へ登り詰め、赤く色付いた果実にむ  
しゃぶりついてくる。  
 
「……………ン……ッ」  
 もう片方の丘陵にも彼の手が伸ばされて、感触を確かめるように、指先は丹  
念にその先端をまさぐっていた。  
 敏感な果実に与えられる刺激に、リナの顎が天を突く。白い喉が、無防備に  
晒された。乳房を絞るように掴まれ、ツンと突き出した先端を、ざらついた舌  
が刮ぐように舐め上げていく。  
 大きく仰け反らせた背中が、献身的な愛撫に戦慄く。  
 ゼルの唇が下へ下へと降りていって、ショーツを止めている蝶々結びのリボ  
ンにさしかかった。  
 熱い吐息が、腰に触れる。  
 視線を感じて目をやれば、忠実な雄犬は彼女の号令を待っていた。  
「……解いて」  
 せつない呼吸と共に吐き出した、命令。  
 ゼルはその言葉を聞くと、リボンの端を咥えて強く引き上げた。  
 しゅるりと絹を滑らす音がして、リナの、薄い茂みが半分現れる。  
 もう片方はリナ自らリボンを引き解き、包み隠されていた花びらは今や月明  
かりの中に、濡れて慎ましく咲き誇る。  
 男の―――否、雄犬の視線に晒されて、否応なく花の中心がひくつくのが、  
自分でも分かってしまう。  
 舌を差しのばそうと顔を近づけてきた男の頭を、リナの手が掴んだ。  
 
 ゼルの頭を、秘苑に押し当てる。  
 彼に選択の余地など無い。強制されることに従えばいい。それを望んでいる  
のだから。  
 事実、鼻先を秘苑に押しつけられたまま、ゼルは懸命に舌を蠢かせていた。  
 自由になる手はリナの腰を噛み、ふとももに回されて。  
 しかしリナは、あくまでもドライなままだ。  
「……いつまで経っても下手ね。そんなんじゃ素人娘だって感じないわ」  
 なじって、焦らして、焚きつけて。  
 伸ばされた舌がリナの膣内に潜り込む。ざらつく舌がぬめりに包まれて、リ  
ナの中を奥へ奥へとまさぐっていく。  
「……は……ッ……」  
 喉が震える。  
 しかし、それでもリナは好いと言わない。  
 焦らせば焦らすほど、なじればなじるだけ、この雄犬は躍起になるからだ。  
 
 金属の髪を一掴み握りしめて、ぐいと雄犬の頭を持ち上げた。差し込まれて  
いた舌が一気に引き抜かれる。  
「……笑える話ね、ゼルガディス。レゾの狂戦士(バーサーカー)だの残酷な  
魔剣士だの言われたあなたが、よもや小娘一人イかせられないなんて」  
 ベッドの上に向けて、ゼルを放り出す。  
 ベクトルに従って倒れ込んだその上に、リナははだけたベビードール一枚の  
姿で、跨った。  
 眼下にはのろのろと躰を仰向かせる雄犬と、中心で脈打つ肉塊。  
 肉茎の先端からは透明な汁がじっとりと滲み出して、青白い光に反射する。  
「挿入たいんでしょ、あたしの膣内に。そのなまくらを使ってあげるから、き  
っちりご奉仕するのよ」  
 くちびるをぺろりと舌で湿して、茎の根本を掴む。いっそ紐で縛ってやろう  
かとも思ったが、紐を取りに降りるのも面倒くさい。  
 ぱんぱんに張り詰めたソレの熱が、戦慄く膣口に当たって急かされる。  
 ゼルの熱にだけではない。リナ自身の中の、衝動と欲求に。  
 
 ゆっくりと腰を落としていく。  
 リナの肉襞に、ゼルの肉茎が掻き分け押し分け飲み込まれていく。  
「ん……ふ……ぅ」  
 リナのきつい膣内に、ゼルの大きなモノが全て収まった。  
 圧迫感から生じる快感に、頭がおかしくなりそうだ。  
 しかしこれだけで終わる筈がない。リナはゆっくりと膝を持ち上げ、腰をく  
ねらせて、そろそろと落とした。  
 リナの蜜が溢れ出して、繋がり合った部分からは次第に粘着質の音が響き出  
す。腰をぐいと突き出してやると、組み敷いた雄犬の眉間に深い皺が一本、増  
えた。  
 繋がってからずっと、その眼は閉じられていて、声も殆ど聞こえない。リナ  
にはそれが面白くなかった。  
「しっかり腰を使いなさい! 虫の交尾の方がまだマシだわ!」  
 硬い頬をひっぱたいて怒鳴りつけ、むかつくついでにその首根っこを押さえ  
つけた。  
「……なんだったら、あたしがあなたに突っ込んであげましょうか?  
 ねぇ………この雄豚」  
 に、と唇の端を吊り上げる。  
 薄く開いたゼルの眼が、リナのそんな表情を捉えた。  
「……っ、あ……!」  
 ずん、とリナの最奥に、不意の一撃が突き込まれる。  
 何処か不器用な彼の動きに油断していたリナは堪らず、彼の上に倒れ込んだ。  
 
 ゼルの腕がリナの躰を掻き抱く。突き上げる動きは激しく、揺すられるたび  
に乳首が岩肌に擦れて、リナはかぶりを振った。  
「やっ……あ……やぁあンッ……」  
 肉がぶつかりあう――肉と岩なのかも知れないが――音が激しさを増す。  
 ずんずんと子宮の奥を殴りつけられて、リナの腕がゼルの頸に回された。  
 激しく振り乱される髪が宙を舞い、炎のように煌めく。  
 ゼルの尖った耳を包むように頬に触れ、そのくちびるを求める。  
「んっ……は……ふぅ……」  
 深く差し伸べられた舌が絡み合い、どちらのものともつかない唾液が頤を伝  
う。  
「……リ、ナ……」  
 触れた唇の隙間から、ようやく発せられた意味ある言葉。  
 欲していた音をようやく聞きつけて、リナは困った風に、その貌をくしゃっ  
と歪めた。  
「……呼ぶの、が、遅い……のよ、あんた、は……」  
 
 ベッドの軋みは、二人の営みが終盤にさしかかっていることを知らしめる。  
 壊れるんじゃないかと頭の隅で心配になるくらい、その音は激しい。  
 しかしそれも束の間、リナは再びゼルをシーツの上へと押しつけた。  
「っ……しっかり、奥まで射精しなさいよ……! イかせてあげるから!」  
 ゼルの肩にかじりつき、胸をくっつけるようにしてただ腰を上下させる。悦  
楽の絶頂を求めて。  
 頭の芯が熱い。  
 ぎゅうっと膣内が収縮して、埋没するソレの輪郭が分かるほどに締め上げる。  
無意識のうちに、リナのソコはゼルの躰へ押し当てられていた。  
 それ以上奥へ入れることは出来ないのに、もっと奥へ誘うかのように。  
 声も出せず、二人は絶頂に身体を震わせる。  
 互いに互いの躰へ縋り付き、ゼルはリナの奥へ、溜まりに溜まったものを吐  
き出し、リナは吐き出されるソレを一滴残らず搾り取ろうと蠕動した。  
 
 繋がり合った部分から、二人の混合液が溢れ出す。滴るソレはどろりと糸を  
引いて、シーツに染みを作っていた。  
 リナは汗ばんだ躰を起こして、秘裂から溢れる白濁を拭い取る。  
 ゼルもまた立ち上がり、身繕いを整え、それから窓を少し、開けた。  
 夜風が、部屋に籠もった熱を冷ます。  
 
「……それじゃ、またね」  
 部屋を出る間際、半裸のリナはそう呟いた。  
 闇に紛れていたが、彼の唇が確かに肯定の形で開かれたのを、リナは見た。  
 そして次の下弦の月が巡る頃を、リナは密かに、心待ちにするのだった。  
 
 
  終  
 

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